EPISODE52 かんしゅのへや
事の次第を聞いたペラッカは、怒りよりも驚きよりもやるせなさでいっぱいで、言葉を失った。メヴァーエルは安心してきたのか、徐々に涙をぽろぽろと溢し始め、レラーでさえも沈黙した。
何が起こっているのか分からない。サンダルフォナが何にそんなに激怒したのか分からない。
カリエラは? 彼女は無事なのか? 何があったのだ? 拷問されただけ? 拷問で、どれほど酷い事をされたのだろう? 命はどれくらい危ないのだろう?
「ぼんやりとしてるところ悪いが、君たちの意思を聞かせて貰えないか?」
こんこん、と、扉をノックする音がした。驚いて振り向くと、暴力的な傷を頬に持った、プラチナブロンドの、自信と闘志に満ち満ちた瞳の青年―――アイン海岸では頬の傷しか、シルファーの村ではその容赦の無さしか分からなかった、不気味な青年は、硝煙と体液の坩堝において、悲しいくらいに若々しかった。
「俺はヴィアナルス家頭首マルク・ヴィアナルス。君たちは今、ダアトの教会組織員を傷害したものとして、既にダアト内では手配されているだろう。仲間になるのなら、全面的な保護と援助を約束しよう。勿論、旅で忘れかけていたベッドやフライ、オーブン料理なんかと一緒にね」
「なかまに?」
メヴァーエルが呟く。涙の中で、確かに伸ばされたその手を掴もうとしていた。だがペラッカはそれに気づき、両手を広げて二人が手を取りあおうとするのを―――否、マルクの誘惑を拒絶した。
「保護? 援助? 何を言っているの?」
「…『聖女』ペラッカか。あの女に何を植え付けられた?」
「そんなんじゃないわ。だってアンタ達は、ここに来る前だって、あたしの友達を殺そうとしたじゃない。サデュソン湿原で、ゼブルビューブで、そしてシルファーの村で、ナタスの砦で、あたしの友達を何度も殺そうとした。そして今度は、仲間? バカにしないで!!!」
「………」
マルクは黙って聞いている。
「アンタ達がなんでカリエラを殺そうとしているのか知りたくもない!! 友達と喧嘩別れしたからって、敵になったわけじゃない!! ふかふかのベッドより、カリエラ達と野宿した寝袋の方が、ずっとずっと楽しいんだから!!」
「………ふーん」
ぽりぽり、と、マルクは頬の傷を指で引っ掻く。その笑顔は寒々しく不気味で、暖かい優しさに満ちている。
「じゃあ、教えてやろうか?」
「教わる事なんてないッ!」
「あの女がいつ、だれを殺したのか。何故俺達に憎まれているのか。それを知ってからでも、遅くねえんじゃないか?」
「そんなの、単なる言いがかりだ! 騙されない!」
「教えて」
ところがメヴァーエルが、ペラッカの腕を降ろして言った。レラーはおっかなびっくり、メヴァーエルの後ろに隠れながら、こくんこくんと頷いている。
「うちらの友達をなんでそんなに悪く言うのか…。カリエラのあの横暴さが、本当に悪なら、うちらは協力する」
「ちょっと!」
「ペラは不思議じゃないの? カリエラが本当に大好きなの? 嫌な所は一つもないの?」
「う…っ」
思わずペラッカが押し黙ると、ぽそぽそとレラーが二の句を継いだ。
「ウチだって、カリエラちゃんのことは友達だって思ってるよ! だけどさ、だけどさ! 抑々この度だって、騙して始まったんだよ? 沈黙の島だって、騙されて行って、それで勝手にピンチになったじゃん! 西に来てからなんて、もうずっとずっと、戦いばっかり! ウチこんな不安な旅やだ!! もっと安心して楽しく暮らしたい!!」
「………」
「ペラ、うちら、この人の話、聞いて見たい。その上で、カリエラが正しいなら、絶交すればいいじゃん」
「そんな簡単なことじゃ―――」
「だって、カリエラの無茶苦茶は、もううんざりなんだもん!!」
メヴァーエルはそう叫ぶと、ペラッカを突き飛ばすようにしてマルクに歩み寄った。呆然としているペラッカを気にしながらも、レラーまでもがその後に続いてしまう。
「どの道、うちはサンにアンタ達に売られた身だからね。サンの裏切り者は許さないだから」
「う、ウチはこっちの方にも興味あるっていうか…」
しどろもどろに言い訳を並べるレラーに、マルクは微笑んでお辞儀をした。
「ヴィアナルス会にようこそ。歓迎しよう、メヴァーエル、レラー。―――君はどうする? 聖女サマ」
その言い方が余りにも挑戦的で、ペラッカは拳を握りしめ、ぎっと睨み返した。メヴァーエル、レラーと睨みつけ、もう一度マルクを睨みつけ、ごくんと生唾を飲みこむ。ずんずん、と、歩いていき、ぐっとマルクを見上げ、胸に人差し指を突き付けた。
「仲間になんかならない。でも今いきなりドンパチもしない。けどカリエラが悪者だっていう確かな証拠を示せないのなら、いのいちばんに出てくからね!」
「いいだろう。こんな事もあろうかとね、バーチャル・リアリティを作ってあるんだ。案内しよう―――俺の姉が、カリエラに殺された日に」
マルクの言葉は、どうしようもなく悲しみであるはずなのに、どこか愉しそうだった。
マルクは館の二階から裏手に出た。そこには凍てつくような山肌を進む為の、大きなキャタピラを持ったトラックがあった。荷台には生き残った兵士や、ネツァクも乗っていた。マルクが乗ろうとすると、一同は立ち上がって敬礼し、マルクを一番奥の大きな唯一の椅子に、そして三人の新入りに座布団を出し、扉を閉めた。暗くなった車内に、ぽっと蛍光灯が光る。
三人が座ると直ぐ、女の兵士が衝立をかけ、身体を綺麗に拭いてくれた。もうどろどろだから、と、カリエラが作り、旅の過程で改造された服を脱がせ、清潔な彼等の制服をくれた。なんとペラッカのサイズもぴったりだった。少し冷めていたが、さくさくのフライや肉汁の滴るステーキ、香り立つロブスターなどを出してくれ、身体も痛いだろうと、軽い按摩までしてくれた。ペラッカは余りの優待にぽけっとしていたが、メヴァーエルとレラーは、今まで溜まった鬱憤を盛大に吐き出していた。思わずペラッカも大きく相槌を打って同意したいことも強調したいことも沢山あったが、それよりもにこにこと笑う女たちが不気味で、気後れした。
「聖女なんて、大変だったでしょ」
自分にホットココアを出してくれた若い女性が、微笑んで隣に座った。
「ん…、まあ、それなりに」
「よく今まで頑張りましたね。これからは私達が一緒ですよ。一人になんかしないし、ちゃんとどうしたらいいか、言いますから。私達の―――族長の言う事を聞いていれば、全部大丈夫ですから」
反対側に、兄嫁くらいの年齢の女性が座った。手には見慣れないサングラスのようなアイマスクのようなものを持っている。彼女たちの優しい言葉に、心が締め付けられるような安心感が生まれるが、他でもない自分自身が、その安心感に背を向けようとしていた。
ああ、でも―――。
「さあ、ゴーグルをどうぞ。あなたたちを騙した魔女のことがわかるから」
こんなにも、酷く言われているのに。
心の中のアンタは、なんでそんなに悲しそうに笑うのさ―――。




