出会い
こちらは続き物になります。第一話は以下から!
https://ncode.syosetu.com/n8938fa/1/
いつも通りの朝だった。
窓から照らされる朝日に、アリサは起こされた。
机の上にある昨日の研究の成果によだれが垂れてしまっていて、アリサは少し顔をしかめた。机の上にあるコルクボードに乱暴に図面を貼り付ける。
どうやら昨日は作業したまま眠ってしまったらしい。
椅子から立ち上がろうとすると、昨日アリサがいじっていたモービルにぶつかった。作業のために外されたプロペラが朝日を浴びて輝いている。亡き祖父の発明品を前にして、アリサは思わずため息をついた。
美しい乗り物だ。アリサは慎重に立ち上がると、今ではこの国の皆が持っているモービルの羽を愛おしそうに撫でた。
祖父の発明品は、昔アリサが思っていた以上に偉大だった。
風竜から頂く世界一軽い素材、竜骨を使って作るこの乗り物は、空を縦横無人に飛び回ることができる。あまり多くはないこの国の特産品の一つであり、技師である祖父の仕事の成果であり、親愛なる竜達からのかけがえのない贈り物だ。今ではこの国の移動手段の要になっている。祖父が床に転がしていたトロフィーの重みが、今のアリサにははっきりわかる。
幼少期から祖父の工房に入り浸り、彼が改良するのを横で見ていたアリサは、今では自分がモービルの研究をするようになっていた。もっと軽く、速く、そしてゆくゆくは……アリサの探求は尽きなかった。
工房から外に出ると、アリサは大きく伸びをした。朝の心地の良い風が吹く。いい天気だ。丘の上では風車が回り、眼下の湖は朝日に照らされ輝いている。湖岸の市場には、もう水竜の国からの商船が到着していた。きっと今頃朝市が開かれていることだろう。
彼女が家から出てきたことに気づき、一匹の竜が近づいてきた。体長は2m程。この国の象徴でもある、風竜である。
「やあアリサおはよう、市場に向かうのかい?」
「そうよ、カイも一緒に来る?」
アリサの言葉に、カイはぱっと笑顔を浮かべた。カイはアリサの昔からの友達だ。
「やった! 実は今日、市場で見たことない果物を見つけたんだよ! 一緒に食べよう! モービル出しておいでよ!」
アリサが工房からモービルを引っ張り出してくると、カイは興味深げにそれを見つめた。
「また改造してたの?」
まあねとアリサは相槌を打った。実はアリサのモービルは、この国の皆が持つものからだいぶ改造されている。
「今度はそんなに手は加えていないよ。ディスプレイ周りをいじっただけ。これを見ると風向きと風量が分かるようになってるんだよ。これが観測器で……」
アリサはカイに自慢げに説明するが、カイにはさっぱり分からない。釈然としない顔でアリサご自慢の発明品を見ている。
「なんでそれがいるのさ? 今までだって飛べてたじゃんか。それに、なんか金属部分が増えてない? 竜骨ならともかく、金属なんてネジ周りだけにしときなよ。あんまり使うと重くなって落ちちゃうよ」
「あはは。失礼な! そのぐらい考えてるよ。でも、もしも本当に落ちそうになったら、カイが助けてくれるでしょ? 信じてるからね!」
「そんな無責任な……」
アリサが冗談めかして言うとカイは渋い顔でぼやいた。本当に心配してくれているのだ。その表情こそが、むしろアリサを大胆にさせている。
「まあいいや。とりあえず市場に行こうぜ! モービル乗るの楽しみにしてたんだろ!」
市場は国の中央の湖のほとりにある。市場の隣にある湖には水竜の国からの大型船が停泊しており、あらゆる物資がここに集まる。
アリサは自分の仕事道具を見に来ていた。隣にあのにぎやかな風竜はいない。いつも通り果物の下見に行っているのだろう。この二人の市場でのお決まりの流れだった。
「あれ?このパーツ珍しいね?どうしたの?」
アリサは朝仕入れの商品を眺めると、驚いた声を上げた。初めて見る商品がある。
「ああ、それか!さすがアリサちゃん、お目が高い!実は新商品なんだ!最近火竜の国の新商品が増えてきていてね」
すっかりなじみの商人が、誇らしげに言う。
「どうやら新王様がね、技術開発に興味があるらしくって!こちらとしては有りがたいもんだよ!」
商人の言葉にアリサも嬉しそうに合わせた。
「本当に!次は何を開発してるんだろ!前はぜんまい式時計だし。ねえ、まだ仕入できないの?」
「アリサちゃん、それは無理ってもんよ!そいつを買うにはうちの店全部売っ払っても足りねえなぁ」
「ああ、本当にいつか見てみたいわ……。火竜の国にも、いつか行けたらいいのに……」
商人の言葉に、アリサはため息とともにまだ見ぬ技術に思いをはせた。
火竜の国は技師の聖地だ。火竜の神秘により人が金属を加工、精製できるただ一つの場所だ。その神秘とそこに集まる研究者は多くの物を発明し、世界中の人々を豊かにしてきた。世界の九割の技術があの国が由来だと言われている。技師ならば憧れないものはいないであろう。そして、それは勿論アリサにとっても同じ事だった。
「そうそう、火竜の国と言えばね……」
商人が話を続けようとした時、空からカイの声がした。
――ブォオオオン
風が巻き上がり、衝撃で屋台が揺れる。すごいスピードで風竜が突っ込んできたのだ。
「ど、どうしたのカイ。」
「アリサ!変なのがいるんだ!僕、その。どうしようかと思って……取り敢えず来てよ!」
「あれ!あれっ!」
カイに連れられてきたのは、朝アリサがモービルを停めた場所だった。
「……なにあいつ?」
一人の男がアリサのモービルの隣に立っていた。いや、立っているというのは正確ではない。それはもう丹念にアリサのモービルを覗き込んでいる。
見ない男だ。この国ではあまりいない黒髪に少しくたびれたジャケットを羽織っている。旅人だろう。風竜の国は小さな国なので、外から来た人はすぐに分かる。
あんまり挙動が不審なためか何事かと思った風竜が男の周りに集まっているのだが、男はモービルに夢中のようだ。
「へぇえ。……なるほどなぁ」
独り言すら言っている。
「ねぇ、あれ。どうする?」
カイが心配そうにアリサの顔色を伺う。
「どうするって言われてもねえ……私のモービルなわけだし」
アリサは困った顔をしたが、放置するわけにもいかない。何せアリサ自慢のモービルだ。壊されでもしたら困る。アリサは意を決した。
「ちょっと?」
「おっと失礼。少し変わったバイクだったもんだから、見入ってしまって。」
そう言う男は思ったよりも若かった。丸眼鏡で年齢が分かりづらいが、30代ぐらいだろうか?男は癖のある髪の毛を乱雑にかくと、男は丁寧に非礼を詫びた。
「にしても素晴らしいね、このモービル。君のものかい?改造は誰に?」
男はとてもうれしそうにモービルを眺めている。興奮しているのであろうその様子にアリサも少しうれしくなった。
「そうですよ。改造も私がやっています」
「本当かい?素晴らしい改造だ。君は技師かな?いい腕だ!」
意外な対応と、その言葉にアリサはかなり気分を良くした。発明品の良さが分かられることが少なく、いつもカイに首をひねられてばかりのアリサだった。通りすがりの旅人とはいえ、久々に褒められたのだ。無理もない事だろう。
「ありがとうございます!」
そうアリサが返事をする間にも、また男はモービルに吸い込まれそうだ。アリサは苦笑いをしつつも続けた。
「あの。旅人さんと見受けましたが?」
「ああ、失礼しました。私はサカモト。火竜の国から来た学者です。よろしく。」
「初めまして。私はアリサ、技師です。こちらは風竜のカイ。サカモトさん、風竜の国にようこそ」
「これまた大きな家だね」
アリサは技師を探していると言うサカモトを自分の家に案内していた。この国の家は初めてなのだろう。興味深そうにあたりを見回していた。
「この国の家は皆大きめなんですよ。風竜が出入りできるように。土地も余ってますしね」
「なるほど。……しかし、良かったのかい?この家に泊まっていいだなんて。そりゃこの家は市場から結構距離があるから、泊めてもらえると私は助かるが」
「まぁ、父もいますし、この町に技師はうちしかいませんから」
そのアリサの言葉にサカモトは驚いたようだ。
「技師がお父様と君の二人だけ?この国にはあんなにも風車があるのに?壊れないのかい?地震……はともかく、嵐は?吹雪いたときは?」
「うーん。近年では風車が壊れるぐらいの嵐は来てないんですよ。昔はまれに起こっていたと聞きますが。不用心だとは思います」
「僕の爺さんの頃はすごかったらしいよ。山の上だからな。吹雪がたまに起こってたって!」
サカモトは怪訝な顔をした。彼は火竜の国の出身だ。火竜の国は火山のすぐそばにある。天災が多い火竜の国出身の彼にはこの平和極まりない生活が想像がつかないのだろう。
工房に案内するとサカモトは楽しそうに周りを物色し始めた。またなにか興味を引くものがあったらしい。嬉しそうに何事か観察している。そんなサカモトを見ながらカイは心配そうにアリサの周りをうろうろしていた。
「ここは元はあの有名なジフリーさんの工房だったのかな?」
サカモトが壁に立てかけてあるコルクボードを見て言った。
「ああ、祖父のことですね、そうです。それは祖父の筆跡です。最期まで、工房にこもりたがる人でした」
コルクボードには、アリサの亡き祖父が書いたモービルの設計図が貼ってある。少し埃の乗ったそれにはもう変わることのない設計図が書いてある。
「人柄が見えるようだ」
そう言って埃を払いながら設計図を見るサカモトに、アリサは少し笑った。本当に、部屋は汚いけど、図だけはきれいに書く人だった。
「で、何の修理ですか?お客さん」
「なんだ。アリサ君がみてくれるのかい?」
「これでもなかなかの技師なんですよ?」
「分かっているさ、あのモービルを見た時から。指名する手間が省けたよ」
冗談めかして笑うサカモトに、アリサも笑った。
「それが、これなんだけど……。おそらく誰も見たことがないんだ。かなりのチャレンジャーじゃないと難しいと思ってね」
そう言ってサカモトが胸ポケットから取り出したのは、鎖のついた丸い何かだった。
「何ですか?これ」
蓋がついているため、一見何かわからない。蓋には火竜の国の紋章である竜と剣の装飾が彫られている。
「聞いたことがあるかもしれないが、懐中時計だ」
「懐中時計!?」
朝、商人と噂をしていたアリサだ。もちろん存在は知っているが……。
「でもまだ希少な品で、王族ぐらいしか持っていないと聞きましたよ!?どうやって手に入れたんです?まさか……」
アリサは焦って口をつぐんだ。サカモトが王族の盗品を扱うような人物だとしたら、これはかなり危険な状況だ。絶句するアリサを横目にカイが慎重に訊ねた。
「どうしてこんなもの持ってんのさ、学者さん」
聞きながらアリサをサカモトからゆっくりと遠ざける。
「ごめんね、驚かせて。風竜のカイ君。この国の風神様にうちの国王から書簡を届けるように頼まれているんだ。その時に一応の身元証明にと、この懐中時計を預かった」
「なるほど……」
「ところが道中で懐中時計を落としてしまって。身元証明が壊れてるんじゃ格好がつかないし、風神様に会う前に直したくてね」
「……なるほど」
カイがずっこけた。
「まあ、王族が強盗になんか入られたらそら大騒ぎだもんな。そんなものアリサに見せるわけもないか。変な疑い持って悪かったよ。でも書簡は見せてもらおうかな?あんたを信用するためにさ」
脱力して言うカイを見てアリサはとりあえず緊張を解いた。こういう時のカイの判断は的確だ。
「ほら、これだよ」
サカモトは荷物の底から書簡を引っ張りだしてカイに投げた。カイは呆れた顔をしてそれを受け取る。
「サカモトさん、あんたがもう少しちゃんとしてたらもっと話は単純だったんだぜ?……確かに。王族の直筆と印鑑だ。君んとこのはんこ文化、面白いよな」
カイが確認をしてサカモトに返した。
「単純さ。君はこうして信じたじゃないか」
満足げに言うサカモトを見てカイはため息をついた。時計壊してるくせに。小さいカイの小言が聞こえてアリサはクスリと笑った。
「まあ……とりあえず、アリサ。懐中時計だって」
カイの言葉にそうそうと言いながらサカモトはアリサに懐中時計を手渡す。
「懐中時計。確かに承りました。少し難しいでしょうが、やってみます。一日時間をください」
「これでもアリサはこの国一番の技師だよ。この子に無理なら多分君んトコの国じゃないと直せないと思う」
「分かった。お願いします、アリサさん。あ、扱いは慎重にお願いします」
サカモトの言葉にアリサとカイは苦笑いした。
初投稿です。評価等頂けたら嬉しいです。