EPISODE12 てんしのすむいえ
町に戻り、カリエラを宿に寝かせて、サンダルフォナが再び残った。天使の鱗粉を届けようと三人で出て、そう言えばあの女性にはどこに行けば会えるのだろう、と思い立つ。顔を合わせた場所の近くをうろついてみたが、女性はいなかった。
「うーん…。もしかしたら家にいるのかもよ」
「えー、でもあたし、家一軒一軒まわるのヤダな…」
ペラッカは渋り、言いだしっぺのメヴァーエルを上目遣いで見つめる。しかしメヴァーエルは残念ながら、ペラッカに興味はない。
「でも仕方ないじゃない?」
「っていうかさあ、あの女の人の特徴覚えてる? うち、ごく普通のお姉さんだったなあとしか覚えてないんだよね」
「声聞けば分かるけどなぁ…」
ペラッカも同じだった。ああ、そうだよね、あたしらってこういうメンツだものね。頭が痛い。
「仕方ない、一度宿に戻ろうよ。あたし達も疲れてるしさ、午後一番で届けよう」
「…そうだね、賛成」
「ウチも疲れてる~!」
その割に二人は元気な気がする。あたしにもカリエラの受難気質が移ってきたかな、と、ペラッカは大きくため息をついた。そもそも彼女は、苦労をすると分かっていて、どうしてこう、自分勝手な天使見習いを二人も選んだのだろう。
宿に戻りサンダルフォナに事情を説明したが、カリエラが眠っていたからいいような物の、しこたま怒られた。どうやら彼女自身、疲れが出ているらしい。何で特徴も覚えてないのにあたしが行くとか言うの、とか、何でそれくらい考えなかったの、とか、他にも色々。とはいえサンダルフォナの説教は短かった。否、カリエラの説教が長いのだろうか。
昼食はハッキリ言って、フェルゴルビーの方が良心的だったが、腹が減ればどんなものでも食べられるものだ。あんまり美味しくないね、といいつつ、全て平らげた。ペラッカはお使いをさっさと済ませたかったのだが、レラーとメヴァーエルが食休みを猛烈に主張したため、おやつ時になってしまった。それでも、今はおやつの時間、と駄々をこねる二人を引っ張り出すのは大変だったのである。あれほど説教をしたサンダルフォナだったが、実を言うと、サンダルフォナも女の特徴を覚えていなかった。結局、三人はしらみつぶしに探すことにした。
有力な情報は大通りの噴水の水をがぶ飲みしている男から、聞く事が出来た。そう言えばこの町の人々は、よく水を飲んでいる。そんなに乾燥しているわけでもない、寧ろ湿原があるくらいだが、どういうわけだろうか。
「三つ目の角を曲がった青い屋根の家には、二日前から天使が出るらしいよ」
「天使?」
「三日前は、死んだエリの所に天使が出たって話だ。こりゃあ、あの女も長くないだろうね。まあ恋人が死んで沈んでたから仕方ないか」
エリという男が誰かは分からないが、三日前と言えばサデュソンの町にきた日だ。あの時襲いかかってきた異常者がそうだと言うのだろうか。天使が出たと言うのはどういうことだろう。ありがとうと礼を言って、とにかくその家に行ってみることにした。
「天使様が出てるのに長くないって、天使様のフリをした死神みたいな何かなのかなあ」
「怖い事言わないでよ! 本当にそうだったらどうすんの!」
「そりゃ、ペラちゃんの聖女の力でこう、じゅわわあっと」
根本的に何か勘違いしているようだが、面倒くさいので訂正もしない。自分にどんな力があるのかどうかも見極めきれていないと言うのに。溜息をつきながら、ペラッカはにこにこして一向にドアをノックしない二人に代わり、件の家のドアを叩いた。
しかし反応がない。
「勝手に入っちゃえば?」
「えー! まずいよ流石に!」
「いーじゃん。聖女でしょ?」
「よくない!」
ぎゃあぎゃあとメヴァーエルと押し問答をしていると、後ろから進み出たレラーが、あっさりとドアを開けた。
「あれ、開いてるよ。不用心だね」
「開けちゃだめだってばぁ…」
はあ、とペラッカは溜息をつく。中に入ると、何やら奇妙な音楽が聞こえた。否、これは歌だ。鼻歌で何か歌われている。誰かいるらしい。
「こんにちわー、お聞きしたいことがあるんですがー」
ペラッカが言うが、何も反応はなく、歌は続いている。はっきり言って不気味だ。ペラッカがもじもじしていると、メヴァーエルはずかずかと家に入って行こうとした。
「あ、メヴィ!」
「何してんの? 調べられないよ?」
「人ん家! ここ人の家なの!」
「だから~? 大丈夫よ~、いざとなったらカリエラちゃんがどうにかしてくれるって~」
行こう行こう、とレラーも乗り気である。もうどうなっても知らない、と、ペラッカは溜息をついた。メヴァーエルは合法的に家探しをしていて、何か気がついたようだった。
「ねえ、これ何だろ? 注射器?」
メヴァーエルはタンスから注射器の入ったケースを取り出した。タンスには下着や肌着が仕舞われており、明らかに空っぽのそれは確かに異質だった。注射器は使用前の物の様だが…。
「なんかすごい物見つけた気がするよ」
「注射器って、漢方で使ったりしたっけ?」
「しないよ!」
「じゃ、持っていても意味ないかなー」
持っていくつもりだったのか。メヴァーエルはタンスに注射器を仕舞うと、次の部屋を調べようとドアを開け―――悲鳴を上げた。そこには、あの日依頼をしてきた女がネグリジェ姿で立っていたからだ。女は歌を歌いながら、くすくすと笑っている。ペラッカは震えあがる二人を押しのけ、カバンから天使の鱗粉を取り出し、突き出した。
「はい、依頼のものです! 遅くなりました!」
しかし女は目もくれない。否、見えていないようだ。受け取ろうともしない。ぺた、とペラッカの頬に触れると、突然がりがりと掻き毟り始めた。
「いだだだだだ!!」
「あんた、あたしのエリを殺したろ、思い知らせてやる!」
「やだこの女、狂ってんじゃないの!?」
嫌悪感に顔をゆがませ、メヴァーエルはステッキから火の玉を打ち出す。小さな火の玉は女の髪を少しだけ焦がした。ぶつぶつと女は何事かつぶやき、ぎええええ、と濁声を出すと、猫のように襲いかかってきた。
「殺しちゃ駄目だよ、正気に戻さなきゃ!!」
血の出た頬の傷を癒しながら、ペラッカは叫ぶ。しかしレラーは押されているし、メヴァーエルの火の玉も中々当たらない。と言うより、当たっているはずなのだが、効いていないようだ。
「メヴィ! 駄目、殺しちゃ駄目だよ! 大人しくしてくれれば聖女の力とか、なんかそんなのでどうにか…」
「そんなこと言ったって―――きゃー!!!」
どんっと強く女がメヴァーエルを突き飛ばした。ペラッカに突っ込み、部屋の隅にステッキが飛ばされる。伸しかかろうとする女を、レラーのスペードソードが止めた。しかし女はスペードソードを握り、自分の手に血がにじむのも構わず、攻撃の対象をレラーに向け、ギリギリと詰め寄る。
「ここここ、怖いよ~! メヴィちゃん助けて~!」
「待って、ステッキ、ステッキがどっかに…」
「ほあっちゃあああああ!!」
見ていられず、ペラッカは女に突進した。奇声をあげたことで女も怯む。どったん、と派手な音を立てて女は吹き飛んだが、今度は火がついたように泣き出し、辺りの物を手当たり次第に投げた。慌ててタンスの陰に隠れ、床に伏せる。辺りに一通り投げる物が無くなると、今度は頭をかきむしり振り乱し、叫び出した。
「あくまーっ! 悪魔が来た!! 悪魔が来た!!! 助けて天使様!! ぎゃああああっ!!!」
「あ、ちょっと!」
しかし止める間もなく、女は悲鳴を上げながら部屋を飛び出し、だだだだだっと階段を駆け上がって行った。ペラッカはタンスの陰から出て、部屋を出ようとする。
「ペラ、どこ行くの?」
「追い掛けるよ! あの人何するかわかんないんだもん!」
「馬鹿言ってんじゃないわよ! うちらがどうなるか分かったもんじゃないじゃん!」
「四の五の言ってる暇はないよ、二人が行かないならあたしだけでも行く!」
ペラッカはそう言って階段を駆け上がる。レラーもすぐに後を追った。メヴァーエルは舌打ちをし、更にその後を追う。ペラッカは二階に行ったところで、部屋のドアが一つだけ開いているのに気がついた。その部屋に飛び込む。
しかしその部屋には誰もいない。亡霊のように、開け放たれた窓に纏わりつくカーテンが、日の光を時折覆う。何処かに隠れているのかと思ったが、すぐに、地面が突き上げられるような、打楽器のような音がした。
「………何の音?」
また女に襲われるかもしれないと、三人は構えながらそっと部屋を調べた。タンス、クローゼット、椅子の影、机の下、どこにも女の気配はない。外が騒がしい。まさか、窓から逃げたのだろうか…? ひょいっと何の気なしに下を覗く。
悲鳴を飲み込み、尻もちをついた。
「何何? 何があったの?」
「駄目駄目、見ちゃ駄目!」
「え~、気になるぅ」
「早く行こう、裏口から逃げるの!」
ぶうぶう言う二人を押して、ペラッカはその場から走り去った。




