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お嬢様とマーサさんと私、女三人での朝食は謝罪と感謝の応酬から始まりました。
私はかけてしまった心配と、そしてあと一週間は安静にしていなければならないということを謝り、眠っている間にしていただいた身の回りの世話についてのお礼を伝えました。マーサさんからは「大変なときにいなくてごめんなさいね」と謝られてしまいました。マーサさんの不在と今回のことは関係がないのに。そしてありがたいことに、私の復帰まで休日返上で働くと申し出てくれた上に「しっかり休んで早くよくなってね。それが私にとってもアン様にとっても一番うれしいのだから」とやさしい言葉をかけてもらいました。お嬢様からは「セレナに頼りきりだったから、自分のことなのにわからないことが多くて驚いたわ。いつも本当にありがとう」ともったいないお言葉を頂戴しました。
「それにしてもセレナは何の魔法を使って、魔力の枯渇など起こしたの?」
お嬢様の質問にすぐ答えられない私を心配そうに見るマーサさんと目が合いました。マーサさんは犯人がストーカーではなく、刺客だということも、事件の詳細も聞いたのでしょう。
「……それが、ですね……」
攻撃魔法など使ったことのない私がとっさにくり出そうとした魔法として、不自然でないのは何でしょうか。風、氷、火、光、どの攻撃魔法も私には難しすぎて出せる気がしません。
「あの……もしかして、記憶が曖昧なのでは? 魔力の枯渇を起こすと、前後の記憶が飛ぶことがあると聞いたことがある気が……」
マーサさんがおずおずと伸ばしてくれた救いの手を必死で掴みます。
「ええ、はい。そうみたいです。あのときのことは、こう、どこか、もやがかかってしまったように曖昧模糊としていて、はっきりと覚えていないのです」
「そうなのね」
お嬢様が頷かれたので、私もマーサさんもホッと息を吐きました。
「さっきも言ったけれど、もう無茶しては駄目よ」
「はい、お嬢様。ところで、マーサさんはどういった魔法を使われるのですか?」
お嬢様の目を私の魔力の枯渇からそらすべく、私は話題を変えます。
「マーサは生活のほかに、治癒も使えるでしょう?」
「えっ? どうしてそれをご存知なのですか?」
マーサさんが不思議そうにお嬢様に訊きます。
「どうしてって、どうしてセレナにはわからないの?」
「訊いたことがありませんでしたので」
「訊かなくてもわかるでしょう?」
「「え?」」
お嬢様の言葉に、私とマーサさんの声が重なりました。
「訊かなくてもわかるとは、どういうことでしょうか?」
悪魔くらいの魔法使いなら、相手を見ただけでどれくらいの魔法が使えるのか予測できるかもしれませんが、普通はわかりません。お嬢様の魔力量は私とほとんど変わらないと以前悪魔が言っていましたので、マーサさんを見ただけで何の魔法を使えるかがわかるとは思えないのです。
「だいたい匂いでわかるでしょう?」
また匂いです。お嬢様が感じられている匂いとは何なのでしょう。やはり魔力なのでしょうか。
兄様にお嬢様の感じられる匂いについて、詳しく訊いてほしいと言われましたが、気が進みませんでした。お嬢様のその特別な鼻が、刺客探しに利用されることが怖かったのです。しかし無視するわけにはいかないようです。
「マーサさんは生活と治癒が使えるのですね?」
まずはマーサさんに確認します。
「ええ。といっても簡単なものだけよ」
本当にお嬢様は魔力の匂いがわかるのかもしれません。しかも匂いの違いがわかるだけではないようです。
「お嬢様、レオポルド様たちに、し、ではなく、ストーカーの匂いの話をしたときに、匂いについて何か言われませんでしたか?」
お嬢様だけが嗅げる匂いの存在を知って、悪魔たちがどういう反応をしたのかを訊きます。
「レオ様たちに?」
「はい」
「そうねえ。レオ様からはアニーは鼻がいいんだねと褒めていただいたわ」
「それだけですか?」
悪魔はお嬢様しか嗅げない匂いだということを説明しなかったのですね。
「あ、でも。レジナルド様から色々と質問を受けたわ。誰がどういう匂いをするかとか、どれくらい近づくと匂いがわかるのかとか、でも答えている途中で少しめまいがしてしまって、どこまで答えたのかよく覚えていないわ」
「そうなのですね」
きっとお嬢様がめまいを感じられたことで、話は中断され、そのままになったのでしょう。
「お嬢様」
「なあに、セレナ」
「匂いについて話したいことがあるのです」
お嬢様だけが知る匂いの秘密を探ることが正しいことなのかわかりません。しかしもしもお嬢様が本当に魔力の匂いを嗅げるとしたら、しかも匂いだけで使える魔法までわかってしまうとしたら、それを利用しようとするものが現れるかもしれません。常に治癒魔法を使える人間を探している教会、常に攻撃魔法の得意な人材を探している魔法騎士団、そして優秀な魔法使いを欲しているらしい帝国、そういった組織や国がお嬢様の能力を知ってしまったらと考えると恐ろしいです。もちろんお嬢様のことは悪魔が守るでしょうが、そのためにはお嬢様の力が本物なのか、どれくらいなのか、知らなくてはなりません。
「普通は人の匂いの違いなど、ほとんどわかりません。赤子からはお乳の甘くやわらかな匂いがしますし、元気な子供からは草花の香りがしたり、土や太陽の匂いがしたり、汗の匂いがしたりします。病人からは薬の匂い、老人からは加齢による独特な匂い、私たちにわかるのはそれくらいのものです」
マーサさんは私が何をしようとしているのか気づいたのでしょう。私に同意するように頷きながら聞いてくれています。
「レオポルド様からはいつもサイプレスの香りがして、マーサさんからはローズ系の香りがすることが多いです。これは香水の匂いで、二人の体臭ではありません。二人の体臭を私は知りません。これが普通の感覚です。でもお嬢様は二人の香水の奥の匂いがおわかりになるのですね?」
お嬢様がこくんと頷かれます。
「このことについて、レオポルド様たちはある推測をされました」
「推測?」
「はい。お嬢様が嗅がれている匂いの正体が魔力なのではないのかと」
「……それはおかしいと思うわ。だって魔力に匂いがあるなんて聞いたことがないもの」
「はい。魔力に匂いがあるなど、私たちも聞いたことがありません。しかしお嬢様の感じられている匂いの正体が体臭だとは思えないのです」
納得されていないのでしょう。お嬢様が少し不満げな顔をなさっています。
「お嬢様が嗅がれているのが魔力かどうか、確かめるためにうかがいたいことがあるのです」
「なあに?」
「レオポルド様やセドリック殿下の匂いは距離があってもわかるのではありませんか? 私やマーサさんの匂いが届く距離と、レオポルド様や殿下方の匂いが届く距離には違いがあるのではありせんか?」
「ええ。レオ様の匂いは遠くからでもわかるわ。というよりもレオ様の匂いはいつでも感じているの。レオ様に会えないときでも。特に学園入学前は会えない日も多かったから、淋しかったせいか寝る前にはいつもレオ様の香りがしている気がしたわ。きっと私がレオ様のことをいつも考えているから、そう錯覚してしまうのだと思うわ」
お嬢様、それは錯覚ではありません。お嬢様が学園に入学される前、悪魔は毎晩、姿を消してお嬢様の部屋へ侵入していたのです。お嬢様をただ見るだけのために。
「恋情が呼ぶ幻の香りとでも言えばいいかしら」
「……それはわかりませんが、もう少し詳しくうかがいたいので、まずは食事をすませてしまいましょう」
お嬢様に悪魔愛を語られてしまっては食欲がなくなってしまいますので、まずは食事に専念することにします。
お嬢様のうっとりに、マーサさんまでつられてうっとりしていることには気づかないふりをして、ソーセージを咀嚼します。数種類のハーブが入っているのでしょうか。ソーセージはとても複雑な味がします。




