EPISODE60 ろうや
EPISODE60 ろうや
マルクが大神殿で浴びた銃弾は、殆どがマルクに届いていなかったらしい。防弾生地だから、と、あっさり答えられてしまったが、恐らくそれだけが要因ではないのだろう。ただ、全く届かなくなった訳ではなく、肩と脇腹、肺の外側が貫通し、鳩尾に弾が残ったらしく、地下逃走経路から出てすぐ、手術をすることになった。場所は、ペンション・ハーヤーだ。ただ、ペラッカは驚いている時間が無かった。
イシャもカリエラも捕えられたが、少なくともペラッカが腕に抱いていた彼女は、ペンション・ハーヤーでの徹底した衛生管理と医療措置が成された。三日間に及ぶ手術の中、ペラッカは、ハーヤーにこのペンションの本当の姿を知らされた。
レラーがヴィアナルスのスパイ一族だった事は、ペラッカを大いに驚かせたが、ハーヤーはヴィアナルスではなく、アンモナ家に仕える家柄だという。ペンション・ハーヤーが、旅の拠点となる事が出来たのも、カリエラがアンモナ家の娘だったからだ。カリエラはどこまで、ハーヤーの家の事を知っていたのかは知らない。ただ、少なくともシャムシェルとルシフェラは、ハーヤーと交流が無かったと言う。ペラッカはそれについて、寝物語をせがんだが、ハーヤーは『主人の意向に沿わない』と言って、教えてくれなかった。
「ペラッカ、手術、上手く行ったよ」
四日目の朝、ハーヤーが朝食と一緒に吉報を持って来た。しかしペラッカはその場で泣き崩れた。一番それを歓びたいだろう人は、今捕えられて、獄中で裁判を待っている。いくらペラッカでも、裁判が始まれば、ヴィアナルス会がカリエラを生かさないだろうことは理解している。今でも外で制圧作戦が続き、反乱分子は一般市民であっても捕えているらしい。その中に自分の家族はいるのか、メヴァーエルは、イシュは、イシャは、それからあの、カリエラが想いを寄せていた神父―――名前をヨナと言ったか、あの神父はどうなったのか。ペラッカは一切教えて貰えなかった。まだ意識の無い彼女に、仲間が今皆散り散りになって、行方が分からない等と泣き言が言えるわけがない。顔の骨折が酷かったため、ギブスを嵌め、見たこともない管や袋に囲まれている姿は、まるで石膏で出来た人形か何かのようだった。手術の際に必要だったとはいえ、長い髪をほぼ全て無くし、それも辛かろうと思うと、かける言葉が見つからない。ただ、意識を取り戻すかもしれないから、と、名前を呼ぶようにとは言われた。部屋は、二階の一番端―――旅の始まりに与えられた部屋になった。沢山の医療器具をよいしょよいしょと運んでいたから、恐らく気を使ってくれたのだろう。
だがそんな気遣いも、彼女が目覚めなければ意味がない。
サン、サン、サンダルフォナ。呼べば呼ぶだけ、涙が溢れる。
アンタが護りたかったものは護れたのか、その手伝いをあたしは出来たのか。
これで、本当に良かったのか。これしか、結末は無かったのか。戦いはまだ終わっていないのだ、と、ハーヤーは自分に何度も言い聞かせた。最終的にどうなったかは別にして、当初ペラッカ達は、大分勘違いしていたとはいえ、革命軍の存在を知っていながら教会に与する様に方々を歩いていたのだ。今回の作戦で、教会側にアインの援助があったとは思えないが、何らかの追及があるだろう、という話はハーヤーから聞かされた。そうでなければ、ヴィアナルス会はカリエラを処刑する口実が無いのだと言う。
「でも、ヴィアナルス会は、マルタッタさんのことで怨んでるんでしょ? なら、それについて裁判すべきだよ」
「それは、今回の革命にはなんら影響がないからね。カリエラの責任能力は、薬物の存在によって既にないことが明白だけど、自分の意志で薬物投与していたことがもう分かっている。教会側から、そういう証言が出たそうだよ」
「誰が?」
「ルシフェラが。教会のネットワークでは、エンジェルダストは手に入れられない以上、カリエラが独自のルートを持っていたとしか考えられないそうだよ」
カチンと来て、ペラッカは反論した。
「嘘だ!! だって、サデュソンでエンジェルダストを回収した時、教会に持ってくって、カリエラ言ってたもん!! 教会は絶対、絶対知ってたもん!!」
「アニエル・サデュソンだね? でもあいつ、調べたけれど、夏に館の二階から真っ逆さまに落ちて、死んでたよ。恐らく何かしらの幻覚を見たんだろうね。それか、カリエラにエンジェルダストを根こそぎ奪われて、禁断症状で抑えが利かなくなったか…。いずれにしてもサデュソンの町はもう駄目さ、今の革命の事だって、碌に理解できないよ」
「あたしが証言するもん」
「証拠がないよ。寧ろペラの立場が悪くなる。それでペラに何かの謂れのない嫌疑がかかったら、それが一番カリエラの望まないことさ」
ぐうの音も出なかった。
サンダルフォナの手術が終わり、ペラッカは漸く、ペンション・ハーヤーから外へ目が向いた。マルクの怪我が治り次第、裁判が始まると言う。戦争犯罪人は、既に決まっている、と、言われ、リストを見せられた。
リストには、メヴァーエルを含めるミカエリ一族、カリエラ、シャムシェル、ルシフェラのアンモナ家三人、レラー、イシュ、イシャを含める大司教地位の者が含まれていた。ヨナとニタの名前は無かったが、参考人としての召喚リストには載っていた。
「ちょっと! なんでレラーの名前があるの!? ヴィアナルス会の仲間じゃなかったの!?」
ペラッカは猛烈に抗議したが、マルクは答えず、代わりにニタが答えた。
「そのリストにいるのは、全員が死刑であるわけじゃない。比較的軽い罪の人もいるんだ。ただ裁判が行われるってだけだ。正しい責任を正しく取らせるには、必要なんだよ」
「必要って…。これ、カリエラの名前が―――自分の娘の名前があるのに!」
「悪いことをしたら、それに相応しい裁きが無いといけない。それはこの国を、これから法の下に平等な社会に作り変えるには、避けては通れない道だ。…とはいえ、君の気持ちも分かる。裁判が始まるまでなら、面会も出来るから、行ってご覧」
「一緒に行きましょう」
「言っただろう。私にとって、カリエラは娘じゃないんだ。両親も、報いを受けるのなら仕方がないのさ」
殴ろうとしたが、ニタに逆に足払いをかけられた。
しかし、ここで余計な時間をかける訳にもいかなかった。裁判がいつ始まるのかは分からないのだ。その日のうちに、牢屋として使われているパラベラム会の宿舎に急いだ。
ミカエリ一族は、第一級戦犯確定とのことで、誰にも会わせられなかった。アンモナ家についても同様で、レラーについても身内ということで会えそうになかった。しかしそこに思わぬ助太刀があった。
混乱を生き抜いていたヨナが、カリエラに面会に来ていたのだ。彼は、一連の裁判でベンゴシをするらしい。
「ベンゴシって何?」
「一方的に丸め込まれないために、権利を主張する人ですよ。僕の他にも、養護施設の関係者が弁護士をします」
「なんで養護施設なの?」
「養護施設は、どこも元々アインの施設なんですよ。ある意味中立の立場なんです。…というか、ダアト国で日陰になってる施設は、大体ヤハエル基金―――ハーヤーさんの持ってる組織で支えている施設ですよ。…どうやったって、国の『不義』は生まれますからね」
「なんと」
ぽかん、と、ペラッカは口を開けた。知らなかった。というか、ハーヤーって、凄かったのか。
そんな話をしている内に、女子留置場についた。元々パラベラム会の宿舎だった所を改造しているので、そこそこ広い為、足環をさせているという。レラーもイシャも、そうらしい。一番手前がイシャの独房だったので、話しかけたが、反応が無かった。扉の一部を切り取った簡易窓を覗いてみると、起きてはいるようだが、反応しない。コーキンショージョーと言うらしい。とにかく今は話しかけても時間の無駄らしいので、次の独房に行った。
百メートル程歩くと、レラーの独房に着いた。レラーは話しかけると、イシャとは反対に、すぐに扉に限界まで近づいて来て、あろうことか喜んだ。
「ペラちゃん! 来てくれたんだ~! ここ暇だよ~! 早く外に出たいな~」
外に出る時は、裁判にかけられる時だ。裁判と言うものを、ペラッカはマルクの言葉でしか知らない。何が起こるのか分からないが、とにかく人が死ぬと言う事しか分からない。
「レラー、なんでそんなにあっけらかんとしてるの?」
「え~? だって、マルクがウチをころす訳ないも~ん」
「それは、レラーがボスの資格持ってたから?」
「MOSのこと? 違うよ~。だって、一夜のコイビトなんて、ロマンチックな相手を見捨てるわけないも~ん」
「………。は?」
は?
何の事を言っているのか、良く分からなかった。恋人とは、両親が認めてくれた男女が結婚を約束し、交際する二人を言う筈だ。それが一晩だけ? ロマンチック??? 何の事だろう。
「レラーさん、もしかして、その、マルクと一晩、一線を越えたんですか?」
「いっせん?」
「端的に言うと、セックスしたんですか?」
ブッとペラッカは吹き出し、ごつんと扉に額をぶつけた。真赤になって、ぽかぽかとヨナを叩く。
「ななななな、何言ってんの!? そんな暇なんかなかったよ!?」
「うん、シたよ~。ちょっと痛かったかなぁ」
嘘だろう。
「え、シたの!? いつの間に!?」
「んとね~、ヴィアナルス邸に行った夜。メヴィちゃんと一緒に」
「一緒!? なんで一緒!? 夫婦は男女一人ずつでなるもんでしょ!? なんで女二人いんの!?」
「え、どっちも妻にしたいって言ってたよ~?」
だから大丈夫だよ~、と、レラーがケラケラ笑う。そう言えば、ヴィアナルス邸に行った時、メヴァーエルとレラーとマルクが部屋にいて、自分が追い出された夜があった。ニタの部屋に行った、あの時だ。あの時に違いない。なんということだ、たった一週間も経ってないじゃないか。もしカリエラが居たなら、サデュソンの町での時のように、『女なら気にしなくちゃいけない事』と、叱り飛ばしたかもしれない。だがもう遅い。全く気付かなかったのだ。
「ねえ、レラー、もしかして、子供できてるの?」
「それはまだ分からないでしょう。妊娠が分かるには、五週目以降です。それまでは、少なくともダアトの技術では妊娠は分かりません。アインの技術だと分かるかもしれませんが…」
「ごしゅーめ? 天使様に聞かない方法なんて、あたし知らないよ」
「それについては、後で時間がある時にお話します。…とにかく、レラーさん、裁判では僕が味方ですから、どうか心配しないでください」
「あいあいさー!」
レラーのこのお気楽さの方が心配だったが、ペラッカは言わない事にした。
なんというか…なんというか、疲れた。
弁護士をするからには、全員に面会が許されているらしい。但し、アンモナ家とミカエリ一族は一つの独房の前に、一人ずつ、兵士が見張りに立っていて、途轍もなく重たい空気が流れていた。こんな所に半日でもいたら、確実に気が狂ってしまう。ミカエリ一族の内、アナウエル元法王は、ペラッカが足首を切断した為、医療留置所にいるらしい。カリエラも本来ならば薬物が抜けるまで医療留置所に居させるべきだが、突貫工事の医療留置所の拘束具は引き千切ってしまうらしく、様々なバリケードを配置できるこの留置所に閉じ込めているのだそうだ。良く分からないが、取りあえずここにカリエラはいるらしい。
ペラッカは兵士に威圧されていたが、ヨナは涼しい顔で兵士に面会に来た旨を伝え、扉の一部を切り取った窓に近づいた。レラーよりも一歩分程奥までしか鎖の長さが無い。
「メヴィ! メヴィ! 大丈夫?」
「…その声は、ペラ?」
「うん、会いに来たよ!」
ペラッカが更に話そうとするとヨナが制した。
「すみません、時間がありません。メヴァーエルさん、私は元パラベラム会所属司祭のモーシェと申します。この度、軍事裁判での教会幹部の弁護をするべく、ヤハエル基金関係者の聖職者で弁護団が結成されました。僕は貴方の弁護をする事が出来ます。僕の弁護を受け入れてもらえますか?」
「ヤハエル基金てなに?」
「アイン出身の留学生や、ダアト国内で『不義』とされた子供を保護する養護施設などを経営する法人です。貴方方の身近な所では、サンダルフォナさんが身を寄せていたペンション・ハーヤーもそうですし、その法人のトップはハーヤーさんです」
「ハーヤーが?」
「ええ、そうです。弁護を受け入れてくれますか?」
メヴァーエルは意味が分かっているのかいないのか、黙って考え込んだ。そんな事よりペラッカとしては、レラーの発言が嘘だったという証言が欲しいが、ヨナがまだ黙っていろと手を自分の口の前から動かしていないので、もどかしい。後ろから兵士がじっと睨みつけ、時間を気にしているのも気になる。
「いらないわ。だって、ミカエリ一族には貴方より優秀な、神様がついてるもん」
「メヴィ!」
「裏切り者。おじさんを切ったって、皆が言ってたよ。ここにいないってことはそうなんだよね」
メヴァーエルの眼を見て、ペラッカは思わずその場に泣き崩れた。まるで自分が好きで人を斬ったみたいだ。
考えてみれば、アナウエル元法王はその身体が欠ける程の悪人だったのだろうか。確かにペラッカ達を無茶苦茶な旅に―――。
…そう言えば、アナウエル元法王は、自分の顔を知らなかった。あの様子だと、アンモナ夫婦も自分の顔を知らないだろう。しかし、素人目とはいえ、あの勅令は本物だったし、実際カリエラの顔パスで兵士が退いたり、イシュとイシャも、極秘とはいえ旅の事を知っていた。カリエラは一介の修道女だ。どんなに暴君であっても、それだけは変わらない。大司教であるイシュとイシャに、公的な命令を出せる地位ではない。抑々司祭ですらないのだから。しかし二人がカリエラに従っていたと言う事は、元々の信頼関係だけで成り立つ物ではない筈だ。彼等は若いが、その故に公私混同はしない筈だ。
ということは、あの勅令は、一体どこから出たものだ? カリエラに聞けば分かるだろうか。応えられるだろうか。この言葉は、届くのだろうか。
拘束具が巨大だとかで、カリエラが収容されている部屋は、大司祭クラスの誰かの部屋だった。動くことが出来ないので、外でずっと見張っている兵士とは別に、二人をカリエラの傍に連れて行く兵士がやって来た。
大司祭の部屋ということが分かるのは間取りだけで、部屋の中には様々な管や袋の他、機械も沢山おいてあり、数字が記録されていた。部屋の中に連れて行く兵士とは別に、更に部屋の中にその記録を管理する別の兵士が居て、その兵士の重装備さたるや、エンジェルダストの危険性を雄弁に語っていた。自傷防止の為だ、と、言っていたが、カリエラの手はグローブを蒔きつけられて指も碌に曲げられそうになく、関節には全て鉄の輪が嵌っていた。サデュソン平原の病院で見た拘束具よりも、頑丈で、無慈悲だ。顔は額と顎と首を拘束されており、僅かに視線が動くだけだ。
「…シスター・ラファエラ」
「うぅー…」
薬の影響で、声はガラガラで、嘗ての面影はない。
「…カリエラ・アンモナさん。僕が分かりますか」
「うー、あ、あ!」
ぎょろりと動いた眼球はピクピクと震えて定まらず、茶色の虹彩が濁り、血のほくろが白目にいくつも出来ていた。唇はガサガサなのに、渕は切れ、泡の痕の上から唾液が流れている。耳の裏の襟足までそれは伝って行っていて、首元は気持ち悪そうだ。拭ってやりたいが、銃剣を突き付けて見張られている今、ペラッカにそれを申し出る勇気はなかった。
せめて、手術は成功したということだけでも伝えたかった。けれども、そう言って伝わらないのでは、と、思うと、怖くて言い出せなかった。あのリストには載っていなかったが、サンダルフォナは教会にもヴィアナルス会にも最終的に所属していなかった。これからの扱いが難しいだろう。
「カリエラさん…」
「おあああ、おぎゃあ! ああああああ!!」
ガチャガチャと拘束具が鳴る。身体はどこも動かせない筈なのに、激しく金属が哭く。
「見ての通り、意思の疎通は不可能です。これ以上は別の囚人を悪戯に刺激します。お引取を」
「お待ちください。僕は彼女の弁護を―――」
「これから行われる裁判は、平素の刑事裁判ではありません。軍事裁判です。弁護の有無に限らず、この女の死刑は決定しています」
そこまで言われ、初めてペラッカは声を出した。
「な、な…」
「何故かと言えば、この革命の直接的な原因を作ったのはこの女だからです。それは裁判で明らかになるでしょう」
淡々と聞きたいことをすっぱりと言われ、ペラッカは何も言えなくなってしまった。




