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「ねぇ、マスタも、処分されたの?」
マスタ。苦しんでいた。泣いていた。ずっと熱が続いていて、辛そうだった。
少女が何を言うのか、僕は待っていた。
「あなたのマスターは、保護都市に招待されていた。それを蹴ったのは、あなたのマスターの意思だわ」
どうして。
さっきからずっと、僕は同じことばかり考えている。
マスタは、どうして行かなかったのだろう。
行けば、苦しい思いをしなくてもよかったかもしれないのに。
もっと生きられたかもしれないのに。
僕といるのがイヤになっちゃったのかなぁ。
僕の歌わせるのがイヤになっちゃったのかなぁ。
僕は、もっと、ずっと、たくさんの想いを、唄に――――。
掌の疵を、そっとなでる。静かに、螺子を巻いて、僕は記憶の糸を辿る。
遠くで、ささぁと風が砂を撫でた。
夜露がゆっくりと霜に降りていく音を聞いた。
永い、永い夜の中に、僕はいた。
独りだと思っていた。みんな、いなくなってしまったのだと。
でも、そうだ。
風はいつだって音をのせて僕を訪ねてきてくれたし、夜にだって、光はあった。
エネルギーの補給をやめれば、いつだって停まれた。停まることを選ばなかったのは、僕の意志。
「そっかぁ」
行かなかったのは、マスタが決めたこと。楽になることを選ばなかった。ここで、さいごまで、唄をつくって、――――。
「うん。それなら、いいんだ」
お隣さんは、マスタのことも、僕のことも、保護都市へ連れて行こうとしてくれていた。何度も、何度も。でも僕は、全部断ってしまったけれど。
ごめんね、お隣さん。でも僕は、少しも後悔していないんだ。
だって、マスタのいるところが僕のいるところだから。
ここにいることを、マスタが選んだのだから。