第二十部 偽物の女神像
宇宙船の窓の向こうに、無数の星々が流れていく。
静かだった。
あれほど戦いに満ちていた銀河が、今はまるで息を整えているかのように。
ジンが操縦席から振り返る。
「ここからが、本当の始まりだ」
皆が視線を向ける。
「欠片を集める旅は終わった。
これからは——元の星へ返していく」
ホログラムに、無数の星が映し出される。
ひび割れ、色を失い、命を止めた星々。
「エーテルスターの欠片は“命の種”だ。
正しい場所に戻せば、星は再生する」
ルミナが小さく息をのむ。
「じゃあ……この宇宙は、また生き返るんだね」
エーテルは静かに頷いた。
「ああ。
今度は“救うための旅”だ」
かやが微笑む。
「戦わなくていい旅……久しぶりだね」
だがジンは少しだけ真剣な表情になる。
「ただし簡単じゃない。
星を癒すたび、眠っていた存在も目を覚ます」
「守護者、残党、歪んだ生命……
再生は奇跡だが、同時に争いの火種にもなる」
エーテルは窓の外の銀河を見つめたまま言った。
「それでもやる。
この宇宙は、生きる価値がある」
宇宙船は光へと加速する。
宇宙船が減速する。
眼前に浮かぶのは、色を失った小さな星だった。
海は凍り、森は石のように固まり、都市だった痕跡だけが影のように残っている。
生命反応——微弱。
消えかけの鼓動。
ジンが静かに告げる。
「ここだ。欠片が、ずっと戻るのを待っていた星」
エーテルは欠片を手に取る。
それは温かく、まるで心臓のように脈打っていた。
「……声がする」
かやが驚いて見る。
「聞こえるの?」
「いや。音じゃない。
“生きたい”って意思だ」
星の中心へ降り立つ一行。
欠片を置いた瞬間、光が走った。
——最初は、ほんの一滴の雨だった。
凍った大地に、雨が落ちる。
ひび割れた土に、ゆっくりと染み込む。
次第に、風が吹いた。
動かなかった空気が、深く息を吸い込む。
ルミナが目を見開く。
「……木、芽が出てる」
石のようだった大地から、細い緑が顔を出す。
一つ、また一つ。
やがて——
星が、泣いた。
雲が割れ、雨が降り注ぐ。
それは悲しみでも絶望でもない、生き返った歓びの涙だった。
その時、淡い光の人影が現れる。
大人でも子供でもない、透けるような姿。
星の意志——この星そのものだった。
「……ありがとう」
声は震えていた。
長い孤独の中で、誰にも届かなかった言葉。
「私たちは、忘れられたと思っていた。
でも……戻ってきてくれた」
エーテルは静かに膝をつく。
「忘れたことなんて、一度もない。
辿り着くのが遅れただけだ」
星の意志は微笑む。
そして、こう言った。
「この星に、名前をください」
一同が息をのむ。
ルミナが一歩前に出る。
少し考えて、まっすぐ言った。
「リラ。
“また歌う星”って意味」
その瞬間、風が鳴った。
森がざわめき、海が溶け、空が色を取り戻す。
——星は、歌い始めた。
かやはそっとエーテルの手を握る。
「……やってよかったね」
エーテルは小さく笑う。
「これが、俺たちの旅の答えだ」
宇宙船が再び浮かび上がる。
背後で、新しい文明の灯が一つ、確かに灯っていた。
次に辿り着いた星は、
前の星とはまるで逆だった。
色はある。
海も揺れている。
都市も、壊れながら“形”を保っている。
だが――静かすぎた。
生命反応はある。
なのに、鼓動が聞こえない。
ジンが眉をひそめる。
「……妙だな。欠片の反応はあるのに、星が“拒んでいる”」
降り立った瞬間、分かった。
この星は、生きることを選ばないと決めている。
住民たちは現れた。
皆、仮面のように感情を伏せ、整然と並ぶ。
長老格の人物が一歩前に出る。
その声は穏やかで、しかし固かった。
「欠片を返しに来たのだろう。
だが――我々は再生を望まない」
ルミナが思わず声を上げる。
「どうして!? 星は、まだ生きてるのに!」
長老は首を振る。
「だからこそだ」
語られた過去。
この星は、かつて欠片によって一度“救われた”。
だがその再生は、不完全だった。
急激な進化。
制御できない力。
文明は膨れ上がり、争いが起き、
結果として——自分たち自身で星を壊した。
「再生は、希望ではなかった」
「あれは、第二の滅びだった」
人々の瞳には、
恐怖と後悔が深く刻まれていた。
かやは静かに前に出る。
「……でも、止まったままでも、終わりは来るよ」
長老は微笑む。
「それでいい。我々は、
“終わり方”を選びたい」
その言葉に、
エーテルの足が止まる。
——かつて、自分も同じことを考えた。
守れなかった星。
繰り返す創生と破壊。
終わらせたいと願った、あの時代。
エーテルは欠片を差し出さなかった。
代わりに、こう言った。
「再生しろとは言わない。
だが――選ぶ権利は、今日じゃなくていい」
そして欠片を、
星の中心ではなく、空に浮かべた。
触れられない距離。
だが、失われない位置。
「これは“希望”じゃない。
保留だ」
星は息を呑んだ。
「怖いままでもいい。
立ち止まってもいい。
だが、未来を完全に閉じるな」
ルミナがそっと言葉を重ねる。
「再生って、やり直しじゃないよ。
“違う選択ができる”ってだけ」
沈黙が続く。
やがて、長老が深く頭を下げた。
「……欠片を返す時が来たら、
必ず呼ぶ。その時まで——待ってほしい」
宇宙船へ戻る途中、
誰も多くを語らなかった。
ただ、かやが小さくつぶやく。
「救わない選択も、
救いなんだね」
エーテルは頷く。
「それを認められるようになったのは……
俺が、創生を“神の義務”だと思わなくなったからだ」
星は、再生しなかった。
だが、絶望も選ばなかった。
それは、
“恐れを抱いたまま生きる”という、
もう一つの強さだった。
次に辿り着いた星は、
遠目には“理想郷”だった。
緑は濃く
海は澄み
都市は輝いている。
生命エネルギーは満ちあふれ、
欠片が戻った星の中でも最高クラスの再生成功例だった。
ジンが言う。
「ここは記録上、“完全復活を遂げた星”だ」
誰もが、希望の星だと思った。
――降り立つまでは。
人々の視線が、冷たい。
歓声も感謝もない。
あるのは敵意に近い沈黙。
兵士のような集団がすぐに囲む。
だが武器を向けてくる先は久世たちではなく——
空。
「神の使いが来たぞ」
「また管理しに来たのか?」
「二度と支配させるな」
ルミナが戸惑う。
「え……助けた星なんだよね?」
長老ではなく、若い指導者が現れる。
その目には怒りが燃えていた。
「そうだ。
お前たち“神々”が我々を救った」
「そして、奪った」
語られる真実。
この星は滅びかけていた。
欠片が戻り、奇跡的な回復を果たした。
だが再生と同時に――
寿命は延び
能力は飛躍し
文明は急加速した。
結果、人々はこう考え始めた。
「神がいなければ滅びていた」
「神がいれば生かされているだけ」
感謝は、依存へ
依存は、恐怖へ
そして恐怖は——憎しみになった。
「我々は生きているのか?
それとも“延命されている家畜”なのか?」
かやは息を呑む。
指導者は叫ぶ。
「再生は救済じゃない!
神による管理だ!」
「壊す自由も、滅びる自由も奪われた!」
兵士たちが一斉に構える。
この星では、
“神殺し”は正義だった。
エーテルは静かに前に出る。
「……それでも、生きてる」
「滅んだ星は選択すらできない」
だが指導者は首を振る。
「生かされているだけの選択に意味はない!」
その瞬間、欠片が星の中心で暴走反応を始める。
この星の憎しみと、創生エネルギーが共鳴していた。
暴走すれば星ごと崩壊する。
ルミナが叫ぶ。
「止めなきゃ! このままじゃ——!」
だがエーテルは動かない。
代わりに言った。
「憎んでいい」
「俺たちを、神を、創生を」
「だが星ごと壊す権利は、怒りに渡すな」
指導者の手が震える。
「じゃあどうしろと言う!」
エーテルはゆっくり欠片を引き抜く。
星の光が弱まる。
再生エネルギーが減衰し始める。
「完全な再生を解く」
「この星を、普通の寿命と普通の未来に戻す」
ざわめきが走る。
「それは……衰退を受け入れることだぞ!」
「神の奇跡を捨てるのか!」
エーテルは頷く。
「奇跡に支配されるより、
有限を生きろ」
長い沈黙の末、指導者は膝をついた。
「……それが、本当の自由か」
欠片は星の核に戻されたが、
力は制御され、神の干渉は断たれた。
この星は再び成長と老いを持つ“普通の星”になった。
出発の時、誰も歓声を上げなかった。
だが——
一人の子どもが小さく手を振った。
「神さまじゃなくて……ありがとう」
それは感謝じゃない。
対等な別れの言葉だった。
宇宙へ戻りながら、かやがつぶやく。
「救うって……簡単じゃないね」
エーテルは静かに答える。
「だから神は、裁かれる存在なんだ」
白く整った都市。
完璧な道路。
静かに巡回する監視ドローン。
争いはない。
笑い声もない。
ただ――“従う者”だけが存在していた。
宇宙船が着陸した瞬間、地面が光り、拘束陣が展開される。
無機質な声。
「創生存在を確認」
「対象:エーテル、ナポリネス、イリス、レオン」
「宇宙法第零律により即時拘束」
光の枷が四人を包み上げる。
かやが叫ぶ。
「何もしてない!」
警備隊長は即答する。
「存在そのものが違法だ」
「無限に近い力は秩序を破壊する可能性である」
連行される四人。
民衆は誰一人止めない。
――法が正義だから。
法王ゼロ=レギウス
巨大な神殿の玉座。
半身機械の支配者が淡々と告げる。
「創生存在は宇宙最大の不確定要素」
「過去、力ある存在は必ず世界を壊した」
「ゆえに我々は“神を違法化”した」
ルミナが叫ぶ。
「パパは星を救ってきたの!」
「結果は関係ない」
「許可なき介入は違反」
ナポリネスが笑う。
「息するのも申請制か?」
法王は一切揺れない。
「創生存在は封印処分」
「永久隔離領域へ送致」
かやの目に涙が溜まる。
エーテルの問い
エーテルは静かに前へ出る。
「秩序は命を守った」
「だが自由を殺した」
「法は道具だ。神じゃない」
創生エネルギーで、この星の過去を空に映す。
戦争
混乱
そこから生まれた“完璧な管理社会”
人々の顔が揺らぐ。
だが――
法王は感情すら揺らさない。
「揺らぎは秩序の敵だ」
「疑問は混沌を生む」
封印
法王は杖を地面に打ちつける。
都市全体が光り、巨大な封印陣が起動。
エーテルたち四人の身体が結晶のように固まっていく。
ルミナが泣き叫ぶ。
「やめてぇ!!」
かやが走ろうとするが、兵士に止められる。
エーテルは最後に微笑んだ。
「この星は――
まだ生きることを知らない」
そして光の棺が閉じる。
完全封印。
法王は宣告する。
「秩序は守られた」
民衆は拍手すらしない。
それが“当然”だから。
宇宙船に戻るかや達。
誰も言葉を発せない。
ルミナは震えながら呟く。
「……正義って、なんなの」
その問いだけが、
この星に初めて生まれた“違反思想”だった。
封印陣が起動した瞬間――
誰にも見えないほど微細な創生光が、エーテルの指先から弾け飛ぶ。
それは通信でも魔法でもない。
存在そのものを使った伝達。
宇宙船の制御席にいたジンのモニターが一瞬だけ白く染まる。
そして脳内に直接響く声。
エーテルの声(記録ではなく“意志”)
「ジン」
「この星はもう救えない」
「ここに留まれば全員捕まる」
「かやと子供たちを連れて――」
「即刻この星から離れろ」
一瞬、通信が途切れる。
ジンは歯を食いしばる。
「……っくそ……分かってて来たのかよ……」
操縦桿を強く握る。
ワープ準備を強制起動。
警報が鳴り響く。
その頃、封印の中でエーテルは静かに目を閉じる。
(これでいい)
(自由を知らない星は、
力を持つ者を必ず殺す)
(ここで止めねば、皆も同じ末路だ)
宇宙船が離脱する瞬間。
ルミナが振り返る。
「パパ……」
星は何事もなかったかのように整然と輝いている。
だがその中心には――
正義に殺された神が眠っている。
法理星――
秩序と法だけで成り立つ完全統制惑星。
その中枢神殿の地下深く。
巨大な封印柱の中に――
エーテル、ナポリネス、イリス、レオンは静止していた。
意識はある。
だが一切動けない。
その時。
星の外縁警報が一斉に鳴り響く。
「未確認艦隊接近!」
「識別信号――ネメシス残党!」
黒い艦影が空を埋め尽くす。
かつての大軍ではない。
だが生き残った狂信者たちの特攻部隊。
彼らに退却はない。
法王は冷静に命じる。
「防衛網、通常稼働」
「この星は法により守られる」
だが――
ネメシス残党は法理星の“法シールド”を熟知していた。
規則に従って動く防衛網の隙間だけを突く自爆突入。
次々と防衛拠点が沈黙する。
地下封印室。
揺れる大地。
天井が崩れ、炎が落ちる。
その中でエーテルは歯を食いしばる。
「……くそ……」
「ここに封じたのは……守るためだったのに……」
ナポリネスが叫ぶ。
「解け!!この封印を!!
今解かなければ星が終わる!!」
だが返るのは無機質な法陣の光だけ。
イリスが震える声で言う。
「私たちを封じた法が……
この星を殺している……」
上空。
ネメシス艦が都市中枢へ突入。
法王宮殿が爆炎に包まれる。
市民たちが逃げ惑う。
秩序は崩壊し、法は何も救えない。
エーテルは静かに目を閉じる。
(これが……力を縛った星の結末か……)
(守護者を恐れた文明の、必然……)
そして――
封印柱に、初めて亀裂が走る。
外からの破壊ではない。
星そのものの崩壊による法の破綻。
法理星は、もう保っていなかった。
空は裂け、都市は沈み、
秩序を象徴していた白い塔は次々と崩れ落ちていく。
警報も、法令も、もはや意味を成さない。
ただ――滅びだけが進行していた。
封印神殿。
巨大な法柱に走っていた亀裂が、音を立てて砕け散る。
光が弾け、破片が宙を舞う中。
ゆっくりと――
エーテルたちが歩き出した。
創生の神。
均衡の神。
技術の神。
科学の神。
かつて宇宙を支えた存在そのもの。
その姿を見た兵士たちは膝から崩れ落ちる。
「で……出た……」
「封印した……神々……」
遠くで倒れ伏していた法王が這いずるように叫ぶ。
「お、お助けください……!」
「我々は間違えました……!」
「法のために……星を守ろうと……!」
だが。
エーテルは一切近づかなかった。
ただ崩れゆく都市を見つめる。
炎に包まれる民。
自らの法に縛られて逃げ遅れる兵。
完璧だったはずの秩序が、
今や無意味な鎖となって星を締め上げていた。
ナポリネスが静かに言う。
「彼らは守護を恐れた」
「だが法だけでは、命は守れないと学ばなかった」
イリスが目を伏せる。
「制御することに夢中で……
支えるという発想がなかった文明……」
レオンは苦く笑う。
「完璧な仕組みほど、崩れた時に修正が効かない」
法王が泣き叫ぶ。
「お願いですエーテル様!!
あなた方なら救えるはずだ!!」
「星を……民を……!」
その時。
エーテルが初めて視線を向ける。
冷たいほど静かな目で。
そして低く言う。
「救えた」
「だが――お前たちが拒んだ」
法王の顔が凍りつく。
エーテルは星を見渡しながら続ける。
「守護者を恐れ、力を封じ、
己の正義だけを信じた文明の結末だ」
「これは滅ぼされたのではない」
「自分たちで選んだ終焉だ」
崩壊は止まらない。
ネメシス残党すら巻き込まれ、星ごと飲み込まれていく。
法も秩序も、すべて無に帰る。
エーテルたちは最後まで手を出さなかった。
ただ見届けるだけ。
それが――
神が与える最後の裁定だった。
崩壊が臨界を越えた法理星を、
エーテルはもう見なかった。
背を向けたまま、淡々と言う。
「この星は――再生対象外だ」
その言葉は宣告だった。
怒りでも、憐れみでもない。
記録として刻まれる判断。
ジンの宇宙船へ戻る途中、
ネメシス残党の影が視界を横切る。
追撃。
妨害。
逃走。
だが、エーテルは止めない。
ナポリネスが一瞬だけ視線を向けるが、
エーテルは首を振る。
「今はいい」
「滅びを選ぶ文明に、
最後の秩序を与える義理はない」
イリスが静かに補足する。
「介入すれば、
彼らは“神に裁かれた”と記録する」
「だが介入しなければ、
“自ら崩れた”と残る」
レオンが小さく頷く。
「それが、未来にとって正しいログだ」
宇宙船のハッチが閉じる。
法理星は、
背後で音もなく折り畳まれていく。
法も、信仰も、
自分たちが絶対だと信じた秩序も――
すべて、宇宙の闇に溶けた。
航路が再設定される。
ジンが操縦席で告げる。
「次の星へ向かいます」
エーテルは最後に一度だけ、
モニターに映る消えゆく光点を見る。
そして、低く。
「再生は、希望がある星だけに与える」
「それが――
俺たちが“残す側”に回った理由だ」
宇宙船は静かにワープへ入る。
ネメシス残党は、
止められないまま散っていく。
救われなかった星という事実だけが、
宇宙史に刻まれた。
その日から、エーテルは――
かつての静かな冷酷さを取り戻しつつあった。
声を荒らげることはない。
誰かを責めることもない。
ただ、迷わなくなった。
救う星と、救わない星。
手を差し伸べる文明と、見送る文明。
その線引きを、もう躊躇しない。
かやは気づいていた。
優しさが消えたわけではない。
優しさの置き場を、選び直しただけだと。
エーテルは以前より多くを語らなくなった。
だが判断は速く、視線は遠い。
それは冷酷さではなく、
創生を担う者が背負う“責任の形”だった。
星々は今日も救いを待つ。
だが、すべてが救われるわけではない。
その事実を受け入れたとき、
エーテルは完全に――
“選ぶ側の存在”へと戻ったのだった。
次に辿り着いた星は、遠くからでも異様だった。
大気圏を抜けた瞬間、見えたのは――星の中心にそびえ立つ巨大な女性像。
白銀に輝くその姿は、空を見上げ、無数の星々へ手を伸ばすような形をしている。
「……あれが、この星の神か」
ジンが呟く。
都市も、文明も、その像を中心に円を描くように広がっていた。
まるで星そのものが、彼女を軸に回っているかのようだった。
民たちは口々にその名を唱える。
――メクル様。
――宇宙図を完成させし創生の女神。
――星々の運命を描いた者。
かやは胸に嫌な予感を抱く。
エーテルは、像を見つめたまま動かなかった。
「……女神じゃない」
静かに言う。
「創生期の仲間だ。
メクルは“観測者”だった。宇宙の流れを描いただけで、支配したことなど一度もない」
その瞬間、都市の鐘が鳴り響く。
民が一斉にひざまずき、像へ祈りを捧げ始めた。
「メクル様の導きにより我らは生きる」 「星の運命はすでに描かれている」 「逆らう者には滅びを――」
その言葉を聞いた瞬間、ルミナが小さく震えた。
「……これ、創生の思想じゃない」
エーテルの瞳が細くなる。
「誰かが“予言”を使って支配している」
すると像の足元の神殿が開き、
白い法衣をまとった司祭たちが現れた。
「創生の異端者よ」
指をエーテルに向ける。
「運命を否定する存在は、この星では罪だ」
「メクル様が描いた宇宙図こそが絶対。
未来は変えてはならない」
――救われる星
――滅ぶ星
――従う者
――排除される者
すべてが“すでに決まっている”という思想。
かやが怒りを滲ませる。
「それは希望じゃない……檻だよ」
そのとき、エーテルがゆっくり前に出る。
「メクルが最も嫌った思想だ」
そして像を見上げて、低く告げる。
「彼女は未来を“示した”だけだ。
縛るためじゃない。選ばせるために描いた」
空気が歪む。
像の目が――淡く光った。
神殿の奥から、人工的に再現された“メクルの意思を名乗る存在”が起動する。
「創生観測体・メクルコード起動」
「運命修正を開始します」
星そのものが、エーテルたちを排除対象として認識した瞬間だった。
神殿の空気が張りつめる中、
エーテルは一歩、前に出た。
「……よく見ておけ」
その声は大きくなかった。
だが星そのものが耳を澄ました。
最初に動いたのは――レオンだった。
球体の身体がほどけ、展開し、再構築される。
金属音ではない。
記憶が形を思い出す音だった。
細身だった身体は引き締まり、
古代の紋様が刻まれた外殻が形成される。
科学神ではない。
もっと原初の姿。
――創生期・守護者レオン。
「……久しぶりだな、この形は」
次に、イリス。
彼女の背後に無数の設計図が浮かび、
それらが一斉に砕けて光となる。
髪は銀白に、瞳は深い蒼へ。
指先には世界を“組み替える者”の紋章。
――技術守護者イリス。
「再現じゃないわ。これは“最初の私”」
そして、ナポリネス。
均衡神としての気配が変わる。
重力が揺れ、空間が正される。
左右非対称だった存在が、
完全な静寂へと収束する。
――秩序と均衡の守護者ナポリネス。
「……偏った世界は、いつもこうなる」
最後に――エーテル。
彼は目を閉じた。
そして、創生エネルギーを抑えることをやめた。
光が溢れた。
爆発ではない。
星が“誕生した時の呼吸”そのもの。
人の形を保ったまま、
背後に星雲が揺らぎ、
身体に刻まれるのは名でも称号でもない。
創生そのものの痕跡。
――創生神エーテル。
――いや、名乗るならもう一つ。
「私は神じゃない」
静かに、だが断言する。
「“始まり”だ」
偽りの女神像が、震え始める。
神殿のシステムが警告を鳴らす。
《観測不能》 《想定外存在》 《運命式、崩壊》
エーテルは像を見上げた。
「メクルは未来を縛らなかった」
一歩、踏み出す。
「彼女は“選ばせた”」
もう一歩。
「お前たちは、選択を奪った」
創生の光が、神殿を包む。
祈っていた民たちは気づく。
自分たちが見ていたのは神ではなく、
神を名乗る装置だったと。
そして理解する。
――これが本物だ。
――信仰ではない。
――崇拝でもない。
“生きることを許す存在”。
像の光が、静かに消えた。
星は、初めて沈黙した。
エーテルは振り返り、民に告げる。
「未来は、返す」
「怖くてもいい。迷っていい」
「だが――
自分で選べ」
本物の創生は、
破壊ではなく、解放だった。
神殿に満ちていた創生の光が、ゆっくりと収束していく。
そのときだった。
空間が――紙のようにめくれた。
誰も触れていないのに、
世界の奥が開く感覚。
そこから、ひょこっと顔を出した影があった。
ぼさぼさの銀髪。
大きめのローブに包まれた小柄な体。
眠そうな目。
「……うるさいなぁ……」
間の抜けた声。
「せっかく静かに計算してたのに……創生エネルギー全開とか、星壊れるかと思ったじゃん……」
一同、固まる。
民たちの誰かが震える声で呟いた。
「……メ、メクル様……?」
少女はきょとんと首をかしげる。
「ん? あ、生きてるよ?」
あまりにも軽い。
「というか死んだことにされてたの? ひどくない?」
ざわああっと神殿が揺れる。
・何万年も前の伝説の創生守護者
・宇宙図を完成させた女神
・とっくに昇天した存在
――それが、普通に立っている。
しかも眠そう。
エーテルは静かに息を吐いた。
「……やはり生きていたか、メクル」
メクルは彼を見て、目を細める。
「エーテルだー……相変わらず派手な登場するよねぇ」
「私は目立たないように引きこもってたのに」
レオンが苦笑する。
イリスが額を押さえる。
ナポリネスはため息。
「やはり引きこもっていただけか」
「だって外めんどくさいもん!」
即答。
「星の運命とか人の選択とか感情とか、処理量多すぎるんだよ!
私は計算担当なの!現場担当じゃないの!」
民たちは完全に理解が追いついていなかった。
「……で?」とメクル。
偽物の女神像を見る。
「これ、私をモデルに作った粗悪コピーでしょ」
指を鳴らす。
像の内部構造がホログラムで可視化される。
「ほらね。未来を一つに固定する運命拘束装置。私が一番嫌いなやつ」
彼女の声が、初めて冷たくなる。
「私は“可能性を広げるため”に宇宙図を作った」
「選択肢を増やすために」
「なのに――」
像を睨む。
「選ばせない神になってどうするの」
空間がピシッと音を立てる。
創生の気が、彼女からも溢れ始める。
「そもそも私は滅多に外に出ないだけで、
死んだわけじゃないから」
「引きこもって星の未来シミュレーションしてただけだから」
エーテルが少し笑う。
「……相変わらずだな」
メクルは肩をすくめる。
「そっちこそ何回転生してるのよ」
民の一人が震えながら叫ぶ。
「で、では……我々が信じてきた女神様は……」
メクルははっきり言った。
「偽物」
「私は崇められる存在じゃない」
「考えるための存在」
そして民を見る。
「未来はね、
神が決めると滅びるの」
「人が選ぶから続くの」
神殿の空気が変わる。
恐怖ではなく、混乱から――希望へ。
メクルは小さくあくびをする。
「はぁ……久々に外出たら疲れた」
「また引きこもろ……」
エーテルが即止める。
「逃げるな」
「今回ばかりは責任を取れ」
「えぇぇぇぇ……」
全力で嫌そうな声。
「私ほんと現場向いてないんだけどぉ……」
かやたちがぽかんと見ている中、
創生メンバーは全員思っていた。
――伝説の女神、ただの天才引きこもりだった。
イリスは腕を組み、冷静に言った。
「メクル。あなたを放置するわけにはいかない」
「ネメシスの残党も動いている。
創生メンバーが一人欠けたままでは均衡が崩れる」
メクルは即座に拒否姿勢。
「やだよ!?外は騒がしいし感情ノイズ多いし!」
「私はここで計算してる方が宇宙のためなの!」
エーテルが静かに補足する。
「だが、机上の未来ではもう間に合わん」
「現実が加速しすぎている」
メクルはむっとする。
「それは……分かってるけど……」
そこでイリスが一歩前へ。
「なら条件を出しなさい」
「あなたが納得できる環境を用意する」
一瞬の沈黙。
メクルの目が、計算モードに切り替わる。
「……ほんとに?」
「ほんと」
「じゃあさ」
指を折りながら言う。
「私の部屋は最低でも星一個分のシミュレーション空間」
「未来分岐を同時に一億通り走らせられる演算領域」
「重力可変」
「時間圧縮」
「雑音遮断」
「あと静音」
一同唖然。
レオンがぽつり。
「……それ、母艦クラスだな」
イリスは即答。
「可能」
メクル「え?」
イリス「母艦の中枢区画を改造する」
「あなた専用の創生演算区を作る」
「宇宙最高性能で」
沈黙。
メクルの口がゆっくり開く。
「……マジで?」
「マジ」
メクル、震える。
「そ、そこまでしてくれるなら……」
「……ちょっとだけなら旅してもいいかも……」
エーテルが微笑む。
「交渉成立だな」
メクル、照れ隠し気味に叫ぶ。
「べ、別にみんなと一緒にいたいとかじゃないからね!?」
「宇宙の未来計算のためだから!」
「ついでに同行するだけだから!」
完全ツンデレ引きこもり神。
かやが小声で。
「……かわいい女神様だね」
メクル「聞こえてる!」
数時間後――
母艦内部。
巨大な白銀の空間が広がる。
無数の光のラインが走り、
星々の未来がホログラムで浮かぶ。
そこがメクルの自室兼演算宇宙だった。
メクルは目を輝かせる。
「……やば」
「これ……神域じゃん……」
イリス、少し誇らしげ。
「満足?」
メクル、こくこく頷く。
「もう一生ここ住める……」
「というか住む……」
エーテルが笑う。
「では正式に旅の仲間だ」
メクルはそっぽを向きつつ言う。
「しょ、しょうがないから」
「宇宙が滅びないよう見張ってあげるだけだから」
「勘違いしないでよね」
完全に仲間入り。
母艦のラウンジ。
未来演算区に引きこもったメクルを遠目に見ながら、華陽が腕を組んでぽつり。
「父上」
エーテル「どうした華陽」
華陽、真顔。
「創生メンバーって……ツンデレになる習性でもあるんですか?」
一瞬の沈黙。
かやが吹き出しそうになるのを必死でこらえ、
ナポリネスはピクッと反応。
「はぁ!?誰がツンデレだ!」
華陽「今の反応がもう答えみたいなものですが」
ナポリネス「うるさい!!」
その奥でメクルの声。
「べ、別に聞いてないし!!
私は計算してただけだし!!」
エーテル、静かにため息。
「……ある」
全員「あるんだ」
エーテルは遠い目をする。
「創生期の守護者は感情が強すぎる」
「使命と恐怖と愛情が同時に生まれた存在だ」
「素直になると精神が不安定になる個体が多かった」
華陽「だから反動でツンデレ化……」
エーテル「簡単に言えばそうだ」
かや「神々の防衛本能みたいなものなんだね」
ナポリネス「防衛本能とか言うな!!」
メクル「私そんな弱くないし!!」
エーテルが淡々と追撃。
「ナポリネスは創生期、私の後ろに隠れて泣いていた」
「メクルは初めて火を見て三日間部屋から出なかった」
メクル「言うなぁぁぁぁぁ!!!!!」
ナポリネス「父親権限乱用だぞそれ!!」
華陽、納得顔。
「なるほど……ツンデレは心の装甲だったわけですね」
エーテル「そうだ」
「素直=脆弱だった時代の名残だ」
かや、にこにこ。
「じゃあ今は安心してる証拠なんだ」
一瞬静まる。
ナポリネスとメクル、同時にそっぽ向く。
「……べ、別に安心なんてしてないし」
「……ただ仕方なく一緒にいるだけだし」
エーテル、微笑。
「それを安心と言う」
華陽「可愛いですね創生メンバー」
ナポリネス「誰が可愛いだ!」
メクル「褒めても何も出ないから!」
完全にテンプレツンデレ発動。
未来演算区画。
巨大なホログラムが静かに回転する中、メクルは端末に向かったまま背を向けていた。
エーテルが一歩前に出る。
「メクル」
「紹介しておく」
振り返ったメクルの視線が、エーテルの隣へ移る。
そこにいたのは、小さな少女。
銀色に淡く光る髪、澄んだ瞳。
ルミナは少し緊張したように、でもはっきりと頭を下げた。
「……ルミナです」
「第二の守護者です」
その瞬間、
メクルの演算が――止まった。
「……は?」
一拍。
「え?」
二拍。
「……ちょっと待って」
メクルの視線が、ルミナ → エーテル → ルミナ → エーテルと高速往復。
「娘?」
エーテル「娘だ」
「……妹?」
エーテル「妹だ」
メクル「……年下?」
エーテル「そうだ」
完全にフリーズ。
ナポリネスが腕を組んで横から。
「残念だったなメクル」
「お前、今日から“姉”だ」
「姉……?」
メクル、ゆっくりルミナを見下ろす。
ルミナは少し首を傾げて、にこっと笑う。
「よろしくね、お姉ちゃん」
──致命傷。
メクル「っっ……!!」
顔が一気に赤くなる。
「な、ななななななに言って……!!」
「私は創生メンバーで!!」
「年上とか年下とかそういう概念じゃ……!!」
ルミナ、素直に一歩近づく。
「でも、エーテルがパパで」
「メクルもエーテルの娘なら」
「きょうだいだよ?」
完全論破。
メクルの口がぱくぱくする。
イリスが横で小声。
「メクル、初の“下の子”だね」
華陽「兄姉デビューおめでとうございます」
メクル「うるさい!!」
だが――
ルミナがそっとメクルの袖をつかむ。
「……ねえ」
「一緒にお話してもいい?」
その一言で、
メクルの表情が一瞬だけ、柔らぐ。
「……仕方ないでしょ」
「ちょっとだけよ」
「ちょっとだけ」
ルミナ、ぱっと笑顔。
「うん!」
メクルはそっぽを向いたまま、でも袖は離さない。
エーテルはその光景を静かに見て、ほんの少しだけ目を細める。
「メクル」
「お前は、いい姉になる」
メクル「……言われなくても」




