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中世奇人列伝

孫が帰ってくるらしいので蟄居します

作者: ながみ
掲載日:2026/06/26

この話は史料に記された出来事をもとに、会話を補って小説化したものです。


「なぬ、孫が来るだと!?」

「はい。こちらで手はずは整えております。夕刻には到着するかと存じます」

「孫が……尚純が……この金山へ?」

「さようにございます」


 上州金山城主・岩松家純は思わず奇声を上げそうになった。だが、どうにか喉の奥で押し殺し、髭を撫でながら重々しくうなずいた。

 

「ふん。あの不孝者の倅か。今さら何をしに来る」

「御屋形様にお目通りするためにございましょう」

「わしは会わぬぞ」

「は?」

「不孝者の子など、こちらから願って会ってやる筋合いはない。帰せ」


 横瀬国繁はしばらく家純の顔を見つめた。口元がどうにも緩んでいる。膝の上の手も落ち着きなく動いている。どう見ても嬉しくてたまらない顔である。


「では、尚純様には、そのように」

「待て」

「はい」

「遠路はるばる来るのだ。いきなり帰せば、岩松の家が客をもてなす礼を知らぬと思われよう。館には入れよ」

「承知いたしました」

「客間は、南の間を使わせよ。あそこがいちばん日当たりがよい」

「はい」

「夜は冷える。厚い夜具を出せ。若い者は平気だなどと言って薄いものを出すな」

「はい」

「膳には川魚をつけよ。尚純は幼い頃、鮎が好きだった」

「よく覚えておいでで」

「岩松家の嫡孫の嗜好を把握しておるだけだ。別に会いたいわけではない」

「かしこまりました」

「それから、あとどれほどで着く」

「先ほど夕刻と申し上げました」

「夕刻にも早い遅いがあるだろう」

「では、物見を出しておきます」

「うむ。ただし、わしは会わぬ。絶対に会わぬぞ」

「はいはい」

「はいは一度でよい!」


 思えば長い長い人生だった。家純が幼い頃、父満純は鎌倉府への反乱に加わり斬首された。家純も処刑されそうになったが、恩情により出家した。家は取り潰しとされた。しかし家純が成長した頃、当時の将軍足利義教が家純を哀れみ、罪を許して還俗させ、なんと岩松家の再興まで認めたのであった。

 無論、その後が順風満帆であったわけではない。義教は関東公方足利持氏と激しく対立し、永享の乱が起こった。家純も戦乱に巻き込まれた。細かく書けば長くなるので省くが、そこから関東はほとんど休みなく戦乱続きで、家純は義教への恩義から、三十余年にわたり将軍方として戦い続けた。

 

「わしが若い頃はな、昨日まで味方だった者が翌朝には敵になっておった」

「御屋形様は昨日怒った相手を翌朝には勘当なさいますからな」

「戦場の話をしておる!」


 苦節三十余年。しかし、ようやく戦が一段落した頃に戻ってきた息子の明純は、京育ちであった。乱も終盤になってから将軍義政の命令で嫌々関東へ下向し、着陣するや、坂東に長く在陣していた父を何かにつけて軽んじた。

 

「父上、箸の置き方が見苦しゅうございます」

「箸は飯を食う道具だ。置き方で腹が膨れるか」

「膳の作法は、その人の家格を示すものにございます」

「わしの家格は三十年、槍で示してきたわ!」

「それから、座る折の裾捌きも」

「まだあるのか」

「袖の振り方も、髪のなでつけ方も、京の御所に出れば笑われます」

「ここは京ではねえ!」


 家純は三十余年の関東生活ですっかり気の短い坂東武者となっていた。明純が箸の置き方、座る時の裾捌き、袖の振り方、髪のなでつけ方までいちいち指摘するものだから、ついに腹を立てて勘当した。

 

「出ていけ! おめえのような不孝者は、今日限り岩松の者ではねえ!」

「承知いたしました」

「……何?」

「父上の御意に従い、退出いたします」

「いや、そこは一度考え直せ」

「勘当とは、考え直せという意味でしたか」

「そうではないが、少しは泣いて縋るとかあるだろう!」


 家純にとって勘当とは、怒りを表すための一時的な儀式であった。当然、明純もすぐに戻ってきて、「父上、私の孝行がなっておりませんでした。京の軟弱者の道義を振りかざした私が間違っておりました。どうか今回ばかりは大目に見てください」と詫びるものと思っていた。

 

 しかし、明純は戻らなかった。家純から勘当されると関東管領・山内上杉顕定のもとへ走り、所領の安堵を受け、二度と岩松家には帰らず、新しい家まで立ててしまったのである。

 

「まだ謝りに来ぬのか」

「明純様が出奔されて三年になります」

「三年もあれば、さすがに反省しただろう」

「御自身の館で、たいそう穏やかにお暮らしだそうです」

「不孝者め!」


 当時、家純はすでに足腰が悪く、家臣の支えがなければ歩くこともままならない老人であった。そして気の短さから息子にも見限られ、金山城でひとりになった。

 

 家臣の横瀬国繁は、哀れな老人を必死に慰めた。田楽、今様、謡曲、歌会、そのほか当時考えられる娯楽はだいたい手配した。だが家純は、どれを見ても聞いても上の空で、館の縁からぼんやり外を眺めていた。

 

「御屋形様、今日は猿楽の一座を呼んでおります」

「猿が舞うのか」

「人が舞います」

「ならばよい」

「昨日は今様をお聞きになったではありませんか」

「あれは声が高すぎる。年寄りの耳には刺さる」

「では、何をご覧になりたいのです」

「別に何も」

「尚純様でもいらっしゃれば、少しは賑やかになるのでしょうが」

「誰があんな不孝者の倅を!」


 そう言いながら家純は、翌日から尚純が幼い頃に使っていた小さな弓を手入れさせた。

 

 国繁がとった最後の手段が、「孫奪還大作戦」であった。当時、家純の孫・尚純は、明純を家純から奪った天敵、山内上杉顕定の拠点である鉢形城にいた。

 

「尚純様を、お祖父様のもとへお連れしたいと存じます」


 鉢形城にこっそり忍び込んだ国繁がそう申し出ると、尚純は困惑した。

 

「父上には」

「まだ申し上げておりません」

「顕定様には」

「なおさら申し上げておりません」

「それは、連れ出すと言わず、さらうと言うのではないか」

「御身は岩松家の嫡孫。御祖父様のもとへお戻りになるだけにございます」

「祖父上は私に会いたいと?」

「会わぬと申しております」

「では、なぜ行くのだ」

「会わぬと仰せになる時ほど、お会いになりたいのです」


 尚純はしばらく考えた後、「岩松の家は面倒だな」と呟いた。国繁は深くうなずいた。

 

「まことに」


 こうして国繁は、顕定にも明純にもろくな断りを入れず、尚純を鉢形城から連れ出した。そして今、夕刻には金山へ着くという。

 

 家純はその後も、物見が戻るたびに「尚純はどこまで来た」「供は何人だ」「馬は疲れておらぬか」と問い、客間の夜具を自分で確かめようとして家臣に止められた。ところが、待ちに待った孫がいよいよ金山へ入ると聞くや、なぜか急に威厳を取り戻した。


「国繁、蟄居の支度をせよ」

「何のために」

「尚純には、祖父が不孝を許さぬ厳格な人間であると知らしめねばならぬ」

「御屋形様が不孝を許さぬ結果、御子息が帰ってこなくなったのですが」

「やかましい。とにかく、わしは奥に籠もる。尚純が来ても通すな」

「せめてお顔だけでも」

「会わぬ!」

「御屋形様」

「会わぬと言ったら会わぬ! 尚純が詫びて、どうしてもと申すまではな」

「尚純様は何も悪いことをしておられませんが」

「孫なら祖父の気持ちを察するものだ!」


 家純は家臣に抱えられながら奥の一室へ入り、几帳を立てさせ、戸を閉めさせた。本人はこれを厳粛な蟄居と考えていたが、傍目には、孫に会うのが照れくさくて押入れに隠れた老人と大差なかった。

 

 夕刻、尚純が到着した。

 

「祖父上にお目通りを願いたい」

「御屋形様は、その……御蟄居中にございます」

「何をなさったのだ」

「別段、何も」

「では、なぜ蟄居を」

「尚純様がお越しになるからです」

「ますます分からぬ」


 奥の部屋では、家純が戸に耳を押し当てていた。

 

「今の声が尚純か」

「さようで」

「少し低くなったな」

「もう立派な若武者にございます」

「ふん。どうせ京風のなよなよした若造だろう」

「先ほど馬から降りるところを拝見しましたが、たいそう逞しゅうございました」

「そうか」


 家純は嬉しそうに答え、すぐに咳払いした。

 

「いや、わしには関わりのないことだ」




 その頃、古河では別の老人が激怒していた。古河公方・足利成氏である。

 

「横瀬国繁が、尚純を鉢形から勝手に連れ出しただと!?」

「は。顕定殿への断りもなく、金山へ連れ帰ったとのことにございます」

「何を考えておる!」


 成氏が怒ったのは、単に国繁の無礼を咎めたからではない。尚純は岩松家の跡目に関わる人物であり、その身柄を誰が押さえるかは、関東の勢力関係そのものに触れる。まして鉢形城は古河公方とは微妙な関係――敵対しているわけではないが同盟関係でもない関東管領・山内上杉顕定の本拠である。そこから顕定に無断で尚純を連れ出せば、古河公方が岩松家と示し合わせて顕定の顔を潰した、と取られかねない。

 

「すぐに使者を金山へ送れ! 尚純を返させよ。国繁には、勝手な真似をするなと厳しく申し渡せ!」

「はっ」


 知らせを受けた国繁は、初めて事の大きさを理解した。

 

「御屋形様、大変でございます」

「尚純が帰ると言い出したか」

「いえ、古河公方様がお怒りです」

「なぜだ」

「わたくしが顕定様に無断で、尚純様を鉢形からお連れしたからにございます」

「……無断で?」

「はい」

「おめえ、断りを入れたのではなかったのか」

「入れておりません」

「わしは、てっきり公方様か顕定殿のお許しがあるものと!」

「お尋ねにならなかったので」

「尋ねなくても普通は取るだろう!」


 家純は蟄居部屋から這い出しそうになり、威厳を思い出してまた引っ込んだ。

 

「まずいぞ、国繁。たいへんまずい。顕定殿は、わしが明純を取り戻すために尚純を奪わせたと思うではないか」

「御屋形様は先ほどまで、尚純様には会わぬと」

「今はその話をしておらぬ!」

「では、会われますか」

「会えば、なおさら示し合わせたと思われるだろうが!」


 家純は頭を抱えた。顕定は明純を保護し、その所領を安堵した人物である。家純が尚純を取り返したとなれば、顕定の処置に異を唱えたも同然であった。しかも古河公方成氏まで、国繁の行動を黙認したと疑われれば、山内上杉との関係がこじれる。古河公方と関東管領山内上杉は関東を二分する権威である。ここがこじれると非常にまずい。下手をすると三十年戦争の再来である。

 

「わしは終わりだ。八十まで生きて、最後は孫を盗んだ罪で討たれる」

「盗んだのはわたくしです」

「わしの家臣だろうが!」

「御屋形様の御命令ではございません」

「顕定殿が信じるものか! おめえは日頃、わしの命令すら聞かぬくせに、こういう時だけ家臣の顔をするな!」


 古河の成氏もまた、頭を抱えていた。国繁を厳しく処罰すれば、長く公方方に従ってきた岩松家を追い詰める。かといって見逃せば、顕定に対して示しがつかない。西関東の実力者である顕定との関係が拗れるのはまずい。それに、そもそも成氏自身、関東の諸勢力を束ねる古河公方でありながら、家臣が顕定の本拠から重要人物を勝手に連れ出したことを知らなかった、というだけでも立場が悪い。

 成氏は苛つきを隠さず扇をパチパチと叩いた。

 

「国繁め。余に断りもなく、なぜこのような面倒を起こす」

「家純殿を慰めたかったのでは」

「老人を慰めるために関東を割るな!」


 成氏は怒鳴った後、ふと黙り込んだ。

 

「待て。家純は尚純に会ったのか」

「いえ。尚純殿が金山へ入られた後も、蟄居して対面を拒んでいるとのことです」

「蟄居?」

「不孝者の子には会わぬ、と」

「……そうか」


 成氏の顔から怒りが消えた。代わりに、半世紀近く関東の争乱を生き抜いてきた古河公方らしい機転が浮かんだ。

 

「使者を呼び戻せ。いや、文面を改めよ」

「いかように」

「国繁が顕定に無断で尚純を連れ出したことは、まことに不届きである。しかし家純は、その不届きを知っていたからこそ尚純との対面を拒み、みずから蟄居して慎んでいた。そういうことにする」

「御所様、家純殿は、ただ意地を張って会わなかったのでは」

「事情など、後から整えばよい」

「はあ」

「家純ほどの老臣が、自ら過ちを慎んで孫にも会わずにいるのだ。余はその忠節に免じ、国繁の罪を許す。尚純についても、ひとまず金山に留め置く。顕定には、岩松家の内々の対面であり、家純に他意はなかったと伝えよ」

「なるほど」

「そして国繁には、二度と勝手な真似をするなと、別にきつく申し渡せ」


 こうして成氏は、家純の意地っ張りを忠節に、孫への面会拒否を謹慎に、国繁の孫奪還大作戦を岩松家の内々の事情に仕立て直した。政治とは、起きてしまったことに、あとからもっともらしい意味を与える仕事でもある。

 

 古河公方からの使者が金山へ着くと、家純は蟄居部屋で震えながら沙汰を聞いた。

 

「横瀬国繁、顕定殿に無断で尚純殿を連れ出したこと、まことに不届きである」

「ははっ」

「されど家純殿は、その非を悟り、尚純殿との対面を拒んで自ら慎んでおられた。公方様はその御分別に免じ、今回に限り国繁の罪を許すとの御意である」


 家純は目を瞬いた。

 

「わしの、御分別?」

「さようにございます」

「わしが、非を悟って?」

「はい」

「孫に会わず慎んでいた?」

「まことに見事な御振る舞いであったと、公方様も感じ入っておられます」


 家純はしばらく黙っていたが、やがて深々とうなずいた。

 

「うむ。無論、初めからそのつもりであった」


 国繁が横から口を挟んだ。

 

「御屋形様、先ほどは照れくさいからと」

「黙れ。公方様の御使者の前だぞ」


 使者が帰った後、家純はすぐに蟄居を解いた。

 

「国繁」

「はい」

「公方様のお許しも出た。これで尚純に会っても問題はないな」

「初めから、お会いになればよかったのです」

「それでは、わしの御分別が示せなかったではないか」

「たまたまでしょう」

「やかましい。早く尚純を呼べ。いや、待て。わしの髪は乱れておらぬか。衣も、もう少しよいものに替えよ」

「京風に裾を整えましょうか」

「それはならぬ」


 しばらくして、尚純が部屋へ通された。家純は背筋を伸ばし、できる限り厳しい顔を作っていた。

 

「尚純、久しいな」

「はい、祖父上」

「わしは、不孝者の子などに会うつもりはなかった」

「では、退出いたします」

「待て!」


 尚純が立ち上がりかけると、家純は慌てて声を上げた。

 

「せっかく来たのだ。少しくらい、ここにいてもよい」

「承知いたしました」

「飯は食ったか」

「まだにございます」

「では、一緒に食え。箸の置き方など、好きにすればよい」


 尚純が笑った。家純もつられて笑いかけ、すぐに威厳を取り戻して咳払いした。

 国繁は廊下からその様子を眺め、ようやく肩の力を抜いた。

 

「終わりよければ、すべてよしにございますな」


 家純は振り返り、怒鳴った。

 

「おめえは後で説教だ!」


 こうして、古河公方の機転によって、岩松家も、家純も、国繁も、ひとまず面目を保った。家純は念願の孫との対面を果たし、尚純は金山に迎えられ、国繁は叱られただけで済んだ。

 

 ただし後日、顕定のもとへ詫びに行く役目は、当然のように国繁ひとりへ押しつけられたという。



本作の骨格は『松陰私語』に記された出来事によります。

家純が孫の尚純と会わず蟄居したこと、家臣横瀬国繁の行動が国家(関東)の大問題となったこと、古河公方が家純の態度を理由に収拾したことは史料に見えます。会話と細部の描写は創作です。また、一部、明純出奔の原因など、史料に沿ってない部分もあります(史実はもう少し政治的緊張感があります)。

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