EPISODE23 アインかいがん
ペラッカが追いついた時、サンダルフォナとメヴァーエルが口論していた。水上オートバイがあるからそれを使えば帰れると言ったが、運転の仕方が分からない。すると、パッと手を挙げたレラー。
「ウチ、特殊ボート運転免許持ってる~!」
「今初めてレラーが光り輝いた!!!」
ペラッカは両手を掲げて喜んだ。そうと決まれば運転はレラーに任せ、サンダルフォナ、メヴァーエルが飛び乗る。ペラッカもひらりと飛び乗ろうとしたが、ぎゅっとマントを捕まれ、顔面から転んでしまった。振り向くと、追いかけてきたらしい若者が、不愛想にボウガンを差し出した。近くで見るとそれは、かなり使い込まれた、古い弩だった。人差し指ほどの吹き矢をセットして打つらしい。普通の弓と違い、かなり長い印象がある。
「お前の腕、細い腕。子供の頃のおもちゃ、急いで持ってきた。無いより良い。持ってけ」
子供、と言われてショックだったが、実際受け取ったそれは、自分にはやや重い。持ち手に、『Shachan』と薄ら刻まれている。持ち主の名前だろうか。
「ありがと―――うぉぉぉぉぉ!」
せっかく決めようとしたのに、バイクが走りだしてしまった。どうにか武器は死守したが、揺れに揺れて使い方を考える余裕もない。いつかのトロッコを髣髴とさせる、正しく滑るような運転だ。トロッコと違い、今度は振り落とされてしまうかもしれない。縁にまるでトコブシか何かのように張り付きながら叫ぶ。
「いやーーーー!!!! 落ちる!! 落ちる落ちる落ちるうううううう!!!」
「ちょっと古いタイプなのかな~? あ、これかなぁ?」
「やめて! せめて現状維持して!」
が、時すでに遅し、バイクは一〇度程後ろに仰け反り、そのまま器用に進む。ごろごろごろ、と三人が後ろに転がり、潰された。身体の上からは二人分の体重、目の前には水面。飛沫がかかって呼吸が出来ない。
「何やってるのよ、聖女死なせたらただじゃおかないわよ!!」
サンダルフォナがメヴァーエルと共にバイクの頭に移動すると、バイクは弾んで元の体制になった。細い先端に二人が捕まり、目の前が開ける。途端、カァン! という金属音がして、レラーが倒れた。身体を起こそうとすると、サンダルフォナが飛び掛かって伏せさせる。辺りに不規則な水しぶき、金属音―――銃で撃たれている!
「ほあっちゃちゃちゃちゃ! びっくりしたぁ! もう怒ったんだから! キェェェェェェイ!!!」
ぐいっとバイクのハンドルが握られ、エンジンが唸り声を上げる。しかし獰猛な暴れ馬を制御するには少々力不足だったようで、バイクは水上をぐるぐると回転しながら、前なのか後ろなのか分からない方向に進む。ずが、ずがが、と下から何か衝撃が伝わってくる。とにかく身を低くしているので、振動がペラッカの小さな体全体に伝わってくる。
ばぅん!
突然下から突き上げられる。ふんわりと体が浮いたかと思うと、一気に重力によって船に叩きつけられる。バキバキと何かが壊れていく…というより、これはバイクが壊して行っていると言うべきだろうか。揺れが収まり、辺りを見回すと、ちゃんとゼブルビューブの村に着いていた。…桟橋とはかなり遠いが、どうやら岩礁に高速スピンしながら激突したため、丁度ベーゴマのように弾かれたらしい。
「カリエラ!!」
「わ! サン待って!」
辺りに敵がいないのを確認し、サンダルフォナは大破したバイクから飛びのいた。彼女の心配事はこの村にいるはずの父親や弟のハヴェルより、カリエラの方が大きいらしい。燃え盛る炎から逃れた村人たちは、海水に入り、怯えている。その中にカリエラの姿はない。ハヴェル達も見当たらない。サンダルフォナは手頃な村人を捕まえて、何があったのか問い質している。だが村人たちは皆恐慌状態で、とてもじゃないが現状を把握している人間はいなかった。
「…あれ、新顔増えてる」
悲鳴と雄叫びの中で、その冷たい声がひどく響いた。村人と一緒になってハッスルしているメヴァーエルとレラーは気が付いていないらしい。サンダルフォナは手を止め、さっとペラッカの前に飛び出した。後ろから覗くと、真っ白な装いの白百合のように可愛らしい女の子…じゃない、男の子。忘れようはずもなかった。いやな予感がする。名前は…えーっと、えーっと。
「お久しぶりね、泣き虫さん」
思い出した。ヴィアナルス会のネツァクだ。サデュソン湿原で襲いかかってきて、どうにか返り討ちにした―――。
「そっちを覚えられても困るんだけどなぁ…。あれ? でも今日は人数少ないね。もしかして喧嘩? あの子自分勝手だから」
否定はしないが、徐々に間を詰めてくるネツァクを、何か言って止めたい。海水はどんどんペラッカを呑みこんでいく。否、自分たちが沖へ歩いているのだ。
「カリエラを侮辱しないでくれるかしら」
サンダルフォナは海水を浴びたチェーンソーを無理矢理動かす。突然響き渡った暴力的な機械音に、村人たちは遠ざかった。良かった、これで巻き添えを食らわなくて済むだろう。
「野蛮な女だな」
「泣き虫な男に言われたくないわ。カリエラを探してはいるんだけど、貴方知らない?」
「教えると思う?」
「吐かせようとは思ってるけど」
ちょっと、と言う前に、サンダルフォナはチェーンソーのエンジンを大きく吹かした。それが戦闘開始の合図。バラバラだったメヴァーエルとレラーも、よく考えもせず、人混みのから最前列に飛び出す。ああもう、どうして彼女たちはこうも非平和的なのだろうか。
「ペラ、離れてて」
「もちろん!」
チェーンソーなどに触れてしまっては一溜りもない。もらった武器は子供だましの玩具なのだし、ネツァクの危険性はよく分かっている。いそいそとペラッカは身を引こうとし―――やめた。その真意は他にあると気づいたからだ。
「…行ってくる」
「気を付けてね」
そういうと、サンダルフォナはチェーンソーを振り上げ、ネツァクの寸鉄を薙ぎ払った。三方向からネツァクに襲いかかる仲間たちを尻目に、ペラッカは村人の群れの中に溶け込んだ。時々転びそうになりながら、人の群れを泳ぎ、村に上陸する。恐らく今村に、生きた人間はいないだろうが、死にかかった人間ならいるかもしれない。海水で十分に濡れた自分を、『水は燃えねえ』と彼女が叱咤してくれる気がした。念のためにベレッタを構えて、煙を吸わないように、マントの裾をボウガンの矢で破いてマスクにした。
炎が蜥蜴のように這い回っている。熱気も凄い。気を付けないと家屋の倒壊に巻き込まれる。元々貧しい漁村だけあって、上から火の粉が降り注ぐことはなかったが、家そのものは脆そうだ。
「カリエラ!」
轟々と燃え上がる炎は、湿ったマスク越しの掠れた声をせせら笑ってかき消す。マスクをとれ、その肺の中を真っ黒にしてやるから、そう挑発してくるようだった。そらどうした、お前は聖女なんだろう、そう言って炎は柱を倒してくる。ペラッカは焦っていた。炎の中で方向を見失う前に見つけなければ、身体が渇いてしまう前に。そう思い、マスクをずらし、思い切り息を吸い込んだ。
「…!!」
だがその瞬間、喉が、否、上半身がきゅぅっと小さくなるような、ヒリヒリするような痛みに襲われた。煙か熱気が、ペラッカの身体の中にするりと入りこんだのだ。その場にうずくまり、熱気を吐き出そうとする。しかし咳き込めば咳き込むほど、灰塵が舞う。
どうしよう、どうしよう。どうしたら立ち上がれるんだろう。落ち着かなくちゃ、落ち着かなくちゃ。
ペラッカはぎゅっと両手を握りしめ、自分がベレッタを持っていることに気が付いた。この手があった! マスクを戻し、弾倉を取り出して、指と二の腕で耳を塞ぎ、空砲を一発打ち上げる。
その音は煙と共に空に消えていく。マスクの上から片手で咳を押し込み、ペラッカは漸く立ち上がった。既にマントの裾は焦げ付き始めている。マントの裾をズボンに入れて、もう一度空砲を鳴らそうと思ったとき、明らかに火花とは違う音がした。銃声。カリエラ! その銃声は存外近かった。確信を持てる位に近かった。炎をよけて、そこへ急ぐ。
そして見つけた。真っ黒な修道服姿の背中は久しぶりに見たが、間違いない。だがその視線の奥には、別の人物もいた。ネツァクと似た色合いの、真っ白な少年。だが彼はネツァクと違い、とても男臭く、獣臭い。ありていに言えば、彼は『大人』だった。頬に大きな傷がある。
「…なんだ、出来たのかよ、お友達」
声変わりもとっくに済ませた目の前の小さな大人は、こちらに、初対面のネツァクの時のような殺気を投げかけてくる。だが、カリエラは両手をあげてペラッカを庇った。よく見ると、肩が震えている。
「そうだ。大事な仲間を傷つけてみろ、ぶっ殺す」
「その面で良く言えたもんだ。…まあ、俺はお前と違って穏健派だからな。ここは引き下がってやる」
じゃあな、と、その小さな大人は、何か丸いものに火をつけ、放り投げた。炎に赤く染まった空が、真っ白に塗り替えられる。驚いて小さくなり、目をあげると、小さな大人はもうどこにも居らず、代わりにカリエラが頽れていた。
「カリエラ! 大丈夫? 無理しちゃダメだよ!」
抱き起そうとして、存外カリエラの上半身が重いことに気が付く。殺されそうなので死んでも言わないが、本当に重い。そして異常なまでに熱い。何かおかしいと思い、悪いとは思いつつも服を破いて、驚いた。ビッシリと鎖が編みこまれた帷子がある。この鎖が熱を持っているのだ。しかも驚くべきことに、その帷子には真新しい血がついている。安全なところまで引きずろうとすると、カリエラはペラッカを杖にしてどうにか立ち上がった。
「…お…かしいな…。俺の計画…じゃ、…ここに、いない筈…なんだけ、ど…」
血の量が多いとは思えない。それなのにカリエラはとても苦しそうだ。煙を一杯吸い込んでしまったのだろうか? 傷口に手を当てて、早く傷が治るように祈る。軽い怪我なら、今までだってこうやって治してきたはずなのに、今度ばかりはいつまでも血が出ている。
「それこそ説明は後だよ! それよりどうしたの? 治れ治れって、やってるはずなのに…」
「もう………」
何かカリエラは言った気がするが、聞き取れないまま、気を失ってしまった。ただ、血は止まったらしい。息苦しそうなので、帷子だけでも脱がそうと、修道服を引き裂く。矢じりの使い方を間違えているが、刃物が他にないのだから仕方ない。帷子は長袖だったが、脇腹や内側で紐を結び、巻きつけるタイプのようで、コツさえつかめばすいすいと外すことが出来た。
「………んっ?」
左腕の帷子を外した時、ペラッカは不思議なものを見た。
カリエラの左手首に、何十本ものひっかき傷があるのだ。よく見るとそれは内側に、不自然なまでにビッシリとついている。二の腕は、外側に、斜めに同じような傷がついていた。手首から二の腕まで、一種の緩い螺旋のような傷がついている。これは一体なんだろう? 右手には何もないのに…。
と、その時、ペラッカはぞわっと肌が粟立った。驚いて振り向くと、そこには海岸で戦っているはずの三人が、三者三様の面持ちでこちらを見下ろしている。メヴァーエルの反応はいつも通りなので気にしなくても良いが、問題はサンダルフォナだ。考えてみれば、今のカリエラの状況は、修道服をびりびりに破かれ、帷子を外された為に肌の露出も多く、火の近くにいたために汗ばんでいて、怪我の為に呼吸が乱れているのだ。
「え、あ、いや、その、違うんだよサン!」
「私、まだ何も言ってないけど」
「言ってる! オーラが超怒ってる!」
「それとも何か、私に言わなきゃいけないことでもあるの?」
「ない! ないないないない!」
「純粋な気持ちで看病してたんでしょ?」
「ない! あ、違う、そう!」
サンダルフォナのトゥーキックがペラッカの顎に入った。




