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「見ていてくれたかい?」
いつの間にかセドリック殿下が戻っていらっしゃいました。外へ向かわれていましたので、挨拶だけで帰られるのだと思っていましたのに。ところで殿下はどうして上着を脱いでいらっしゃるのでしょうか、シャツ姿です。白いシャツがまぶしいですね。
「お疲れ様でございます」
そんな完璧な笑顔を向けられても、もう昨日までのように、殿下を素敵なキラキラ王子様だとは思えませんよ。心の中で腹黒殿下と呼んでしまいそうです。
「疲れてはいないよ。アン嬢とのダンスは楽しかったしね」
殿下が私のとなりに立たれます。お願いですから、私にはかまわずに席に着いてくださいませ。
「君、こっちへ」
殿下が給仕を呼んで、トレイの上のグラスを二つ取って、一つを私に手渡してくださいます。よいのでしょうか?
「どうした? ただの果実水だ。仕事中でも飲めるだろう?」
殿下、私の不安はそこではありません。
「毒見はよいのですか?」
殿下がフッと、やわらかい笑みを浮かべられます。
「私たちは口にするものすべてに、自分で解毒魔法をかけているから、大丈夫だよ。もちろん、セレナの分にもね」
殿下がウインクされました。殿下って、こんなに軽い方でしたかしら。
「あ、ありがとうございます」
「どういたしまして」
柑橘の爽やかな香りのするドリンクで、口の中がすっきりします。
それにしても解毒魔法を毎食かけられているなんて、殿下も魔法力が高いのですね。知りませんでした。
「解毒魔法が意外?」
顔に出ていたのでしょうか。
「解毒魔法は難しいと習いましたので」
「そうでもないよ。王族が最初に覚えさせられる魔法だよ。私は四歳でマスターしたし」
殿下も能力過多タイプでいらっしゃいましたか。
「セレナも陛下が治癒魔法しか使えないとか、信じているの?」
「治癒と生活しか使われないと聞きましたが」
「それは人前ではそれしか使わないって意味だよ。王族は魔法力を隠蔽して生きていくんだ。自分の身を守るためにね」
「身を守るためですか?」
「ああ。手の内を見せないほうが、戦いでは圧倒的に有利だろう。治癒しかできないと侮っている人間は、杜撰な計画で戦いを挑んでくるからね、そこを完膚なきまでに叩きのめすのは快感だよ」
殿下、そんな話、引きまくりですよ。魔法の話をしてほしいです。
「殿下も色々な魔法を習得されているのですか?」
「そうだね。レオポルドほどではないけれどね」
殿下はホールのほうに目を向け、グラスを傾けられました。それから兄様と何かアイコンタクトを取っていらっしゃいます。やはり仲はいいようです。
「そういえば火種が燃え尽きてしまったようだね」
「見ていらしたのですか?」
「残念ながら、移動中でね。でも騒ぎは聞こえてきたし、真っ赤になった令嬢の全力疾走は見えたよ。ヒール靴であそこまで走れるとは、女性ながら足腰がそうとう強いようだった。騎士団にスカウトでもしてみようか」
なぜそこで笑うのですか。縁もゆかりもないご令嬢ですが、さすがにあの不幸を笑えませんよ。私だったら一生引きこもる自信があります。その前にあんな露出のドレスを着る自信がないのですが。
「セレナはやさしいね。大丈夫だよ、あの令嬢は転んでもただでは起きないタイプだ。きっと自分に恥をかかせたあの憐れな子羊と、その遠因を作ったレオポルドへ謝罪と誠意を要求し、新たな火種にバージョンアップしてくれるよ」
腹黒殿下、黒すぎます。
「でもあの男子学生は被害者では?」
きっと辺境の貧乏子息ですよ。根拠はないですけど。
「いいの、セレナ? あの生徒が被害者側に回ると、レオポルド一人が加害者になっちゃうけど」
「あれは事故ですよ。誰も悪くありません。強いていえば運が悪かっただけなのです」
「運、ね。レオポルドはあの令嬢に責められたら、どうすると思う?」
「無視すると思いますよ。それでもしつこかったら排除します。ご家族の不正を探し出して失脚させるか、あるいは不正を捏造して失脚させるか」
やられたら万倍返しが信条の悪魔ですよ。
「やりそうだけれど、学園長に責任があるのかな?」
「あく……」
「ん? あく?」
「あくまで予想ですが、レオポルド様なら製造責任があるとおっしゃいますよ」
「製造責任ね。言いそうだ。それでは学園長がかわいそうだから、私がフォローしてあげよう」
「どうなさるのです?」
まさか本当に騎士団へスカウトを?
「私の婚約者の従兄弟の公爵家子息が結婚相手を探し中なのだよ。二十代半ばで独身、容姿端麗、性格は明るく朗らか。あの令嬢にはもったいない優良物件だろう?」
うさんくささ満載の物件ですこと。だいぶ殿下と被りますし。
「その似非優良物件へ火種を投入して、殿下にはどんなお得が?」
「セレナ、本性が顔を出しているよ。気を抜いているのかな?」
「すみません」
「別にいいよ、そのほうが面白いしね。嫌味の一つも言えないような女性は寝てもつまらないものだよ」
殿下はいつからぶっちゃけキャラになられたのでしょう。王太子殿下の女性事情とか、私のようなしがない末端貴族にもらさないでください。
「セレナの質問に答えてあげたいところだけれど、漏洩できない種類の秘密でね、知ってしまったらセレナにも危険が及ぶ可能性がある」
「では全力で質問を撤回させていただきます」
「うん、いいね。セレナみたいな子は新鮮だ」
殿下と話しているうちに二曲目が終わりました。そこへちょうど悪魔が戻ってきました。やっと悪魔がお嬢様とダンスできるのかと思いきや、お嬢様は件の男子学生を救済に向かってしまいました。お嬢様はやはり天使です。
そして始まる三曲目、お嬢様と渦中の男子学生のダンスです。男子学生はギシギシと音の聞こえそうなかたい動きです。それでもお嬢様のやさしさに救われて、先ほどまでの悲壮感はありません。
「アン嬢はやさしいね。やっぱりレオにはもったいないよ。うちのギルとのダンスなんか、とても似合いでかわいかったしね」
「お嬢様は純粋でおやさしい方です。それにセドリック殿下とのダンスもとてもお似合いでしたよ。あ、あのレオポルド様が苦虫百匹分噛みつぶすくらいには」
「苦虫百匹か、いい気味だね。でもいつもギルをいじめてばかりいるレオにはもっとお仕置きが必要かな」
「苦虫百万匹の覚悟がおありでしたらどうぞ」
いい加減、殿下の前で取り繕うのに疲れてまいりました。おざなりな言い方になってしまいます。
「うん。やっぱりいいよ、セレナ」
キラキラ増量していかがなさったのですか、殿下?
「何がでしょう」
「セレナがいい女だって言ったんだよ」
何のお遊びを始められたのでしょうか。できれば一人遊びにしていただけるとうれしいのですが。
「一介の騎士などやめて、私とつき合わないかい?」
「殿下、冗談がすぎます」
「冗談ではないのだけれど」
「では嫌がらせですか?」
口元は微笑みのまま、目元だけ鋭くなった殿下は、先ほどまでよりは私好みのお顔です。
「私が口説くと嫌がらせになるのかな?」
その微笑み、有無を言わさない威圧、それで女性を口説いているおつもりですか?
「いえ、婚約者のいる女に、その気もないのにちょっかいを出すのは、一般的には嫌がらせ、というだけですよ」
にっこり。
「かわいいね、セレナ」
殿下の手が私の頭を撫でます。払えません、不敬になるので。動けません、不敬になりそうで。
「殿下、愛しの婚約者様がいらっしゃるのでは?」
何とか言葉を紡ぎます。黙ったら負けな気がします。
「まだ年若く、婚姻までは間がある。それに愛しいとは言っていないよ。完全なる政略だ。我が国は魔石がほしいし、かの国は大国とのつながりがほしい」
「私のようなものには難しいことはわかりませんが、婚約者がいらっしゃるので、火種はいらないとおっしゃられていたのでは?」
「セレナになら燃え上がってみたいものだね。私は存外情熱的なほうだよ」
「ひっ」
「ひどいね、セレナ。私の親愛のキスにそんな声を出すなんて」
ひどいのはどちらでしょうか、殿下。こんな場所で、こんなふうに、手の甲にキスするなんて。王太子殿下と何かあったなんて、噂だけでも婚約破棄される可能性がありますよ。
「ごめん、ごめん。今日はもうやめるから、泣かないでよ、セレナ」
私は泣いてしまっていたようです。本当は今頃、ラウルとラブラブ新婚生活を送っていたはずなのに、悪魔の支配下で侍女として学園へ舞い戻り、何の因果か王族にからかわれて、婚約破棄の危機とか、私、かわいそうすぎるでしょう。
兄様、無視していないで助けてください。それか、ホールで男子学生を助けられたお嬢様、私のことも助けてください!!
しかし私の必死の祈りはお嬢様には気づかれないのです。




