推理
風竜の国編続きです。第一話はこちらから!
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サカモトが来てから二日目の昼だった。
今日はアリサは時計の修理をして過ごしていた。サカモトは疲れたと言って昨日ははやくから部屋にこもってしまっていた。きっと旅の疲れで寝ていたのだろう。
(これでどうだろう?)
アリサは懐中時計のねじを巻いて動作確認をする。コチ…コチ…と中から小気味よい音が響くのを聞いて、アリサはほっと嘆息した。この機械は、今まで見た中でも部品といい、装飾といい、恐ろしく細かくて美しい。火竜の国の技術を目の当たりにしてアリサはため息をついた。
あのお騒がせの学者は起きているだろうか。アリサは昨日の一日を思い出して笑顔になった。最初こそ変な人だと思ったが、サカモトは意外と面白い人物だとアリサは感じていた。
(そうだ、聞きたいこともあるし、何か飲み物も飲みたいし。)
思えば朝ご飯を取りに行ったぐらいで、昨日から工房にこもりきりだった。カイとサカモトは大丈夫だろうか?アリサはリビングに向かった。
アリサがリビングに降りると、カイとサカモトの話し声がした。
――なるほど。君たちの……
――悪かったと……
何やら話し込んでいる。あの二人がそこまで気が合うとは少し意外だった。カイなんて最初はあんなに警戒してたのに。昨日一日仲良く話してはいたが、あの風竜はどこか緊張していた。
「やあアリサ君」
足音を聞きつけたのだろう。サカモトが笑顔でアリサを呼んだ。
「随分籠っていたね。ご飯もまだ食べていないんじゃないか?何か作ろうか?」
「いや、君は客なんだから少しは大人しくしててくれよ。アリサ、とりあえず飲み物だろ?持ってくるよ」
カイはそう言ってすぐに台所に向かってしまった。そんなカイをサカモトは面白そうに眺めている。
「ここの竜は随分優しいんだね。人の為に飲み物を用意する竜なんて見たことないよ」
「火竜の国は違うんです?」
「どこの国だってそうさ!君らには想像もつかんだろうがね」
サカモトは笑って言った。
「こんなにも穏やかな国は初めてだな!水竜の国は穏やかっていうか活気があるって感じだし」
「へええ……。今までいろいろな国を?」
「この国に来るまでに少しだけ。水竜の国と地竜の国を。君は私の国にも興味があるんじゃないか?」
アリサは思わず顔がほころんだ。
「ええ、ええ!今まで懐中時計を見ていましたが、それはもう素晴らしいものでした!そうだ!直しちゃったしお渡ししますね」
「もう直したのかい!?」
驚くサカモトの横から飲み物を持ってきたカイが自慢げに答える。
「そーさ!なんせアリサは技師としては超一流だもんね!……ほらアリサ、とりあえずお茶飲んでからな!」
カイの身内贔屓は相変わらずだ。アリサは笑った。
アリサが懐中時計を返すと、サカモトはさっそく動作確認をしている。やがてサカモトは時計から目を離すと、アリサに向き合った。
「さすがアリサ君、見事だね。ありがとう、困ってたんだ」
笑顔で礼を言うサカモトを見て、アリサは複雑な気持ちになった。自分の勘違いでなければ、この人が困ることなどありえない。
「サカモトさん、私に何か言いたいことはないですか?」
アリサが神妙な面持ちで尋ねると、サカモトは一拍置いて、返した。
「何のことだい?」
「サカモトさん、あれ、自分で壊したでしょ」
サカモトは黙ったままだ。静かに、手元の懐中時計をいじっている。鎖が部屋の照明を反射して鈍く光った。アリサは続けた。
「直している間中、感じていたんです。何か、誘導されているような、変な感覚。ぱっと見たときはただ落として壊れただけのように見えたけど、あれはそうじゃない。サカモトさんが、火竜の国から工具でも持ってきて壊した。違いますか?」
それまで静かに聞いていたサカモトは、今度は大声で笑いだした。
「あっはっは!ごめんごめん。……そうか、ばれちゃったか」
言葉とは裏腹にサカモトは、とても晴れやかに笑う。
「アリサ君は、本当に技師としては私以上だね。ごめん、試すようなことをして」
「なんでこんなことを?」
「質問に質問を返すようで悪いけど、私も一つ質問をしてもいいかな?アリサ君。一応、これが答えになるはずだ」
「え、ええ、何でもどうぞ?」
すると、サカモトは真剣な顔でアリサに向き合った。
「昨日から気になっていたんだが、あのモービル、どういった意図で改造しているんだい?」
「どういった意図って、どういう意味です?」
突拍子もない質問に、アリサは戸惑った。全く関係が読めない。首をひねるアリサに、サカモトも質問が悪いと首を振った。どういったもんかと悩ましそうにしていたが、やがて続けて言った。
「いや、ああ、そうだな、もう本題から言ってしまおう。私はね、アリサ君。君があのモービルを全自動で動かしたかったんじゃないかと推論し、ほぼ確信しているのだが、私の推理は間違えているかい?」
サカモトの言葉にアリサは目を丸くした。機械に造詣のある人物なのだろうとは思ってはいたが……。サカモトは微笑んで続けた。
「ディスプレイを見て、そう感じたんだ。君は風車を普段から見ているから、風の力を使うことを思いついたんだろう。ただ、飛んでいる間にその力を使うのは風車と違ってかなり難しい。それには風向き、風量を測定する物が必要だ。あのディスプレイはそのための物だね?ただ、それ以降はどうやらうまくいっていないようだ」
アリサは舌を巻いた。そんなところまで見抜かれるとは思わなかった。あれはアリサが一から作った物だ。技師であるアリサの父ですら、あれを見て何かは分かりはすまい。
「お見通しでしたか。そうです。私はあのモービルの全自動化を目指しています」
「へええ。さっすが学者先生。モービル見るだけでそんなことまでわかるのか」
カイも珍しく感心したようだ。その言葉に、サカモトはとてもうれしそうに笑う。
「もちろんそれだけじゃない。まさかとは思ったが、確信したのは工房を見た時だ。おじいさんの設計図があっただろう。あれには驚いた!君の家はおじいさんの代から、そんなことを考えていたなんてね!いやぁ、あの時は嬉しかったな!」
「嬉しかった……ですか?」
「とってもね!……これは他言無用なんだけどね、今火竜の国は国王主導でそういった研究をしている。動力、と私たち研究者は呼んでいるんだがね」
カイが驚くのを尻目に、アリサは却って合点がいった。驚きはするが、なんとなくわかっていたことだ。
「そりゃまた、驚いたね。しかし、なんでその学者先生がこんなとこにいんのさ?」
カイがもっともな疑問を投げかけると、サカモトは少し言葉に詰まった。
「まあ、そうだね、言ったほうがいいだろう。その動力の研究だが、この研究を進めると困る一団も、火竜の国にはいるんだよ。それも結構な勢力で」
「え?でも、国王主導なんでしょ?」
「国ってのは一枚板とは限らないのさ。おかげで技師の募集が難しくてね。私は、書簡を届けるついでに研究に賛同してくれる技師を探していたんだ」
そういってサカモトはちらりとアリサを見た。心臓が跳ね上がる。
「アリサ君。私達の研究に興味がないか?私が目指していることと、アリサ君の目的は合致するんじゃないかと思ってね。君を技師として、私の国に迎えたいと思うんだが、どうだろう?」
アリサは目を輝かせた。火竜の国の学者からの直々の推薦だ。しかも、先程のサカモトの話によれば、国王直属の研究施設と言うことになる。驚くアリサの横でカイはとても不満そうだ。
「でも反対する人がいるんでしょ?火竜の国でも、妨害されたり、やな目にも合うかもしれないんでしょ?アリサにそんなことさせられないよ」
「私に関してはね。あちらに顔が知れているから。国王の働きで国内では問題は起きないが、帰郷中はほぼ間違いなく妨害に合う。しかし、アリサ君は大丈夫だろう。連中も外から来た技師一人一人を疑うほど暇じゃない。ただ、帰郷中に私への妨害に巻き込まれる可能性はあると思う。国王が後ろ楯だから、そうそう酷いことにはならないだろうが……保証はできない。ただ、これでも火竜の国直属の研究グループだ。アリサ君がそこに入れる機会はそうそうないと思う」
つまり、選択の問題だ。サカモトは口をつぐんだ。アリサに考える時間を作ろうというのだろう。カイは
少し不満げに、でも黙ってアリサの言葉を待っている。
――行きたい。
火竜の国の最新技術を拝めるというのだ。さっき見た懐中時計を思い出す。動力の研究と言ったから、きっとさっき分解したあの時計は、サカモト達の研究の成果だろう。だから、国王はサカモトにあの時計を預けたんだろうと、アリサは察した。そして、この技術を見極めてもらう為に、サカモトはあの懐中時計を壊したのだろう。それも十分に気を使って。
随分と手の込んだことをしたものだと、アリサは心中で笑った。きっと、本当に技師が集まらなくて困っているのだ。サカモトはああも簡単そうに言っているが、実際はもっと危険な旅になるかもしれない。
それでも、とアリサは思う。口にこそ出したことはないが、アリサの個人での研究は、限界を迎えていた。祖父がいれば、と何度唇をかんだかしれない。父も技師ではあるが、こういった発明には疎く、アリサに任せるよと気楽に言って、逃げてしまう。
祖父の夢を終わらせたくはなかった。
あの胸の高鳴りを忘れられない。モービルが自動で動かせるようになったら、どんなに便利だろう。今はもう体力がなくなったご老人も、乗れるようになるかもしれない。祖父の研究は、そういった便利に直結している。
共に研究する仲間が欲しかった。自分一人でこの夢を、終わらせたくなかった。このまま一人で続けていては、きっとこの研究は完成しないだろうと、アリサは内心理解していた。
だから、アリサ個人の思いとしては、多少の危険があったとしても、この提案を断るという選択は存在しない。
しかし、昨日のサカモトの言葉が脳裏によぎる。
『あんなに風車があるのに技師が二人きり?災害は起きないのかい?』
同時にこの町に住む、父や、市場の気のいい商人、果物をくれたおばさんの事が頭に浮かぶ。
「話はわかりました、サカモトさん。私ももちろん動力開発に興味があります。しかし……お断りします。この国は、技師が二人しかいないのです。もし何かあったときに、私の父だけでは……」
「その心配はないよ」
サカモトは断言した。意を決した言葉の出鼻を挫かれ、アリサは少し硬直した。サカモトの言葉の意図がつかめず、アリサは怒った。
「そりゃサカモトさんは心配ないでしょうけど……。お伽話も話したでしょう?一応この国にも災害が……」
「だから、災害はあり得ないんだ」
再度、サカモトは断言する。流石に異様なものを感じたアリサは、言葉を引っ込めた。
「……どういうことです?」
「僕らが、起こさないからさ」
意外な所からの発言に、アリサは驚いてカイを見る。カイはうつむいたままだ。
「この村には絶対に、災害は起きないんだよ。彼ら風竜がいる限り」
「サカモトさん何を言ってるんです?」
意味がわからず、アリサは最初サカモトの頭がおかしくなったのかと思った。しかし、隣のカイの様子がおかしい。こういうことを言ったら真っ先に笑い飛ばすのがカイだったのに。
「さっきのお伽話さ。つまりね、風竜は明らかにはしていないけど、気候を操る力があるんだよ」
「風竜は風を操れると謡われてこそいますけど……」
「それの発展形だよ。おそらく風で雲を動かせるんだろう。だから君のところの国は風竜を讃えるお祭りが収穫祭と一緒だし、ここはもう何年もひどい嵐が起きない。そんな力があるから、昔話の風竜は『自分を早く呼んでおけば』なんて言ったのさ」
「それこそ眉唾物ですよ!誰も信じちゃいないお伽噺です!」
サカモトの話にアリサは今度こそ笑いそうになった。カイの様子を見るまでは。
「ごめん」
本当に申し訳なさそうに、カイがアリサにそう言ったとき、アリサは何も返せなかった。
「なんで、風竜は風を操れないと思っていたんだい?」
「それは、この国の誰も風を操る姿を見たことがなかったのと……風竜達もそんな力はないと言っていたので……」
「風竜誰しもって事だね?」
サカモトは真剣な顔で尋ねた。アリサが肯定の返事をすると、成る程と言いながら手元の懐中時計を弄り出してしまった。カイは申し訳なさそうにアリサと目を合わせそうとしない。
「一般的にはだがね」
サカモトが唐突に話し出した。
「竜というのは、ただの生き物とは一線を画する存在だ。とんでもない力を持っている。この大陸ではそれを竜の神秘と呼んでいる」
「竜の神秘……ですか?」
アリサも知っている話だ。この大陸には様々な竜がいて、それぞれが様々な力を持っていると言われている。
「そうだ。君も知っているように、火竜は熱量をもち、更に金属を精製できる。水竜は過去未來問わず、すべてを見通す力を持っていると言われている。他国に置いて、竜の神秘は決して眉唾物ではない」
アリサは思わず無言になった。 勿論、知ってはいる。知識としては。何せ、金属を精製出来る火竜がいるからこそ、火竜の国は技術の国なのだ。
しかし、アリサは風竜は本当にただ飛ぶことが出来る友人だと思っていたのだ。それがこの国のスタンダードだ。それがいきなり、風竜が国を守ってくれていると言われても、正直信用できない話に聞こえたし、風竜達がそんなことを隠す理由も分からない。正直、カイが一緒でなければアリサはサカモトを笑い飛ばしていただろう。ただ、カイの様子がサカモトの話を正しいと言っているようで、それがアリサを混乱させた。
「まあ、無理もない。丁度、風神様にそのことを聞こうと思っていたんだ。アリサ君、君も一緒に来ないか?」
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