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仮想遊戯  作者: 菊華紫苑
第四章 竜攘虎搏
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EPISODE57 だいしんでん

 壁を破壊すると、マルクとペラッカが乗った戦車と、メヴァーエルの乗った戦車だけがパラベラム会に向かった。レラーは西区周りで南区まで行き、そこから東区を経由して合流するらしい。マルクの指示の下、あの魚の目のようなものがあった場所から、ナイトアーマメントによく似たマシンガンが突き出され、物凄い音が響く。マルクはマルクで、何か機械のボタンを押しながら、時々よそ見をするように身体と機械を動かした。

「大神殿までの距離!」

「あとロクマルでパラベラム会に衝突します!」

「上等、ぶち込んでやれ!」

 がくん、と、上で大きな音がした。フロントガラスからは、筒―――主砲が見えない。それでも、修道士達が巨大な盾を構えて堤防を作る、あの遠くにある施設に、なにかとんでもないことが起こる事は分かった。

「マルク何するの、止めて、人が居る!」

「撃ち方始め!」

 バァン!!!

 真上で爆発が起こった。くらくらと目を回すと、一歩遅れて外から悲鳴が、津波のように押し寄せる。何だと目の前を見ると、修道士達の盾の堤防が崩れ、黒い修道服がまるで消しゴムのカスのように散らばっていた。その間にも沢山の戦車から砲撃がなされ、更に空からも小さな隕石のようなものが降ってくる。ケルビエル隊の援護射撃だ。

「メヴァーエル! 出動しろ!」

『はいな! 案内するよ、ついて来て!』

「ペラッカ、セラフに移行する、行け!」

 それでもふわふわしていると、マルクがペラッカの頭に、別のイヤホンとマイクを投げつけた。使い方が良く分からないが、取りあえずインカムを放って、両耳に突っ込む。蓋を開けると、燃え上がるパラベラム会から、鉄の粉が吹いてくる。怯んで中に戻りそうになると、上からマルクに引っ張り上げられた。

「行け!! あの女を捕獲しろ! ―――歩兵展開、撃ち方止めッ!」

「いたた! 行くよ行くよ!」

 全身を使ってもう一度戦車から降り、持って来たベレッタを右手に携え、走り出す。メヴァーエルの部隊は、パラベラム会そのものの鎮圧に行く。ペラッカだけが、その奥にある大神殿に控えているだろう幹部のところへ行き、そこで護衛についているだろうカリエラに会いに行くのだ。メヴァーエルの部隊が瓦礫を砕き、マジカルステッキの代わりに大きな機関銃を構えたメヴァーエルが先行する。

「こっちだよ、こっちから行けば大神殿が近い!」

 中に踏み込むと、パラベラム会の修道士たちが一様に銃口を向けた。しかしそこに立っているのが、法王の姪であるメヴァーエルだと分かり、全員が銃から顔を離す。メヴァーエルは突入してきそうだった自分の部隊に外で待機する様にハンドサインを出し、扉を閉め、鍵をかけた。

「はぁっ、はぁっ、はぁっ…。な、なんとか、ここまで、戻って来れた…」

「メヴィ?」

「メヴァーエル様! こ、これは一体…」

 メヴァーエルは腰を抜かし、ふーっと大きく溜息を吐いた。そしてペラッカを見上げると、ぐっと親指を立てる。

「出し抜いてやったわ! あのイケメン!」

「へ?」

 そんなことが考えられる余裕と知能が、メヴァーエルに在ったのか。

「ミカエリ家は神の一族よ? うちらが間違える訳がない。ペラ、おじさん達を助けて。カリエラなんて今頃、おじさんとお茶してるかもよ? ヴィアナルス会をここまでひきつけたんだから、あとはおじさん達を呼べば、向こうは火の海、ナタナエル様がうちにスッゴイ力をくれて、ぜーんぶ焼き払っちゃうんだから! それまでここはうちらが立てこもるから、早く行ってきて。ね?」

「う、うん…。無茶はしないで、ね?」

 メヴァーエルのゾッとするような笑顔に圧され、ペラッカは何も言わずに中へ走るしかなかった。


 以前、パラベラム会にいた時に大神殿に行った記憶はない。しかし、官舎の向こうにあると案内に書いてあったので、存外すいすいと行くことが出来た。ヨナの部屋を探しに行った経験が功を奏した。官舎を抜け、中庭にまで出てくると、大きな屋根が中庭に突き刺さっていた。砲撃で折れた時計台が、落ちて来たらしい。空からはまだ、弾が降ってきている。開けるまでもなく、建物の半分ほどにまで長く大きなステンドグラスのある扉は開いて拉げていた。

 中に入ろうとしたところで、後ろが大爆発を起こし、ペラッカは中に吹き飛ばされて転んだ。なんだなんだと瓦礫の影から覗くと、もう一カ所火柱が上がる。グォン、グォン、と、今まで聞いたことのないような低いエンジン音がする。早く中へ逃げ込めばいいのに、何が来るのかと怖くてペラッカはその場に縮こまった。

 しかし、大きな細いバイクに、明らかに定員オーバーな、見覚えのある人間が乗っているのを見て、ペラッカは安心でちびりそうになりながらも飛び出して手を振った。

「イシュ! イシャ! おおーいい!!」

 バイクを運転するイシュの後ろに、明らかに想定されてない乗り方をしているイシャが後ろを向いて、何かをぽいぽいと投げている。更にその二人の間に、真黒な軍服に身を包んだ人物が乗っていた。

「イシュ、駄目だ、突破される!」

「姉さん! ここはぼくが!」

 ギャリリリリリリリリ、と、バイクが横滑りし、後ろに乗っていた二人がペラッカの上に落ちて来る。

「イシュ! イシュってば!」

「行ってくだせえ!!! ぼく達の戦いを始めるんス!!」

 イシュに呼びかけるペラッカの首を、軍服が引っ張り中に引きずり込む。イシャがロケットランチャーを背中から引きずり出し、中に走り込んで、扉の上部を爆破した。瓦礫の雨が、あっという間に入口を塞ぐ。外では既に銃撃戦が始まっているようだった。細かな石屑が降り注ぐ。

「いたたた! 痛い痛い! 助けてー!」

「落ち着いて。私よ、ペラ」

 軍服から優しい声がして、ハッと顔を上げる。顔を黒く塗っているが、確かにあの日、最悪の別れ方をしたサンダルフォナだった。

「さ、サン! 教会にいたの?」

「ちょっと違うわね。教会ともヴィアナルスとも違うから」

「そんなことどうでもいいよ、ねえ、戻ろう? 一緒にいようよ」

 サンダルフォナは、微笑んでペラッカの頭を撫でた。

「よく頑張ったね、これからは一人じゃないわ」

 思わず涙ぐんだペラッカを撫でながら、サンダルフォナが手を引く。イシャはずっと、扉の方を睨みつけている。

 大神殿の中は時々瓦礫が落ちてきて、長椅子が所々引っくり返ってもいたが、奥にでんとある大きな赤い椅子は健在だった。その椅子に、誰かが座っている。修道女の様だ。

「ペラ、よく聞いてね。あの椅子の裏に、逃走用の経路があるの。サデュソン炭鉱に通じてる地下通路が」

「サデュソン炭鉱って、潰れなかった?」

「うん、でもあれで全部潰れるほど、小さな炭鉱じゃないからね。そこから山の向こうへ逃げるのよ。そこを追いかけて、法王と崇敬大司教たちを捕まえてきて」

「話し合って、戻ってもらおうよ」

「あの子を見ても、それが言える?」

 何を、と、聞き返そうとした時、背筋を凍り付かせるような、悪魔の咆哮が大神殿に響いた。

 ―――ああ、そうだ。現実は変わってない。

例え懐かしい友がここにいようと、その友と分かれたあの時点まで、時間が戻ることなどあり得ないのだ。

崇敬大司教は血縁者だ。だから、彼女は一緒に移動している筈なのだ。この場所に、彼女がいる筈が無かったのに。

―――んで、最後の訓練だけど、俺と手合せだ。喜べ。

―――病み上がりとはいえ引けは取らねえぜ。

 あの時は、パラベラム会のフィールドで、弾はペイント弾だった。だが今は、大神殿で、弾は実弾で、サンダルフォナは背中に一対と大小のチェーンソーを持っている。自分の武器は、弾が違うだけなのに、それだけが途轍もなく大きな違いだった。

「姉御…」

「いいわね、手筈通りに動くのよ」

「はい」

「ペラ、カリエラを止めるわ。協力して頂戴」

 そう言ってサンダルフォナは、マルクが投げつけて来たイヤホンとマイクをそっと奪うと、チェーンソーを突き立てて破壊した。サンダルフォナの声が、聞こえたのだろうか。椅子から立ち上がった修道女―――カリエラは、右腕に括りつけられたモーニングスターを振り上げ、自ら座っていた椅子を破壊した。

「おおう…。ぉ、あ、う…。」

 ころす、と、言いたいのだろうか。首は折れ曲がり、唇は麻痺して涎が流れ、それでもふらふらとよろめきながら、殺意を振りまいている。

「ねえ、カリエラって、あの…」

「…知ってるのね、なら話が早いわ」

「!」

 肯定された。それが堪らなく悔しかった。いつのまに自分は、そんなにも友人を見なくなっていたのだろうか。この旅で、なんと自分は友を見なかったのだろう。

「来るわよ!!!」

 ハッと頭をあげた時、カリエラが豹か何かのように手を付いて走り出し、ペラッカの腰に飛びつこうとしていた。獣に襲われた時のように、咄嗟にベレッタを向けたが、目の前で眼を血走らせ、茶色く変色した肌を引き攣らせたその女が、確かに友人の面影を残していたので、引き金は引けなかった。彼女にもう、ペラッカは映っていなかった。

 ガァン!!!

「ペラ引いて! イシャ行って!!」

 回転するチェーンソーが、モーニングスターを受け止める。がりがりと凄い音がして、火花が散る。イシャが大きく迂回し、後ろからカリエラに掴みかかろうとした。しかし、後ろ脚がイシャの下腹部に直撃し、吹き飛ぶ。意識が反れたその瞬間に、サンダルフォナが大きく踏み込んで、カリエラを押し倒そうとした。だが顔の筋肉はあんなにも緩み切っているのに、身体は全く弱っていない。ペラッカは怖くて、腰を抜かしながらも、叫んだ。

「や、め…やめて…止めてカリエラ!! 元に戻って!! 正気に戻って!!」

「おあああああああ!!!」

「カリエラお願い!! あたし達、助けに来たんだよ!!」

 ドガンッ!

 ペラッカの膝の、ほんの小指一本分、前の場所に、小さなチェーンソーが落ちて来る。まだ僅かに動いているが、何かで殴られたらしく、持ち手が拉げていた。カリエラが左手で叩き上げて弾いたのだ。サンダルフォナの左腕が、変な方向に曲がっている。振り上げられたカリエラの左手が、ゆらりと動いて、そのままサンダルフォナの顔を掴んだ。指先はボロボロで、爪も割れている。サンダルフォナがチェーンソーのエンジンを切って、カリエラの頭を横殴りにしようとしたが、カリエラが右手を垂直に伸ばしただけで、肘がチェーンソーを弾いた。ぐらり、と、右手が奇妙な弧を描いてだれる。武器を失くしたサンダルフォナが、ねじ曲がった左手を添え、右手でカリエラの指を剥がそうとする。しかしビクともしない。カリエラが右手のモーニングスターをゆっくりと回し始めた。あれが直撃したら、と考える間もなく、ペラッカの目の前でサンダルフォナの頭が砕け、果物が汁を飛ばすような―――。

「ペラッカさん!!!」

 イシャが叫んだ。我に返る。まだサンダルフォナは死んでいない。モーニングスターが怖かっただけだ。イシャが後ろから、カリエラの顔を掴み、口を布で塞ぐ。カリエラの欠けた歯が、布ごとイシャの指に噛みつく。暴れる頭を押さえつけようとして、イシャの左手に何かが握られているのに気付いた。

「手伝って下さい! ―――いたあああ!!」

 答えるより早く身体が動く。イシャの嫋やかな指に、カリエラの歯が食い込む。それは犬歯ではないのに、割れて尖っていた。イシャがそれでも尚しがみ付くので、咄嗟にその手にあるものを奪い取る。硝子で出来た、人差し指程の大きさの、ポンプのようなものだった。

「その注射を! 姉御の首に!! 刺して、押し込んでください!」

 カリエラはサンダルフォナを掴む手を離し、後ろに纏わりつくイシャを振り落とそうと暴れはじめた。イシャは両手両足を文字通り巻きつけて、上半身に食らいつく。自分の身体の三分の二程とはいえ、一人の人間が乗っているのに、カリエラの体幹はビクともしない。イシャが血塗れの指をカリエラの口に更に突っ込み、襟を掴んで首を晒す。鬱血した肌に、太い血管が浮き、緑色の筋と赤い色の筋が、ネットを被っているかのように縦横無尽に走っている。

「何してるの、はやくやってあげて!」

 サンダルフォナがカリエラの両手を掴み、がつんがつんと激しく頭突きをする。カリエラは全く何も感じていないようだが、額が押しつぶされ、血がにじんでいた。早く早く、と、サンダルフォナは急き立てながら、頭突きを繰り返す。サンダルフォナの上半身は段々と揺れて行って、その衝撃の大きさが、ただの頭突きではない事を示していた。注射器を両手でナイフを握るように逆手で持って、拡げられた首元に突き刺した。突き刺しただけで、カリエラが暴れ、ペラッカの小さな体が弾き飛ばされる。一拍遅れて注射器が首から抜け、カシャンと床に叩きつけられ、中から刺激臭のする液体が零れた。首筋には大きな血の粒が膨れ上がり、それが破れてだらだらと出血する。頭突きを繰り返すサンダルフォナの顔にも、それが飛び散った。

「失敗です! 姉さん、離れて!」

 イシャがカリエラの首に腕を蒔きつけ、背中を沿って締め上げる。だがカリエラは更に出血が激しくなることすら気にせず、今度は腕を強く掻き毟って、イシャの修道服を破いた。布の下から、細い金属で編まれた生地が見える。カリエラの爪が弾け飛んでも、カリエラは止めなかった。崩れ落ちたサンダルフォナの下に飛びつき、ペラッカは額に手を当てた。

「ごめん、ごめんねサン、今、傷治すから、だから―――」

 もう止めて、と、言おうとして、サンダルフォナが何かを取り出したのに気付いた。注射器だ。

「ペラッカ」

「な、何?」

 サンダルフォナは―――微笑んでいた。間違いなく、微笑んでいたのだ。

「楽しかったよ。ペラッカやレラーやメヴァーエルと出会えて、私、本当に楽しかった。この旅だってそうだよ。滅茶苦茶なカリエラと、ヘタレのペラッカと、空気の読めないレラーと、お洒落狂いのメヴィと一緒に色んな所に言って―――とっても楽しかった」

「な、なにを、言って…」

「だからね」

 振り落とされたイシャが、サンダルフォナの足元に転がってくる。カリエラは自分のものか他人のものか分からないくらいに顔を血塗れにして、ぼんやりとこちらを見ていた。

「私は、私の意志で、これを使っても平気だよ」

 そう言って、サンダルフォナは服の裾を捲って、肘の裏にそれを指した。グッと中身を押し込むと、サンダルフォナの目がキッと見開かれる。それは―――ナタスの砦で、カリエラが『カマエル』を降ろした時と同じ顔だった。

「サン? それ、まさかエンジェル―――」

「ペラッカさん、離れてください!」

 止めようとしたペラッカの腕を降ろさせ、イシャがサンダルフォナとの間に滑り込む。目の前で素早く人が動いたことに気付いたのか、カリエラがこちらに歩いてくる。カリエラ、と、呼びかけようとしたペラッカの口を、イシャが頭突きで塞ぐ。

「………おお」

 カリエラが、こてん、と、首を傾げた。その声が、あまりに間抜けていて―――草原を旅していたあの頃に、入った病院で、やれムカデだゴキブリだと素材に目を輝かせたあのカリエラに似ていて、それなのにカリエラは、あのカリエラは、もう戻ってこないのだということに、ペラッカの目の前が眩む。

「あ…、おぉ、あ、………」

 ひくひくと痙攣しているサンダルフォナに興味を持ったのか、カリエラは血の混じった涎を溢しながら、サンダルフォナに触ろうとして―――その手を取られ、背中から投げ飛ばされた。片手でカリエラを投げ飛ばしたサンダルフォナが身体を起こし、痙攣した指先でカリエラを指差しながら、覗き込んでくる。

「ころす? ころす? ころす? ころす? ころす? ころす? ころす? ………」

 壊れたラジオだって、もっとまともな音を出すだろう。血管が叫ぶように、心臓の音がそのまま声になるように、一定のリズムで語りかけてくる。

 ああ、なんてことだ。アンタはそんなこと言う人じゃなかったのに。

 呆然としているペラッカを黙らせるように、しかし泣きながら、イシャが叫んだ。

「『フェニクサを焼き尽くせ』! 『フェニクサを焼き尽くせ』! フェニクサを―――」

 意味は分からなかった。けれども、イシャのその言葉で、サンダルフォナは少々正気を取り戻したようだった。

「うン、尾根がイね?」

「はい、フェニクサを焼き尽くします!」

「わがった、ぉう。えいぐざ、を、夜気ずぐぢぉう」

 辛うじて何とか聞き取れる濁声を溢し、サンダルフォナは咆哮をあげた。その声に呼応するように、カリエラが吼えて飛び掛かる。だがサンダルフォナはその拳を受け止め、カリエラの顔を殴り飛ばす。本当に、殴り飛ばした。けれどもサンダルフォナの手が、右手が、カリエラの左拳を掴んでいる。ピンと伸びた首筋から、唾が飛ぶように血が散った。殴られた痛みで、カリエラの僅かに落ち着いていた闘志が燃え上がる。掴まれた拳ごとサンダルフォナを殴りつけ、よろけた所にサンダルフォナの鳩尾を踏みつけ、マウントを取り、頭を殴りつける。だがサンダルフォナも、痛みに顔が歪むことなく、ごろんとカリエラを床に叩きつけ、自分も上に圧し掛かろうとする。ごろごろと転がって殴りあうその光景が、ただの喧嘩と違う事は、二人とも何も言わず、呻きもせず、ただ無言で、お互いに一方的に殴っている事だった。それは喧嘩ではなく、抑圧であり、制圧であり、屈服させ、虐げ、泣かせて征服欲を満たす為だけの行為だった。いや、意味など無いのかもしれない。

「ペラッカさん、これを」

 イシャが、懐から何か細い銃を渡してきた。見たことが無い。

「麻酔銃です。今、姉御には口から麻酔薬を嗅がせてあります。だから動きが少し鈍い。姉さんは今回が初めての使用ですから、この量では多分死んでしまいます」

「え、ええ?」

「姉御の身体の、皮膚のどこかに撃ち込んでください。ボクも姉御の動きを封じめにかかります。どうか―――姉御を、救うのを、手、伝って…ひっく、ぐす、うぇ、うぇぇぇえん…」

 イシャは泣きながら懇願してきた。何故そんなに泣いているのか分からない。今の状況が何を意味しているのかが分からない。けれども、この銃を撃てば、友を救えるのだということは分かった。

 力強く頷いてくれた事に、イシャは救われたかのように、また涙を流した。その時、ペラッカは彼女の指の皮が噛み千切られていることに気付いたが、それを治療しようとする前に、イシャが雄叫びをあげて転がる二人に飛びついてしまった。

 殴りあう二人の顔は血塗れで、もしかしたら骨も折れているのかもしれない。カリエラは殴っても相手が怯まない事を理解したのか、今度は猛獣のようにサンダルフォナに噛みついていた。服が破ける前に、服の下で皮膚が噛み千切られている。制圧しようとするサンダルフォナと、カリエラの動きを止めようとするイシャと、狂気に支配されたカリエラと、恐慌状態のペラッカの指先が、激しく動きもみくちゃになって、狙いが定まらない。

 パンッ!

「あ…!」

 麻酔銃の一射目が、予期せぬ形で発砲されてしまった。どこに中ったのか、顔を上げると、サンダルフォナの肩に中ったようだったが、針は弾かれていた。サンダルフォナはカリエラから振り落とされ、のた打ち回っている。イシャも吹き飛ばされて転がった。

「まだ弾はあります、撃って! 撃って!! 姉御を撃ってください!」

「ああ、あああああああああああ!!!」

 邪魔者が居なくなったカリエラが、歪んだ手足を伸ばしてこちらに走って来る。拉げた指先は、確実にペラッカの喉笛を引き千切ろうとしていた。

「か、カリエラ―――」

 『お前、明日から聖女』。

今年の春には、そんな馬鹿な事を言って、奇天烈な格好をして、あれよあれよという間に旅に引きずり出したアンタが、なんて様だ。

 パンッ!

 カリエラの頭が仰け反り、その場に昏倒する。額に、麻酔針が突き刺さっていた。

 『オーケイ、上出来だ』。

 ああ、ああ、そうだったんだ。全て分かってたんだね、カリエラ。いつか、どんな形であれ、その時、あたしが『あたしを』護れるように。だから、あんなことを、したんだね。

「カリエラ…カリエラぁぁ…」

 喉が引き裂かれるように泣くペラッカに、イシャが駆け寄る。まだやる事が、とか、立ってください、とか、イシャはまだやる事があると繰り返していたが、動けなかった。こんなの酷過ぎる。

 こんな事のために、旅をしてきたんじゃない。

 こんなことをするために、教会に味方してくれと言ったんじゃない。

 こんなことを強いられるために―――生まれて来たんじゃ、ない。


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