EPISODE19 りょうしのいえ
それから三日程歩いた。何か出るぞ、出るぞとは言われていたが、出てくるのは大型の蠍や蛇ばかり。気持ち悪くて卒倒する、とメヴァーエルは真っ青になっていたが、カリエラはコルトの試し撃ちが出来てご満悦だった。ペラッカにも、引き金を引く感覚を覚えさせる。初めは撃った時の衝撃や音に驚いてベレッタを落としてしまうこともあったが、その度にカリエラが銃の手入れの仕方を教えてくれた。銃は手入れをしないと、すぐに錆びてしまうらしい。何度か手順を踏み間違えるものの、どうにか覚えた。
「銃って、滅多に当たらないんだね」
「有効射程距離はせいぜい二、三十mだからな。風が強ければ尚の事当たらねえし」
「これじゃ、狙撃とか無理だね」
「無理無理無理、狙撃したければそれこそヴィントレスとか使わないと」
「両手に構えて、ドカドカも出来ないね」
「お前程度に出来るわけねえだろ、お前死にたいの?」
カリエラは元々リアリストだが、ちょっとカッコイイものに憧れる気持ちは持ち合わせているはずだ。単純に二挺拳銃というものを知らないだけだろう。
水が底をついても町に辿り着く事が出来ず、途中でカリエラは動けなくなった。再びサンダルフォナが背負い進む。三日前の夜の会話を聞いているので、ペラッカは手伝いを申し出なかった。主戦力のカリエラとサンダルフォナが戦闘に参加できず、かなりの苦戦を強いられたが、少し度胸のついたペラッカは意外といい動きをした。
「ねえ、オアシスないの?」
「あれは砂漠。ここ砂丘」
「喉渇いた~!」
「暴れると喉渇くわよ」
方位磁石で方向を確認しながら、少しずつ進む。カリエラは汗も出なくなり、脱水症状を起こしているらしく、何もしゃべれず食べられなかった。が、信頼しきってサンダルフォナに背負われているのをみると、本当に二人は強い絆で結ばれているんだと感じる。
「…ああ、町が見えたわよ」
「本当!?」
「助かった~!」
きゃーきゃーとはしゃぎ回る二人を見て、ペラッカは溜息をつく。サンダルフォナは怒る気も起こらないらしく、とにかくカリエラに水を飲ませたくて無言のまま進んでいく。ペラッカは慌てて追い越した。
「…?」
「先頭を行っちゃ駄目じゃん。敵が真正面から襲いかかってこないわけじゃないでしょ」
「…そうね。頼りにしてるわよ、聖女様」
棒読みで、任せて、と言う。町が近いからこんなことが言えるが、そうでなかったらいつも通り最後尾を歩いていただろう。
「…? 何? カリエラ、何か言った?」
ふとサンダルフォナが歩を止めた。ずるずる落ちて行く彼女を背負い直し、顔を反らして声を聞き取ろうとする。何だろうとペラッカも近づいた。
「水…。く、るしい…水…」
「水ね、もう町につくからね」
「くすり…どこ…に…」
「お薬ね、町に着いたらすぐにあげるから安心して」
何の薬だろう、そう思ったが、カリエラは宥められてまた気を失うように眠ってしまった。
幸いなことにそれから十分程で町につくことはできた。あちこちから魚の干物の匂いがする、海辺の町。町の中に海岸線がある。津波とか大丈夫なんだろうかと思ったが、やけに波が少ない。良く見ると、水平線の向こうに堤防らしいものが並んでいた。
宿を探すよりも、とにかく水だ。一番近くの家のドアを叩く。漁師の家だろうか、網が渇かされて、銛や釣竿がいくつか立てかけられている。
「あ、待ってペラ、その家は…」
サンダルフォナが何か言っているが、聞き返すと同時に、子供が出てきた。男の子だ。サンダルフォナは口を噤んで、くいくいと男の子を顎で指す。
「こんにちは、このお姉さん、具合が悪いの。水をくれない?」
ペラッカがなるべく笑顔で言うと、男の子はペラッカを不審そうに見たが、サンダルフォナを見上げ、あっと声を上げた。
「お写真のお姉ちゃんだ!」
「は?」
「パパー! パパーぁ! お写真のお姉ちゃんが来たよ!」
「あ、いや、水…」
行ってしまった。がっくりとうなだれると、サンダルフォナは気にするなと言ってくれた。奥から男の子が父親を引っ張って出てくる。小さな男の子の父親と言うには、結構年がいっているような気もする。ペラッカの両親と同じくらいの年ごろだろうか。男はサンダルフォナを見ると、はっとして気まずそうに眉を寄せたが、サンダルフォナが行き倒れた少女を背負っていることに気がつくと、すぐに家の中に通してくれた。家は小さく、東の町とは比べ物にならない位狭い。家の暮らしはそれほど豊かではない事がすぐに分かった。
「ね、ねえ、なんかあたし達、お邪魔じゃない?」
「お水くらいいいんじゃない? うちらも喉渇いたし」
メヴァーエルは何も考えていないらしい。レラーに至っては、この狭い部屋で寝転がって早くもうとうとしている。確かに最前線で戦っていて疲れているだろう。サンダルフォナは無言で、カリエラを扇ぐ。ひらひら掌を動かしていると、男が水差しと塩を持ってきた。
「砂丘で行き倒れてたのかい?」
「友達よ」
「そうか…。どうしてこんな辺境に?」
「あれサン、この人知ってるの?」
メヴァーエルが口を挟む。なんだ、何も知らないのか、と男は少しさみしそうだ。先ほどの男の子は、部屋の隅っこで大人しく遊んでいるが、此方を楽しそうに見ている。
「知ってるも何も、ここ私の家だもん」
ざーん、と、遠く潮騒が響いた。凍りついている二人に、サンダルフォナはもう一度言う。
「この人、私のおとうさん。あの男の子は私の弟。血は繋がってないけどね」
「えー!?」
「静かにして、カリエラ具合悪いんだから」
声のトーンを落として、ペラッカはサンダルフォナに詰め寄った。レラーは今の声で起きて、メヴァーエルと二人で盛り上がっている。
「だってだって、サンがアインの出身だって聞いてないよ」
「言ってないもん」
「何で言ってくれなかったの?」
「聞かれなかったし、色眼鏡で見られたくなかったもん。中途半端な人間の子供って言われたくなかったからね」
「どうやってダアトに来たの?」
「留学」
不可能な話ではない。実際、ヤハーエル学校でも、そう言った留学生が吊し上げになっているのをよく見かける。いくら頭は良くても、生まれ持った不完全な血がやっかみの材料となる。
しかしとてもじゃないが、この家にその様な金銭的余裕があるようには思えなかった。ペラッカがきょろきょろしているのを見て心を読んだのか、サンダルフォナは少しだけ身の上話をしてくれた。しかしその視線は、カリエラをの方を向いている。
「元々は違うところに住んでたんだけど、おとうさんが病気になって、療養のためにこっちに来たの。弟が生まれたのは私が留学した後だから、今日会うのが初めて」
「そっか、アインの人は、しょっちゅう病気になるもんね。ダアト人はそんなことないけど、場合によっては死んじゃうんでしょ?」
「………。うん」
ダアトに住む者から生まれた子供は、死というものを経験しない。それは終末の時に置いてきたからだ。『その時』が近づくと、教会はどんなに貧しい家の天使見習いにも表れて、その人物が天使になる為の儀式を行う。そうして『その時』を迎えた者は、守護天使になる為の徳を積む。徳を積むには、天使の家族が、より良い神性を体得している必要がある。こうして、ダアト人の神性は磨かれてきたのだ。
しかし、アイン出身者は、基本的にその儀式が認められていない。教会に貞潔を誓った修道女・修道士以上の聖職者でなければ、その資格は与えられていないのだ。つまり、今身近な人間であれば、カリエラは例外として天使になる儀式を受ける資格があるが、サンダルフォナはアイン出身のただの留学生なので、天使になる儀式は受けられない。メヴァーエルは勿論、レラー、ペラッカは純血のダアト人なので、問題なく儀式を受けることが出来る。
「ハヴェル、お姉ちゃんよ。こっちにいらっしゃい」
男の子―――ハヴェルは此方を窺いこそするものの、近づいてこない。レラーがこっちにおいでと言っても、来ない。サンダルフォナも呼んだはいいが、ハヴェルにはあまり興味がないようだ。ペラッカは居心地悪そうにしていたが、メヴァーエルは不遜にサンダルフォナを見つめている。
「人の家の事情なんて面白いだろうけど、笑い物にされたくないわ」
「ちぇ」
メヴァーエルはつまらなそうに頬を膨らませた。サンダルフォナは数日前から機嫌が悪い。余計な喧嘩にならないといいが、と、ペラッカが更に小さくなっていると、父だという人がやってきて、お茶をすすめた。
「疲れただろう、狭いけど泊まっていくといい」
「いいね、お金ないし~」
安易にレラーが賛成する。サンダルフォナは何も言わず、ペラッカに振った。カリエラを担いで何処かに移動するのも大変だし、実際本人もあんまり移動したくないだろう。サンダルフォナとて、父と積もる話が無いわけでもないだろうし…。いやいやいや、何を言い訳しているのだ。泊まって、一宿一飯の恩を何か返せばいい話ではないか。せっかく申し出てくれたのだし。
「宜しくお願いします」
深々とペラッカが礼をすると、父は笑って、リラックスするように言ってくれた。今夜は御馳走だよ、と男の子に言うと、納屋に行こうとする。それをサンダルフォナが引きとめた。
「おとうさん、ハヴェル、私の仲間を紹介するわ」
その日の夜、母らしい人は帰ってこなかったが、聞けばサンダルフォナの母は六年ほど前に死んでしまったそうだ。ハヴェルが一歳にもなっていなかった頃だと言う。サンダルフォナは看取る事が出来なかったが、葬儀は長期休みに延期して行ったのだとか。
カリエラは夜には意識を取り戻し、深く礼を言っていた。サンダルフォナの養父と義弟だというと、大層驚いていた。が、持ち前の口の上手さで上手く取り入ったらしく、なんだかんだ言って打ち解けていた。ベッドが無いので、床に寝袋を出して寝ることにしたが、只管狭い。
「サンはこの家で育ったの?」
「そうだね、ヤハーエル学校に入学する直前まではここにいて、おとうさんと魚獲ったり薪伐ったりしてたよ」
「薪割り? 斧とか?」
「チェーンソー」
「…………」
全員が、彼女には逆らわないでおこうと感じた瞬間であった。サンダルフォナは寝袋の中で回転し、寝返りを打って言った。
「当時から貧乏だったし、私早く自立したかったから、一生懸命勉強したの」
「この町に学校なんてなさそうだけど?」
すると苛立ったようにカリエラが口を挟んだ。
「アインの教育機関は皆青空学校なんだよ。ほらほらもう寝ろ、明日は海行くぞ」
海? と四人は寝袋から頭を伸ばす。ちっと舌打ちし、カリエラは説明した。
「夏だぞ? 海だぞ? 入らなくてどうするよ」
すると、レラーはぱぁっと顔を輝かせた。両手を出し、メヴァーエルと手を叩いて喜ぶ。が、ペラッカは安心できない。あのカリエラが、こんなことを思いつくとは思わないのだ。念のため確かめてみる。
「ねえ、何でそんな事するの?」
「今くらいしか時間がとれないから」
「それってつまり…」
「はい、もう寝る!」
強制終了されてしまった。
翌朝起きると、もうサンダルフォナが朝食の支度をしていた。カリエラが珍しく最後に起きたが、つい昨日まで脱水を起こしていたのだから仕方あるまい。寧ろその回復力は流石修道女と言ったところか。体が弱いはずなのに、気力で持ち越している。
パジャマのままテーブルにつくと、精いっぱいの持て成しが机を彩っていた。イースト菌のないパンに小魚の干物、スープは貝が一つか二つ、潮風に邪魔されるのか、野菜は食卓に並んでいない。これでも十分奮発していることが分かる。ハヴェルが物凄い勢いで食べているからだ。養父とサンダルフォナは殆ど会話をせず、ハヴェルが何故そんな変な格好をしているのかと言う、とても全うな、しかし養父も聞きたかったであろう話を始めた為、ペラッカは早々に食べ終わった。
「ねえねえ! 海行くんでしょ! 早く食べちゃおうよ~!」
「海ねえ、海。その為には一度町長宅に行かないとなんねえ」
え、とペラッカは固まる。フェルゴルビーでの苦い思い出がよみがえるが、他の面子は勿論そんな事など知らない。
「船乗るぞ」
「きゃーっ! 遊覧船よ!」
「やった~!」
早く食べてしまおうとかきこむ二人。ペラッカは急に胃が重たくなったが、カリエラはお構いなしに話を進める。
「町長? ゼブルビューブの町長は…今は会いに行けないよ」
「え?」
あからさまにカリエラは眉を動かした。どうやら想定外の事らしい。サンダルフォナも初耳の様だ。
「今怪我をしていてね。意識が戻らないんだ」
「御容態が悪いのですか?」
「この町には呪い師も医もいないからね…」
サンダルフォナとカリエラの視線がペラッカに注がれる。ハッとしてペラッカは首を振った。
「やだやだやだやだ!! 死にかけじゃん! 意識戻らないってフェルゴルビーより重いじゃん!!」
「死にかけなんて物騒な言葉使うもんじゃないわ」
「絶対ヤダ! 恥かくもん!!」
「お前、一宿一飯の恩だぞ、グガーッとやってピカーッてなればいいんだからお前やれよ」
「その『グガーッ』が出来ないから嫌っていってんの!」
置いてけぼりの養父とハヴェルはぽかんと二人のやり取りを見ている。修道女のスイッチを切り、聖女の護衛として、何よりいつものカリエラとして、彼女は指を突き立ててペラッカの弱腰を非難した。
「お前がそんな気力だからフェルゴルビーの時も失敗するんだよ! 死ぬ気でやれ!」
「出来ないよー! カリエラがやってよ!」
「バッカやろう、お前が聖女だろ! 何で護衛がしゃしゃり出てくんだよ空気読め!」
「現実見てよー!」
「お前こそ現実見ろ! 実際その指に嵌ってんのは飾りものじゃねえ本物なんだぞ! お前の運命なんだよ受け入れろ!!」
「ならこんな指輪いらない!!!」
カチンと来たペラッカは、すっかり指に馴染み、良くも悪くも目立たなかった指輪を引き抜き、カリエラの顔に投げつけた。そのままどんな仕返しが来るかわからなかったので、勢いのままに町に飛び出す。不思議とカリエラの怒鳴り声は聞こえてこなかったが、代わりにメヴァーエルが追いかけてきた。
「ちょっとちょっとペラ! 何してるのよ、機嫌損ねたら海に行けなくなっちゃう! それにレディがパジャマでなんか…」
「海? ああそう、勝手に行ってれば? あたし帰る。一直線に帰る! 魚の干物とか塩とかダアトに納める人がいるはずだから探す!」
「落ち着いてよ、ペラだって乗り気だったから…」
沸点の高いペラッカの頭が焼け石を落としたようになった。向き直り、既に人が集まっているにも関わらず、メヴァーエルを責めた。
「言っとくけどあれはカリエラの嘘だよ。あたしの時は、他の三人は乗り気だったって言ったんだもん! だからあたしは渋々来たんだよ、本当はこんなことしたくなかったんだもん!」
メヴァーエルはかなり驚いたようだが、尚反論した。
「確かに普通の人は皆救えなかったけど、でもうちらが傷ついた時は治してくれたじゃん! うちらが今ここにいるのは、サンとペラが治してくれたからだよ」
「そんなことした覚えないよ! もういいよ、話しかけないで!」
メヴァーエルが気を使ったのか、それとも彼女にはその様に見えているのか、何れにしても、ペラッカはそのようなことをした覚えはない。
野生動物が襲いかかってきても、いつも自分は後ろにいたし、誰かが怪我をすればすぐに鞄から絆創膏を取り出せる立場ではあったが、何もそれはペラッカだから出来た事ではない。一度だけ、カリエラを治したことはそう言えばあったが、あれも演技だったかもしれない。そもそも事の発端となった、ペラッカの自宅で『ほっぺたの傷を治した』ということでさえ、本当に頬が切れていたのかどうか危うく感じられて来た。
街中で、あれほど大声で争ったとなって、町の人は皆余所余所しく、ペラッカが何を話しかけても無視された。




