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封印の姫と最後の騎士  作者: ラーナ


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第四話

 礼拝堂に行く道すがら、町は相変わらず静かだった。


 店と言ってもパン屋しかなく、そのパン屋ですら小さなパンを軒先に並べるだけ。織物を織る職人も、工芸品を作る職人も、今では数えるほどしかいない。どうにか鍛冶屋だけは、それなりに繁盛していると言えるだろうか。


 アルフリーダは、まるで初めての町を歩くように、辺りを見回している。


「あまりにも活気がなくて、驚きましたか?」


 道の片隅で座り込む子供達を見ていたアルフリーダは、我に返ったようにエリアスを見上げた。


「ええ、そうですね。ですが、どうにか暮らしは保たれているようには見えます。それだけで、私は彼らの強さを誇りに思います。今は、誰がこの町を治めているのでしょうか?」


「混乱の時期は、生き残った貴族などが、どうにか秩序を保とうとしたようですが、今では・・・」


 アルフリーダの目がふっと悲しげに、石畳に落ちる。


「そうですか・・・」


 食べていくのがやっとなこの町を、誰が治め、守ろうと思うのか。そうでなくとも、人口は減りつつある。統治者がなくなったことで、良かったことと言えば、税がなくなったことと、狩りの規制がなくなったことくらいだろう。そうでなければ、自分たちはとっくの昔に全滅していただろう。


 アルフリーダの視線が、一つのパン屋に釘付けになっていることに気が付き、エリアスはそちらに目をやった。


 店番が奥に入っていく背中が見える。その瞬間、さっと灰色の塊が店先を掠めた。同時にアルフリーダが小さく息を飲む。


 灰色の外套を引きずった子供が、懐をしっかりと押さえている。体はやせ細り、顔色は着ている外套と変わらないくらいに悪い。


 盗み——か。


 珍しくない光景だ。親を亡くした子供や、満足に食事にありつけない子供は、そうでもしないと生きてはいけない。アルフリーダが、こちらに顔を向ける。エリアスは、黙って指先を唇に当てた。それを見て、アルフリーダはコクリと頷く。


 もう一度パン屋に目をやるが、もうそこには品出しをしている店番しかいない。


「いつの時代でも、同じなのですね」


 再び歩き始めたアルフリーダが、ぽつりとつぶやいた。


「あなたの時代も、そうでしたか?」


 そうですね。とつぶやいた後で、アルフリーダの手がエリアスの手を少し強めに握る。


「私は育ちあがるまで、ずっと修道院で過ごしました」


 そのことは文献を読んで知っていたが、エリアスは黙って彼女の話に耳を傾けた。


「修道院では、日々の作務以外でも、様々な奉仕活動をします。そこで戦争で孤児になってしまった子供たちの、食事を配ったことを思い出しました」


「あなたが、子供たちに食事を?」


 アルフリーダが頷いた。


「意外ですか?」


「は、い、いえ」また言葉がつかえてしまい、アルフリーダが小さく笑う。


「孤児たちの食事だけではありません。怪我や病気の治療。中には出産のお手伝いなどもありましたわ」


 姫君が、怪我や病気の治療。


「辛くは、ありませんでしたか?」


「辛いだなんて、考えたこともありませんでした」


 アルフリーダが風で目を細めた。


「こう言っては不謹慎でしょうが、むしろ楽しいくらいでした。先ほどの小広場のお話で出てきた友も、奉仕活動で知り合ったんです」


 アルフリーダの事を書いた文献は少ない。彼女が暮らしていた聖レティア修道院にのみ、唯一アルフリーダの名前が記録に載っているが、友達がいたなどと言う記述があっただろうか。


「どんな方だったのですか?」


 ほんの小さな興味のつもりだったのだが、エリアスの問いかけにアルフリーダが吹き出した。


「すみません。あなたを笑ったわけではないのです。彼女の事を思い出したら、つい・・・」


「そんなに、愉快な方だったのですか?」


「愉快・・・と言うよりも、痛快と言った方が彼女には合いますね」


 エリアスを見上げるアルフリーダの瞳が、キラキラと光を帯びているように輝いている。よほど仲の良い友達だったのだろう。


「階段を上がるのを面倒だと言って、壁を登ったり。結婚しないと宣言したのに、とても素敵なお相手を見つけてきたり。でも——思いやりがある、とても勇敢な女性でしたわ」


「勇敢な女性・・・。あなたに似ていますね」


 アルフリーダが歩みを、ほんの半歩だけ遅らせてエリアスに顔を向けた。そのまま大きな瞳がぱちりと瞬く。「え・・・?」と言う、かすかな驚きの声。


 何気ない言葉のつもりだったが、もしかして余計な事を言ってしまったのか。


「すみません。お気を悪くなさいましたか?」


 慌てて言うと、アルフリーダはふっと視線を地面へと向け、かぶりを振った。


「いえ、違うのです。それより、なぜ私が勇敢だと?」


 石畳を見つめたまま問うアルフリーダの声が思いのほか低く、エリアスは足を止めた。


 顔を上げない姫の上で、銀の髪留めにあしらわれた小さな紫の宝石が、陽光を跳ね返す。


「あなたの話は、祖父から繰り返し聞かされていました。慈悲深く、強い女性だったと。祖父の母、曾祖母からの口伝だったようです」


「エリアスの、曾祖…母?」


 アルフリーダが、ゆっくりと迷うように顔を上げた。


「ええ、そうです」


 繋いだ彼女の手を、もう片方の手も重ねて両手で包み込んだ。


「ご自身のことより、あなたは真っ先に民の無事を私に尋ねました。それを聞いたとき、私は祖父の言葉が真実だったと、確信したのです」


 アルフリーダの表情が一瞬緩み、そしてふっと笑みが零れ落ちた。


「ありがとう。エリアス」


 潤んだ瞳が光っている。エリアスは、思わず息を飲んだ。それはまるで、雪解けの水面に射しこむ日差しのように。儚さの陰に隠れていた、確かな強さの輝きに見えた。


「あの・・・?エリアス?」


 アルフリーダが不思議そうに、小さく首を傾げた。


 その瞬間、自分が見とれていたことに気が付き、エリアスは慌てて手を離した。


 しまった!不躾に見つめてしまったではないか。急激に顔が熱を持ち始め、心臓の鼓動がうるさく耳に響く。


「も、申し訳ございません」


「いえ」


 相変わらず、キョトンと首を傾げるアルフリーダの手を取り、エリアスは礼拝堂の方に向き直った。通りの先に、今にも崩れそうな尖塔が見えている。


 崩れそう。と言うのなら、この町全体に当てはまる事だろう。しかし、特に聖アマリア教会の荒廃ぶりは、誰の目から見ても、群を抜いていた。


 いつまで待っても一向に救いの手を差し伸べない神に、人々が愛想を尽かすのを誰が責められるだろうか。


 けれど・・・。


 みすぼらしい礼拝堂の有様を目にしたら、アルフリーダは落胆するかもしれない。


「アルフリーダ様・・・」


「エリアス」


 急に名前を呼ばれて、エリアスはふと隣を見ると、アルフリーダがふわりと笑みを返した。


「これから誓いを交わす者が、妻となる者に”様”を付けるのは不自然だと思いませんか?」


「え?・・・そうでしょうか。しかしそれなら、何とお呼びすれば」


 少しの間を置き、少し恥ずかしそうにアルフリーダは俯いた。


「ただ、アルフリーダと」


 どうにか先ほどの顔の熱が薄らいだと言うのに、また頬が熱くなる。主君を呼び捨てにするわけにはいかない。自分は彼女を守るために婚約するのであって・・・。主従以上の関係を望んでいるわけではなくて。つまり、気安く名前を呼ぶわけにはいかないということで・・・。


 混乱した頭が次々に言い訳を提示してくる。


「そ・・・、それは——」


 アルフリーダの上目遣いの目が、彼女が胸に抱いた包みの向こうで光る。容赦なく。


「・・・承知しました」


 どういう事だろうか。彼女の視線の前において、それ以外の言葉が出てこない。まるで目に見えない魔法が、エリアスの言葉を操作しているように。


 町の妻帯者たちの酒場でこぼす愚痴が脳裏を掠める。


 ——ったく。女房の一睨みには、勝てないよな。


 こう言うことか・・・。


 エリアスは、胸の奥で一人呟いた。

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