EPISODE51 やかた(メヴァーエル)
サンダルフォナが立ち去ると、ネツァクはあっさりとメヴァーエルの手錠を外した。驚いていると、ネツァクは溜息を吐いて肩をすくめた。
「君、自分の価値を量り違えてるよ。本人ならともかく、第三親等くらいであのカメレオンがアインの裏切り者を排除してでも助けようとするとは思えないね。でもせっかくここに来たんだし? 観光位していけば?」
何の事かと問う前に、すぐ近くからサンダルフォナの悲鳴の様な怒号の様な、凄まじい叫び声がした。ネツァクは、いってらっしゃい、と、微笑んで手を振っている。ここにカリエラが捕まったのは自分の責任でもある。恐らくサンダルフォナはカリエラの元へ行ったはずだ。即ち二人は、二階の一番西の部屋にいる。
急いで駆け込んだその部屋は、ムッと嫌な臭いがした。
チェーンソーとサクラによって、数人の男の死体が既に出来上がっていた。全裸で目と口を半開きにしたカリエラの身体を抱きしめ、サンダルフォナは震えていた。
「サン!? こ、これは、いった―――」
ドンッ!
メヴァーエルの顔のすぐ近くを、弾丸が通り抜けていく。衝撃でよろけて尻餅をつくと、サンダルフォナは涙を流しながら、今にも殺しそうな眼と指先でサクラを向けていた。
「メヴァーエル………。よくもカリエラを売ったわね………。よりによってアイン・ソフに………。一等カリエラを憎悪しているヴィアナルスに!!!」
「そ、それは…だって、死にたく―――」
「黙れ!!!」
反対側にもう一発弾丸が撃ち込まれた。すっかり腰が抜けて、逃げることは叶わない。否、ここで逃げた所で、背中がハチの巣になるのは目に見えている。
「これ程人を殺したいと思ったことはないわ………。だけどアンタは殺さない、地獄を見てもらう。ミカエリ家の令嬢として生まれた事実を呪いながら死ね」
身を竦ませているメヴァーエルを尻目に、サンダルフォナは黒い修道服でカリエラを包み、全く無反応なカリエラの頭を強く抱きしめた。カリエラは全く動かず、糸の切れた傀儡という言葉が正しくぴったりという具合だ。一体何が起こったのか分からない。ただ状況を理解している筈のサンダルフォナだけが、何も言ってくれない。汚れたマネキンの様になったカリエラを抱き上げたその時、高い銃声が響き、廊下の窓ガラスが割れた。
「まだいたか! 死にたくなきゃ引っ込んでるのよ、メヴァーエル!」
カリエラを後ろに隠し、サンダルフォナがチェーンソーとサクラを構えて正面を睨む。本棚に隠れながらも様子を窺うが、敵の様子が分からない。いつもの穏やかなサンダルフォナの面影はない。まるで今の彼女は―――まるで、今の彼女は―――。
「ぐあっ!」
「! サン!」
「寄るな!」
悲鳴をあげて倒れ込んだサンダルフォナは、被弾したらしい脚を庇い、チェーンソーを杖にしてサクラを放つ。しかしそれらは突入者には当たらなかった。二人分の足音が聞こえてくる。何を思ったか、サンダルフォナは残り一発になったサクラをこちらに向け、メヴァーエルの真後ろにある本棚の楔を打ち抜いた。途端に大量の本にすっかり埋もれる。
「さ、サン! これは―――」
「黙ってなさい! 私が良いと言うまで!」
ひゅん、と投げた弾切れのサクラが、撃ち落とされる。サンダルフォナがチェーンソーを回しても、突入者は怯まなかった。寧ろ、隙間から見ている限り、サンダルフォナの方が劣勢だ。
「この、小童がァ…っ! 私のカリエラに触るなァ!!!」
ガァン!!!
巨大な真黒な銃身と、それと同じくらいの白銀のチェーンソーが鍔競り合いをする。チェーンソーの鎖は僅かに動いているが、銃身の複雑な凹凸も負けてはいない。
「姉御!!」
両手の塞がっているサンダルフォナの横を、小さな黒い塊が通り過ぎて行った。修道女だ。まだ幼げなあどけない骨格を帷子で護って、自分の1.5倍―――否、2倍はあるカリエラの身体を持ち上げようとする。だが重たいらしく、ずるずると脚を引きずって、部屋を出て行こうとした。サンダルフォナが叫ぶ。
「待て!! カリエラを離しなさい!」
「黙れ、この売女!」
パァン、と、すぐ目の前でサンダルフォナの太腿がもう一度打ち抜かれる。急所に中ったのか、チェーンソーが手から落ち、その場に蹲った。止めを刺すつもりはないらしく、イシュは銃を構えた儘、イシャの先に行き、廊下を見張り、外へ出て行く。
「く、っそ…! 待て、待て…! カリエラ! カリエラァーッ!!!」
引き裂かれそうな泣き声だった。痛い事も痺れている事も気づいていないかのような雄叫びを、愛しい者の名を叫んで、サンダルフォナは頭を抱えて丸くなった。ばりばり頭を引っ掻いて、大きく早い深呼吸を繰り返し、漸くこちらを向く。
「ひっ!」
「もういいわよ、出て来なさい」
怖くて怖くて、ちびりそうだった。それでもなんとか言う事を聞く。サンダルフォナが震える指先でタイツを引き裂き、歪み、白っぽいものがいくつも覗いている太腿の傷の少し上を縛ろうとしていた。力が入らないのか、タイツを引っ張ろうとすると指先から零れる。
「う、うちが結ぶよ!」
「しっかりやってよ、大動脈がやられてるかもしれないからね」
よく分からなかったが、取りあえず一大事らしい。いくよ、と、一声かけ、一気にギュゥゥゥッとタイツを交差させ、引き延ばした。
「うお、あ、おああああああーっ!!」
「だ、大丈夫!?」
「ちゃんとやって! はぁ、はぁ、はぁ」
脂汗を噴くサンダルフォナに怯えながら、何度もタイツを交差させ硬結びに硬結びを重ねる。外から何か争う声がする。
なんでもいい、だれでもいい。だれか来たのなら、サンダルフォナを治して。うちにはこれ以上何もできないよ。
「メヴァーエル、そこらへんに、サクラが落ちてる筈。持って来て。不発弾が一つ入ってる筈なの」
廊下でイシュとイシャが、何か話しているらしい気配がした。扉の向こうの彼等に見つからないように―――というより、腰が抜けて、四つん這いになって、小さな黒いL字型の銃を持ってくる。サンダルフォナに手渡した時、後ろから音と光の爆発が起こり、メヴァーエルは前に転んでサンダルフォナに抱きついた。もう限界だ。怖い。
「メヴィ! サン! 大丈夫!?」
しかし、扉を破って転がり込んできたのは、ペラッカだった。後ろにはレラーもいる。安心して、ちびりそうになった。涙も出ていたかもしれない。ペラッカは息を上がらせながら近寄って言った。
「二人とも無事だったんだ! 良かった、メヴィは怪我してない?」
「う、うちはしてない…。でも、サンが…」
「分かった」
ペラッカなら、聖女としてどんな傷も治してくれるはず―――しかしサンダルフォナは無言でその手を払った。サクラからいつの間にか取り出していた弾丸を破壊し、中の粉を傷口にかけ、サクラを動かして焼き潰す。その仕草は余りにも暴力的で、まるでその傷を焼く炎は、メヴァーエル自身への怒りにも、裁きにも思えた。
「さ、サン? どうしたの…?」
「分からないの?」
横からでも分かる、サンダルフォナの恐ろしい眼。この世の者とは思えない程に昏く、寒い眼だ。何のことか、自分よりも分からないペラッカが持っていたチェーンソーをひったくり、脚を庇いながら立ち上がった。
「チェーンソーを持って来てくれたことは礼を言うわ。でも私は手紙に書いた通り。使命よりカリエラの命を優先させてもらう」
「サン、何を―――」
「現刻よりサンダルフォナは聖女ペラッカ護衛並びに法王勅令の一切を放棄する。…つまり私は一抜け。じゃね」
もう脚は痛くないらしい。サンダルフォナはそういって、壁の穴に消えていった。




