EPISODE20 さんばし
外れの方まで歩いて来て、愈々誰もいない。しょうがないな、と溜息をつき、ペラッカは桟橋に腰を下ろし、釣り人のように背中を丸めて足を垂らした。
生まれて初めて見る海は酷くくすんでいて何の感慨もない。波の仕組みも種類も分からないが、少なくともこの波は自分を歓迎してはいないようだ。
カリエラに物申したのは何もこれが初めてではない。大抵はカリエラが次に会ったときにケロッとしていて有耶無耶になっていたが、今回は勝手が違う。草原で迷うのと砂丘で迷うのとでは、完全に後者の方が、分が悪い。ここでペラッカが折れて、ごめんなさい、また一緒にいてください、ダアトまで連れて行って下さいというのは簡単だが、それによってまたカリエラとの上下関係が強くなるのも問題だ。
「………面白くないものなんだな」
「そりゃ、アンタが沈んでればね」
「ふんぎゃああああ!!!」
すぐ後ろで声がして、前のめりになる。肩を掴まれて引き戻されると、見慣れた黒服の少女が此方を覗き込んでいた。呆れていると言うよりも、子供をあやしているような優しい表情だ。
「さ、サン…」
「吃驚しちゃった。ペラもあんな事が出来たのね」
「あたし、謝んないからね」
「謝んなくたっていいじゃない? 私達に嘘ついてダアトから連れ出したのはカリエラなんでしょ?」
許可もなく、サンダルフォナは隣に腰を下ろした。誰から聞いたのと言うと、カリエラが真相を喋ったのだと言う。
「おっかしいと思ったのよねぇ、いくらおだてられてても、アンタみたいなヘタレがこんな大役請け負うなんて思えなかったもん」
「ならそう言ってよ」
「私だって言われなきゃ分かんないわよ、ペラ。カリエラだってそう。誰にだって自分の気持ちがあるんなら言わなきゃ分からない」
「お説教聞く気分じゃない」
「お説教じゃないよ。当たり前のこと言ってんの。アンタ、頭が良ければ何でも分かるとか思ってそうだし」
なんだ、やっぱりお説教だ、と、ペラッカはそっぽを向き、立ち上がった。するとサンダルフォナも立ち上がる。そこでもう一度座ると、サンダルフォナも座った。
「ねえ、あたし一人になりたいの。分かる?」
「そうそう、自分の気持ちがあるんならはっきりそう言って。ね?」
「あと、当分カリエラの顔はみたくない。あたし宿取りたい。でなきゃ野宿する」
「心配しなくても、カリエラの顔は見ないわよ。ほらあそこ」
そう言って、サンダルフォナは沖合を指差した。何となく、ぼんやりと影が見える気がする。言われなければ分からない位に、それは小さく目立たなかった。
「船で一時間くらいかな? あの島、一種の楽園って言われてるの。東アインで思ったより皆疲れたから、元々南に来たらあそこに行かせてあげようって、カリエラ考えてたのよ。カリエラは船が嫌いだし海も好きじゃないから行かないけど」
「ふうん…」
「カリエラがなんであんな嘘までついて私達を連れだしたのかは、教えてもらえなかったけど。私はカリエラのこと、信じてるからこれからも付いてくわ」
クサい台詞だ。
「だけど、ここから先ペラがどうするかはペラの自由よ。私も協力しても良い。でもカリエラがせっかく船を手配してくれてたんだし、バカンス位正直に受け取れば?」
「………うん」
自分の行動の自由を肯定され、ペラッカは少し落ち着いた。やっぱりサンダルフォナは大人なのだ。きっとこんな風にして、かっかしているカリエラを今までに何度も落ち着けてきたんだろう。
「…あ、忘れてた、ちょっとペラ、こっち向いて」
「え?」
なんだろう、とペラッカが顔を上げた時、パァンッ! と凄い音がして、すぐに火のついたような痛みが襲いかかった。頬を張られたのだ。見るとサンダルフォナはにこにこしながら怒っている。
本気である。本気である!
「な…っ!」
「カリエラを泣かせた事はこれでチャラ! ランチは向こうで食べようね。これから準備するからペラッカはここにいていいよ。一人でいたいんでしょ!」
今から昼までと言えば相当な時間の筈だ。それまでこのパジャマ姿とはとんでもない。言い返そうとしたが、何か文句ある? ないよね! それじゃあね、と、サンダルフォナは走り出してしまった。やはり彼女を敵に回してはいけない。
追いかけようにも何と言えばいいのか分からず、それにそこそこ活気が出てきた町にまたパジャマで繰り出すのも恥ずかしく、ペラッカは馬鹿正直にそこで待っていることにしてしまった。順当に考えれば昼前に出発するのだから一時間くらいしか待っていないはずなのだが、遠くに三人、明らかに人の流れに反して此方に向かっているのを見た時は泣きそうになった。
「ペラちゃ~ん! よかった! また旅が続けられるねー!」
「海行けてよかったね! しかも楽園みたいなところだってー!」
暢気な二人が抱きついて来て分かった。二人の服の生地が違う。正確には、鍛冶屋と仕立屋で直されている。はい着替え、と荷物を渡してくるサンダルフォナに至っては、服装がそもそも違っていて、カリエラの青紫っぽいあの衝撃的な格好になっていた。ただし、彼女が携えているのは鉄の杖ではなく、布のかぶせられた、人の肘から先ほどの長さの何か別の物である。が、中身は教えてくれないらしい。もしかして何か遊ぶ道具だろうか?
更に、自分の装備を見て確信した。やはり素材が新しい物になっている。改造されているのだ。何故かと聞くと、防水性を付加したからだと言う。普通の鉄や布では海水や潮風で傷んでしまう為、この町伝統の素材を加えたのだとか。つまりそれは、波打ち際でパチャパチャと遊んでも良いと言うことだ。
四人で手漕ぎボートで進む。途中ぐねぐねと流された為に多少時間はかかったが、無事に砂浜に打ち上げられる事が出来た。否、ボートをそもそも桟橋につけられないと言う点で間違っていたのかもしれないが、桟橋が見当たらなかったのだから仕方がない。
「うわあ、凄い島ねー。本当に物語の中みたいだわ、ジャングルよ、ジャングル!」
「本当に楽園みたいだぁ!」
能天気二人組は砂浜の上できゃあきゃあとじゃれあっている。サンダルフォナは例の謎の荷物以外をペラッカに持たせた。やはりそこは変わらないらしい。
「皆ぁ、あんまりはしゃいで無闇に草とか摘んじゃ駄目だよー」
「本当に、凄い島だね。ここなんていう島なの?」
何気ないペラッカの一言。しかし次の瞬間、その場は凍りついた。
「有害植物の楽園、『沈黙の島』だよ」
サンダルフォナの微笑みは、とても無邪気だった。




