EPISODE47 ペラッカのゆめ
ああ、どうしよう。
ペラッカは頭を抱えた。何故かと言うと、明日テストがあるのだ。ヤハーエル高等学校に入学したばかり、つまり一番簡単なテストで良い点を取れなければ、恐らくこの後ずっとビリッケツだ。ペラッカは自分がさほど頭が良くない事は自覚しているが、それでもやはり、良い点を取りたいと言う気持ちはあるのだ。特に、高等学校では絶対に負けられない二人がいる。どうにかしなくては…。
移動教室に行ってからも、ペラッカの苦悩は続く。授業が始まるまでの間、どうしてこのややこしい名前の羅列を覚えればいいのか、それだけが気になる。
「根暗! ノート見せなよ!」
「あ…っやだ、返して!」
その時、いつもの非行少女の実に典型的な声が聞こえた。こういう輩がいるから、ペラッカは教室であまり目立たないようにしている。
ただ、その時は何となく顔を上げた。本当に、何となく。気紛れだった。
非行少女たちは、セミロングの黒つ羽跳ね毛の少女のノートを、ひょいひょいと回して中身をじっくり見ては、ゲラゲラと笑っている。
「あははははっ! やっぱりだ。いつも手元が授業と噛みあわなかったから不思議だったんだよねー。アンタ、小等にも中等にもいなかったよね? アインから留学してきたんでしょ? あ、それとも売られてきたの? どっちにしても字が書けないんだー! ほらペラッカ、アンタも見てみなよ!」
ここで下手に仲間とみられるのも嫌だったが、目立って波風が立つのはもっと嫌だった。
ノートを見ると、そこには守護天使の絵が描いてあった。教科書には載っていないような、素晴らしい絵。特別上手いと言う訳ではない。ただ何か、心に胸を打つものがある。それに、その絵を見ればその守護天使の名前が分かる位に、背景、装飾品、表情まで細かく描かれている。ノートを取り上げられた少女はペラッカに歩み寄り、ノートを取り上げて、しくしくと泣き出した。非行少女はノートが持ち主に返ったことで、興味を無くしたようだった。
「ね、ねえ、もしかしてこの天使、貴方が描いたの?」
「うん。…へ、ヘタクソでしょ?」
「そんなことないよ! 文字で教えるよりずっと分かりやすい! ねえねえ、この天使様はもしかしてラファエル様?」
「うん…。あ」
その時少女は、ペラッカのノートを何気なく見て、一行を指差した。
「間違えてるよ。七大天使で『カマエル』が入るのは、エノク書じゃなくてディオニュシオス文書」
「え? あ、ありがと…」
「まだ間違えてる。ディオニュシオス文書における七大天使は、四大天使に加えて、『カマエル』『イオフィエル』『ザドキエル』。ゼラキエルはエノク書の方」
「あ、うん、わかった…。…ね、もしかして全部覚えてるの? じゃなきゃこんな細かい絵描けないよね?」
すると少女は頷いて言った。
「天使は全部知ってる。だから、ヤハーエルの授業はつまらないから、絵を描いてるの」
「すっご! ねえ、じゃあ今回のテスト範囲…」
「全部分かるよ」
「お友達になって! それで勉強教えてよ! あたしペラッカ。西区クッラペ花屋のペラッカ。貴方は?」
「…僕、カリエラ。カリエラ・アンモナ。貴方の名前は、守護天使の名前じゃないんだね」
「うん、あたしが産まれた時、実家の花屋さんがオープンしてね。可憐な花の様にって『花』って意味なの。安直よね。父さんも母さんも高等学校出てないから、天使様の名前、あんまり知らないの」
それが、カリエラとの最初の出会いだった。
その様子を、遠くから見守っていた人物がいた。涙声から一転して、カリエラの表情が明るくなる。
「サン!」
「ね? 言ったでしょ? 貴女の絵は確かに上手くないけど、分かる人には分かる感動があるのよ。…ペラッカさんだっけ? 私、北区ペンション・ハーヤーのサンダルフォナ。カリエラとは昔からの付き合いなの。良かったら私もお友達にしてくれないかしら」
「もちろん! あたし、まだ高等学校で友達作ってないんだ。よろしくね、サンダルフォナ!」
「サンでいいわよ、長い名前でしょ?」
クスクスと笑うサンダルフォナは、あの頃から既に大人びていた。
それから少し時間が経って、サンダルフォナが別のクラスだと知った頃の事。ペラッカはカリエラに声をかけた。カリエラは必要最低限の接触しかしない。恐らくペラッカが非行少女達に目を付けられるのを恐れているのだろう。だからこそペラッカは二人を紹介した。
「カリエラ、あたしの友達だよ」
その時もカリエラは絵を描いていた。
「初めまして! レラーだよ~! ペラッカちゃんとは中等学校時代からの友達なの~!」
「レラー…だけ? レラーエラじゃなくて?」
するとレラーは、きょとんとした。ペラッカも何を言っているのか分からず、カリエラに解説を求める。カリエラは答えた。
「レラーエルは輝きの天使。『エル』とか『エラ』を付けて守護天使の名前をそのままとることが多いけど…。貴方は『レラー』だけなの?」
「うん、そうだよ~。多分、『レラーエラ』だと発音しにくいからじゃないかな~?」
それはアンタだけだ、と思ったが黙っておく。
「うちはメヴァーエル・ミカエリ。メヴィって呼んでいいよ」
「ヴァ? バじゃなくて?」
「うん。なんかね、その方が可愛いと思ったんだって。でもうち、『メヴァーエル』って名前気に入ってるよ」
この親にしてこの子あり、である。
「貴方、不良に弄られてるんだって? うちがガツンと言っといたからね」
すると、ぴくっとカリエラは反応した。
「ミカエリ…。そうか、法王様の…」
「あ、伯父さん知ってるの? うち姪っ子。…貴方は?」
「あ…カリエラ。カリエラ・アンモナ」
今度はメヴァーエルがきらきらと目を輝かせた。
「アンモナ? という事は、アンモナ大司教の親戚?」
「あ…その、お爺ちゃんとお婆ちゃん、です」
「わあ凄い! あのアイン人たちの事は教会でも尊敬しているダアト人が多いんだよ! そんな人の孫に手を出すなんて、やっぱりバカっているのねー!」
少し非行少女が可哀想に思えた。
「アイン人の子孫でも、友達の友達はうちの友達! よろしくね!」
「う、うん…。宜しく…。…あ、そうだ」
カリエラはノートを捲り、二枚の絵を切り取って二人に渡した。
「これ…。レラーエルとメバーエルの絵。お近づきのしるしに」
「わあ! もらっていいの?」
「うん…。あんまり、上手くないけど」
「そんなことないよ~! レラーエル様ってこんな天使様なんだ~! ウチ、見たの初めて!」
カリエラは微笑んだ。ペラッカはその時、教室の外から、微笑ましく見守っているサンダルフォナと眼が合ったが、サンダルフォナはすぐにどこかへ去ってしまった。
それから暫くして、また移動教室があった日、カリエラは自分からサンダルフォナを紹介した。こうして、五人は友達になった。
友達を得たカリエラは段々と緊張がほぐれ、『僕』ではなく『俺』というようになり、楽しい時があればゲラゲラと笑い、だれかがボケた時には全力で突っ込みを入れ、笑いながら汚い言葉で勉強を教えるようになった。緩やかな変化だったので、三人もカリエラなりの愛情表現を受け取ることに苦労はしなかった。
「おいペラ、ペラッカさんやい、授業終わったぞ、起きろ」
「あと五分…」
「ペラちゃ~ん! 大変だよ~!!」




