EPISODE56 ガルガリンのなか
その時刻になったことに、ペラッカは気づかなかった。マルクが起こしにきて、それでも暫く何を言っているのか分からなかった。頭が起きるのに数秒かかった。どうやって気付いたのかすら、思い出せないくらいには、頭は寝ていた。作戦が始まると言っても、ペラッカ達は遠目視とレーダーでダアトを見ておくだけである。ただ、それでもヴィアナルス会が支給してくれた軍服を着るのはなんとなく嫌で、大分ぼろくなって茶色っぽくなった白いマントのあの『ゆうしゃなよそおいセット』を着る事にした。いや、どちらも着るのは嫌なのだが、ずっと着て来た服の方がいいというだけだ。
ペラッカはマルクに、何だかモノクロの画面がいっぱいある部屋に連れて来られた。既に何人かのインテリ兵士っぽい人たちが、ヘッドホンをして何かを捜査している。モノクロだと良く分からないが、ダアトの市街地から畑まで、隅々が細かくなって画面に映っているらしい。
ライフラインの遮断と混乱がある程度認められたら、ガルガリン部隊のメヴァーエルに従い、ペラッカとマルク、ニタとレラーは別々のガルガリンでダアトに侵入する。侵入した後は、ペラッカはカリエラを保護する為に探しに行く。
「だった、筈…」
「どうした、怖いかペラッカ?」
宥めるように肩を抱こうとするので、ペラッカはくるりと回って逃げた。
「ご心配有難う。でもいらない」
「そりゃ威勢が良い事で」
相変わらず一々癇に障る男だ。文句を言おうと息を吸い込んだ瞬間、ビビビビビビッ、と屋敷の柱が震えた。遠くに、ガーンガーンと金属音がする。なんだろ、と、痒くなった耳を引っ張りながら、画面を見ると、お菓子の家が崩れたかのような映像があちらこちらに映し出されていた。煙が無いし、炎もない。なんだこれは。
「何アレ…」
変な画像だな、と思っていたが、隣でレラーとメヴァーエルは映画が始まったかのように燥いでいた。
「全弾着弾、目標損壊」
「死者確認できない」
「規模は?」
「全ライフラインの20パーセントに損傷、うち機能不全5パーセント」
「第二波、発射!」
「住人出てきました」
「パラベラム会は?」
「動き認められない」
再び、ビビビビビッと屋敷の柱が震える。それでようやく、ペラッカはそれが防音で塞ぎ切れなかった高周波数によるものだと気付いた。窓に駆け寄って、ダアトを見下ろすと、あまりにも小さく見える丸い空間から、もくもくと煙が出ていた。いや、出ていたというより、吹き上がっていた。炎は見えないが、灰色の煙が上り、ぼんやりと白っぽい霧のようなものがダアトを包んでいる。それを観察している間にも、後ろで数字のやり取りがされている。
「死者確認! ダアト西区商店街!」
ハッとそれを聞いてペラッカは息を飲む。西区商店街と言えば、ペラッカの実家がある。
「待ってマルク! 西区商店街は止めて! あたしの家がある!」
「目標はそこの殲滅じゃない。ライフラインの遮断には漏れがあってはならない。安心しろ、家の中に居るなら大丈夫だ」
「だって、今死者が出たって!」
「おい、死人の様子は分かるか?」
「確認できません! ダアト中央公園沈黙、水路損壊80パーセント」
「だ、そうだ。何、あの女を保護してから、家に行って見るといいよ」
「そんな悠長な! 南区にはレラーの家だってあるのに!」
「それは心配ない。スパイの家系の者の家は、爆撃地付近に住居を構えていない筈だ。忘れていなければな」
「そんなの全然安全じゃ―――」
「水路全壊しました。各自治体貯水池への化学爆弾を投下します」
「通信回路、損壊60パーセント」
「パラベラム会、一個小隊規模が出動しました。どうしますか」
「抵抗勢力は予定通り第二陣で叩く。ライフラインの損壊を優先しろ」
「中央公園からの道路75パーセント被弾、61カ所が噴煙、うち29カ所から熱源を感知」
「第一作戦、完遂率65パーセント、第二作戦へ移行可能な最低限の損壊が認められます」
それを聞いて、ニヤリとマルクが笑った。
「よし、第二段階に移る。機甲師団! 作戦『ガルガリン』を開始する。中央政府大神殿、パラベラム会に着いた者から、作戦『セラフ』に移行しろ! もう一度言うが、一般人は保護、修道士並びに修道女、司祭は原則保護、大司教アダムとエバは拘束、その他の大司教は拘束場合によっては射殺。崇敬大司教、法王は生きた儘拘束しろ。では諸君、作戦開始!」
数名のインテリ兵を除き、全員が立ち上がって敬礼すると、ドタドタと走って行った。レラーとメヴァーエルは、楽しそうに一緒に走って行く。まさか彼女たちは、この作戦で自分の家族がどうなるのか、全く考えていないのだろうか。
「何してるペラッカ、行くぞ。『セラフ』での保護作戦はお前抜きじゃ出来ないんだぞ」
「…うるさいな。今行くよ」
否、今はあれこれ考えるべきではない。自分の家族のこともそうだが、それよりも人間兵器として囚われているらしいカリエラが、前線に出て来たらそれこそ一大事だ。今は迅速にダアトに攻め込み、一刻も早く、彼女が兵器として解き放たれるよりも早く、カリエラを保護しなければ。
屋敷の外に出ると、ずらりと青っぽい灰色の、ペラッカ二人分くらいはあろう巨大なトラックのような、車輪のようなチェーンソーのような、とにかく奇天烈な車が、いつの間にかずらりと並んでいた。車なのに中は見えず、一角獣のように先端に巨大な筒がついている。なんだあれ。あと、何処から外を見るのだろう。タイヤは大きく、ペラッカの胸元まであり、頭のてっぺんくらいの位置に、大量の魚の目玉のようなものがある。なんだこれ。
「なにこれ」
「戦車だ。『文明』の時から、ヴィアナルスが保存してきたものだ」
「せんしゃ」
「そっか、見るのは初めてか。俺と同じようにして、中に入るんだ」
そう言って、マルクはタイヤの上にまかれているチェーンの上に先ず脚をかけ、次いでその上の車体の一部にもう片方を掛け、ひょいひょいと上って行った。小さな四角いベレー帽のような大きな部分の天井を引っ掻くと、ぱかん、と、蓋が開く。なんだか缶詰の蓋みたいだ。マルクはその中にひょいと入って行った。ぽかんとし見ていると、何故か奥の方が、またぱかんと開き、マルクが上半身を出した。モグラみたいだ。
「おい、何してる。時間が無いんだ、早くしろ!」
「………。脚、届かない。あたし、背ぇ低いもん」
自分の胸元まで足が上がらないんだ、と、ペラッカは片足を上げた。ただ、マルクから見ると車体の影になっていて、何をそんなに渋っているのか分からないようだった。
「身体つかってよじ登れよ。一人で乗り降りできないと、作戦が根本から崩れる!」
「わかったよ! ちぇ、カリエラだったら助けてくれるのに…」
「なんか言ったか?」
「なんでもなーい。ちょっと待って」
自分の頭の半分くらいの、車体とチェーンの間に両手を入れ、よいしょとよじ登る。車体は冷たく、支給された軍服でなければ触れただけで縮み上がりそうだ。ぺったりと身体を押し付け、どうにかチェーンの上まで身体を持って行き、今度は車体の方にもう一度しがみ付く。手をかけると、手袋越しにもその車体が鉄でもプラスチックでもない謎の物質だということが分かった。鉄というにはあまりに音が軽く、かと言ってプラスチックの割には硬い。『文明』の頃には、自然界を乗っ取った人間の技術がどうたらこうたらとか、習った気がするので、その所為だろう。二段階登るだけなのに、物凄く疲れる。
「どっちに入るの?」
上から見ると、『せんしゃ』はやはり異常な形をしていた。帽子を二つ被ったような謎の空間の、大きい方の蓋が開いている。こっちこっち、と、その中で誰かが手招きをしていたので、恐る恐る入ると、これまたみっちりとした丸い測量計が敷き詰められた空間に出た。何故か、目の前にノートパソコンがある。既に前の運転席らしき所に一人、その隣にもう一人座っていた。ペラッカの入った穴の隣に、少し上につけられた椅子がある。マルクはそこに乗っているらしい。下から覗い見ると、マルクだけ頭が、やはりモグラのように出ていて、何かを覗き込んでいる。いつの間にか、ヘッドホンのなりそこないのようなが、耳についている。見渡すと、丁度自分の足元にも、ヘッドホンのなりそこないが落ちていたので、見様見真似でつけておいた。なんだか、コーコーと音がする。しかしそのヘッドホンから、マルクの叫び声が突き刺さって来た。
「状況開始、進撃!!!」
「わあああああ!!!」
その途端、『せんしゃ』が動き出した。余りに大きな振動に、ペラッカがくるりと椅子の上で引っくり返る。速度計の針が銘々にぐらぐらと動き、ノートパソコンが光る。前から上から、ヘッドホンから大量の情報が流れ込んできて、気が狂いそうだ。
「このバカ! しっかりつかまれ! インカムを外すなよ、耳壊すぞ!」
「あべべべべべべべ」
「距離フタセンまで前進、以降任意の砲撃を許可する! 最速力で乗り込め!」
「ぎゃあ!」
ばこん、と、大きな音がして、蓋にペラッカの頭が激突する。悶えている内にも、がたん、ごととん、と、戦車が跳ねる。暴れ馬だってこんなに跳ねないんじゃないか。気持ち悪い。吐くものも胃の中で転がっている。
「隊長、距離フタセンサンマルですが、フタマル先に障害物が、迂回しますか!」
「この程度で怯むな、吹き飛ばせ! 砲身だけは傷つけるなよ!」
「あたしを傷つけないで! ―――ぎゃんっ!」
「馬鹿野郎、気を付けろ!」
「す、すいません…」
がいん、と、前の座席に座る兵士の頭にペラッカの脳天が激突し、ペラッカの耳に嵌っていたインカムが外れる。衝撃にきんきんと痛む耳を引っ張りながら、車とくらべれば随分小さいのぞき穴のようなものを見ると、目の前に巨大な岩が転がっているのが見えた。いや、転がっているというより、生えている。
「撃て!」
バリバリバリバリバリ!!!
「命中! 視界よし、このまま進め!」
「おぉ…」
何とも形容できない声が出て、ペラッカは目を回した。本当に眼球が動いている感じがする。ごりごりと頭蓋骨に、眼球が押し当てられて転がっている。体中の皮膚が弾け、服が弾け飛んだような衝撃が前から、特大のバケツで水をぶつけられたような、とにかく大きな音の塊の中に放り込まれたような感じだ。心臓が表裏に何度も引っくり返りながら、暴れる。
死ぬ。こんなことしてたら、死ぬ。ここから逃げないと………。
何とかしてここから出ようとし、先程モグラのように入って来た穴を押し上げる。ばかん、と、音がして、蓋が開いた。
しかし、頭を出すと、物凄い勢いで戦車は走っていて、目の端に白い筋が幾千も見えた。音の塊だけでなく、風の塊が、ガタガタの山道に大量に固まっていて、それに次々と突っ込んでいる。
「何やってるペラッカ! インカムして下に戻れ! ダアトの城壁を破壊する! 砲手!」
「距離セン、発射出来ます!」
慌ててペラッカは戻り、転がったインカムを探した。しかし見つからない。
「撃て!」
ないよりましだ、と、ペラッカは両手で耳を塞いだ。再び服が弾ける。この音を毎日浴びていたら、脂肪燃焼効果がありそうだ、と、何故かレラーのようなことを考えた。いや、そんな事でも考えていないと、本当に死んでしまう。
「命中! 続けて撃て! 速度を落とすな、大神殿を突き崩すぞ!」
再び服の弾ける感覚がした。




