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28話 ショーと視線

 秋葉っぱら店のゴストにて、怜は奈南に呼び出され待ち惚けていた。


「早く来すぎたな……デラックスプリンパフェでも食うか」


 丼サイズのパフェ、中心には甘美なプリン様。

 スプーンで掬い取る度フルフルと魅惑のダンス、ホイップクリームの帽子を添えた姿はスイーツ貴婦人。


「ふっふっふ……甘々ご婦人よ~沢山舐って啜ってやるよ~」

「怜ー! お待たせ!」

「ひょー何頼む?」


 ドリンクバーでアイスコーヒーを注ぎ、対面する奈南はそわそわ。


「トイレなら行ってこいよ。まむまむ……」

「そうじゃなくて……これ!」

「ん? まむまむ……」


 手渡された1通の封筒、中身を眺め大きな蒼眼が見開く。


「おぉーもう内定貰ったのか!」

「うん! ゴールデンウイークから早速研修なんだよね」

「マジか。遊べねぇじゃん」

「大丈夫! 研修はゆっくりじっくりみたいだから!」

「料理かよ。まむまむ……とりま、おめ」

「ありがと!」


 ルンルン気分で幸福に満たされる奈南、しかし怜も封筒を取り出した。


「まぁ……こちとらゲーム三昧の傍らにな……内定バッチリよ」

「あー! いつの間に!」

「声デカ」


 お互いの内定告白、サプライズの上乗せに軽く拗ね顔。プリンをお裾分けして貰い、どうにかこうにか宥める。


「ま、せっかくだし就職祝いに何か買ってやんよ」

「ほんと! やったー! 私も買うからね! ふっふーん♪」


 プリンをシェアで完食後、新原宿へ向かい、そこはかとなく就職祝いに良さげな店へ。


「キャリアウーマンらしく腕時計なんかどうだ?」

「あ、お母さんがもう買ってくれてる」

「マジかー……んー……どうすっかなー……」


 悩まし気な表情にニンマリ微笑む奈南、とある棚にビビッと直感が走る。


「あ、この手帳……」

「ん? おぉー渋みあるな」

「これがいい! いい?」

「どれどれ……案外お手頃価格だな」


 買って貰い心がホクホク、何か思い立ち早速書き始めていた。


「もう書いてるのか?」

「うん! 怜と私の内定記念日だもん!」

「奈南……記念日はどうかと思うわ」

「えぇー……でも、私には大事な日なの!」

「はいはい」


 店員さんに尊い眼差しで見送られ、次なる店へと移動。


「怜がイチマルマルに行きたいなんて……どうしちゃったの?」

「花凛さんがいるみてぇでよ、ちょっと顔出しと今件の報告」

「いいね! 早速レッツゴー!」


 ブランド店を占める7階フロア、仕事顔であれやこれやと指示中の花凛が映る。


「ちわっす、花凛さん」

「こんにちはー!」

「ひょ? わ! マイシスター達ぃいいい! いいとこに来た!」


 数時間後に最上階フロアでファッションショーが行われ、是非とも2人に飛び入り参加して欲しいとの懇願。


「バイト代も弾むから! お願ぇしやす!」

「あ、頭上げて下さい!」

「花凛さんの頼みなら断らないっすから!」

「キュピーン……! 女に二言はないからな……うへへへ!」


 裏方のスタッフルームへ強制連行、準備中のモデル達が色めき立つ。


「なーな! 久しぶりじゃん! いつ見ても凄いおっぱいだね!」

「怜っちも美しさに磨きが掛かってるわ!」


 ヌーの群れに近い包囲、もみくちゃに触診され続ける。騒ぎを静めるのにスタッフが動き、怜と奈南を救出。

 乱れた衣服と体にキス痕、うらやまけしからん被害。

 スタッフらにガミガミ説教されるモデル達、2人の仲裁もあり穏便に済む。


「あれ? 怜ちゃん、奈南ちゃん。どしてここにいんだ?」

「おっす、マネージャーさん」

「花凛さんに頼まれてショーに出るんです」

「マジ? あの枝女……」


 舞鶴が向かう先で花凛の悲鳴、モデル達もおじおじと準備を再開。

 奈南らも衣装合わせに化粧を施され、スタイリストも満足気。


「土台が良いとやりがいあるわ……」

「ウチに1人欲しいわね~どう? お姉さんのものにならない~?」

「だ、大丈夫です!」

「危ない匂いがするんで遠慮するっす」


 なんやかんやでショーが始まり、異彩を放つ謎の2人組は注目の的。花形の花凛との仲良しランウェイは観客を釘付けに。


 ショー後、観客らは衝動に駆られ店舗巡り、モデルと同じ衣服が売れまくり。

 特に謎の2人組モデルと同じ衣服が爆売れ、普段の数倍以上の売り上げを叩き出す経済効果だった。


 あらゆるSNSで2人組モデルを調べ上げるが、そもそも公にするSNSをやっていない奈南と怜。

 加えてシークレットゲスト扱い、知る術のない観客らはその日もんもんとした。


「いやはや! 大盛況の大成功だったぜ! 本当にありがと!」

「い、いえいえ。ガチガチに緊張しちゃいました……えへへ」

「表情固まってたよな。動く彫刻がピッタリだな」

「怜ちん冴えてるぅ~♪ にゃははは!」


 肩組みに豪快な笑い、天真爛漫な花凛は誰もが大好き。


「って事で、事務所に是非是非入ってくれ!」

「先日内定貰ったんで無理です」

「研修とかあるんで、前みたいにバイトは無理っす」

「な、なんだってー!?」


 一時的なショックは速攻で消え、心の底から喜びに満たされる。


「おぉおおおおおめでとう! 今日は2人のお祝いだ! ヘイ! 皆聞いてちょ!」


 モデル達からもお祝いの言葉、もちゃもちゃとハグやらをプレゼント。

 ショーの切り上げにお祝いムード、大名行列の如く先導する花凛は意気揚々。


「私に続けー! アッハッハッハ!」

「おい枝女」

「ぴゃ?! つ、鶴ちゃん? あ、頭離して……」

「お前は俺と次の仕事だ」

「いやああああああ!? み、皆も見てないで助けてぇええ!」


 モデルらの間では夫婦漫才と呼ばれ、他者が介入するべからずの暗黙の了解がある。

 つまりトップモデル花凛の声は後輩らに届かない、味方ゼロも同然であった。


「薄情者ぉおおおおお!」

「うっせ!」

「んひゃ! ひぃ……グスン……じゅるる……」


 強制連行を無事に見届けた一同、モデル界では日常も同然な光景。

 ふと胸をなでおろす間もなく、ゾッとする悪寒に周囲からの異様な視線。奈南と怜に詰め寄り、胡散臭い笑顔のモデルらが口々にする。


「じゃあ……行きましょうか? 私達とお祝いにし♪」

「たっぷりと可愛が……楽しんじゃおうか」

「あれやこれやを好き放題……食べ放題だね」

「大丈夫大丈夫……アタシらが黙ってれば何しても大丈夫……」


 本音駄々洩れなモデルらの欲、自身の身の危険を悟り後退り。


「や、やっぱ悪いんで大丈夫っす」

「よ、用事もあるので……お邪魔しました!」


 脱兎の如くイチマルマルから逃走、すれ違う人々からも突き刺さる視線。


「はぁ……はぁ……目が完全に捕食者だった……」

「久しぶりにぞわぞわしたよ……ふぅ……」


 これで終わりかと安堵、しかし終わりではなく始まりに過ぎない。

 ファッションショーのシークレットゲストはSNS上で拡散済み。

 ミーハーな若者達はイチマルマル周辺へ集い、あわよくば会えるかもしれないと淡い期待に胸膨らませていた。

 そして本人らの登場により、ミーハーは目の色変えた。


「……奈南。どうやら敵は新原宿全域みてぇだ」

「に、逃げないと!」


 どこへ行こうとも狂気染みた視線、徐々に精神が削られ、気が気でない状態。

 無事に新原宿から逃げ出せる確率は微々たるもの、時間経過する度に確率は更に低下する。

 店の中へ立て籠ろうものなら袋の鼠、愚直にまっすぐ逃走を図れば敵の思う壺。


「くそ……視線が消えねぇ……」

「ひゃ! 目が合っちゃった!」

「本気で狙いに来てやがる……よし、脇道を何度もグネグネ作戦だ」


 基本移動を脇道メインにし、敵を徐々に攪乱させ逃げ切る安易な作戦。しかしながら思いの外作戦は順調そのもの、逃げ切ると確信を得ていた。

 だが全て敵の術中なら話は別、自らの足で追い込まれているとは知らずに。


「やば……行き止まりじゃんか」

「も、戻ろう!」

「奈南ちゃん怜ちゃん、見ーつけた♪」

「「ひぃ!?」」


 にこやかな表情とは裏腹に退路を断つモデルら、紅潮と荒い息遣いは変質者と変わらない。新原宿に人生を捧げてきた彼女らから逃げる事自体が無謀。

 あの場で素直に参加する意思があれば、ここまでする事はなかった。実情彼女らを掻き立てた、何としてでも素晴らしいお祝いを開かねば一生ものの未練が残ると。


「てめぇら! こんなとこで何してやがる!」


 退路の先で女性の大声、新原宿に人生を捧げてきたのはモデルだけではない。

 かつて新原宿を牛耳る若き女性がいた。カリスマ性や美貌、男勝りなサバサバ系な性格で同性を次々に虜にさせ、数百人規模の集団を統括する程までに勢力を拡大。絶対的な存在は瞬く間に浸透、それ程までの逸材だった。

 しかし2年前、運命との出会いを果たしてしまい、夢幻が如く新原宿を去った。


 その彼女の名は亜咲原美影、かつてレディースの頂点に座したカリスマ。


「怜の姐さん! 奈南の姉貴! ご無事っすか!」

「み、美影!」

「美影ちゃん! それに一派の皆も!」


 まさかの大物の名前、戦々恐々と空気が一変。

 誰一人として逃さまいと一派が包囲、ガクブルと震え縮み上がるモデル達。


「ど、どうやってここが分かったの?」

「SNSっす! 蕾が逐一教えてくれたんで何とか間に合いました!」

「アイツが……帰ったら礼言わねぇとな」


 心強い味方にホッと胸を撫で下ろし、美影らが責任を取りこの場を治めることとなった。


「さーて……てめぇらにはキッチリ、ケジメ取って貰わねぇとな……」

「「ひぃいい!?」」


 帰路への対処は既に済み、途絶えなかった視線は嘘のように消え、それぞれが自宅へと帰還。


「oh……それは災難でしタネ。ワタシが体で癒してあげマスヨ?」

「ロゼさん! それは妾が適任です! さぁ、怜様! 一生忘れない思い出を残しましょう!」

「私欲の洪水じゃねぇか。2人でよろしくやってろよ」

「ナイスアイディアではありませンカ! では蕾ちゃん……ベッドへ行きまショウカ」

「あ……こ、これはこれで……」


 ちょろすぎる蕾は頬を染め、チャラ女と化したロゼの自室へランデブー。

 妙に艶かしい声を聞き流し、ソシャゲで気分転換。

 丁度、美影からのLINS新着メッセージ、その後の報告かとすぐさまチェック。


「……意気投合してんじゃねぇか」


 美影一派とモデル達の仲睦まじい宴風景、怜はいいねスタンプを送りソシャゲに浸る。


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