旅の始まり
青く澄み切った空。どこまでも続く草原。時折駆け抜ける風が頬を撫で、自分が以前暮らしていたコンクリートのジャングルとはやっぱり違うのだな。そう思いつつも目の前に浮かぶどこからどう見てもぬいぐるみにしか見えない相棒から声が掛かる。
「マモル! 来るねぇ!」
ぷかぷかと宙に浮きながらも緊迫感のある声を上げるぬいぐるみ。それに応えるべくマモルと呼ばれた黒髪の少年は手を腰に差したナイフへ伸ばし引き抜く。
「ドラゴン!!」
「よく見るねぇ! アレは多少大きなトカゲだねぇ! まあ、小さなマモルなら一口で終わりだねぇ!」
目の前に迫る顔だけでもワンボックスカーサイズのトカゲ。その額にはクリスタル状の角が二本キラリと輝き、大きく開けられた口には無数の牙が見えるがまだ幼さの残すマモルの身長からしたら一飲みであろう。
そんな相手と対峙するマモルは手にしたナイフに魔力を通しギラリと乱反射した刀身が黄金の光を放ち、飛び出す様にスタートダッシュを決めると一気に加速する。
「ここでマモルがくたばれば……わけないねぇ……」
目を細めた先では巨大なトカゲの頭上から光り輝くナイフを振り下ろすマモルの姿があり、それはまるでおとぎ話の勇者のような、これから始まる少年の英雄譚の幕開けであったのかもしれない……
「で、クリスタルリザードの角と皮に魔石は街で売れるらしいけど………………街はどこよ」
頭部と胴体が切り離された先ほどのトカゲはクリスタルリザード。クリスタル状の二本の角が特徴的で頭が大きくずんぐりむっくりとした体をしており、興奮すると魔力を高める両角から雷撃を放つ危険な魔物である。それを一撃で屠り指輪状のアイテムボックスに収納し、中身を確認しながらお供のぬいぐるみ天使へと視線を向ける。
「何処といわれてもねぇ……ん?」
ギリギリそのぬいぐるみの手が届くか届かないかという額に手を当てキョロキョロと辺りを見渡していると、近くの林から子供らしき影が躍りで何かに追われているのか必死に足を走らせている。
「あれって子供? この近くに町や村があるのかな!」
「あるのかな! じゃねぇー! 早く助けてやるねぇ! 狼に食われるねぇ!」
第一村人を発見し目をキラキラとさせるマモルのモノマネをするぐらいの余裕があるのかもしれないが、ぬいぐるみはその背を押して急いで向かうよう指示を出し、マモルも大きく頷くと一気に走り出し速度を上げる。
視線の先には折れた木の棒を持ち必死の形相で走る10歳ほどの少年。頭には獣人なのかピンク色の耳が確認でき、更にはその後ろには漆黒の獣が後に続く。
グルグアァァァァアァッァァァァ
雷のような咆哮が獣人の少年へと向けられ一瞬にして恐怖状態へと変わり、足をもつれさせ転ぶとガクガクと震えながら身を屈める。
咆哮が体を駆け抜け圧倒的な恐怖に支配され体を丸め震える事しかできない。次の瞬間には後ろから勝利を確認し、ゆっくりとした歩幅でやって来る漆黒の狼の捕食されるのだと……
「光よ!」
震える獣人の少年の頭上に光が走り漆黒の狼を討伐すべく打ち出されたナイフの剣閃。それは光の刃へと変化し獣人の少年へと振り上げた前足へ向かい赤い鮮血が地面を濡らす。
「浅いねぇ!」
ぬいぐるみの天使から発せられた言葉通りにその一撃で仕留めることは叶わないが、その場から漆黒の狼を退かせることはでき標的を獣人の少年からマモルへと視線を変え、赤く不気味な瞳を向ける。
「エルエルは少年の回復を!」
そう叫び一気に間合いを詰めるマモル。それを迎い討つべく力の入らない前足で必死に地面を掴みカウンターを狙う漆黒の狼。震えていた少年はゆっくりと顔を上げながら先ほど転んだ痛みすら忘れて目の前の激闘を目に焼き付ける。
自身を奮い立たせるように雷鳴の如き咆哮を上げ、迫りくる黄金の刃を持ったマモルを迎え打つべく牙を剥く。黄金の光が更に輝きを増し吸い込まれるように無数の刃が走り漆黒の毛並みを捉え、あまりの眩しさに目を細めていた獣人の少年は目を閉じる。
「ヒール……相手が悪いというか、喧嘩を売る相手は見極めないとねぇ……」
呆れたようなセリフと共にぬいぐるみ姿の天使が獣人の少年の横へ現れ癒しの力が行使され、次の瞬間には漆黒の狼の首が地面に落ちる。
「ふぅ……連戦の実戦だったけど、まだまだ、だね……踏み込みも甘かったし、爪で一撃弾かれた……」
「この辺りの主的な存在の魔物を二体も倒しておいてそんな感想とはねぇ……ちったぁ見た目通りの子供らしく喜んだら可愛げもあるってもんだがねぇ……」
「喜んではいますよ。でも、こんな魔物が普通に出歩いている世界だからね。次があるから頑張るじゃ、すぐにゲームオーバーだろ」
「違いないねぇ。慢心する暇があったら一太刀でも素振りをすることだねぇ。自分の理想の強さはその先にあるからねぇ」
ふよふよと宙に浮きながら話すぬいぐるみの天使と少年のやり取りをまだチカチカする視界で見つめていた獣人の少年は自然とその場で手を組んで頭を下げるのであった。
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