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荒野につがれる物語  作者: |||&_.
風の章
4/33

04


「マスタ。僕ですよ」


月明かりが、わずかに頭を出しているマスタの石を照らしていた。


「また、ずいぶんと埋もれましたね」


僕は埋もれた分だけ砂を掻き出して、マスタにストールを差し出した。


「今夜は寒いです。これをどうぞ」


もちろん、あらかじめ二枚持ってきているのだ。一枚はマスタで、もう一枚は僕の分。僕に抜かりはない。

煌々と照らす月明りと星明り。風が、さらっていった砂を光に反射させた。

光は僕たちの横を通り抜けて、崖の向こうへさらさらと落ちていく。


「さて、今日は何を歌いましょうか?」



僕は歌う。風が僕の伴奏になる。

僕は歌う。マスタは僕に生命をくれた。

僕は歌う。マスタが僕に声をくれた。

僕は歌う。僕の声は、マスタのもの。

だから僕は歌う。マスタがくれた唄を。


歌は風に溶けて、空気に混じるんだと教えてくれたのは、マスタだ。


だから僕は、歌い続ける。


風は、僕の歌を織り込んでくれるから。


遠く、大気を抜けて、マスタのところまで届けてくれるかなぁ。

マスタ、会いたいよ。どうすればマスタに会えるのかなぁ。

解らないけれど、会えるまで、僕は歌い続けるんだ。

だって、僕はマスタが大好きだから。


ネジを巻かなきゃ。


掌の疵。これはあなたが僕にくれたもの。

今はこれが、あなたと僕をつなぐ糸。

忘れないように、今日も僕は、貴方がくれたこの疵に、ひとすじ、記憶の糸を引く――――。


記憶装置 ( メモリ ) の老朽化。 潤滑油 ( オイル ) の欠乏。

僕は以前のように、うまく動くことが出来ない。うまく考えることが出来ない。


僕はもうずっと長い間、砂の中に独り。

僕に出来ることは、マスタの唄を歌歌い続けることだけ。



「マスタ」


僕はもう、マスタの顔を、うまく思い出すことができない。


「会いたいよ」


マスタの笑顔。知っているはずなのに、何回も見たはずなのに、うまく思い出せない。

マスタと話した話。覚えているはずなのに、うまく思い出せない。

マスタがくれた唄だけは、絶対に忘れないように、僕は毎日歌い続ける。


マスタに、お帰りなさいって、僕はちゃんと言えるかな。

僕の中の記憶は、さらさら流れていく砂みたいに、少しずつ消えていく。

だから僕はネジを巻く。掌にある疵に、線を引く。

忘れないように。


マスタのこと。僕のこと。

マスタの唄。僕が歌うこと。

マスタと僕の、おしゃべりの時間。

マスタの顔。マスタの笑顔と、泣いた顔――――。


「マスタ――――」


砂に突き立てられた、朽ちた石に額を落とす。

このずっと下に、マスタは埋もれている。もうずっと長い間、マスタはこの下から出てこない。

もう、ずっと出てこない気なのかもしれない。その場合、僕はどうすればいいんだろう。


疲れたな。立ち上がるのも面倒くさい。

思考回路が、うまく繋がらない。

僕はマスタに寄り添うように、そっと眸を閉じた。


風が砂を持ち上げる音。眸を閉じても、風はさいごまで僕の周りをやさしく巡る。

空気の中に溶けた音。風の中からから音を拾えば、いつだってマスタの唄は、そこにあるんだ――――。


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