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食後のお茶をしながら、お嬢様に匂いについての質問を重ねました。そのせいでしょうか、それとも食事の前に涙を流しすぎたせいでしょうか、お嬢様は疲れたご様子で「少し休むわ」とベッドに入られました。
私はマーサさんの手を借りての久しぶりの入浴を終え、あとはすることもなく、ソファで読書をしています。しかし文字を追っても物語が立ち上がらないので、諦めて閉じるか迷っているところです。
「セレナさん、ちょっといいかしら?」
ドアの向こうからマーサさんの声がします。
「はい、どうぞ」
トレイを持ったマーサさんが顔を出し、続いてセドリック殿下とカイン様が入っていらっしゃいます。
「セレナ」
殿下の声に呼応するように、涙があふれます。あっという間に滲んだ視界の中で、殿下が近づいていらっしゃることだけがわかります。
「セレナ」
殿下の声がなぜだか遠く聞こえます……。
ソファでうたた寝してしまっていたようです。変な体勢で寝ていたのでしょうか、首が少し痛みます。頭も少しぼんやりしています。
「気がつかれましたか?」
声の主に気がついて、一気に覚醒しました。
「カイン様!」
「はい。覚えていらっしゃいますか? 殿下の魔力が暴走してしまって、気を失われていたのです」
魔力の暴走と聞いて、記憶が結ばれていきます。マーサさんと殿下とカイン様が訪ねていらっしゃって、そして。
「殿下に名前を呼ばれた直後に、なぜだか泣いてしまって、そのあとすぐに意識が遠のいていきました」
「殿下は先日、魔力の枯渇で倒れられてから、ひどく不安定なのです。申し訳ありません」
カイン様に深々と頭を下げられて、私は慌てて立ち上がって声を出します。
「カイン様、謝罪は必要ありません。お願いですから、頭を上げてください」
カイン様がゆっくりと顔を上げられて、安心したら体の力が抜けました。ぐらりと傾いた体が風で支えられ、風が私をソファまで運んでくれます。カイン様は魔法がお得意なようです。そしてカイン様の起こされた風はとてもやさしいものなのに、なぜか悪魔の魔力の風を思い出してしまいました。
「ありがとうございます」
「セレナ様もまだ本調子ではないのでしょう。今、お茶を淹れますから、少しお待ちください」
テーブルの上にはマーサさんが持っていたトレイがおかれていて、そのトレイの上のティーセットを使って、カイン様が優雅に紅茶を淹れてくださいます。
「どうぞ」
甘い香りの紅茶と、クッキーとチョコレートをすすめられます。
「ありがとうございます」
紅茶のカップを手にしましたが、立たれたままのカイン様が気になります。
「あの、カイン様もよろしかったら、ご一緒に」
「いえ、私はけっこうです」
無表情のカイン様に拒否されると、それ以上は言えなくなってしまいます。それで一人カップに口をつけました。香りは甘いのに、紅茶は渋みが強く、甘いお菓子に合いそうです。
「おいしいです」
「それはよかった。殿下の気に入りの茶葉なのです」
カイン様のその言葉で、私は殿下がご無事なのかうかがっていなかったことに気がつきました。
「殿下とマーサさんは大丈夫なのですか? 今、どちらに? となりの部屋のお嬢様に影響はなかったのですか?」
カイン様が頷かれましたが、私のどの質問に頷いてくださったのでしょうか。
「お二人とも少し休まれていらっしゃいますが、大きな問題はありません。セレナ様が気を失われたあとのことを簡単にお話しします」
「はい」
カイン様はとても落ちついていらっしゃいます。
「殿下の魔力の暴走を探知されたレオポルド様が転移していらっしゃいました。そして殿下を睡眠魔法で眠らせ、セレナ様のベッドへ運んでくださいました。勝手にベッドをお借りして申し訳ありません」
「いえ、それはよいのですが、殿下は大丈夫なのですか?」
「はい。とりあえずは大丈夫です。殿下についてはあとでお願いしたいことがございますので、まずは状況説明の続きをさせていただきます」
「はい」
「殿下の魔力にあてられて、倒れられたカナディン子爵夫人は隣室のソファで休まれています。一時間程度で目覚められると思いますが、子爵夫人には魔力の暴走のことは言わないでいただきたいのです」
「はい」
成人後の魔力の暴走は不名誉なこととされています。
「子爵夫人が目覚められましたら、急に気を失われて驚いたということにしてください。連日の過労が祟ったようだと言えば、納得してくださると思いますので」
「はい」
「カーター様は眠っていらっしゃったので、特に問題はありません。まだ眠られているようです。もちろん私が見たわけではありませんが」
悪魔がお嬢様の寝顔を他人に、特に男性に見せるはずがありません。マーサさんのことも悪魔自ら運んだのでしょう。
「セレナ様は刺客のことで殿下をお恨みですか?」
「まさか。恨むなどありえません。殿下のおかげでこうして今も無事に」
私が右腕を見たことで、カイン様の視線も腕に向きます。
「ではセレナ様にお願いがあるのです」
カイン様のお願いは、頼まれるまでもなく私がしようと思っていたことでした。




