appendix2 テレサ・タイフーン
ヒューマンの父親からは知恵と魔法を、
エルフの母親からは力と美貌を受けついた、少女テレサ。
工房長令嬢としての穏やかな生き方を拒んだ彼女は、冒険者になった。
台風娘テレサ
今日はいずこで吹くのやら…
※ ※ ※
「まずは…肉の塊を、包丁で、叩く叩く叩く!!!」
まな板の上に乗せられた動物の肉を、言葉通り両手に持った包丁で叩くテレサ。
隣りには彼女の母親モリガンが、腕を組んで見守っていた。
ここは2人の屋敷、その調理場。
「次に、玉ねぎをみじん切りにして…肉に混ぜて…パンくずや、牛の乳も入れて………こねこねこねこね!!」
モリガンは娘の姿を微笑まし気に見つめていた。
「最後にこれを、骨の周りに丸くくっつけて、回しながら火であぶる。じりじり…」
やがて肉からは香ばしい香りが漂って来て、肉は褐色に変わって行く。そして…
「出来たーーーーーー!!」
テレサは短く尖った耳をピコピコと上下させて、骨の周りに肉の着いた料理を振りかざした。
「てれさ…よろこぶのはまだです。」
モリガンはテレサに、肉を皿の上に置く様に促す。
珍しく神妙な表情になり、皿の上に置いた肉を、モリガン母さんに渡す。
モリガンはその端をナイフとフォークで切り取り、口に入れ、咀嚼する………そして…
ナイフとフォークをテーブルに置いたモリガンは、にっこりと微笑んで、
「………ごうかくです。ただし、これからもかずをこなしなさい。」
今、母から彼女に伝えられた料理は、娘へと受け継がれた。
「やっっっったーーーーーーーー!!」
またもや両耳をピコピコ動かして喜ぶテレサ。
「でも、こうやって作ってたのかー、お母さんの肉料理は…」
細かく切れば…つまりミンチにすれば、どこに生息しているどんな動物の肉からでも作れる。
そしてやっぱり、あんな形に肉が着いている動物なんて存在しない。
「てれさ…これをみなさい。」
モリガンが目の前の肉を大きく切り取ると、褐色の焼いた肉の真ん中付近が、まだ白いままであった。
「ひのとおりがあまいわね。ひょうめんをこがさず、なかまでひをとおすぎりぎりのかげんをおぼえなさい。」
「あうーーーー…冒険から帰って来てからがんばりまーーーーす!!」
ほんの少しだけ落ち込んだが、肉を『アイテムストレージ』に収納し、テレサは調理場を飛び出して行った。
「ああっ…てれさ、どこへいくのかいっておきなさい………!!」
だがテレサは、ピューというつむじ風を残して、既にどこかへ行った後だった。
モリガンはため息をついて、
「まったく…あのとっぴょうしもないこうどうりょくは、だれににたのかしらねぇ…」
…間違いなく、あんたとその旦那だと思う。
※ ※ ※
街から離れた、とある山合の村…
その村はずれの家から、
「先生、さようならー」「さよーならー」
数人の子供が駆けだし、各々の家へ帰って行った。
それと入れ違いに、ハンドメイドの『ツァウベラッド』に跨ったテレサが、村に入って来て、その家の前で、停まった。
入り口のドアには、”Mana Charge”と書かれた、小さな看板がかかっていた。
「こんにちはーーーーーーー!!!」
ともすれば村中に聞こえそうな大きな声で、テレサは呼ばわった。
「はいはい…ちょっと待ってね…」
奥から出て来たのは、ローブを纏った、父親と同じくらいの年齢の、女性。
ただし、杖をついて、片足をひきずっている…
その家は、入り口付近が比較的広い部屋となっており、子供が座ったら丁度良い大きさになりそうな、小さな机がいくつか並んでいた。
「おばさーーん、チャージおねがいしまーーーーーす!!」
テレサは剣も、魔法も使える。従って『ツァウベラッド』も自身の魔力供給で走らせる事が出来る。
だが彼女は、何故か、辺境の村へ行くと、コンデンサへのチャージを、現地の人にしてもらっていた。
仲間たちは『何故?』と問うが、その度にテレサは、にぱぁっ、と微笑むだけだった。
そんなテレサを見て、魔法使いのおばさんは、
「あらあら…元気な冒険者さんね。」
その天真爛漫な笑顔でテレサは、いつも初対面の人間の懐に容易く入るのだった。
※ ※ ※
「私もね…昔は冒険者だったのよ…」
魔法使いのおばさんは、『ツァウベラッド』の隣りに置いた小さな腰掛に座って、コンデンサに魔力をチャージしながら言った。
「今から25年ほど前かしら…ゴブリンへの一斉蜂起の大規模作戦があって、私は、その撤退戦に参戦したの…
本当にひどい戦いだったわ…仲間たちが大勢死んだ。私も…治癒魔法でも治せない傷を負って、冒険者をあきらめざるを得なかったの…」
テレサはその話を、隣で人懐っこい笑顔で聞いていた。
「そりゃもう絶望したわ。あの頃は…でもね、同じ日に起きた、『境の村の奇跡』。あれが私にとって救いとなったの。」
その奇跡を行った英雄の娘が目の前にいるなどとは露知らず、魔法使いのおばさんは話を続けた。
「馬車よりも早く走る魔道具はきっと普及すると思ったわ。
だから………私は冒険者を除隊出来たの。
故郷の村へ帰って、
畑を耕して子供たちに読み書きを教え、
行商人や旅の人の魔道車両に魔力をチャージして、
それで食べて行けて、ようやく、こういう生活もいいかなって、思える様になって…
そしたら、幼馴染の男性が、『一生、お前の足になってやる』って言ってくれたの。
母親になるのにも、何とか間に合ったわ…」
25年前の大規模作戦で出た、多くの魔法使い、ヒーラーの冒険者除隊者。
その受け皿を、『ツァウベラッド』は作ったのだ。
「でも………」
テレサは家の横の狭い畑を見た。そこには明らかに動物に荒らされた跡と、それを片付けている父子がいた。
「…この辺の畑は、多かれ少なかれ、こういう目にあってるわ…イノシシとかが出るのよ。
冒険者さんたちはゴブリンやオークの方が報酬が高いから、野生動物狩りはなかなか引き受けてくれないからねぇ…
しょうがないのよ。あの人たちにだって生活があるんだし、私だって現役の頃は、『ゴブリン3匹』クエストにはお世話になってたから…」
人型モンスターの討伐クエストには、商人や政治家が、稼いだお金を社会に還元するため、スポンサーになっている。そのため報酬がやや高いのだ。
「そー言えば、お父さんや兄ちゃんの工房も、あれのスポンサーになってたっけ…」
知恵のある人型モンスターに比べると、文字通り獣の動物系モンスターは、どうしても後回しになる。
加えて動物すらモンスターになるこの世界では狩人が成立しにくい。
彼女の兄にとって、忘れられない思い出の場所となった猟師小屋の前の主は、モンスターの犠牲になった。
「………はい、終わったわ。」
それからテレサはおばさんに礼金を払う。
「ありがとうね…」
だが次の瞬間、テレサの両目が大きく見開かれ、
目の前の荒れた畑と、今朝、調理場で作って来た、中まで火を通せなかった肉料理が、
かちゃりと音を立ててはまる。
「ひっっっらめいたーーーーーーーーー!!!」
テレサはそう叫び、喜色満面で両耳をピコピコさせると、
「おばさん、見ててねーーーーー!!」
と叫び、『ツァウベラッド』に跨ると、来た山道を降りて行った。
ピューーー、というつむじ風を残して…
一人残され、あっけにとられた顔の魔法使いのおばさんは…
「………あの娘…お父さんとお兄さんが…何ですって………!?」
※ ※ ※
翌日、フィリップ邸の調理場…
「てれさ…たびにでたとおもおったら、いきなりかえってきて、こうぼうにこもって…どうしたの!?」
あきれ顔のモリガンが訊ねた。2人の前には、既に形成する直前まで仕上げた挽き肉。
「これを…こうやって…」
挽き肉を少しだけ手に取って、丸く平たく形成する。
「こう、じゅーーーーーっ、と…」
フライパンに乗せて片面を焼く。そして裏返うとして…
「ん!?あれ!?」
熱した側が焦げ、フライパンからはがれない。無理にはがそうとして、焦げた部分がこびりついたまま、形が崩れてしまった。
「それ、あとでちゃんとたべなさい。ここは…こうやるんです。」
モリガンが隣に立ち、フライパンに獣の脂を塗った上で、平たくした挽き肉の片面を焼く。
「代わるねー。」そう言ってモリガンの立っていた位置に立ち、平たい挽き肉を裏返す。そして…
「これなら焼き加減をコントロールしやすいよーーー!!」
焼きあがった平たい挽き肉を皿に盛り、予め作っておいたソースをかける。
「出来たーーーーーーーーー!!!」
何があっても両耳をピコピコさせるテレサ。
モリガンがフォークで刺してナイフで端を切り、口に運ぶ。もぐもぐ…そして、
「あなたは、あたらしいりょうりをつくったのね。」
「やっっったーーーーーーーー!!!」
母娘そろってにっこりと微笑み、耳をピコピコさせた。
「それに…あなたのつくったこのどうぐ、とってもべんりね…」
料理場の一角に固定されている、テレサが昨夜作った機械。上から肉の塊を入れて、横に着いたハンドルを回すと、中の刃が回転して、挽き肉が出て来る、ミンチ製造機だ。
「でも、あなたはぼうけんしゃでしょう!?おそとにまで、ないふとふぉーくをもっていくきなの!?」
「あーー、それだったらーー…」
モリガンの言葉にテレサは、丸いパンを横に切り、そこにさっきの焼いた平たい肉を挟む。
「これなら手づかみで食べれるよーーーー!!」
「ほんとにあなたはもう、つぎからつぎへと…」
「ほめられたーーーーー!!!」
耳をピコピコさせるテレサに、「じようのため、やさいもきってはさみなさい」と言うモリガン。
テレサは自分で作った料理を両手でつかみ、口を大きく開け…
「あーーーーーーーーん…」
※ ※ ※
「がぶっ!!」
数日後、行きずりのパーティーで、フィールドでの狩りの休憩時間、
テレサはあれから改良を重ねたあの料理にかぶりついた。
「もしゃもしゃ…」
美味しそうに頬張り、両耳をピコピコさせるテレサに、パーティーの女性メンバーが、
「おいしそうね、それ…」
「ギルドに帰ったら、教えてあげるよーーーー!!」
母さんの骨付き肉は秘伝だが、自分で作った料理なら問題無い。
※ ※ ※
同日、夕方、冒険者ギルド、『酒場』の調理場…
「ここを、こうやって…」
フライパンでジュージューやるテレサ。
「スカーおじさまも、どんどん味見してねーーー!!!」
「おじさまじゃねぇ!!」
そう叫びながら、何枚もの平たい焼いた肉をフォークで串刺しにして、かぶり付くスカーであった。
「美味そうだな、それ…」
「私達にも教えてくれない!?」
ギルドの調理担当が、声をかけて来た。
※ ※ ※
1か月後…
街のとあるレストランの表に、『新メニュー、「共和国風ステーキ」入荷』と書かれた貼り紙が貼られた。
※ ※ ※
さらに半月後、冒険者ギルド…
増加した肉の消費量に対応するため、各種動物系モンスター討伐クエストに、食肉ギルドからボーナスが着いた。
※ ※ ※
1ヵ月後、街から離れた山合の村…
「おばさん、ありがとう。」「ありがとーー!!」
村はずれの魔法使いのおばさんにマナチャージしてもらった冒険者パーティーが、礼金の銀貨を払って帰って行った。
「最近、畑の獣被害、減ったなぁ…」
「最近、街で新しい料理が流行ったとかで、冒険者たちがわざわざここまで動物系を狩りに来てくれるのよ…」
魔法使いのおばさんは、夫のつぶやきに、そう答えた。
さっきの冒険者は、自分で食べるための肉を狩るために来たそうだ。
「でさ…収穫が安定するんだから…なあ…」
夫が妻の手元の銀貨に手を伸ばそうとする。が…
「これは私が稼いだお金です。だから家に入れます。」
と言って、魔法使いのおばさんは夫の手をぴしゃりと叩く。
「いてぇ~~~…」
しょげ返る夫に、おばさんは、村の酒場でエール1杯が飲めるだけの銅貨を手渡し、
「噂の肉料理を考えてくれた、誰かさんに感謝しながら飲みなさい。」
※ ※ ※
さて…その誰かさんは、今…
パシャッ!!
街も、おばさんが住む村も見渡せる高い山のてっぺんで、
眼下の景色を『カメラ』でスクリーンショットにおさめると、
それを『アイテムストレージ』にしまい…
「あーーーーん…がぶっ!!」
テレサはパンに挟んだ『共和国風ステーキ』にかぶりついた。
台風娘テレサ。
今日はいずこで吹くのやら。
明日はいずこで吹くのやら…
※ ※ ※
モリガン:「てれさがつくった『みんちせいぞうき』のせっけいずです。
まちじゅうのれすとらんや、おくさまがたから、
ちゅうもんをとってきました。
あなたのこうぼうで、つくってあげてね。」
フィリップ:「いいけど…これで将来、スティーブのカメラ工房と合併したら、
うちはますます、何屋だか分からなくなるな…」




