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仮想遊戯  作者: 菊華紫苑
第四章 竜攘虎搏
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EPISODE58 だいしんでんひろば

 一方その頃、崩落した大神殿の前では、イシュが乗って来たバイクを背中に置き、たった一人でガルガリン隊を押し止めていた。ナイトアーマメントを使う肩でも、対戦車ライフルはそう何発も撃てない。一発撃つ度に、身体が引っくり返る。バイクに何度も激突しながら、次々と砲弾の嵐に怯まず、戦車を一台ずつ破壊しようとするが、とかく連携が取れていて、上手く狙いが定まらない。

「武装解除せよ! これ以上は無益である!」

 イシュは分からなかったが、それはマルクの声だった。

「うるせー山猿がァ! 文明人なめんじゃねえぞ!」

 涙を滲ませながら撃った弾が、向かって左側の戦車のキャタピラの下へ吸い込まれて行った。虫が這い出るように、わらわらと軍人が出てくる。そうしている間に、戦車の下が爆発し、横転した。何人かが戦車の下敷きになったらしく、不自然な水しぶきが上がる。

「幕僚、下がれ! 歩兵前へ! 敵は投降を拒否した、よって殲滅する! 撃ち方始め!」

 瓦礫の隙間から、延べ十人はいようかと言う歩兵が、腕にマシンガンを構えてにじり寄ってくる。イシュは慌てて、腰元から玩具のラジコンを取り出した。それを傍らに置き、片手を乗せ、もう一度隙間から歩兵たちを見る。

 ドン!!

 手前にいる歩兵三人が倒れる。残りの歩兵が三カ所に集まり、周囲を警戒する。イシュは続けて、スティックを一度指ではじき入力モードを切り替え、別のボタンを押す。

 パパパパパパパパ!!

 右三人の内、一人が倒れた。大神殿の壁の一部から覗いた銃口が、残る二人に狙撃されて破壊される。

 ここはパラベラム会の敷地だ。ダアト国の政治の一切合財は、この大神殿の秘奥でなされる。パラベラム会が何故、銃を持っているのか。この徹底した平和教育―――一種の洗脳にも近いこれ程までの徹底した治安維持が成されていながら、何故これだけの火薬を持っているのか。そこに気付かないのであれば、ここまで苦労はせず、イシュもイシャも、勿論サンダルフォナも奥の手を使わなかった。そして、イシュは所詮その中の人間であったので、ヴィアナルス会がそこまで愚かであることを願っていたが、『姉さん』はそんなことはなかったのだ。

「状況把握! 敵は多くない、弾を無駄にするな!」

 ビリビリビリビリッ!

 残る戦車が、イシュの頭上に向けて砲弾を撃つ。ケルビエルの比ではない巨大な瓦礫が落ちて来る。咄嗟にバイクを引っくり返し、瓦礫の間に小さくなる。砲弾の音か、瓦礫の崩れる音か、耳が破れるような音が、上からイシュを押しつぶす。だが、怯えて竦んでいては、意味がない。

 意味のない絶望に、意味を見いださなければならない。

 バキッと音がして、イシュの鼻頭が切れる。目の前が暗い、否、黒い。資材の一部が、瓦礫を貫いたらしい。自分の目の前に落ちていて光が塞がれている。自分に忍び寄る軍靴の気配を感じながら、イシュは手探りで、ラジコンをめちゃくちゃに押した。イシャの爆薬は的確だ。瓦礫の音の向こうで、人の悲鳴が聞こえる。めちゃくちゃに押しているから、死んではいないだろう。だが崩落し、人が居ない筈の場所から狙撃され、人の手が加えられていない所から爆炎が上がれば、混乱するかどうかは別にして、無事ではいられない筈だし―――何より、この時の為だけに、昔に備えられたものだ。今使わなくては意味がない。

 上からの圧迫が減る。何も聞こえないが、誰かがいる。イシュは気づかれないように、ラジコンを握り直し、入力モードを切り替え、全てのボタンを押しきった。爆音で耳がもう壊れている。一時的な麻痺だと良いのだが―――。

 ごんっ!

「―――――!!!」

 自分の声が聞こえない。確かに叫んでいる筈なのに。用済みになったラジコンを、光が射すのと同時に投げつけた。そのまま光の方へ飛び、背中から別の銃―――レミントンを構え、取りあえず目の前にいた兵士の頭を吹き飛ばす。銃口が一斉に此方を向くが、何故か発射されない。だがそれは、イシュが発砲しない理由にはならない。誰が持っているか、誰が動いているか、そんなことは気にせず、向けられた小さな銃口目がけてレミントンを吼えさせる。レミントンはショットガンだ。狙わなくても中る。

 音は聞こえない。それでも、レミントンが弾かれた音と、自分の肩に弾が当たり、身体が吹っ飛んだのは分かった。ぐらぐら揺れる脳味噌を気合で押しとどめたころには、目の前に銃口が、いくつも突き付けられていた。少しは時間稼ぎになったか、死を目前に、ぐるぐるとこの僅かな戦いに意味を見出そうとする。

「―――るか? 聞こえるか、応答しろ。名前と所属を名乗れ」

 耳が生き返ってくる。他の兵士達とは違う軍服に身を包んだ男が、銃口を突き付ける兵士達を左右に退かして問うてくる。

 ―――お前、名前は?

 懐かしい声と微笑みが、思考力の落ちたイシュの脳裏に蘇る。目の前にいるのは、誰だ?

 あの力強く、頼もしい、輝く瞳の少女ではない。しかしその兵士の目力は、力強く、頼もしく、輝いていた。では彼は一体誰なのだろう。

「………姉御…?」

「名前と所属を言え」

「………。本名イシュ。公の名はアダム。地位は大司教。…パラベラム会総裁双肩の一人」

「おい、データは合ってるか」

 何のデータの事だろう。兵士が耳元を弄る。インカムだろうか。

「確認とれた。件の大司教だ。拘束し、然る措置を対象に窺え。我々は大神殿に―――」

 その時、物凄い咆哮が上がった。獣ではない。だがしかし、人でもない。割れたホログラムのような、砕けた鏡のような声だ。それは文字に出来ない音声だった。大神殿の中で、何か起こっているらしい。兵士たちの気が逸れる。その時、イシュのぼんやりとしていた頭が、急速に回って行った。歯車がかち合い、キィンと音を立てながら身体の関節が動き始める。

「動くな!!!」

 出来れば使いたくなかった軍用ナイフを抜き、すぐ傍にいた兵士の首を引き寄せて腕に挟み、腕を指して銃を落とさせる。自分の身体よりも大きな人質を取り、イシュは叫んだ。

「大神殿から離れろ。一歩でも近づいたら、こいつの喉を切り裂―――」

 パンッ!

 ところが、兵士達の後ろから、発砲音がした。人質諸共、撃った男がいた。

「―――幕僚長、何をしてる。俺は『原則』と言ったはずだ。抵抗激しければ殺して構わん。弾の殺傷力の高さで言うならば、今、人質を挟んだ方が、奴は死ぬぞ」

「…大将」

 銃弾がどうして人を死に至らしめるかと言えば、それは勿論、血管や内臓を破壊するからであるが、もしその弾が身体を通過するだけなのであれば、消毒をしておけば大抵は治るのだ。問題は、弾が残っている場合だ。弾丸は大きな有毒の異物だから、身体の中に残っていれば、それだけ体内に毒が回る。つまり、弾は体内に留まる程度に、程よく柔らかいか、程よく勢いが削がれているのが良い。人質の身体を抜けてイシュにめり込んだ弾は、鳩尾―――肝臓の辺りで止まっていた。

「まあ、ネタは多いに越したことはない。衛生兵を回しておけ。俺たちは大神殿だ」

 兵士が集まってくる。倒れども捕まえて放さなかった兵士が、仲間に助けられて立ち上がる。手に力が入らず、ナイフで止めを刺すことが出来なかった。仰向きに倒れた自分の周りに、兵士が集まってくる。だめだ、もう目の前が歪んで、疲れて、怠い。

「姉御…姉さん…すまねッス…」

 あとは、上手くやって下さいッス。ぼくはここで、おしまいッス。

 瓦礫が吹き飛ぶ音が遠い。懐かしくも悍ましい雄叫びが、また吼える。それを聞いて、作戦が上手く行ったのだという安心を胸に、イシュは意識を失った。


 大神殿前を塞ぐ瓦礫を吹き飛ばし、中に入ると、そこは酷い有様だった。

 ペラッカの腕の中に、少女が横たわっていた。顔は血に塗れ、酷く殴られたのか、早くも腫れてきているらしく、遠目にも顔の造形が歪んでいるのが見える。腹を押さえるペラッカの手は真赤で、瑞々しい。一人の修道女が、ペラッカの間に割って入り、あまりにも非力な軍用ナイフで、攻撃を往なしている。攻撃しているのは、片手に折れたモーニングスターを持った、派手に布の裂けた修道女―――カリエラだ。あの咆哮をあげながら、引き攣った皮膚に血管を浮かべながら、暴れている。攻撃と言うよりも、そう、その行動は、まるでスーパーボールが弾けるかのようだった。

「聖女、修道女を保護! あの女を捕獲しろ!! 奴は錯乱中だ、頭を吹き飛ばしても暴れるぞ! 頭と首以外ならどこを撃ってもいい、殺すつもりで捕まえろ!!」

 マルクの言葉に、五人の兵士が一斉射撃を行う。ところが、カリエラはそんなものには全く怯まず、何発もの銃弾を受けていながら、モーニングスターを横向きに投げた。高速回転するモーニングスターはあまりにも薄く、数発の銃弾が掠れた程度ではものともしない。兵士二人の頭と、首に強かにぶつかり、あっという間に二人は戦線を脱落した。三人の兵士が怯む。その一瞬の、本当に僅かな一瞬の隙に、軍用ナイフがヘルメットに突き立てられる。ヘルメットは刃を防いだが、その衝撃はダイレクトに伝わって、首が拉げる。残るは二人。修道服の防弾性と耐衝撃性は、もう紙にも等しいだろうに、もう骨も折れ、内臓に突き刺さっているだろうに、カリエラは止まらない。兵士の銃が蹴り上げられ、もう一人の兵士の銃が奪われる。マルクが独断で、カリエラの胸を撃つのと、奪われた銃が吼えるのは同時だった。五人の兵士は全て沈黙し、カリエラも漸く倒れたが、マルクは右肩から左脇腹まで、辻斬りのように弾丸を浴びた。

「大将!」

 ニタが駆け寄り、応急処置を施そうとした。しかしその前に、ペラッカが叫ぶ。

「お願い、サンを助けて! あいつらが、崇敬大司教と法王が、この先にいる。あたしに行かせて!! だから助けて!! おなか、おなかがやぶれてて、血も吐いてるの、このままじゃ死んじゃう!」

 本格的に泣き出そうとしたペラッカに、修道女―――イシャが軽く頬を叩く。

「彼女はボクに任せて。行ってください!」

「うん、うん、行く。お願いね、絶対に死なせちゃダメだよ」

「もちろんです! さあ早く、あのクソ爺共に引導を!」

 ペラッカは頷き、拭っても溢れる涙を流しながら、瓦礫になった玉座の裏に走りだす。床を調べると、あの死闘で壊れた床にしても、不自然な切り込みのある床があった。ここが、地下通路の入口だ。



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