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仮想遊戯  作者: 菊華紫苑
第二章 白砂青松
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EPISODE27 ハーヤーのなかにわ

 さて、ペラッカが銃の練習に勤しんでいる頃、サンダルフォナはペンション・ハーヤーの中庭にレラーとメヴァーエルを連れてきた。中庭には巨大な池があり、沢山のマングローブのような巨木が鬱蒼と茂っている。その手前に、倉庫が一つだけ。しかもボロボロだ。恐らく何年も使われていないのだろう。ボート小屋かもしれない。

「レラー、取りあえずフル装備でこの池の中に入って」

「え~!? この池ばっちいよ!」

「大丈夫、ミジンコとかならいないから」

「『とか』って何!?」

「いいから入る! 修行にならない! 天使様のお役に立てないんだよ!」

「ぶー…」

 レラーは渋々池の中に入った。それでも太腿よりも上が浸かる事の無いように歩を進めている。ここには誰もいないのだから、誰にのぞかれる訳でもないと言うのに。サンダルフォナは焦れて、背中をドンと押した。レラーが間抜けな声を上げて、顔から突っ込んでいく。

「はい、もう気にならないでしょ」

「まっず~い! この池の水、不味いよ! やっぱ汚い!」

「気の所為気の所為。で、レラーの修行だけど、この水に浸かりながら、その剣で巨木を左右交互にぶっ叩く。これを『立木打ち』という」

「え~? それやったら新しい服買ってくれる?」

「うんうん、安心して。お金なら私がカリエラからもらってるから」

「わかった! どれくらい叩けばいいの?」

「型に嵌るまで。ちゃんと私が見てるから安心して」

 レラーは早速意気揚々と剣を振るい始めた。今からそんなペースでは、恐らく十分も持たないだろうが、言わない事にする。どの道日暮れまで出さないつもりだ。

「じゃ、メヴィ、アンタはこっち」

「はーい。レラー、頑張ってね!」

「メヴィちゃんもね! …ほぁ! ほぁ! ほぁ!」

 サンダルフォナはメヴァーエルを連れ、小屋の中に入った。小屋の中の床の一部を捲ると、小さな地下室が現れる。サウナのように熱い。

「メヴィ、ここはお風呂と一緒だから、下着以外の洋服は脱いで」

「うん、汗臭くなっちゃうもんね」

 メヴァーエルは素直に応じた。サンダルフォナが次に何をするかも知らず。

「んで、これ被って」

「? これなに? でっかいマスク?」

「そ。嫁入り前の可愛い顔に傷がつかないように、防護マスク」

 これまたあっさりと着けた。顔をすっぽりと覆う巨大なマスク。穴の開いていない透明な覆面のようだ。

「ふぇー、これだけでも大分熱いよー」

「んで、中央に石があるの分かるね? サウナにあるのと同じ」

 真赤に光る石が頓挫している。

「それからこっちは水。ちゃんと綺麗な水が出るから、喉が渇いたらここ使って」

 部屋の片隅にある蛇口をひねると、ばちゃばちゃと勢いよく水が出た。メヴァーエルは頷き次の指示を待つ。サンダルフォナは懐から、布袋を取り出して、渡した。

「私は三十分置きに合図を出すから、そうしたらこの中身を一つ、石の中に放り投げて。水は、合図と合図の間に最低でも三回補給する事。補給しなくて脱水を起こしても私は解らないからね」

「要するに、沢山お水を飲めばいいのね?」

「そう。今日はその袋を使い切るだけでいいけど、その内袋が増えるからね」

「これ、何が入ってるの?」

「『ナタナエルの種』だよ」

 ふーん、とメヴァーエルは袋の中を覗き込む。赤くて細い木の実のような物が入っている。

「メヴィ、良く聞いて」

「ん? なあに?」

「多分、この修業は貴方にとってとても辛い。でも貴方が炎の守護天使ナタナエル様の加護を受けて、この先活躍するには絶対必要なの」

「うん」

「私自身もこれから大変な修行をするけど、絶対レラーとメヴィの事を忘れたりしない。だからメヴィもくじけないで、この修業をやりきって、もっと強くなって」

「うん! 分かった!」

「じゃあ、洋服は預かっておくからね。ああ、勿論メヴィにも、修行が終わったら新しい服と、アクセサリもあげるからね」

「やったー! 頑張るからね!」

 その無邪気な笑顔に一抹の罪悪感を覚えたものの、サンダルフォナは地下室の蓋を閉じた。小屋の中の小窓からは、丁度レラーの立木打ちの姿が見える。掛け声が若干小さい気がするが、気にしない。隠し持っていた腕時計を三十分後に設定し、地下室の真上辺りを少し開ける。曇らないように特殊加工されたガラス窓から、メヴァーエルが座っているのが見えた。この窓からは、部屋の全てが見渡せる。実は、メヴァーエルが本当に脱水を起こしていても、すぐに助けに行けるようになっている。流石のカリエラも、命を落とすような修業は望んでいない。

 それにこの小窓には、もう一つの意味もある。その役割についても確認したが、問題は無いようだった。

「さて、私の修業を始めますか」

 そう言って小屋から一輪車を運んで出て、既にへばっているレラーを叱り飛ばす。

「さ、寒いよ~サンちゃん! 思ったより汗かくし冷えるし寒い!」

「レラーはまだ剣を振るのに必要な筋肉が足腰についていないからね。負荷をかけて且つ筋骨に負担をかけないようにするにはそれしかないの。ま、諦めないでよ。私もここで修行するからさ」

「サンちゃんも~?」

「そ。なんたってチェーンソー振り回すんだもん、私も筋肉つけなくちゃね」

 一輪車を捲ると、錆び付いた巨大なチェーンソーが出て来た。思わずレラーは震えあがる。

「さ、サンダルフォナさん? それは、なに…?」

「安心して、筋トレ用のポンコツだから」

 そう言って、約二十キロはありそうなチェーンソーを両手で持ち上げると、立ったまま本当に筋トレを始めた。

レラーが呆然としてそれを見ているので、ぎろりと睨むと、慌てて修行を再開した。

 ペラッカの修業は安心できるだろう。あのカリエラが認めた、それも、修道女や司祭よりも、天使に近いと尊敬される大司祭が指導しているのだ。恐らく射撃の練習。強い精神力に欠けるペラッカには最適だろう。

 レラーはまだ、剣の使い方が理解できていない。剣はただ叩けばよいという物ではない、ということを理解させるには、『叩くだけではダメ』ということを体験させなければならない。その上で、『斬る』という事を理解させるのが一番だ。本当なら理屈を述べてからの方が絶対に効率はいい。しかしレラーの頭脳ではそれを理解する前に眠ってしまうことは明白だ。多少遅くても、レラーは体得した事は忘れない。レラーは大器晩成型だ。それはカリエラも計算済みである。

 メヴァーエルの修業は炎の熱と恐怖に打ち克つ事。これから先、恐らく行くのは西アイン。うっそうと茂る森の中で、秋の燃えやすい森の中で火炎放射を放つことになる。いざ辺り一面が炎に包まれても、熱と炎の弾ける音に怯えない精神力が必要だ。メヴァーエルに与えたナタナエルの種は、火の中に放り込むと爆発し、強烈な痛みを伴う煙を上げる性質がある。メヴァーエルの事だから、一日目にあんまりハードな事を差せると次に繋がらない。三日もすれば、マスクを外させ、『煙』にも慣れさせる必要がある。それも慣れて来たら、炎そのものと対峙させ、炎の中を逃げ回ると言う修行をさせるつもりだが、恐らくそこまでは辿り付けないだろう。

 サンダルフォナの修業は至ってシンプルだ。凡そ二キロのチェーンソーを振り回すために、最も重い二十キロのチェーンソーを持ち上げて筋力を上げる。恐らく西アインでは、一つだけのチェーンソーでは余裕がない。防具なり、もう一つのチェーンソーなりを持つ必要が出てくるだろう。

 問題は―――カリエラの治癒だ。北勢力が西に手を回す前に、という事は本人も分かっている筈。その焦りが傷の治癒に支障をきたす。しかし頭で分かっていても感情のコントロールは容易ではない。カリエラはそこまで出来た人間ではないから、絶対に焦りによる誤差が出てくるはずだ。それまでに他の人間のレベルを上げておかなければならない。他四名の修業する精神力が尽きる前にカリエラが治癒できなければ―――。最悪の事態になりかねない。

「………」



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