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「殿下」
そこへ兄様がカットインしてきてくれました。感謝感激雨あられです。
「何かな、レジナルド」
「私がお答えしてもよろしいでしょうか?」
「レオポルドの子飼いが雇い主を裏切るの?」
「殿下はわざと物騒な物言いをなされますね。私はレオポルド様の侍従であり、殿下の臣下であり、お二人の幼なじみ兼友人でもあります」
「では幼なじみとして訊こうか」
「ええ。では幼なじみとして答えましょう、セドリック殿下」
殿下と兄様は同い年なので、学園でも親しくしていたと聞いています。先ほどの会話を思い返してみても、かなり親しい部類に入るのではないでしょうか。
「レオポルドは覚悟を決めたのですよ」
「覚悟?」
「ええ。一人の女性を愛し抜く覚悟です」
「今さら?」
「ええ。レオポルドは子供の頃は行動力の塊でしたが、大人になってからは意気地なしになり下がった。しかしこのままではアン様を失いかねないと気づいて、一念発起したわけです」
「それが私のかわいい弟の前で、アン嬢を抱きしめてキスすることだとでも?」
ホールに目を向けると、ギルバート殿下が入場されていて、その横で悪魔がお嬢様の髪に口づけしているのが見えます。お嬢様は衆目の前でキスされて赤面されていらっしゃいます。おかわいそうに。お嬢様もギルバート殿下も。
「レオポルドも殿下のかわいい従兄弟でしょう。それに男は誰しも自分の女を他人に渡したくないあまりに、自分のものだと誇示するものですよ」
悪魔はやりすぎだとは思いますけどね。お願いですから、今すぐ、その唇をお嬢様から離してください。
「私はかわいい弟の初恋の成就をまだ諦めてはいないのだが」
「諦めないのはけっこうですが、負け戦をしないことが、国を存続させる秘訣かと」
「王族と臣下の考えが違うことはよくあるだろう」
「そうでしょうね。臣下の進言を聞かずに国を滅亡に導いた王の話などは掃いて捨てるほどあります」
兄様、殿下へその言い方は不敬になりませんか? お茶会では無礼講と言われて、本当に無礼講をしたら、翌日からは村八分にされてしまうのですよ。殿下の幼なじみとしてという言葉は信用しても大丈夫なのですか?
「さあ、今度は臣下レジナルドに問おう」
「何でございましょうか、王太子殿下」
兄様が恭しく礼をします。
「我が従兄弟君がアン嬢への過剰接触を急に開始したのはなぜだ?」
「殿下のご推察の通り、マーキングでございましょう」
「教える気はないようだな。ではレオに一泡吹かせたい。いい案は?」
殿下、悪魔と一戦交えるおつもりですか? それは危険すぎます。殿下も、私たちも。
「一泡くらいなら協力するのに、やぶさかではございません」
兄様は悪魔の兄貴分ですよね? それなのに殿下の悪だくみに加担されるのですか? そこに安全はありますか?
「頼もしい」
「ではこうしてはいかがですか?」
耳打ちです。私には聞こえません。殿下の意味深な微笑みがめちゃくちゃ気になります。
「さすがはレジナルドだな。私の侍従の話を蹴って、レオポルドの侍従になっただけある」
何ですか、それ。初耳ですけど。今日は驚きの新事実ばかり聞かされて、もう満腹ですよ。
「それは仕方のないことでございましょう。殿下の侍従をご希望される方は大勢いらっしゃいますが、レオポルド様の侍従になりたいなどという人間はなかなかいないのですよ。それでマクロス様に頭を下げられたのです。マクロス様の頼みごとは断れません」
「まあ、そういうことにしておこう。では私の雄姿と、レオポルドの悔しそうな顔をしっかりと記録映像に収めておくように」
「はい。かしこまりました、殿下」
「セレナも楽しみにしていなさい」
「……はい、殿下」
殿下の黒い笑顔を見送りました。怖いです。旦那様たちの元へ行くべきでしょうが、兄様から離れるのが不安ですので、兄様のとなりに立ちます。
「ねえ、兄様」
殿下が見えなくなってから話しかけます。
「ん、何だい、セレナ」
「殿下はこれから何をなさるのですか?」
「レオポルド様が不愉快になることだよ」
兄様、なぜそんな恐ろしいことを笑顔でさらっと言えてしまうのですか、妹が目の前で震えていますよ。
「大丈夫だよ、セレナ。レオポルド様は魔力を爆発させないし、殿下も溜飲を下げられる」
「本当ですか?」
「ああ。レオポルド様はこれから何が起こるか知っている。これでね」
兄様は通信具を指さしました。
「起こることがわかっているから、この会場を恐怖の底には沈めることはない。しかしわかっていても腹は立つだろうから、殿下はレオポルド様の顔を見て満足なさる。さらにギルバード殿下にも初恋のいい思い出を作ってさしあげることができる」
兄様は何を考えているのでしょうか。
私にわかることは、これからセドリック殿下が何かを起こし、それに悪魔が怒るということだけです。お嬢様、何が起こるのかわかりませんが、何があってもお嬢様の御身だけは、悪魔が幾重にもかけてあるはずの防御魔法が守ってくれると信じております。
セドリック殿下が壇上へ立たれて、声量拡張魔法で挨拶されています。
壇上には学園長や主賓の方々が並んで座られております。今さらですが、エリーゼ様はあそこへ並ばなくてもよいのでしょうかと、エリーゼ様を見ますと、奥様たちとお酒を楽しんでいらっしゃいます。壇上ではかしこまっていなければなりませんから、こちらにいらっしゃるほうが気安いのでしょう。専属の給仕もついていますし、快適そうです。
殿下に目を戻します。挨拶は当たり障りのない内容です。悪魔とお嬢様の様子が角度でちょうど見えないことが、私の心配を加速させます。これから何が始まるのでしょうか。
「……今年度は私の弟、第二王子ギルバートと、私の従兄弟であるレオポルド・サターニー卿の婚約者、アン・カーター嬢が入学した。二人はこちらへ」
お嬢様が壇上へ呼ばれてしまいました。悪魔が壇上の下まではエスコートしていきましたが、悪魔は呼ばれていないので上がることはできません。このことだったのでしょうか。それほど悪魔にダメージはないようですが。
「王族と準王族の二人と、どうか仲良くしてあげてほしい」
ギルバード殿下とお嬢様が礼をされて、会場からは拍手が送られます。お嬢様、そのはにかみ顔、会場中を呼吸困難に陥らせるおつもりですか。さっきまで余裕だった悪魔が急に魔力を出し始めましたよ。
「……それでは学園生活が実りあるものになるように祈っている」
セドリック殿下が挨拶をしめられて、会場には盛大な拍手が起こります。そしてセドリック殿下がお嬢様をエスコートして壇上から下りられました。そしてそのままホールの中央へ向かわれます。ギルバート殿下は壇上にいらっしゃった赤いドレスのご令嬢と一緒です。学園生たちは殿下方の邪魔にならないように、ホールの隅へはけていきます。悪魔もお嬢様をじっとりと見つめながら、壁際へ移動しました。
これから一体何が起こるのでしょうか?
「ファーストダンスは私とアン嬢、それからギルバートと学園の卒業生代表のカリーナ・アルビン嬢で行うことにする。音楽を」
楽器の演奏が始まり、セドリック殿下とお嬢様、ギルバード殿下とアルビン嬢のダンスが始まりました。アルビン嬢が先ほどの殿下と兄様の話に出てきた火種嬢のようです。偶然にも燃えるような真っ赤なドレスを着られています。派手なお顔立ちなのでよく似合っていらっしゃいますが、学園の入学祝いの舞踏会にはそぐわない露出度の高さです。ギルバート殿下が目のやり場に困っていらっしゃるのが、遠目でもよくわかります。
兄様に手招きされ、映像記録機の画面を覗かせてもらいます。記録機はズームもできるので、表情がよくわかります。セドリック殿下はあの麗しの笑みを浮かべて、お嬢様に何か話しかけていらっしゃるようです。お嬢様は緊張していらっしゃるのがよくわかります。今、殿下に何を言われたのか、顔をほころばせました。スナイパー級の微笑みです。私を含めて、胸を射抜かれてしまった人間が大勢いる模様です。
画面が動いて、悪魔のアップです。不機嫌を隠すつもりはないようです。多分、セドリック殿下を睨みつけています。そんな悪魔に気づいたのか、悪魔の周囲に人はいません。
画面が切り替わります。ギルバード殿下とアルビン嬢です。殿下は緊張の面持ちですね。できるだけ体を離して踊ろうとしていらっしゃるのでしょうか、動きが不自然です。お嬢様のような清楚タイプが好みなのですから、アルビン嬢はどちらかといえば苦手なタイプなのでしょう。それにしてもアルビン嬢は肉食系ですね。どんどん攻めていきます。頑張ってください、殿下。ロックオンされていますよ。
画面を追っているうちに曲が終わりました。拍手が起こります。今度は学園生たちも踊ることができますね。悪魔も苦行終了お疲れ様でした。と思っていたら、セドリック殿下がお嬢様をエスコートして、ギルバード殿下へ渡してしまいます。そしてセドリック殿下はアルビン嬢を悪魔に預けました。セドリック殿下は退場されるようです。これが兄様の一泡吹かせる作戦でしょうか。さすがに悪魔に同情しますよ。悪魔は学園の行事でも、社交界デビューしてからも、踊らないことで有名なのですから。お嬢様としか踊る気がないのです。
二曲目が始まりました。悪魔が何か話して、アルビン嬢を近くの男子学生のところへエスコートして、会場をあとにしました。敵前逃亡です。アルビン嬢はその男子学生と踊り始めました。パートナーを同伴していない男子学生がダンス上手なわけがありません。偏見ですけど。
「!!!!!!」
悲鳴を呑みこめた自分を褒めたいです。記録映像に私の悲鳴が入ったら、悪魔に何を言われるかわかりません。ただ私以外の悲鳴はだいぶ収録されたでしょうが。それにしても大変な事態になりました。見ていられない展開です。アルビン嬢の裾を男子学生が踏んでしまい、ポロリしてしまったのです。アルビン嬢、激怒で退場です。会場騒然です。二階席が異様な盛り上がりを見せています。囃し立てる人はもちろん、口笛を吹く人までいらっしゃいます。明日には社交界中にこの話が拡散されることでしょう。ご愁傷様です。そして取り残された男子学生、あなたが悪いのではありませんよ。誰か声をかけてあげてください。放心状態で、ホールの真ん中に取り残されています。
踊りながらも決定的瞬間を目撃してしまった学園生が多数いた模様です。ダンスの質が一気に落ちました。それはそうですよね。おっぱいポロリとか、社交界でも聞いたことがありませんし、思春期まっただ中の面々ですしね。それでも音楽はとまりません。楽団の皆様は鋼のメンタルをお持ちです。
さてお嬢様ですが、お嬢様も目撃してしまったのでしょう。お顔が赤いです。ダンスが乱れています。そしてリードするべきお相手のギルバート殿下は、アルビン嬢の惨状を見てしまわれたかどうかはわかりませんが、少なくとも会場の異様な雰囲気と、お嬢様との念願のダンスでガッチガチです。でもそれはそれで初々しい新入生らしいダンスに見えます。お嬢様のピンクのドレスは、殿下の深緑のロングタキシードと相性がいいですね。美男美女ですし、眼福です。
前代未聞の珍事を目撃して乱れた私の気持ちが、お嬢様のダンスを見ていただけで整いました。そのことをお嬢様はお気づきにはなりません。




