EPISODE18 アインさきゅう
アインはダアトと名前こそ違うが、アインの住民がダアトに税金を納めている事を考えれば、ダアトの領土だと考えてよい。それを考えるとダアトは領海を持っているが、国民は態々嫌いなアインを通ってまで海水浴に行こうとはしない。ダアトは狭いがアインは広く、東と南では全く気候が違う。一望千里であることは変わらないが、東が青々とした草原であるのに対し、南は砂、砂、砂。砂漠かと思ったが、一応砂丘というものらしい。熱を吸った砂は、一歩一歩進めば進む程不快感を伴い身体に纏わりつく。風は塩辛く、遠くに立ち上る陽炎は水平線だ。しかも風が強い。口の中がじゃりじゃりする。時々ぺっぺっと吐きださないと、飲み込んでしまいそうだ。
「こんなに見通しがいいとさあ、東みたく襲ってくるものもないかなあ」
「メヴィ、お前この二週間何勉強してたんだよ。砂丘は砂丘で野生動物がいっぱいだぞ」
「こんな植物のない所で?」
「虫とか」
キャーッとメヴァーエルは飛び跳ねる。ブーツが汚れる、とまたどこかで聞いたことのあるような事を言った。対してペラッカは冷静である。
「驚かないのね、ペラ」
「漢方には砂丘の蠍や蛇を使ったものがいっぱいあるよ」
「ひいいっ!」
「ちなみに砂丘にも蛙とかいるよ」
「ぎゃああっ!」
レラーとメヴァーエルが揃って悲鳴を上げる。うるせえなあ、とカリエラは振り向いた。
「所詮動物だろ。人間の方が百倍怖い」
ぎくっと飛び跳ね、ペラッカは歩を弛めた。東で、目の前で飛び降りた女の事を思い出したのだ。薬物中毒だ、とカリエラは後に説明したが、ペラッカにとっては凄まじいトラウマである。急に怖くなって、暑さも諸共せずカリエラに突進し、抱きついた。
「暑い暑い暑い!! 離れろ馬鹿っ! まだまだ歩くんだぞ!」
「カリエラが悪いもん!」
ぶーぶーと言っていると、とんとん、と肩を叩かれた。振り向くと、優しい笑顔のサンダルフォナが、自分の肩に指を喰い込ませている。笑顔が怖い。とんでもなく怖い。メヴァーエルの妄想が妄想ではなかったと言うのか、そんな馬鹿な。
「カリエラ、手袋くれたってことは、打っていいんだよね?」
「好きにしろ」
ぺんっ!
カリエラに比べればずっと軽く、両手で顔を挟まれた。そして唇が八の字になるほど頬を押され、次いで今度は唇がアヒルになるほど引っ張られ、離された。結構痛い。じんじん来る。
「仲間の結束を乱すようなことはしないでね? 聖女なんでしょ?」
「はい、ゴメンナサイ…」
一体誰だ、カリエラを魔女と言ったのは。今目の前にいる女こそが魔女だ。しくしく泣きながらペラッカは最後尾に移動する。先頭を行くのはカリエラとサンダルフォナ。仲の良い二人は見慣れているものの、今は何だか壁を感じる。
「ペラ」
「何よ」
「カリエラの胸触った?」
「さわるかー!!」
あ? とサンダルフォナが振り向く。今度は敵意をむき出しにしている。敵意、というより、娘が連れてきた彼氏を睨む父親の様だ。
「嘘! 違う! 冤罪! 今の違う!」
「はああ…?」
「ホント違う! あたしスレンダー派なの!」
「おいペラッカ、ちょっと来い」
言外に、気にしてるんだ、とお仕置きされ、ペラッカは再び泣いた。
砂漠だろうと砂丘だろうと、砂が沢山あると言うところは変わらない。そして砂は夜になると物凄く冷える。風は夜でも止まない。要するに寒い。
寝袋で眠ることは東でもあったが、寒すぎる。しかも顔に砂粒が当たって眠りにくい。髪に砂がつくからヤダとメヴァーエルは言ったが、行けども行けども町が見えないので仕方がなく野宿した。が、前述の理由によりペラッカは眠れない。火を焚いて見張りに起きているのはサンダルフォナである為、起き上がることもできない。
再出発の時から、サンダルフォナは異様に機嫌が悪い。以前はこんなことでは怒らなかった筈なのだが…。
「サン」
カリエラの声だ。起きていたのか。ペラッカは耳を傍立てる。
「今日のお前、なんかすげえ不機嫌だけど、如何したんだよ」
「そう?」
「あのくらいでキレるなんて、らしくないぜ」
「………あのねえ」
はぁ、とサンダルフォナは溜息をついた。
「私は結構嫉妬深いわよ」
「そーなんだ?」
「そ。親友が他のに懐かれたりしてるとねえ、引きはがして突き飛ばしたくなるの」
どこに突き飛ばすのだ。往来にか、それとも谷底にか。
「へー、俺でもお前の知らない面があったなんてなあ」
「…っていうか、単純にカリエラから色気を感じるのよ」
「は!?」
思わず吹き出してしまい、ペラッカはくしゃみで誤魔化した。
「何勘違いしてんのよ。…要するにね、カリエラ最近好きな人出来たでしょ!」
「…はああ!?」
「しーっ! 三バカが起きるでしょ!」
数に数えられている。メヴァーエルはまだいいとして、レラーと同レベルなのはなんだか悲しい。馬鹿にしているわけではないのだが。
「おま…っ! 俺は修道女だぞ!」
「司祭と修道女の爛れた関係っていいわよね」
「ねえからっ! 司祭なんて滅多に会わねえもん!」
「で、どんな人?」
「違ぇっつの!」
どんな表情をしているのか凄く見てみたいが、起きている事がバレれば二人がかりで締め上げられるので、背中を向けたままにしている。
「修道女ってのは警備に忙しくてだな」
「で、どんな人?」
「司祭は儀礼で忙しいし」
「で、どんな人?」
「パラベラム会は国民の安全を」
「で、どんな人?」
「暇があれば訓練してるし」
「で、どんな人?」
「修道女には永久貞潔誓願と言う物があってだな」
「で、どんな人?」
「勿論司祭にも永久貞潔誓願と言う物が」
「で、どんな人?」
「………」
「で、どんな人?」
サンダルフォナはこんなに怖いキャラだっただろうか? 淡々としているのが物凄く怖い。振り向かなくて良かった。やっぱり魔女は彼女の方だ。
「……………。上司」
「で、どんな人?」
「……………。年上」
「で、どんな人?」
「……………。豆もやし」
なんなのだ、この淡々としたやり取り。聞いている方がいたたまれない。
「出身地が近くて…。そんで共通の知り合いがいて…。中々話が分かる奴で…」
「キスとかしたの?」
「手も繋いだことねえよ!」
純情なカリエラが気持ち悪い。
「…あ、でも」
「あ?」
「………隣に座ったりしたことは、ある」
「ふーん。で?」
「………その時に、小指と小指がちょっと触った」
「ふーん。で?」
小指って何だ、何だその気持ち悪さは! 影も形も傾向もないサンダルフォナの未来の夫に同情する。サンダルフォナの質問の仕方は非常に怖い。何度も同じセリフを繰り返すのが物凄く怖い。
「………そんだけだい」
「………まあ、なによ、カリエラ」
「ん?」
「妊娠には気をつけなさいよ」
「はあっ!?」
再びペラッカはくしゃみをした。勿論噴き出してしまったからである。
「妊娠ってねえ、母親の一生を左右しちゃうから」
「しねえよ! 絶対しない!!」
「だから起きるってば」
とっくに起きている。薄ら目を開けると、メヴァーエルと目があった。どうやら彼女もずっと起きていたらしいが、彼女は眼を開けていたらしい。しっと指先を唇にあてて、メヴァーエルは微笑んだ。とても楽しそうに。
「今俺にとってはこの旅が一番大事なのっ!」
「そうよそうよ、それでいいの」
「とりあえず、四人全員無事に帰さないといけないし」
「これからは私も戦えるから、じゃんじゃん命令しちゃってよ」
「一応、リーダーはペラッカのつもりなんだけどな」
少しほっとした。
「あらそうなの?」
「参謀はリーダーじゃ駄目なの」
「そうね、それもそうだわ」
「レラーは馬鹿だし、メヴァーエルは根本的に馬鹿だし、サンは俺の右腕だから駄目。リーダーは必然的にペラ」
消去法なのか。というか、馬鹿と根本的馬鹿はどちらが酷いのだろうか。
「ほら、もう寝なさい。明日も三バカの相手するんでしょ?」
「うん。お休み」
否定はしてくれないのか。




