05
ようやく届いた。ずいぶんと待ちくたびれたものだ。
宅配が置いていった大きな箱を、苦労して部屋の中央に引きずりいれた。
長く待っていた分だけ期待が大きい。封を切る手が焦り、なかなか解けない梱包に業が煮えてくる。強引にこじ開けようとすると、箱の中身がガタンと動いて、思わず手を止めた。
高価かったのだ。その分、高性能でデリケートなはずである。
ここで壊せば、また長い間、待たされることになる。焦ってはいけないと自分に言い聞かせた。
少しずつ包装を解くと、やがて現れたのは、精巧に造られた 人工生命体だった。間違いなく注文どおりの品が届いたことに、まず満足する。
「へぇ、よく出来てるねぇ」
背後からかけられた声に、振り返らずに「そうだね」とだけ返す。私は天然の人間と見まがう造りのアンドロイドを観察するのに忙しかった。
皮膚。髪の毛。瞼も、指先の造りも、生身の人間と大差ない。頬に触れると、肌の弾力が指を押し返してきて、思わず簡単の声が漏れた。
「凄い。質感もまるで本物。人間、そのまんま」
「全身、天然素材で造られているらしいよ。昨今の工学は進歩が目覚しいね」
誰に言ったわけでもない独り言に、背後の男は律儀に返事をしてくれた。
講釈を語りだす男を放置して、和つぃはアンドロイドの全身にペタペタと触れていく。
「起動スイッチって、どれかしら」
「取説があるだろう? ちゃんと読めよ」
「んなもん読んでられないわよ」
読むより、触れていく方が早いと信じている。背後の男が、肩をすくめたのが気配で判ったが放っておく。
それよりも、こんな箱に人間とそっくりなものを寝かせておくなんて、まるで棺桶にいれているようで、不謹慎ながら思わず笑いが込み上げてきた。
背後で諦めたような溜め息が聞こえ、男が私に代わりに取扱説明書を手に取った。
「起動、起動……。『両方の瞼を二秒間、同時に強く押してください』だって」
「これか」
私は指で平和のサインを作ると、おもむろにアンドロイドの両眼に突き刺した。
「こんなところを電源にするなんて、初見で解るはずがないよね」
「普通は取説を読むんだけどね」
だが眼というのは人体の急所だし、日常生活で強くぶつけることも、あまりない。
取り敢えず文句を言ってみたものの、起動スイッチとしては、確かに適切な場所なのかもしれない。
低い起動音が唸りだす。だがアンドロイドはなかなか起き上がらなかった。
強く押したから壊れたんじゃない? と男が脅すが、もう押してしまったものは仕方がない。私は待った。
男の吸う煙草が一本、灰になった頃、箱の中で無造作に投げ出されていた指先が、僅かに動いた。
「お?」
「ん?」
男と同時にのぞき込む。アンドロイドは静かに腕を持ち上げて、箱の縁をがっしりと掴んだ。そのまま、不自然な動きで上体を持ち上げる。
「イ」
「い?」
さっそく、何を喋るのか、心が躍った。
「タ、イ、のデす」
「え」
「モット、ヤ、さしク、オ、コ、してほ、シイの、デ、す」
「……はぁ?」
「コ、ワ、れたらド、ゥするンデ、ス、カ」
起動早々、文句を言われた。故障だろうかと男を振り返る。
「これ、どういうことなの」
そもそも、まだ言語のインストールさえしていなかった。それで喋るものなのだろうか。
男に問うと、彼は「さぁ」と肩をすくめて取扱説明書をめくった。
「これによると、『遊び心の初期動作』ってやつじゃないかな。ほんの少しだけど、『起こし方」で今後の性格に影響が出るらしいよ。リアクションのパターンがここに書かれてるけど、今のはあまり良くない起こし方だったみたいだね、やっぱり」
そう語る男は、何故か得意気に笑っている。だが、つっかかるべきところはそこではない。私は呆けた顔をしているアンドロイドに向き直った。
「再起動させるか」
即断した私に、驚いた男が抗議の声を上げた。
「まだ壊れたわけでもないのに、邪道じゃない?」
「面倒ごとはごめんだ。今ならまだ、傷は浅い」
「そうは言っても、再起動も大変みたいだよ、工程が。それに、君の性格じゃあ、何回やり直しても同じじゃないかなぁ。どのみち『教育』していかなきゃならないんだし」
男が読み上げる説明書によると、起動時の反応よりも、今後の教育と呼ばせる調整の方が重要らしい。それを聞いて、私はあっさりと再起動を諦めた。天秤にかけた結果、報われるものがあまりにも少ない。何事も、引き際と諦めが肝心だ。
「よし、OK。じゃあ、さっそく何か歌ってみて」
しかしアンドロイドは、相変わらず呆然と私を見ているだけで反応をしない。同じことをもう一度言っても、結果は同じだった。
「やっぱり不良品じゃないの?」
「だから教育しなきゃいけないんだよ。最初は人間の赤子と一緒だよ。まだ言語のインストールだってしてないんだし」
「でも、さっきは喋ったじゃない」
「あれは単なる反応だから。膝の一点をたたいて、足がピョコって動くのと同じことだから」
私は身を仰け反らせて、ため息を吐いた。
「結構、面倒くさいのね。高機能、高性能、アフターサービス優良品って聞いたけど」
そうつぶやくと、男は笑いながら取扱説明書を閉じた。
「君にとって、これ以上最適なものはないと、俺は思うけどね」
アンドロイドは相変わらず呆っとしていて、私を見ている。澄んだ眼が印象的だった。
なるほど。このアンドロイドが今から私の、もう一人の相棒になるのだ。どのように育つのかは、つまり私次第ということだ。
「しごき甲斐があるね」
俄然、やる気が出てきた。拳と掌でたたき合わせる私に、男はそれ以上口を挟むことなく、ただ呆れたように笑った。
アンドロイドは、相変わらず呆けたように私を見つめたままである。




