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仮想遊戯  作者: 菊華紫苑
第四章 竜攘虎搏
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EPISODE59 ちかとうそうけいろ

 地下と言う割に、中は意外と広かった。十人くらいが横並びになっていても、恐らく走れるくらいには明るい。もっと、こう、狭苦しくて、薄暗いイメージだった。しかし、大神殿には抑々限られた者しか入れない。ということは、これは貴人を護衛する人間ごと移動する為だろうか。

 耳を澄ますと、地下に作られた金属の壁が、逃走者がいる事を知らせる。もう弾も矢もない。持っているのは、つい先ほど動かしたばかりの小さなチェーンソーだけだ。それでも十分重いし、ペラッカの腕くらいの大きさだ。だがここで泣き言を言っていては、サンダルフォナの犠牲が無駄になる。彼女の方は今、イシャが働きかけて適切な処置をしている筈だ。あの三人さえ、あの三人さえ、捕まえられればいい。

 泣き声を自分の脚に送り、その力で前へ走る。真っ直ぐではないが、恐らく一本道だ。迷うことはない。耳を澄まして、足音のする方へ走ればいい。

 走っている間に、色々な事が頭に過ぎる。旅の始まりから、今までの走馬灯だ。否、本当の旅の始まりとは、きっともっとずっと前から始まっていたのだろう。ただ、自分が気づかなかっただけで。

 歯がゆい。とても歯がゆい。自分が一番重要な役割を演じていた筈なのに、自分だけが何も特別な技能も、経験も、覚悟どころか血筋でさえ、持っていなかったのだ。

「ここ―――炭鉱―――」

「早く、―――追手が―――」

「カリエ―――梯子を―――」

 はっきりとは聞こえなかった。だがその口調は、カリエラを切り捨てているという雰囲気だけが伝わってくる。ペラッカは走ったままチェーンソーのエンジンをかけた。金属の壁に、巨大な機械音が反響する。

「待てこの老害ども!!」

 角を曲がると、数十メートル先に、煌びやかな黒い修道服を着た老婆と老爺、そして二人の前に、とんでもなく大きな帽子を被った、真っ白な服を着た老人が、今まさに、地上への梯子を登ろうとしていた。

「こんな所にまで!」

「カリエラは何をしていたの、あの罰当たり! 法王様をお守りできないなんて!」

 老婆が言った。あれが崇敬大司教―――カリエラの、もう一人の祖母なのだ。もし傷つけたら、きっと彼女は悲しむだろう。だが同時に、彼女はあれを憎んでいると言った。友の敵はペラッカの敵だ。もう何を信じていいのか、誰に味方をしていいのか、すべきなのかすら分からない程入り乱れた混沌としたこの戦場に、明確な敵がいる事は、ペラッカを少し冷静にさせた。息を整えるように、一歩一歩、三人に歩み寄る。

「カリエラは最後まで、アンタたちが褒めてくれるって信じて、あの大神殿にいたのに!! アンタ達はそんな爺の方が大事なの!?」

 カリエラの祖父が、銃を抜く。不思議と怖くはない。その銃口に、意思がないのだ。祖母が叫ぶ。

「無礼者! 法王様を爺だなんて! 天使様になれなくてもいいのですか!」

「いいもん!!!」

 ペラッカが叫ぶと、少なからずその場にいた老人達は怯んだ。途端に、ペラッカが恐ろしくなったのだろうか。銃口が弱腰になる。ペラッカはペースを落とさず近づいた。

「アンタ達に褒めてもらえるかもしれないって、カリエラは春に笑ってたんだ…」

「く、来るな…」

「お父さんとお母さんに会えなくても、会いたくても会えなくても、アンタ達が認めてくれるならって、身体も弱いのに修道会に―――よりにもよってパラベラム会なんかに入って…」

「来るな小娘!」

「勅令持って、皆のやる気がなくならないようにダッサいセンスで引っ掻き回して、そのくせ自分だけなーんも言わないで、大事な事なんも言わないで…」

「来るなと言っている!」

「そんなアンタ達のたった一人の孫のことを、どうしてそんな風に捨てられるの!!?? なんでよなんでよ!! アンタ達のために、カリエラは、薬物に手を出してまで―――!!!」

「だからよ!」

 祖母が吼えた。その眼は悲しみに満ちている。だが―――その眼にあるものは、どうしようもなく、ペラッカを苛立たせた。

「やっと授かった私たちの跡継ぎなのに! 穢れた、死を産んだ女なんかをそのまま嫁に貰って、それでも漸く授かった子を、カリエル(真理の天使)様のご加護があるようにと大切に育てたたった一人の長女なのに! よりにもよってアインの遺物なんかに手を出して、そんな風に穢れた子、私達の努力を全部無駄にするのよ! アンモナの苗字を持っていると言うだけで迫害されるこの国で、私たち夫婦がどんな思いでここまで這いあがって来たのか、貴方想像がつく!? だったら最期に、法王様のお役に立つ事がどれくらい恵まれているか、分かるでしょう!? ダアトの子なら!!!」

「黙れ老害!! あたしはダアトの子じゃない、母さんと父さんの子だ! オマエなんかと―――一緒にするなァァァ!!!」

 チェーンソーが唸る。震える銃口を弾き飛ばし、二人の老人を飛び越え、梯子の足場ごと、法王の左足首を斬りおとす。落ちてきた法王は、自分の身体に何が起こっているのか分からなかったようだった。貴人の身体が書けたことに、夫婦はパニックになり、痙攣する身体を叩いて、言葉を引き出そうとする。

 ああ、駄目だ。左足しか切っていないのに、この老害はきっとこのまま死んでしまう。

「お前たちはここで終わりよ。もうすぐ革命軍が来る。全部、全部、ぜぇーんぶ、お前達が悪いんだ。お前達が―――」

 ―――ジジイとババアの役に立てたら、あの二人も俺の事認めてくれるんだ。オヤジとオフクロも、見直すかもな!

 ―――両親―――祖父母の教育方針にも、興味はないね。好きにしたらいいと思うよ。

「お前達が、カリエラを、ちゃんと見ていてくれさえいれば―――ちゃんと、愛してさえいてくれれば、レラーも、メヴィも、サンだって!! こんな事にならなかったのに!! 愛してさえいてくれれば、それだけでずっとずっと、皆が皆、幸せだったのに!!」

 チェーンソーの音が大きくなっている事に、ペラッカは気づかない。

「あたしたちの人生も友達も皆お前達の所為でめちゃくちゃだ!!! 死ね、この老害!! あたしたちのほうが、ずっとずっと皆を幸せに出来るんだからァーーーーー!!!」

 パキンッ!

 チェーンソーの先が揺れる。誰かの銃弾を、弾いたらしい。そこに来て、ペラッカは漸く辺りを見回した。背後には、また更に別の兵士と、ニタ、そしてマルクが立っている。ニタの眼に迷いはなかった。

「ニタ…!? 何故そちらに!? 法王様になんてものを向けてるの! 下ろしなさい!!」

 母親の叱咤に、ニタが狼狽える前に、マルクがその間に手を割り込ませた。

「シャムシェル・アンモナ崇敬大司教、その妻ルシフェラ・アンモナ崇敬大司教、その後ろにいるのは―――アナウエル法王だな。怪我をしているようだが、投降するなら、医療班にすぐさま治療させるぞ」

 それを聞いて、法王がもごもごと何か言った。しかし崇敬大司教二人は、全くそんなものを聞いていなかった。ペラッカが睨みつけると、法王は―――子犬のような眼で、訴えていた。

 痛い、と。苦しい、と。助けて、と。死にたくない、と。

 しかし、祖母―――ルシフェラは言った。

「アイン人の施しなんか受けたら、天使様になれないわ! それだったらこのまま死ぬほうが、法王様のお心よ!」

 しかし法王は尚も、ペラッカに呼びかけるように見つめていた。

 私は、生きたい、と。

 これ以上の対話は無駄と判断したのだろう。マルクが合図し、あっというまに二人は取り押さえられ、法王は左足を縛る応急措置をされ、兵士達に元来た道の方へ担ぎ出された。ニタがその一行の殿を務め、先に去る。その間にも、ルシフェラは力強く抵抗し、雑言罵詈を浴びせていたし、今も縛られ、猿轡をされているのに、まだ騒いでいる声がする。斬りおとされた足首は部下が持って行ったので、そこには酷い量の血しかなかった。

「ペラッカ」

「………」

「ペラッカ」

「………。うるさいな、なによ」

「酷い顔色だ。直ぐに戻った方がいい。もう間もなく、この戦いも終わる」

 そう言って、マルクはペラッカの手を引いた。

「終わったら、どうなるの?」

「知らねえのか。―――軍事裁判だ。今回の革命で、旧体制は終わった。二度とこの国が旧体制に戻らないように、無くすべきものを無くし、あるべきものをあるようにする。その為には、お前が必要なんだ、『聖女』ペラッカ」

「………?」

 マルクに手を引かれながら、ペラッカは一つの戦いの終わりと、一つの戦いの敗北と、新たなる静かで冷たい、無機質な暴力だけが横行する戦いの始まりを予感していた。


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