EPISODE42 ナタスのちゅうしんち
ハホヤーと名乗った老女は、同じような武装をしている人々が集まった円形の部屋に連れてきた。中心のテーブルには白い地図が置かれ、その地図には赤い記号がいくつも書かれている。それを取り囲む様に、重装備をした老兵達が立っていて作戦会議のような事をしていた。恐らく、此処にいる老兵と、軽装備の女子供だけが生存者なのだろう。
「部隊長、その子は?」
「カリエラの友達みたいなんだぜぇ」
「カリエラ!? あの子、今どこに!?」
「若いのに迎えに行かせたよ。もう戻って来るんじゃねえか?」
やはり皆知っているようだ。口々にカリエラについて何か喋っている。
それにしても彼等は、男女も年齢層も関係なく、皆荒っぽい言葉で喋っている。イントネーションは、打ち解けてきた後の男言葉を使っているカリエラに近い気がする。東、南、西と回って来たが、こんなに強い訛りは聞いたことが無い。沈黙の島は、恐らく例外だと考えられるだろう。
「あの、ちょっと聞いていいですか、ハホヤーさん」
「バーバと呼びな」
「じゃ、バーバさん、皆さん、どうしてカリエラを知ってるんですか?」
すると、一同はピタリとお喋りを止めた。今度はひそひそと囁き合っている。ハホヤーは暫く黙っていたが、その内フンッと背中を向けてしまった。
「あの子に聞きな」
何故急にそっけなくなったのが分からなくて混乱していると、バタバタと足音が聞こえてきた。
「部隊長!」
「なんだい、うっせえな」
ハホヤーが振り返る。視線を一緒に持って行くと、兵士が入口で襲ってきた青年の亡骸を抱いていた。あれはたしか―――カフジエルといったか。少し遅れて、サンダルフォナに抱えられるようにしてカリエラも姿を現す。
「バーバ!」
カリエラはハホヤーを見るなり、飛びついて再び泣き出した。ハホヤーがゆっくりと椅子に誘導し、しゃくりあげるカリエラから事情を聞こうとしたが、そこにサンダルフォナが割り込んだ。
「誰だ、アンタ」
「お初にお目にかかります、ハホヤー部隊長ですね。サンダルフォナと申します」
するとハホヤーは目に見えて動揺した。何だろうと思っていると、同じことを考えていたらしい兵士達も、不思議そうな顔をする。ハホヤーは戸惑いながらも、サンダルフォナに着席を促し、事の詳細を聞いた。ペラッカも便乗して、自分の聖女としての役割、今までの旅路の事を話した。
「………カーフィはおれの孫でね。…カリエラとは親しかったんだよ」
「そうだったんですか…。申し訳ありませんでした」
「仕方ねえさ。ヴィアナルス達に目を付けられて、あの家にも裏切られたおれ達だ。何年も前から覚悟はしてたんだぜ。いずれはこの砦も朽ちていくだろうってさ」
「あの家?」
ペラッカが割り込むと、一同は静まり返った。誰も何も答えようとしない。ずっと俯いていたカリエラが沈黙を破った。
「あのバカ二人にはまだ言うなよ」
「う、うん」
「北のヴィアナルスってのはな、言わば殺しの専門家の集まった町だ。ヴィアナルス町長にしてヴィアナルス会の頭目『マルクト』、その直属の部下『アイン・ソフ』。メレクはそのアイン・ソフに入って『ネツァク』っつー公式の名前を貰ったわけだ。で、それに続いて、代々特殊な技法を受け継いだ殺し屋の家系がうじゃうじゃ。その中には、暗殺技法を受け継ぐ特殊な技法を受け継ぐ家系もあるんだそうだ。暗殺とは程遠いけど、メレクの武器だった『寸鉄』は、暗器だから、メレクの家系は暗殺家系なのかもな」
話が壮大すぎて全く分からない。
「…んでもって、殺しの集団がいるってことは、そいつらに爆薬だの刃物だの薬だのを売らなきゃならん奴らがいる。つまり軍需産業家、平たく言えば武器商人だ。…ま、その家が例の、アイン草原で話した、没落した家なんだけどな。んでんで、更にさらに、その爆薬だの刃物だのの材料を集めにゃならん奴らがいる。それが、ここナタスの砦の仕事なんだよ」
「ヴィアナルス家は、その商家の没落に大層お怒りでね。おれ達に因縁をつけて、今までよりも遥かに悪い待遇でビジネスを持ちかけたんだぜ。それを断り続けて膠着状態が続いてたんだが、今はこの有様。なんでって、急に崖の上からカマエルの使いを送り込んできたんだよ。大方、ナタスを全滅させて、ネットワークを全て乗っ取る心算なんだろうさ」
ハホヤーが怒りを噛み潰して現状を説明した。兵士たちの何人かは、怒りが再熱したのか、そわそわと落ち着きを無くし始める。
「それでバーバ、一体これからどうするつもりだ?」
「そんなのは決まってるさ」
ハホヤーはカリエラの頭を撫でた。慈しむようなその優しい手に、カリエラの引き攣っていた顔が僅かに緩む。思わず吹き出しそうになった。こんなに柔らかな表情のカリエラは、久しく見たことが無い。恐らく…真夏のパラベラム会で見た、ヨナを前にしたカリエラの時以来だ。
「おれ達ゃカリエラの味方。だからダアトに味方するぜ。例え人権を認められなくともな」
ダアトに―――教会に味方すると言ったのは、此処が初めてだった。ペラッカは思わず立ち上がり、ハホヤーに詰め寄る。
「本当ですか? あ、あたしが何もしなくてもなってくれるんですか?」
「おれ達はお嬢ちゃんじゃなくてカリエラを選んだだけさ。カリエラが味方する全ての味方、それだけだよ」
正直、この攻防戦で犠牲になった人々を生き返らせろ等と言われるのではないかと気が気ではなかったのだ。
「カリエラ、銃は多分、パラベラム会の方が充実してるだろう。だけど弾や薬、爆薬の基なんかは大量にあるよ。持ってお行き。…それから、サンダルフォナと言ったかね。アンタとは少し話がしたい」
そう言って、ハホヤーはサンダルフォナを別室に連れて行った。一方でカリエラとペラッカには上等で堅牢な部屋が宛がわれた。本来は族長の部屋らしいが、此度の戦乱で一家全滅し、誰も使っていないとのことだった。




