十五話 災いの元で飯を食う
「あの、さっそくで何ですが……お昼ご飯まだやったら、食べて行きませんか? うち定食屋なんです」
と、集まっていた村人のうちの1人、生真面目そうな若い女性が言った。
彼女は眉を下げ、ぎこちなくも笑みを作っている。
察するに晤郎とは違い、得体の知れない客人に対しやや緊張してもいるようだった。
「では、そうしましょうか」
カコは侃螺にそう言い、同意を求める。
有無を言う余地はあったが、侃螺は特に考える素振りも無く「構わぬ」と答えた。
女性の定食屋は集会所から少し離れた、村の西側にあるらしい。
カコたちは彼女の案内の下、てくてく歩いて移動することとなった。
「お2人はご兄妹ですか?」
道中の暇つぶしに、女性が当たり障りの無い質問をする。
「ちが」
「そうです」
馬鹿正直に答えようとする侃螺を遮り、カコが回答した。
ついでに「5歳差です」と新たな設定を生やしつつ。
侃螺は兄妹扱いが気に食わないのか眉間に強く皺を寄せるが、ややあって今回の優先事項を思い出したのか、渋々口を引き結んだ。
「やっぱり! 雰囲気がよう似とると思たんですよ」
「気は確かか貴さ」
結んだ口をすぐほどいて余計なことを言おうとする侃螺に、カコの素早い手刀が突き刺さる。
顎と首の間あたりに直撃したそれは、侃螺をしばらく黙らせておくには十分な威力だった。
「よく言われます。顔自体はあまり似ていないのですが」
「ふふ……。お兄さん、がんこお洒落ですけど、妹さんもファッションに興味あるんですか?」
「いえ、私は特に。この制服で十分です」
「あら、そうなんですか。まあ人それぞれですもんね」
そんな具合で、話をしながら歩き続けることしばらく。
3人は一軒家のような風体の店に到着した。
定食屋は女性のほかに女性の母が働いており、店番のために集会所には来なかった彼女も、カコたちを多いに歓迎した。
「こんなとこに、はるばる来てくれて嬉しいわあ。学校はまだ冬休み?」
「学生か……懐かしいわ。おめさん、学生時代はあっちゅう間やさかい、満喫しまっし」
「ところで兄ちゃん、その髪どうやって染めとるんけ?」
「がんこ綺麗な着物やねえ。着物に興味あるなら、呉服店案内しよけ?」
先に居た何人かの常連客も一緒になって、カコたちにあれこれと気さくに話しかける。
侃螺は終始不愛想に「そうか」だとか「要らぬ」だとか面白味の無い返答をし、カコは上手い具合に相槌を打ちつつ無難に会話のキャッチボールをしていった。
そうしてしばらく時間が経ち。
いまだ冷めやらぬ客たちの賑やかさの中、若い女性が厨房の方から出てきて、カコたちのテーブルに2人分の料理を置いた。
「ゴリのから揚げ定食、おまちどおさま!」
む、と侃螺は訝しげに眉を寄せる。
彼に何かを注文をした記憶は無かったからだ。
なのに何故……と反応しあぐねる侃螺だったが、ふと目の前に座るカコを見る。
笑顔で女性に会釈をしていた。
「貴様」
「どうせよくわからない意地で『要らぬ』とか言うでしょう」
なるほど勝手に注文したらしい。
しかしながら侃螺は、反論を諦めた。
食事を辞するつもりだったのを見透かされたからだ。
理由は、見知らぬ一般の人間たちと仲良さげにする――彼にとっては同じ場所での食事がそれにあたるらしい――のがほんのり嫌、というもの。
まあ、激烈な拒絶ではないという点も含め「よくわからない意地」と言って差し支えないだろう。
「いただきます」
荒井カコは手を合わせ、割り箸をパチリと割る。
作りたての唐揚げは衣越しにさえ白い湯気を立てており、相当熱いであろうことは容易に予想できた。
だがカコは構わず、これをひょいと食べる。
口内の熱を感知する機能を忘れてきたのだろうか。
彼女は平気な顔でよくよく咀嚼し、呑み込むと、若い女性とその母にニコリと笑いかけた。
「美味しいですね。新鮮です」
侃螺はしばらくカコのことをじとりと見つめていたが、やがて観念したように箸を手に取り、ほどよく熱気の落ち着いた唐揚げを口に入れた。
「悪くない」
およそ「美味」の意である。
「ふふ、あんやと! うちには腕の良い漁師がおるでね」
女性の母は嬉しそうに目元に皺を寄せてそう言い、厨房の方へと視線を向けた。
カコたちがつられてそちらを見ると、栗毛の頭が一瞬見えて、しゅっと引っ込む。
集会所に居なかった艇雲だが、どうやらここに居たらしい。
ともすると人見知りのようでもある彼の振る舞いに、カコと侃螺は今一度、顔を見合わせた。
***
「どうも、ご馳走様でした」
やがて料理を食べ終えた2人は、女性とその母、それから常連たちに見送られて店を出る。
結局、店では妖怪についての話は訊かなかった。
が、それは何も怠慢ではなく、他により良いアテが見つかったからだ。
「…………」
カコと侃螺は定食店から少し離れたところで、立ち止まって周囲を見回す。
ややあって、道端にどかりと居座る雪の間を横切る影を、目ざとく捉えたのは侃螺の方だった。
「おい」
彼は足早に近付き、声をかける。
「うわっ!」
と、声を上げたのは艇雲だった。
着ぶくれた腕には3つ4つほど重ねた籠を抱えており、今からこれをどこかへ運んで行くところらしい。
「び、びっくりしたあ。えーと、カコと侃螺だっけ。俺に何か用?」
艇雲は居心地悪そうに目を泳がせつつ、問いかける。
もじもじと足を動かし、何度も籠を抱え直すような仕草をするその様は、挙動不審そのものだ。
しかし侃螺は、そんな彼に無慈悲に言い放った。
「貴様、妖怪だな?」
ぴた、と艇雲の動きが止まる。
数秒の硬直と沈黙を挟み、やがて彼は眉を下げてぎこちなく笑ってみせた。
「……やっぱりバレてた?」
「はい」
カコが即答すれば、艇雲は「ああ……」と肩を落とす。
晤郎とのやり取り、「腕の良い漁師」という紹介、そして何より妖怪に特有の雰囲気と漏れ出る妖気。
彼が妖怪だという答えを導くためのヒントは、それなりにあった。
端的に言えば、バレバレだったのである。
「別に俺、悪いことしてねえよ。ここで村のみんなと暮らしてるだけ。だから見逃してくれよ」
できる限りの哀れっぽい声で、艇雲は懇願する。
籠を抱える腕にぎゅっと力を入れ、上目遣いでカコたちを見、全身で己の無害さを懸命に訴えた。
古来、人間のふりをして生活していた妖怪が、旅の僧やら侍やらに正体がバレてどつきまわされる話は、そこそこある。
尤もそれらは妖怪が悪さをしているという条件付きであることが多いが、艇雲はとにかくそういう展開を危惧していた。
果たして、対するカコの答えは。
「特に危害を加える気はありません」
――シンプルにそれだけだった。
彼女はきちんと理解していたのである。
艇雲が村人たちと良好な関係を築いていることも、悪意や敵意を持っていないことも。
荒井カコは罪の無い妖怪を殴りはしない。
基本的に。
……七割くらいは。
「そ、そう? なら良いんだけど」
あっさりとした返答に拍子抜けしたのか、艇雲は目を丸くして言う。
「いや、なんか物騒なモン持ち歩いてるから、てっきり俺を退治するつもりのかと……」
「物騒」
カコは首を傾げた。
銃刀法とかを遵守している自覚があったからだ。
そこへ侃螺が口を挟む。
「過去帳であろう。他にあるか、愚か者め」
言い終えるが早いか、彼の脇腹に過去帳が刺さった。
「無いですね。確かに物騒です」
暴力の行使を終えてから、カコは答える。
なお恐らく番をしていたからであろう、過去帳が侃螺の妖力を取ることは無かった。
「私たちが退治したいのは別の方です。大きい百足の妖怪が、この辺りで人を襲ってはいませんか?」
カコは膝から崩れ落ちた侃螺を捨て置き、艇雲に尋ねる。
そう、より良いアテとは彼のこと。
妖怪を認知していないかもしれない人間より、同じ妖怪からの方が情報を得やすいのは確実だ。
「えっ、百足の妖怪!?」
「知りませんでしたか」
表情を変えず言うカコに、艇雲はぶんぶんと首を横に振る。
あわあわと口をわななかせ、先ほどまでとはまた違った方向で、平静を失っていた。
「いや知ってる! 知ってるからびっくりしたんだよ。え、お前らあいつを倒しに来たのか?」
「はい」
「そそ、そういうことならちょっと話が変わるぜ! 俺たち――あいつをやっつけてくれる奴を探してたんだ!」
なるほど件の「大百足」は、もとより悩みの種だったらしい。
興奮気味にまくし立てる彼の目は、希望と期待でキラキラと光っていた。
「いったん集会所に戻っててくれ、またみんな集めて来るから!」
言って、艇雲は大慌てで雪を跳び越え、走って行く。
惜しげもなく人智を超えた身体能力を活用するのは、妖怪だと隠す必要が無くなったためだろう。
「では集会所へ行きましょうか、侃螺さん」
艇雲を見送ったのち、にこやかな表情でカコは言う。
侃螺の「貴様……」という呻き声は、澄んだ空気の彼方へ解けていった。




