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躰の奥に、熱量が生じた。
久しく停滞していた機能に電流が通り、回線が繋がっていく。
灰色一色だった視界に明暗が浮かんだ。やがて光と影はそれぞれ凝縮して、線を結んで像を形作る。暗視視野が徐々に見慣れた模様を映しだし、やがてそれが見慣れた天井なのだと気がづいた。
僕の知っている天井と比べて、ずいぶん風化しているけれど、僕はこの模様を知っている。ぼんやりとそんなことを考えた。
僕は、いつの間に消灯していのだろう。普段の消灯とは、少し違う感覚だった。通常なら消灯時でも感覚機能までは停止まらない。だから、少しの物音でも感知できる。こんなに意識がぷっつりと途切れて、突然再開することはない。いつもと違う、不思議な感覚だった。でも、嫌じゃなかった。
天井を見ながら、僕はなんだか、とても懐かしい気持ちがした。なんだろう? 消灯している間、ずっとマスタの傍にいたような、近くにマスタがいたような、そんな感じだった。なんだっけ、こういうの。前に、マスタが言っていた、教えてもらったことがある。
(――――夢)
そうだ、夢だ。
マスタが言っていた。夢を見たって。懐かしい夢を見たって。
僕も、夢をみていたのかもしれない。夢の中で、きっと僕はマスタと会っていたんだ。そう思うと、なんだか少し嬉しかった。
僕らは通常、夢を見ない。夢というものが、どんなものなのか、僕は知らない。睡眠中に見る、幻覚のようなものだという概念は知っている。でも僕らは眠ることがないから、概念以上のことは解らないのだ。
でもきっと、僕は夢を見ていたんだと思う。単なる記憶装置の誤作動だとしても、それでも僕は、夢の中でマスタと会って、たくさんお喋りをした。それが、とても嬉しかった。
「笑っているの?」
風の音に紛れて、突然、聞きなれない音が聞こえた。音に分析をかけて、それが言葉であることが解った。その後に言葉の意味を追いかけたから、返事をするのが遅くなってしまった。音のしたほうを向こうとしたけれど、躰が巧く動かない。仕方がないから、先に視野だけを声の方角へ向ける。
「オイルを循環させなさい」
声の発信元は、ギリギリ視野外してしまっていて、何が音を発しているのか見えない。でも代わりに、砂利を踏む音が近づいてきた。
「起動して、まず笑うなんて、あなたは変わったアンドロイドね」
覗きこんできた顔は、僕の知らないものだった。
言われたとおりにオイルを循環させる。軋んでいた関節が、少しずつ滑らかになり、僕はようやく起き上がることが出来た。
僕を覗き込んでいたのは、一人の少女だった。誰だろう。記憶装置を検索するけど、ヒットしない。どうしてここにいるんだろう。もしかして、マスタの知り合いなのかもしれない。だったら、不在を伝えるのは僕の役目だ。少女の顔を、じっと見返した。
「――――あ」
「気づいたかしら」
人工の肌と、眼球の水晶体。
「君も?」
「そう。私は、あなたと近い存在。私はあなたに興味がある。だから、あなたをずっと捜していたの」
少女は強い眸で僕を見据えて、そう言った。
「悪い話じゃないと思うわ。少なくとも、こんなところに残るよりは。私と、――――交渉しましょう」
次、ラストです。