ヴィンデ・ヴェーン 4
共和国の、とある街…
「トロールだ〜〜〜」「トロール出たぞ〜〜〜」
2〜3人の小さな子供たちがはやしたてる。
「待ちやがれクソガキども!!」
彼らを追いかけるその男の声に聞き覚えがある。
「ったく…」
男は悪態をついて、頭を掻いた。
「へ〜ぇ…ここじゃ『トロール』って呼ばれてるんだぁ〜」
「げっ…て、テレサ…」
昔の自分を知っている人間の登場に狼狽する男。
「久しぶりだね。スカーおじさま。」
※ ※ ※
「…ったく…何しに来たんだよ…」
面倒そうなスカーに、テレサはにぱぁっと微笑んだ。
「…元気そうじゃん。」
「余計な事、言うんじゃ無ぇぞ。ここには俺の昔からの知り合いも多いんだからよぉ。」
現役を引退したスカーだったが、スティーブと組む前の素行の悪さが祟り、冒険者ギルドの教官にはなれなかった。
結局彼は、冒険者を辞めると衛視に転職し、故郷の村の駐在になった。下手するとかつての仲間だった4人とともに路地裏で枕を並べかねたかった彼は、スティーブや、テレサと出会い、生きて冒険者を引退した。
スカーの首元から、あの空のロケットが消えていたが、テレサは敢えてそれを口にしなかった。ロケットはとある墓地の墓石にかけられており、スカーは結婚し、家庭を持ったらしい。
「冒険者、辞めたんだね。」
「しょうがねぇだろう…元々いつまでも続けられる商売じゃねぇんだから…」
「そう…だよね…」
いつまでも続けられる仕事じゃあない。
「誘いたい大きな仕事があったけど、これじゃ無理だね。
ま、元気そうで良かったよ。じゃあね。」
手を振って帰ろうとするテレサに、
「おいテレサ!!」
スカーが声をかける。
「ん!?」
「お前とはこれが今生の別れだ。もう俺の平和な暮らしに関わるんじゃねぇぞ。」
テレサは後ろを向いたまま手を振り、『ツァウベラッド』のエンジンを入れた。帰り道を走りながら、彼女は歌う。
「ヴィンデ・ヴェーン、シッフェ・ゲーン、ヴァイト・イン・フレムデ・ラ〜ンド…」
スカーは後に、自身のこの発言を、深く後悔する事になる。
※ ※ ※
翌日、某所…
「テレサお嬢様…こんな所にワシを呼び出して…」
「この間のお返事でしたら、こいつは一体…」
ドワーフの工員とハーフエルフの工員は、テレサに呼び出されると、そこには、お互いにとって、いつも会議で足を引っ張り合っている『あいつ』がいて当惑した。
「二人とも…」
テレサは普段では見られない様な真面目な顔で、二人に告げた。
「何があっても、私について来てくれる!?」
「「………!!も、もちろんですとも!!」」
二人は瞬時にテレサの真意を察し、即答した。真の敵はスティーブ工房長。ならば、クーデターを成功させるためには、敵の敵である、ライバル派閥の反工房長派と組むべきだ、と…
だがそもそも、工房がライバル派閥ではなく自分たちを重視すればそれでいいはずなのだが、彼らはすでに『反工房長』という手段が目的に変わってしまっており、その事が見えなくなっていた。
「それで…兄ちゃんに不満を持ってて、私達に協力してくれそうな人は、どのくらいいるの!?」
「うちは…このくらい…」
「うちも…このくらい…」
「………結構、多いんだね…何とかなるか…その中から、人を出して欲しいんだけど…もちろん兄ちゃん達には知られずに…」
「「かしこまりました!!」」
それから…ハーフエルフの男の手によって、『魔動車部門』の工員が何名も、ばらばらの部署に異動になった。が、異動先には彼らは現れず、そもそも異動の事実すら伝えられていなかった。彼らは秘密の某所で、テレサの指揮の下、反乱の首謀者である2人にも知らされていない、ある物の開発に取り組んだ。
そして、反工房長派の者たちに、『テレサに連いて来る気があるなら、某月某日に、「港街」の指定の場所に来るように。家族や家財道具があるなら、一式輸送する手配をする。』との通達が発せられた。
「テレサお嬢様は、『港街』に拠点を設けるおつもりだ!」
「共和国だけじゃなく、王国にも販路を広げようと言うのか!?」
「いや、そもそもこの『海岸地帯』も、これからの発展を考えると、未開拓の大きな市場だぞ…」
「さすがテレサお嬢様。考えることが並外れている!!」
彼らはテレサに心酔し、実に忠実に、その秘密を守り通した。何より図体の大きくなった組織である。だから…
決行日が近づくまで、スティーブは何も気づかなかった。
※ ※ ※
決行日、前夜…
「兄ちゃん…」
「て…テレサ!?」
自分の家へ帰ろうとするスティーブに、テレサが声をかけた。
「…こんな夜遅くに、一体何の様だ!?」
努めて平静を取り繕って、スティーブは訊ねた。
「あの子達は、どうしてるかなって思って…」
「もう寝てるよ、多分…」
「そっか…」
少し寂しそうなテレサ。
「僕もここ数日はあの子達の寝顔しか見れてないよ。誰かさんのおかげでね…」
スティーブの口調には棘が含まれていた。
「……」
無言で歩き去ろうとする彼女に、
「テレサ!」
スティーブは声をかけた。
「お前…ここしばらく見なかったけど、一体、何をしてたんだ!?」
水面下で活発化している反工房長勢力、その影に見え隠れするテレサ。今日もその対応でこんなに遅くなった。なのに、彼らが何をしようとしているのか、全貌が見えない。
「…兄ちゃんに迷惑はかけないよ。」
そう言い残して、去っていくテレサ。
「お前…余計な事をするなよ!面倒はたくさんだからな!!」
うん、兄ちゃん。
これが最後だよ。
作中使用曲:ドイツ民謡"Winde wehn, Schiffe gehn"




