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十九話 閃く

 追無村の空のてっぺんに太陽が昇る頃、カコと侃螺は村の広場に並び立っていた。


「では、行ってきます」


 少し強く吹く風になびいた髪を、手で軽く押さえながら、カコは言う。


 向かいには、艇雲や村の人間たちが居た。

 皆、心配そうな表情で彼女らを見ている。


「ああ。……死なないでくれよ」


 艇雲が村人を代表するようにそう言うと、カコは気負った様子もなく頷いた。


 それから侃螺の方に視線を移し、じっとその背を見たのち、ひょいとそこに乗る。

 途端に、待っていたとばかりに侃螺はふわりと浮き、宙を蹴って駆け出した。


 澄んだ空気の中を、冷たい風が吹き抜けていく。

 煌めく妖怪と黒髪の女子高生は、モモシの居るあの山へと一直線に向かった。


「侃螺さん、昨日逃げる時に何かしてましたよね?」


 道中、ふと思い出したようにカコが言う。

 昨日の敗走の最中、彼女はモモシに何らかの異変があったことを、背中で感じ取っていた。


「易い幻術だ。我ら一族の技能とも言える」


 侃螺は少々誇らしげに答える。

 しかしすぐに、渋々といったふうに付け加えた。


「だがあれは不意打ちだから通じたのだ。あやつのような者には二度は効かぬ」


「あやつのような、とは」


「焼け付くような意志、あるいは強い我のある者だ」


「…………」


 侃螺の回答に、カコはしばし口を噤む。


 意志と我。

 よく似ている両者だが、モモシの場合はさてどちらか。


 カコは昨日の戦闘の一部始終と、その時に聞いたすべてを思い返す。

 既に答えは出ているような気がしたからだ。


 が、彼女がそこに辿り着くより少しばかり早く、ずずん、という地響きが鳴った。


 上空から、侃螺とカコは山を見下ろす。

 そこは既にモモシの縄張りだった。


「! 来たぞ」


 そう侃螺が声を上げると同時に、土が大きく盛り上がり、怪しい光を携えた大百足が姿を現す。

 彼はすぐさま、ずるりと体を伸ばし、上空に居るカコたちを叩き落さんと迫ってきた。


「性懲りも無く、踏み荒らしに来たか!」


 襲い来る牙を、侃螺はすんでのところでかいくぐり、そのまま下降する。

 樹木に紛れつつ着地したのは、ちょうど昨日、戦っていた場所だった。


 カコは視線を巡らせ、辺りを見回す。

 そこにモモシの吐いた毒は残っていなかった。


「地面が綺麗になっていますね」


「言っている場合か愚か者!」


 侃螺が叱責した直後、モモシの尻尾が叩きつけられる。


 これも侃螺は回避するが、間一髪だ。

 カコとは違い空を駆けることができる彼だが、しかしカコとは違い反射神経と瞬発力には長けていない。


 次いでもう一度、強靭な尻尾が迫るが、これはカコが叩き落とす。

 その隙に、侃螺はモモシから少々距離を取った。


「機会は一度だ。逃さぬように」


「わかっています」


 木々の間を動き回りつつ、2人は言葉を交わす。

 既に段取りは決まっていた。


「子孫だからと見逃してやっていたのに、愚劣な人間共め……!」


 怒りの声をまき散らしながら、モモシはカコたちを逃すまいと追跡する。


 その巨体は彼女らよりずっと慣れたふうに山道を駆け、隙を見ては尻尾で岩を投げつけたり、牙で噛み付かんとしたり、昨日に増して容赦が無い。


 ほとんど絶え間なく繰り出される攻撃を、侃螺とカコは互いに互いを補い合いながらいなしていく。

 それと並行して、虎視眈々と反撃に転じる機会を窺う――が。


「クソッ……もういい、今度こそ1人残らず殺してやる!」


 逃げ回るカコたちに焦れたのか、モモシはそう叫ぶとぐるりと方向転換をした。

 向かう先は、山の麓……追無村だ。


 まさかこの状況で村を優先するとは思いもよらなかったカコたちは、一瞬の戸惑いにより出遅れる。

 モモシはその間に、目にも止まらぬ勢いで山を駆け下りて行った。


「いきなり誤算ですね」


「疾く追うぞ、構えておけ」


 侃螺は負けじと踵を返し、力の限り宙を蹴る。

 山の上空まで再び浮上すれば、村へと走るモモシの姿がはっきりとわかった。


「くっ……速い!」


 脇目も振らず追いかける侃螺だったが、恐らく全速力のモモシには敵わない。

 ようやく山を下り切った時には、モモシはもう村の中へと飛び込んでいた。


「うわあああッ!!」


 にわかに民家のひとつから、悲鳴が上がる。

 見ればモモシが家の屋根を食い破っており、中に居たのであろう村人が1人、転がるように逃げ出してきていた。


 カコたちとモモシとの距離よりも、村人とモモシとの距離の方が圧倒的に近い。

 普通に駆け寄っていたのでは間に合わないだろう。


 まばたきひとつ、カコは前置きもなく口を開いた。


「侃螺さん、私を放り投げてください」


「しくじるでないぞ」


 侃螺もまた余計な言葉を一切省き、ぐっと足に力を込めるや、勢いよく宙に飛び上がりながら背中のカコを前方に放り出した。


 彼女が弧を描いて飛ぶ先には、大きく牙を開いたモモシ。

 その頭部に、カコの踵落としが直撃する。


「まずは1人――がッ!?」


 興奮のあまり背後への警戒が薄れていたのか、完全に不意打ちを食らった形で、モモシは苦悶の声を上げた。


「カ、カコさん!」


 襲われかけていた村人の男性は、一拍遅れて何が起こったのかを理解する。

 九死に一生を得たと実感するや表情が緩みかけるが、しかしそれはすぐに不安と心配に曇った。


 が、そんなことは荒井カコには関係無い。

 彼の前に降り立つと、彼女はモモシが居るのとは反対方向を指さした。


「村が危ないようです。あちらの方へ、避けていてください」


「はっ、はい!」


 穏やかでありながら有無を言わさぬ言葉に、村人はまた転げるようにして走り出す。


 カコは彼が逃げていくのを見届けようとするが、その頭上に黒い影が覆い被さった。


「しつこいな、何度も何度も……!」


 ふい、とカコが見上げれば、そこには怒りの形相を表したモモシが首をもたげていた。


 カコは彼に向かって、至極穏やかに微笑む。


「はい。あなたを倒すまで、続けさせてもらいます。つまりこれで最後ですよ」


「死ねッ!」


 言うが早いか、モモシは一直線に突進した。

 何十もの大太鼓を同時に打ち鳴らしたかのような音が辺りに響き、土煙が一気に舞い上がる。


 しかし、えぐれたのは地面だけだった。


 本来の的であったカコはというと、侃螺の背に乗せられ、既にモモシの背後にまで回り込んでいた。


「侃螺さん」


「むやみに挑発するでない愚か者! あれに当たっていたらどうする!」


 息を弾ませて侃螺が叱責すれば、カコはけろりとして答えた。


「あなたが視界に入ったので大丈夫だと思いました」


 信頼とも不遜とも取れるその発言に、ただ侃螺は閉口する。

 これは呆れたからで、決して照れたからなどではないと胸中で言い訳をしながら。


「早く行きましょう。人には離れてもらいましたが、危惧すべきことはまだあります。例えば、あの毒が川に流れてしまうこととか」


「……さては貴様、あの魚料理が気に入ったな」


「はい」


 カコは日の光を受けてきらきらと流れる小川に視線を向ける。

 そこに見える限りの範囲には、魚の影は無い。


 が、定食屋で出されたあの魚が獲れる川と、どこかで流れを共にしていることは、きっと確かだった。


「では、お願いします」


「ふん、言われるまでもない」


 侃螺は空中で大きく旋回し、距離を取りつつモモシの正面へと移動する。


 そしてモモシの目が彼を捉えた瞬間、常は閉ざされたままの彼の目が、ぱちりと開いた。


 姿を見せた金色の瞳が、怪しげな力を纏ってモモシを見る。

 両者の視線が交わるや、モモシの視界に異変が生じた。


 カコと侃螺の姿が消え、金色の花畑が眼前を埋め尽くす。

 全く現実的でないその光景は、昨日モモシが目にしたものと同じであった。


「馬鹿が! こんな柔い幻術が、何度も通用するわけないだろ!」


 モモシはすぐさま、かぶりを振って力任せに幻覚を払った。

 口にした言葉の通り、彼にとっては、そうとわかっていれば破るに易いものだった。


 幻術が失せ、元の景色がモモシの眼前に戻ってくる。

 と、そこには目と鼻の先まで接近する侃螺と、過去帳を構え今にも殴り掛からんとするカコが居た。


 俊敏な反応速度で以て、モモシは即座に尻尾を動かす。

 カコに殴られるより先に、その手に携えられた過去帳を弾き飛ばした。


 過去帳は弧を描いて、明後日の方向へと飛んでいく。

 カコはそれを目で追うこともしなかった。


「ははは! その手も、もう見通した! お前はあれが無ければただの人間だろ、違うか?!」


 もはや怒りも嘲笑も区別できない、興奮した声で、モモシは言う。


「毒に侵されて死ね!」


 がぱりとモモシの牙が左右に開き、丸腰となったカコたちに狙いを定める。

 ここは村の開けた上空、盾になる木々や岩は無い。


 取れる手段は、苦し紛れの回避だけ。

 それもこの場においては、成功する確率は低いだろう。


 カコは下方をちらりと見た。


 近くに先ほどの村人の家はあるが、真下は空き地だ。

 畑や小川からも離れている。


 そのことを確認し、彼女は「どうぞ」と侃螺に囁いた。


 次の瞬間。


 侃螺は力いっぱい宙を蹴り、さらにモモシと距離を詰めた。

 毒液を避けるどころか、正反対の行動だ。


「は……?!」


 自滅がお望みかとすら思えるその選択に、モモシは思わず動揺する。


 と、その一瞬で、カコは侃螺の背から前方へと飛び出した。


「ここですね」


 カコはサッと懐から何かを取り出し、モモシの牙の根元に突き立てる。


 それは、鈍く輝く、一振りの短刀だった。

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