第72話 十年の軌跡2
50階層を越えた蓮は、さらに深い階層へ進んでいった。
《重力の靴》を手に入れてから、鍛錬の方法も変わった。
蓮は自分にかかる重力を少しずつ強くしていく。
「……重いな」
一歩踏み出すだけでも、身体が重く感じる。
さらに《封魔の手袋》の弱体化も加える。
身体能力を落とし、その状態で鍛錬を続ける。
最初は思うように動けなかった。
歩く。
走る。
剣を振る。
それだけの動作さえ、以前より難しくなっている。
だが――
何度も繰り返すうちに、少しずつ身体が慣れていった。
重力を強くする。
弱体化を強める。
それでも動けるようになれば、また少しだけ負荷を増やす。
そうして蓮は、自分自身の限界を少しずつ押し広げていった。
ただし、魔物との戦闘では違う。
危険な相手と戦うときは、重力を通常に戻す。
封魔の手袋による弱体化も、その魔物に合わせて調整する。
鍛錬と実戦。
その二つを使い分けながら、蓮は成長を続けていった。
◇
51階層。
そこから先は、これまでとはまったく違う景色が広がっていた。
巨大な木々が天井へ向かって伸びている。
根が地面を覆い、いたるところから蔓が伸びていた。
「……森、か」
蓮は周囲を見渡した。
その直後、木々の間から魔物が飛び出してきた。
身体が木のような外皮に覆われた魔物。
蓮は剣を構える。
魔物が腕を振る。
地面から木の根が伸びてきた。
「……!」
蓮は横へ跳ぶ。
根が地面を突き破る。
蓮は距離を取りながら、魔物の魔力を感じ取ろうとした。
《魔力感知》。
31階層で水魔法を覚えたときにも使った力だ。
だが、あの頃とは違う。
これまでの戦いを重ねたことで、《魔力感知》のレベルも上がっている。
以前よりも、魔力の流れがはっきりと分かる。
「……前より見える」
魔物の身体から魔力が流れる。
腕へ。
地面へ。
そして、根へ。
蓮はその流れを追った。
魔物が再び根を操る。
蓮も魔力を動かしてみる。
だが――
「……難しいな」
思うように魔法にならない。
何度も試す。
魔物の魔法を観察する。
魔力の流れを感じ取る。
そして、少しずつ自分の魔力を近づけていく。
そのとき――
『生存適応が発動しました』
蓮の足元から、一本の細い蔓が伸びた。
「……できた」
《木魔法》。
新しい属性魔法を手に入れた。
31階層で水魔法を覚えたときよりも、明らかに早かった。
《魔力感知》の成長によって、魔物の魔力の流れを以前より正確に捉えられるようになっていた。
「……前より、覚えやすくなってる」
蓮は自分の手を見つめた。
これまでの成長が、確実に次の力へ繋がっている。
木魔法を使えるようになった蓮は、魔物を倒して先へ進んだ。
◇
それから蓮は、木々に囲まれた階層を進んでいった。
魔物と戦う。
《鑑定》で特徴を確認する。
《魔力感知》で魔力の流れを見る。
そして、その魔物が使う木属性の魔法を観察する。
戦うたびに、木魔法への理解が深まっていった。
根を伸ばす。
蔓を操る。
木の壁を作る。
最初は小さな変化しか起こせなかった。
だが、繰り返すうちに扱える範囲も広がっていく。
やがて蓮は、戦闘の中でも自然に木魔法を使えるようになっていた。
そして59階層を越え――
60階層。
その階層だけ、異様に静かだった。
巨大な木々が並ぶ空間の中央。
そこに、一体の魔物が立っていた。
全身を巨大な樹木のような外皮で覆った魔物。
その身体は十メートルを超えている。
両腕は太い木の幹のように太く、背中からは無数の枝が伸びている。
顔にあたる部分には、赤い光を放つ二つの眼。
蓮は《鑑定》を使う。
『名称:グレートトレント』
『種別:魔物』
『状態:良好』
『弱点:火属性』
「……火が弱点か」
グレートトレントが腕を振り下ろす。
蓮は横へ跳ぶ。
地面が大きく砕けた。
蓮はすぐに火魔法を放つ。
炎が巨体を包み込む。
だが――
グレートトレントは倒れない。
「……これでも足りないか」
燃えながらも、巨大な腕が迫ってくる。
蓮は攻撃をかわす。
そして、火魔法を一点へ集中させた。
炎が魔物の身体を焼き、表面に大きな亀裂が入る。
蓮はその隙へ踏み込んだ。
剣を振り下ろす。
炎に焼かれた外皮を切り裂き、内部まで刃が届く。
グレートトレントが大きく震える。
蓮はさらに火魔法を叩き込む。
やがて――
巨大な身体が崩れ落ちた。
「……倒した」
蓮は息を吐いた。
ボス部屋の奥には、宝箱が置かれていた。
蓮が蓋を開ける。
中に入っていたのは、一つの防具だった。
「……防具か」
蓮は手に取り、《鑑定》を使う。
『名称:魔力装甲』
『種別:防具』
『効果:魔力を纏わせることで魔力の膜をはり防御力を強化する』
「魔力を防御に使えるのか」
蓮は魔力を防具へ流してみる。
身体の表面に薄い魔力の膜が広がった。
「……これなら」
防御力を高めながら、魔法も使える。
新しい戦い方が増えた。
蓮は魔力装甲を身につけ、さらに深い階層へ向かった。
◇
61階層。
そこから先は、大地に覆われた階層だった。
岩山。
巨大な岩壁。
足元には無数の亀裂が走っている。
現れる魔物も、それまでとは違った。
巨大な身体を持つ魔物が多い。
攻撃力も高い。
蓮は一体の魔物を《鑑定》した。
『名称:ロックゴーレム』
『種別:魔物』
『状態:良好』
『弱点:風属性』
「……風か」
蓮は風魔法を放った。
鋭い風が魔物の身体を削っていく。
硬い岩の身体に亀裂が入る。
そこへ剣を振り下ろす。
ロックゴーレムが崩れ落ちた。
「……やっぱり弱点が分かると戦いやすいな」
それでも、大地エリアの魔物は強かった。
風魔法だけで簡単に倒せる相手ばかりではない。
蓮は魔力装甲で攻撃を受け止め、風魔法で隙を作り、剣で仕留める。
戦いを重ねるたびに、その動きは洗練されていった。
そして蓮は、木エリアと同じように、魔物の使う土属性の魔法を観察していた。
岩を動かす。
地面を隆起させる。
土の壁を作る。
そのたびに《魔力感知》で魔力の流れを追う。
「……水とも、風とも違う」
土へ流れ込む魔力。
地面を伝わる魔力。
魔物の身体から大地へ繋がる魔力。
蓮は何度も試した。
だが、思うようにはいかない。
それでも諦めず、魔物の魔法を観察し続けた。
そして――
『生存適応が発動しました』
足元の土が動いた。
「……!」
蓮の意識に、土の魔力が流れ込んでくる。
地面が盛り上がる。
「……土魔法」
新しい力を手に入れた。
それからも蓮は、土魔法を繰り返し使った。
土の壁を作る。
地面を隆起させる。
岩を動かす。
最初は小さな操作しかできなかったが、戦いを重ねるうちに扱える規模も大きくなっていった。
やがて69階層へ到達する頃には、土魔法も戦闘で自然に使えるほどになっていた。
◇
70階層。
蓮は、巨大な岩山の前に立っていた。
岩山そのものが動いたように見えた。
それが魔物だった。
全身が巨大な岩石で構成されている。
高さは十メートルを超え、両腕だけでも蓮の身体より太い。
胸部には赤黒い魔石のようなものが埋め込まれている。
ゆっくりと顔を上げる。
赤い眼が、蓮を捉えた。
蓮は《鑑定》を使う。
『名称:タイタン・ゴーレム』
『種別:魔物』
『状態:良好』
『弱点:風属性』
「……これが70階層のボスか」
ゴーレムが拳を振り下ろす。
蓮は横へ跳んだ。
拳が地面を砕く。
岩の破片が飛び散る。
「……まともに受けたら危ないな」
蓮は距離を取る。
風魔法を放つ。
巨大な風の刃がゴーレムの腕を削る。
だが、表面を削っただけだった。
「……硬い」
ゴーレムが突進してくる。
蓮は攻撃をかわす。
そのまま背後へ回る。
剣を振り下ろす。
しかし――
硬い岩に阻まれた。
「……まだ足りない」
蓮はさらに魔力を集中させる。
風を一点に集める。
ゴーレムの身体に亀裂が走った。
そこへ剣を叩き込む。
亀裂が広がる。
ゴーレムが腕を振り回す。
蓮は紙一重で避ける。
そして、もう一度風魔法を放った。
今度は亀裂へ直接叩き込む。
内部へ入り込んだ風が、岩の身体を内側から削っていく。
ゴーレムの動きが止まった。
蓮は最後の力を剣へ集中させる。
亀裂へ刃を突き込む。
――轟音。
巨大な身体に無数の亀裂が走った。
そして、タイタン・ゴーレムは崩れ落ちた。
「……勝った」
蓮は息を整えながら、倒れた魔物を見つめた。
これまでよりも、明らかに強い相手だった。
それでも――
蓮はまた一つ、壁を越えていた。
ボス部屋の奥には、宝箱が置かれている。
蓮はゆっくりと近づいた。
そして、蓋を開ける。
「……これは?」
中に入っていたのは、一振りの剣だった。
蓮は剣を手に取る。
黒に近い刀身。
柄を握った瞬間、剣そのものから強い魔力を感じた。
蓮は《鑑定》を使う。
『名称:魔剣』
『種別:魔道具』
『効果:属性魔力を刀身に纏わせることができる』
「……属性魔力を?」
蓮は試しに、火魔法を剣へ流す。
すると――
刀身に炎がまとわりついた。
「……火を纏った剣か」
蓮はゆっくりと剣を振る。
炎が刀身から伸び、空気を焼いた。
次に、水魔法を流す。
炎が消え、今度は刀身を水が包み込む。
「水も……」
さらに風魔法。
刀身の周囲に風が渦巻く。
「風も使える」
蓮は少し考えた。
ならば、これまでに身につけた魔法も試してみる。
木魔法を使う。
魔力を剣へ流す。
刀身に木の魔力が集まり、緑色の光が走った。
「……木も」
続いて土魔法。
刀身に土の魔力が纏う。
「土も使える」
蓮は剣を握り直した。
これまで身につけてきた魔法を、剣に纏わせて使える。
魔法と剣術。
別々だった二つの力を、一つに組み合わせられる。
「……これなら、戦い方が変わるな」
蓮は魔剣を見つめた。
新しい武器を手に入れたことで、これからの戦い方も大きく変わっていく。
蓮は魔剣を手に、さらに深い階層へ進んでいった。




