グラゲの日々
いつからだろう……戦士長リラグオの背中を追い掛けていたのは……
オレよりも少しだけ歳が上で力も早さも体力も……
本当にあと少し、あと少しで追いつける気がしていた……
そんな戦士長がオレを庇い深手を負った。オレの目の前で黒狼の鋭い爪を受けたのだ。
オレは震えながらも魔物が嫌う木の実をその場で潰し投げつけ退避を選んだ。後にそれは正しい判断だったと報告した村長や戦士たちもいってくれたが、オレとリラグオとの決定的な差だったと自覚した。
それから二日が過ぎると村に商隊が現れ実った芋や魔物の魔石や皮を大量に買い込み、代わりに俺たちは塩や布などの生活に必要な物を買い揃える。揃えるのだが、ある商人がオレを見つけると声を掛けてきた。
「まだ戦士長を追い掛けているのか?」
オークの商人は下卑た目でオレを見下す。こいつは商人へなるといってこの村から出て行った男だが、商人になり中央と村々をまわり稼ぐようになった。なったのだが、オレが戦士長に倒されているのを知って下卑た目を向けてくる。
「いつか超える相手だ……」
そうひと睨みするとそいつは口角をニヤリと上げ、笑い声でも出そうものなら殴る心算でいたがその顔はすぐに平坦なものへと変わった。
「なら、これを使ってみないか? ちょっとした魔道具で相手が寝不足になる程度の効果しかないものだ。相手の体調さえ悪ければ勝てるだろ?」
恐ろしく冷たい表情を浮かべ商談を持ちかけられ、オレを黒狼から遠ざけるために突き飛ばした戦士長の必死な顔が浮かんだ。
そんなに必死な顔にならないとオレは助からなかったのか?
いつまでもオレの前を走る背中をずっと見続けるのか?
オレはいつまでも守られるのか?
頭の中が黒い靄がかかったような……そこからは考えるのをやめた……
「金貨一枚お買い上げ~」
商人の言葉と共に手に握らされたそれを持ち、どのタイミングでベッドの下に仕掛けるかを考える日が二日ほど過ぎた。
岩蜥蜴を狩り手見上げを持ちオレを庇った恩人の家に出向く。ベッドで横になる戦士長は意識なく小さな呼吸を断続的に続けている。
「オレを庇ったばかりに、すまない……」
リラグオと妻であるリラララ、そして、息子であるリララグに頭を下げる。
「いえ、この人が守りたいと決め庇ったのですから……」
そう口にすると手見上げの岩蜥蜴を持ちキッチンへと消え、後を追う息子。
今しかないと思った……
説明を受けた通りに魔力を流して静かにベッドの下へと転がす。
そこからは覚えていない。気が付けば自室に戻りガタガタと震え、その日が過ぎ。それ以降オレの方が眠れない日々を過ごしている気さえした。
黒狼を想定した訓練が開始され日々のトレーニングと村に肉を届けるために岩蜥蜴を狩る。夜になればベッドの潜り眠れない日々が続く。
体が悲鳴を上げ始めたが朗報が舞い込む。
自分の身長の半分にも満たない少年が黒狼の首を持ち現われたのだ。
誰もが疑心暗鬼だっただろうが現物を見たものたちから歓声が上がった。
それと同時に心にぽっかりと穴が開き、戦士長を越えるために皆で黒狼退治のトレーニングをした事が無駄になり……無駄に……
オレは村長である父に伝えるべく足を動かした。寝不足で震える足と眩しい太陽の相性は悪く途中で転びそうになるが慣れた帰り道を進み辿り着く。
「黒狼が倒された! 黒狼が倒されたぞ!」
玄関に入り叫ぶと同時に頭が真っ白になり足の踏ん張りが利かず倒れる。倒れながら呪いに掛ったのはオレ自身なのではと気が付きあの商人の薄ら笑う顔が浮かんだ。
目が覚めると心配そうにする母が目に入り、その後心配そうな視線を向ける父の顔が目に入る。
どうも耳にキテイルノカ声が聞こえズ……ズズズズ……体が凍ったかのように動かない……ドウシテ……暗い、目の前が暗い……
真冬の川に落とされたかのような冷たさに襲われ……
「本当にすまなかった。取り返しのつかないことをしてしまった……」
旅立つ少年を見送り隣に立つ戦士長リラグオへ向き直り深く頭を下げる。
「ああ、もう気にするなとはいわんが、会うたびに頭を下げられるのは気分が悪いし、俺を越えるのがまだだ。これからミッチリ鍛えてやるからこの村の為に戦え!」
戦士長の激に応えるべく戦いに備え体を鍛える日々を過ごす。あれだけ眠れなかったのに今では疲れ切って訓練場でも眠れるようになった。その度に戦士長からキツイ圧が飛ぶが充実した日々を送っている。
リララグも戦士長の父を超える為に鍛え始めた。オレはもう戦士長になろうとは思わない。が、こいつを戦士長にするべく日々体を鍛えている。
これにて一章は終了です。 二章開始まで数日開くかもしれませんがお読みいただけたら幸いです。
お読み頂きありがとうございます。




