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「セレナがアンを守ってくれているのをずっと見ていたの。本当に感謝してるわ。セレナがアンの侍女をしてくれていてよかった」
私のとなりに腰を下ろして、私の両手を取った奥様は瞳を潤ませて言ってくださいますが、何もできなかった私はただただ恐縮するしかありません。
「いえ、私は何も」
「セレナ!!」
私はまた奥様の腕の中に囚われてしまいました。今度は苦しくない程度のお力ですが。
「あなたはなんていい子なのかしら。セレナを紹介してくださったレオポルド伯爵には感謝しかないわ」
「…………」
「あれだけの連続攻撃にさらされながらも、気丈に攻撃を睨みつけて、アンを腕の中で守りつづけてくれた」
奥様が私の貧相な腕をさすっておっしゃいます。
「守ってなど」
「いいえ、わかっているのよ、セレナ。私たちはレオポルド伯爵からうかがったのだから」
旦那様もうんうんと頷かれています。悪魔は何を言ったのでしょうか。
「刺客侵入の直後、伯爵はアンとセレナが怖い思いをしないように、睡眠魔法をかけようとしてくださったのに、セレナは眠っていては万が一のときアンを守れないと、伯爵の魔法を拒否して、結界の中でアンを抱きしめていてくれたのでしょう?」
「…………」
嘘でもはいと言うべきでしょうか。
不思議に思ってはいたのです。会場中が眠る中、護衛騎士や殿下方が刺客捕獲のために起きられていたのはわかりますが、攻撃魔法も治癒魔法もろくにできない私がその他大勢と一緒に眠らせられなかったのはなぜだったのか。お嬢様より先に眠らせてほしいなどとは思いませんが、お嬢様が眠られたあとに私も眠らせてくれてもよかったのではないのでしょうか。お嬢様が心配というのはわかるのですが、私ではたいした盾にもなれませんし、何よりただの盾ならば意識は必要ないですよね。私がお嬢様を抱きしめた状態で状態維持魔法でもかけて、それから睡眠魔法をかけてくれたらよかったのではないでしょうか。そうすればあんな恐怖体験しなくてもすみましたのに。
「セレナがアンを大切に思ってくれて、本当にうれしいわ」
それはもう間違いなく大事に思っていますが、眠らなかったのは私の意志ではないのです、奥様。
「これからもアンのこと、よろしくね」
「はい」
私が複雑な思いを処理しきれないままで返事をしたところで通信具が揺れました。
「通信が入りましたので、失礼します」
奥様と旦那様に断って、部屋の端まで移動し、通信具へ魔力を流します。
「出るのが遅いぞ」
今、いいえ一生涯、一番聞きたくない声がします。
「……すみません」
「まあいい」
いいなら言わないでください。
「今からセドリックを連れて戻るから、マーサは応接室にお茶の用意を頼む」
「はい」
マーサさんにもつながっていたのですね。
「セレナ、伯爵方には応接室へ移動してもらって、お前は私が行くまでアンのそばで待機だ」
「はい」
私の返事を待たずに悪魔は通信を切りやがりました。一々腹の立つことばかりする悪魔です。
「どうしたの、セレナ?」
奥様に声をかけられて、慌てて口角を上げて振り向きます。
「レオポルド様がセドリック殿下とご一緒に戻られるそうです。旦那様方は応接室へ移動していただくようにとのことでした。私はここで待機でございます」
「そう、では行きましょうか、セバーク」
「ああ、そうだな」
お二人が部屋を出ていかれてすぐ、続き部屋からマーサさんが入ってきました。
「お茶の準備、手伝えなくてすみません」
「いいのよ。たとえ少しの間でもアン様をお一人にしておきたくないのでしょう。行くわね」
「お願いします」
マーサさんもドアの向こうへ消え、私はお嬢様のそばに行きます。
「あっ」
私に勢いがなかったので今度は軽くですが、また結界に阻まれてしまいました。
「セレナ、鳥頭とはセレナのためにある言葉だな」
「!!!」
むっかー。どうしてこう悪魔という生き物は私を憤らせるのが上手なのでしょうか。
「アニーにセレナの馬鹿がうつらないか心配だよ」
お嬢様を愛おしさダダもれの目で見つめながらも、嫌味は続けられるのですね。私の馬鹿の伝染を心配する前に、悪魔は自分の性格の悪さがお嬢様に感染しないかに気を配ったらいかがですか。
「ついさっき、結界に衝突したばかりだろうに、頭の弱い人間というのはかわいそうだな。何度痛い目に遭っても忘れてしまうのだから」
「お言葉ですが、偉大なる魔法使いでいらっしゃるレオポルド様の防御魔法のおかげで、痛くも痒くもありませんわ」
「はあー」
わざとらしいため息にイラっとしてしまいましたが、深呼吸で自分を落ちつけます。私は悪魔の言う通り鳥頭なのでしょう。悪魔の性格を忘れて、平穏な会話を試みてしまうのですから。悪魔など、まともに相手にするだけ無駄ですのに。
「それで私はいつまでここで待機していればよろしいのでしょうか?」
悪魔が来たら、私はもういりませんよね。
「ああ、そうだった。セレナになどにかまっていて、時間を無駄にしてしまった」
「…………」
イライラしても私が損なだけですからね。平常心、平常心。
「アニー」
悪魔が結界を解除し、まだぐっすり眠っていらっしゃるお嬢様の顔にかかった髪をやさしく払います。平常心、平常心。
「もう少しだけいい子で寝ているんだよ」
そう言いながら、悪魔はお嬢様を横抱きにして、ベッドに腰かけます。まだ起こさないのでしたら、お嬢様を膝抱きにする理由がありますか? 平常心、平常心。
「今からセドリックと一緒に、今日の話をするから、アニーの服と髪を少し整えてほしい。もちろん乱れたアニーも実に魅力的ではあるのだが……ごくっ」
今、生唾呑みこみましたよね。しっかりと聞こえましたよ、ごくって。お嬢様の寝姿に何を想像なさっているのでしょうか、この獣!! いけない、いけない。平常心、平常心。
「早くしろ、話が終わらないと、アニーを起こすこともできないんだから」
「……はい」
悪魔の存在を心の目で消して、お嬢様の衣服の乱れを直します。マーサさんが選ばれたのでしょうか、皺になりにくいドレスなので、眠っていらしたわりには見苦しい大きな皺などはありません。ただ髪には汗もかかれ、かわいらしい寝癖も少し見えましたので、魔法で乾かして、まっすぐに伸ばしてから耳の下でゆるく結びます。青いリボンを巻いたところで悪魔がぴくりと反応しましたが、もちろん無視します。青はきれいな色なので選んだのです。他意はありません。殿下方の目の色と同じだとか、そんな些細な偶然よくありますよね。
「これでいかがでしょう」
薄く白粉をはたいて完了です。うん、いつ見てもお嬢様は大変かわいらしいです。青いリボンもとてもお似合いですね。
「……時間もないし、まあいい。では、移動するぞ」
「あ、少しお待ちを」
悪魔が立ち上がると、お嬢様の襟元が少し開いてしまったので直します。運悪く悪魔の手にふれてしまいました。とても熱いです。魔法で肌色は変わりませんが、お嬢様を抱かれて、体温が上がっているようです。
悪魔がお嬢様を抱いたまま、移動していきます。両手が塞がっているで、魔力でドアを開けて進んでいます。普通の感覚からすると、魔力の無駄使いですが、悪魔にとっては息をするよりも簡単なことなのでしょうね。
悪魔のあとを追わなければならないのに、応接室にセドリック殿下がいらっしゃると思うと、進むことに躊躇してしまいます。殿下と一緒にいると私の心が私の意志から離れていってしまうような気がするのです。
応接室のテーブルには紅茶とコーヒーとワイン、それに軽食が用意されています。マーサさん、お疲れ様です。そのテーブルを囲むように、ソファと椅子が並んでいます。どうやら居間のソファと椅子も運んできたようです。
元々応接室にあったソファの一台にセドリック殿下が座られています。先ほどまでのシャツ姿ではありません。ラフなライトグレーのジャケットを羽織られています。美形は何でもお似合いになられますね。もう一台に旦那様と奥様、居間にあったソファには悪魔とお嬢様。お嬢様は悪魔の膝の上で、全身を悪魔のマントに覆われています。そして居間の椅子にはマーサさんです。
「ああ、セレナも早く掛けなさい」
殿下に声をかけられますが、どこに座ったらよいのでしょうか。旦那様たちのとなりか、悪魔とお嬢様のとなりか、殿下のとなりなどありえませんし、いっそのこと立っていましょうか。それとも私室から椅子を運んでくるべきでしょうか。
「どこでもいいから早く座れ」
悪魔が冷え冷えとした声で言います。どこに座れというのでしょうと思っているうちに殿下が立たれて、私のそばまでいらっしゃいます。
「レディ、エスコートさせて」
私は左手を取られて、殿下の胸元に寄せられます。その近さにあたふたとしているうちに殿下が私にだけ聞こえる小さな声で囁かれます。
「悪魔のとなりよりは私のとなりがいいだろう?」
殿下の耳打ちが、悪魔の囁きに聞こえるのはなぜでしょう。
「さあ、あまり時間がないから、行こう」
殿下のエスコートを断ることなどできるはずもない私は、殿下に促されるままソファの中ほどに腰を下ろします。そのあと殿下が少し動くとふれ合いそうな近さに座られたので、慌ててソファの端まで移動します。
「セレナ、そういう態度は傷つくな」
殿下の苦笑いに、私もぎこちなく微笑み返します。
殿下と一緒にいると心がバランスを崩してしまいます。
私のこの不安定さが眠られているお嬢様にだけは気づかれないことが、私にとっては救いです。




