ヴィンデ・ヴェーン 3
今でも時折、叫びたくなる。ワシのこれまでの人生とは、一体何だったのか、と…
ワシは、『パイライトカンパニー』の、ドワーフの工員。
若い頃、王国のドワーフの集落に住んでいたワシは、共和国から来たヒューマンの冒険者、フィリップが持ち込んだ『ツァウベラッド』と出会い、その未知の技術の虜となった。
フィリップの滞在中は彼奴よりその技術を貪欲に吸収し、彼奴が共和国へ帰った後、工房を立ち上げてドワーフの工員を招致したいという話を聞いたとき、一も二も無く飛びついた。
共和国へ移住したワシは、それこそ寝食を忘れて『ツァウベラッド』の技術の吸収と発展に尽くし、次々と新しい技術を開発して行った。魔動車両の知識と技術について、ワシの右に出る者はいなかった。また後進の育成にも力を注ぎ、ワシの元も多くの若い工員が巣立って行った。
そして時は流れ…ワシは大勢いる工員の一人に成り下がっていた。
ワシより遥かに若い工員どもの、最新の技術に、ワシは最早着いていけなくなっていた。
ワシは戦力外である事を自覚していたが、かと言ってこれ以外の生きる道も知らんかった。最後の5年は、新しい年を迎える度に、これが共和国の街で迎える最後の春になるかもしれぬと思っていた。
その時がやって来た。長年勤め、尽くして来た『パイライトカンパニー』は、ワシを含めて35人もの解雇者を出した。
家族を連れて王国へ帰ろう。そう思っていた時、フィリップの息子、スティーブが、父親に反発して、『カメラ』なる物を造る新たな工房、『ライトニングカンパニー』を立ち上げるためワシ等を雇用したいと言って来た。
家族のため、その話に乗らざるを得なかった。
与えられた新たなポストは、製造部門のナンバー2。職人一筋だったワシが幹部…!?出世だ。だがワシは、男子一生の仕事を奪われた事に打ちひしがれた。そして皮肉な事に、例え造っている物は違えど、製造の現場を知り尽くしたワシにとって、このポストは天職でもあった。その事が余計に、ワシを不安定にさせた。
それでもようやく、こういう生き方も悪くはないと思い始め、またスティーブ工房長の穏やかだが内に闇を秘めた人柄に若き日のフィリップの面影を感じ、この若造の守りをしつつ『ライトニングカンパニー』を盛り立てて行く事で、ワシを追い出した連中を見返してやると生きる活力を見出だし始めた矢先、スティーブ工房長は父親と和解し、フィリップ奴から『パイライトカンパニー』を引き継ぎ、『ライトニングカンパニー』を併合させた。あれだけの大望を掲げて立ち上げた『ライトニング』の看板を、彼奴はたった数年で、自らの手で降ろしてしまったのだ。
ふざけるな!
ワシは変わらず『光学部門』の製造のナンバー2を任されているが、もう信用ならない。
スティーブ工房長はきっと、自身が立ち上げた『光学部門』より、『パイライトカンパニー』の本業であり、お父様から受け継いだ『魔動車部門』を重要視するに決まっている。
※ ※ ※
産まれ落ちた時に神が振った賽の目の良し悪しは、その後の人生に、どこまでつきまとって来るのでしょうね…
私は、『パイライトカンパニー』の、ハーフエルフの工員。
もうこれだけ言えば、私が王国で、どの様な扱いを受けてきたかお分かりいただけるでしょう。向こうでの暮らしは、極貧の一言でした。
弓や魔法の使える同族たちは、冒険者となる事でたつきの道を得た者も現れましたが、私にはそんな事、出来るとも思えませんでした。
王国を捨て、何度も死にそうな目に会いながらも共和国へ流れ着いても、それは変わりませんでしたが…ちょうど工員を募集していた『パイライトカンパニー』なる工房に就職出来て、ようやく私は、安定した生活を手に入れました。
でも…そこにも見えない天井がありました。ドワーフの工員たち。あいつらはその武骨な外見とは裏腹に、緻密な細工を得意とし、『パイライトカンパニー』の技術や製造の中枢を牛耳っていました。いくら努力しても敵わない何かを、私は感じていました。
私は早々に技術者、職人の道を諦め、最終的に人事部門にたどり着きました。奴らを駒の様に配する側に…
時は流れ、『パイライトカンパニー』は、ドワーフの工員に多数の解雇者を出しました。解雇は人事部門にも及び、私は上司がいなくなった事で、人事部門のナンバー2になりました。勝った。その時はそう思いましたよ。
だが解雇された連中は、フィリップ工房長の息子のスティーブ坊っちゃんが新たに立ち上げた『ライトニングカンパニー』なる工房にまとめて雇用されると、『カメラ』や『スクリーンショット』なる、生き絵を描く魔道具を作り、冒険者を始めとしてあっという間に世間に浸透させて行きました。
この時になって私はようやく気づいたんです。連中は無用だから追い出されたのではない。他でもやって行けるから外に出されたのだと…
私は改めて、奴らと私との賽の目の違いを思い知らされました。
それでも、私達は私達、連中は連中で、私の目の届かない所で幸せになればそれで良いと思っていた矢先、フィリップ工房長はスティーブ坊っちゃんに工房長の座を明け渡し、スティーブ新工房長は自身の『ライトニングカンパニー』を、工学部門として『パイライトカンパニー』に併合させてしまいました。
ふざけないでくださいよ!
工房を継ぐのを嫌って出ていったくせに!自分で自分の居場所を作ったくせに!何で今更戻ってくるんですか!!何より…またあいつらがやって来る。見えない天井が、産まれついての勝ち組が…
私は変わらず、『魔動車部門』で人事のナンバー2を任されていますが、もう信用なりません。
スティーブ工房長はきっと、『パイライトカンパニー』の本業であり、お父様から受け継いだ『魔動車部門』より、ご自身が立ち上げた『光学部門』を重要視するに決まっています。
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「テレサお嬢様、あなたはいち冒険者で終わるお方ではありません。」
テレサを呼び止めたドワーフの工員は、彼女にそう告げた。
※ ※ ※
「テレサお嬢様、あなたの方が、お父様の資質をより強く受け継いでおいでです。」
テレサを呼び止めたハーフエルフの工員は、彼女にそう告げた。
※ ※ ※
「反工房長勢力…!?」
ドクタージェイクは身内の恥を晒したフィリップに問い返した。
「うむ…どんな公正な組織にも、誰もが納得の行く人事評価が出来るものでは無い。必ず雇用主を快く思わない者たちは出てくる。そして…スティーブの場合、厄介な事情が2つ存在する。」
これは最早、主治医による定期検診の範疇を越えてしまっていたが…フィリップは、誰かに聞いてもらいたかったのだ…
「スティーブは私の工房を継がず、自らの夢を叶えるために、冒険者となり、自身の工房を立ち上げ、その後に私の工房を継ぎ、自身の工房を併合させた。その事は彼にとっても、『パイライトカンパニー』にとっても、大きな成長の足がかりとなったが…合併した2つの部門がそのまま派閥となり、またスティーブの経歴が、反対勢力にとっては、彼への不信の種となった。自分たちよりも、相手側を優遇するのではないか、と…」
「でも大量解雇とその後のスティーブ坊っちゃんの『ライトニングカンパニー』設立は、旦那様がある程度絵を描かれたんですよね!?」
「あの時はいいアイディアだと思ったんだーーーーーっ!!」
フィリップは頭を抱えた。
「と、とにかく、これが厄介な事情その1。事情その2は…普通この様な不満分子も、組織の長の下ではおとなしくせざるを得ない物なのだが…奴らには反乱を現実化可能な要素があるのだ…」
「テレサお嬢様、ですか…!?」
フィリップは黙って頷いた。これは彼自身も認める事だが、彼とモリガンの特徴をマイルドにかけ合わせたのがスティーブ、両者の特徴を更に強調してかけ合わせたのがテレサ。これが周囲の者たちの、この兄妹への見解だった。
自分の手で『ツァウベラッド』を組み上げた技術力、冒険者としての数々の実績、その間に発案した有形無形数々の発明品を『パイライトカンパニー』の商品とし、写真集の発行で、『パイライトカンパニー』が負っていた負のイメージを払拭したアイディアと行動力、フィリップ自身が『ほんの少しの魔法』と呼ぶ何か。そして自らが広告モデルをもこなしてみせた、母親譲りの美貌…フィリップも幾度となく、テレサが男なりせばと思ったものだ。工房経営の実績は無いが、お飾りのトップ、操り人形としては『奴ら』にとってむしろ好都合だ。
「奴らはスティーブを追い落とし、テレサを、新たな工房長に据える可能性がある…」
※ ※ ※
それぞれ、別々の場所で、テレサを呼び止めたドワーフとハーフエルフの工員は、異口同音に、彼女にこう告げた。
「「もしあなたが、打って出るお気持ちがございましたら、私達がお力になりますよ…。」」




