ラミアの村へ
薄曇りの空に雨の心配をしたくなるがラミアの女性二人が押す屋台は力強く進み、先頭と最後尾をケットシーの若い姉妹が耳と視線を走らせ魔物からの襲撃を警戒し、ぬいぐるみ姿のエルエルは探知魔法を使いながらこちらも襲撃に備えているがその網に引っかかるものがいないのか大きな欠伸をしながらマモルの頭にしがみ付き、マモルは少しずつ近づく森から漂う香りに期待を膨らませている。
「ドワーフさんたちの山は鉄と酒の香りばかりだったけど、あの森からは甘い香りがしますね」
「私らは豊穣の森と呼んでいます。一年を通して花が咲き乱れ実をつける木々があります」
「ドワーフの女たちは私らが届ける果実や香水に目がないからね。鉄と酒で馬鹿になった鼻には癒しになるのさ」
二台の屋台のひとつはラミアが経営する果実を主に販売する屋台で、もうひとつはケットシーたちが売り歩いている屋台。これもラミアの女性が力強く引き力の弱いケットシーを助け、代わりに警戒や海辺で採取される岩塩や魚の干物などを対価に支払い協力関係になっている。
ラミアは半身が蛇でその下半身は筋肉の塊であり走る速度も種族的に早い部類に入り、更に速さと瞬発力はケットシーがその上を行くのだが、力という絶対的な力と体重がラミアにはあり屋台を引くという力作業を請け負い、ケットシーたちは警戒してそれを素早く知らせる役割をしてワイバーンから身を守って移動屋台を経営してきたのだ。
「本当にワイバーンの姿が見えにゃいのにゃ」
前方から速度を落とし移動式屋台と合流するケットシー。
ちなみに名はミケーラ、海に住むケットシーの姉妹で後方を警戒しているのはミッケラ。ラミアの方はベテラン商人のマムミラと剛腕のミランダ。どちらもグラマラスなラミアで美しくもバッキバキに割れた腹筋を持つワイルド系である。
「そろそろ奴らも降りてきて索敵を手伝ったらいいのねぇ」
「いやいや、精霊王さまが眠っているのだがら無理に戦いのなかに引き込まなくてもいいだろ。それよりも甘い香りが強くなってきているよね」
空を見上げるエルエルの視線の先には羊の頭にメイド服という奇抜な音の大精霊が精霊王である寝息を立てるツムギを抱っこしながらゆっくりと進んでいる。スパイダーマンゴーと呼ばれる果物を気に入った精霊王がラミアの村まで買い付けに向かい付いてきているのだが、安全のため敵の少ない空を選び進んでいるのである。
音の大精霊からしたらその辺の魔物など手を振る仕草でどうにでもできるのだがその仕草や行動で大きな音が鳴り精霊王であるツムギを起こすのが忍びないと空を進んでおり、戦闘が始まっても参加する気はないのだろう。
「すんすん……甘い香りがするのねぇ。ここからでも実をつける木々が見えるのねぇ」
「頼むから頭の上で涎を垂らさないでよ」
「わかっているのねぇ。精霊王に食べつくされる前にスパイダーマンゴーを確保するのねぇ」
「食べつくされることはないだとうけど、かき氷のシロップにしても美味しいだろうな。それこそ母さんが喜びそうだけど、待って!」
マモルが森を前に叫び急いで急停車する屋台とケットシーたち。エルエルは待ったの声の前にマモルが静止したこともあり頭から落ちそうになるが、不思議な力で浮いているのか宙を少し転がりふわりと静止する。
「どうかなさいましたか?」
ラミアの言葉にマモルは腰に差している短剣を引き抜く。
「トレントだと思う。いま不自然に幹が動いた……」
「トレントぐらい警戒しなくても問題ないのねぇ。こちらの実力がわかっているのなら手を出してこないのねぇ。出してもすぐに燃やすのねぇ」
その言葉にラミアたちは屋台から手を放しマモルの前に立ち頭を下げる。
「お。お待ちください! このトレントは我々と共生関係にあって襲うのは魔物だけです!」
「驚かすつもりはなく、我々と意思の疎通が取れますので、どうか、どうか討伐はお控えください!」
必死に頭を下げるラミアの二人。後方を警戒していたケットシーのミッケルも只ならぬ雰囲気に合流する。
「いえいえ、頭を下げないでください。魔物かと思って警戒しただけですから」
両手をあわあわさせるマモルの姿にケットシーの二人は笑い出し、頭を下げていたラミアの二人も顔を上げホッと胸を撫で下ろす。
「マモルが理解ある人で助かったにゃ~」
「これから凄いのが見れるのにゃ!」
ケットシーのふたりが笑みを浮かべ話すとラミアのミランダがひとり森の近くへと足を進め口を開く。
「豊穣の森のラミア、ミランダ! 盟約により道を示せ!」
大きく声を上げると森がざわめき、ぐらぐらと揺れ、木々が根元から動き二台の馬車が並行して走れるほどの道を作りだす。更に凄いのはその道に凹凸がなく、これまで走っていた平原より走りやすく見える。
「トレントが飼いならされているのねぇ……」
感心したように口を開くエルエル。そして急降下してくる羊メイド。
「トレントは元は精霊に近い種族ですから盟約を結んだ相手になら尽くすのですメェ」
別れた木々が再度ざわめき、今度は木々が頭を下げラミアとケットシーが目を見開く。
「こ、こんなの初めてだ……」
「木が頭を下げているのにゃ……」
驚愕の表情を浮かべるラミアとケットシーにドヤ顔を浮かべる羊メイドが口を開く。
「そりゃ、抱っこしているのは精霊王のツムギさまなのメェ。トレントが上から話していい存在ではないのメェ。礼はそのぐらいでよいのメェ。精霊王さまの安全に注意すればよいのメェ」
羊メイドの言葉を受け下げていた頭を起こし背筋を伸ばす木々たち。どの樹木も針葉樹のように天へ突き刺さるような見た目へと変わる姿に、精霊王の威厳を体験するラミアとケットシーは身を震わせるのであった。
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