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――――僕は。
風の音は、嫌いじゃない。むしろ好きだ。
風は砂を鳴らしてくれる。乾いた空気の中にだって、風は音の粒を落としてくれるから――――。
掌を眺めた。皮膚がめくれて、錆びた骨格が見えている。
ズタズタになってしまった僕の掌。そっと撫でて、螺子を巻く。
思い出す。マスタのことを。掌の疵は、僕とマスタを繋ぐ糸だから。
気づいた。
だから僕は忘れない。
僕がここにいる理由。
僕が歌う意味。
マスタの唄。
マスタは、僕に色々なことを教えてくれた。
僕は、やっぱりマスタが好きだ。いなくなってしまっても、ずっと。
僕が彼女についていけば、世界は何か変わるのだろうか?
僕のデータが、マスタの唄が、色んなヒトに伝わっていくのは凄いことだと思う。
そこにマスタがいるんだと思う。やっぱりマスタは凄い。
でも、僕は――――。
「ごめんね?」
マスタは自分で、ここに残ることを決めた。
僕も、ちゃんと自分で決めたい。
僕は、マスタの傍を離れたくない。
マスタの傍が、僕のいる場所だから。
たとえ彼女について行っても、あるいはついて行かなくても。
僕という存在は、世界とマスタを繋ぐ媒体でしかない。
平和な世界で、あるいは壊れかけてる今の世界で、僕という媒体を通して、少しでも届けばいいと思う。
でも、僕はここを離れない。
だから。
思い出のつまった記憶装置。
これを外せば、思考回路と、記録と、僕の意識は繋がらなくなる。
僕は僕じゃなくなる。
外殻だけの入れ物になる。
だから、記憶装置を抜く時に、僕は一緒に思考回路を焼き切ってしまう。
中枢神経の一部を失えば、僕は動かなくなる。でも、僕は僕のままでいられる。
「それでいいかなぁ?」
少女は少し考えた後、諦めたように溜め息を吐いた。そして静かに頷いた。
マスタの唄は、ちゃんと届く。
僕の記憶も、ちゃんと届く。
僕は僕のまま、ここにいられる。
「眠い」っていうことの意味が、僕にもようやく解りかけていたんだ。
僕はここで眠る。マスタと一緒に、この荒野に。
項から、脊髄に走る中枢神経に指を埋めた。元からガタがきていたから、思ったよりも簡単に出来そうだ。
思考回路と記憶装置を同時に掴んで、強く引っ張った。
こんな強引なやり方、マスタにバレたら怒られるけど、これが一番、手っ取り早いから仕方がない。
全身に僅かな電流が走って、視界が白く染まった。
みんなの声。
笑っている。
マスタの唄と、僕の歌と、お隣さんも。
ずっと思い出せなかった、マスタの――――。
――――あ。
マスタ、お久しぶり。