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十六話 旧く恐ろしき妖怪

「おお……ほんな偶然もあるもんながね……」


 十数分後、集会所には再びカコと侃螺、村人らが集まっていた。


 村人の数は先ほどよりも多く、またその誰もがカコたちに期待と驚愕の視線を向けている。


 というのも、艇雲が彼らにカコたちの目的を伝えたから。

 そして、村人たちがその目的、つまり「大百足」の討伐を兼ねてから望んでいたからである。


「すると、あなた方は高名な妖術師か何かで?」


 村人たちの中から1人の老婆が少し前に出、恭しく尋ねた。

 が、荒井カコはよく考えるまでもなく、素直に首を横に振る。


「いえ。侃螺さんは妖怪で、私は一般人です」


「貴様、よくも『一般』などと言えるな」


「たまたま過去帳を押し付けられただけですから」


「そこではないわ野蛮人め」


 ついさっき彼女に一発食らわされた脇腹をさすりながら、侃螺は忌々しそうに言った。

 一方のカコは素知らぬ顔である。


「ほお、妖怪!」


 村人たちの視線が、やや侃螺の方に集まる。

 もそもそと囁く声もいくらか立ち、村人たちはそれなりに興味をそそられているようだった。


 と、そんなささやかなざわめきを遮って、女性が1人口を開く。

 定食屋の彼女だった。


「あの、では艇雲のことも気付いて……?」


「むしろ貴様らこそ知っているのだな」


 侃螺は答える代わりに、半ば問うような言葉を返す。

 不愛想な声の調子もあり、回答としてはやや不親切だが。


「そりゃもちろん! 何代も跨いだ、長い付き合いやさかいね」


 後ろの方から、溌溂とした声が飛んでくる。

 艇雲は気恥ずかしそうにもにょりと笑みを浮かべつつ、ぽりぽりと頭を掻いた。


「とにかく、あんたらがアイツを退治してくれるちゅうことか?」


「その予定です」


 カコがはっきりと頷けば、村人たちから感嘆の声や息が漏れ出る。

 人によっては、隣り合った者同士で安堵の笑顔を向け合ってさえいた。


「奴はこの付近に居る、ということで間違いないか」


 喜色を隠せない彼らを横目に、侃螺はあくまで事務的に話を続ける。


 と、村人たちの間の空気が少々暗くなった。

 各々曇った顔、神妙な顔で、どうやら「大百足」のことを思い浮かべているようだ。


「ああ。アイツは……モモシはそりゃあおとろしい奴でなあ……」


「私たち、ずっと困ってるんです。御先祖様の時代から、ずっとずっと」


 一番前に居る妙齢の女性が、手を組んでカコたちに訴える。

 感情を抑えながらもひそめた眉に、切実さが窺えた。


「具体的には」


 カコが問うと、何やら艇雲がすっくと立ちあがる。


「見た方が早いよ。来な」


 そのまま彼は軽く手招きをし、部屋を出て行った。

 集会所は狭く、造りが単純であるため、廊下を右に行った彼が玄関に向かったであろうことは悩む必要なくわかる。


 幾分か突発的な行動だが、村人たちは特に異を唱えることもせずそれとなく退いて道を開けるので、カコと侃螺は艇雲の後に続くことにした。


「こっちだ」


 2人が外に出るや、待っていた艇雲は小走りで集会所の裏の方へと向かう。

 そのまま緩い坂を下り、家々の並ぶ区域を通り過ぎて、墓所の傍にある、畑に辿り着いた。


 果たしてそこにあったのは、地面に突き刺さった大きな岩だった。


「随分と派手にやられたものだな」


 艇雲にやや遅れて場に到着した侃螺とカコは、共に岩の付近を見回す。


 岩が刺さったのは最近のことなのか、作物が被害に遭ったような痕跡は無かったが、もし実りの季節の出来事であれば酷いことになっていただろう。


 仮にそれでもまだマシな方で、岩の下敷きになったのが畑ではなく家屋などであれば、結果は言うに及ばず更に悲惨だ。


「これは先月、モモシが投げつけてきた大岩だ。で、あっちに見えるのは、半年前にあいつが暴れた跡」


 艇雲は岩に続き、遠くに見える山の麓を指差す。

 本来なら木々が所狭しと生えているであろうそこは、一部分――と言っても人間からすれば十分、広範囲である――だけ、ぽっかりと穴が開いたようになっていた。


「モモシはあそこの山を縄張りにしてるんだけどさ。迷子でも何でも人間が入ってくるとめちゃくちゃ怒って、そいつを殺して村にも危害を加えるんだ」


 はあ、と物憂げに溜め息を吐き、艇雲は話を続ける。


「工事の話は知ってるか?」


「はい。『謎の事故』が相次いで、結局取りやめになったと」


「あれもモモシの仕業だよ。工事現場自体は縄張りの外なんだけど、それでも気に食わなかったみたいだな。不幸中の幸いってやつで、死人は出なかったんだけど、おかげでトンネル開通がまた遠のいちまった」


 ――せっかく村のみんなが、モモシの縄張りは荒らさないようにって工事の人たちと交渉したのにさ。


 呟くようにそう付け加える艇雲の表情はひどく曇っており、また不満げだった。


「追無村はいいとこだ。きれいで、静かで、棲みやすい。でも人間はそれだけじゃやってけない。食いモンとか道具とか、余所とやり取りして確保しなきゃあ……」


 彼はかぶりを振って、ぴょいと積雪の山に乗る。

 途端に冷たい風が吹きつけたが、彼は気持ち良さそうに目を細めていた。


「ここの村人の先祖は、400年くらい前だったかな……それくらいの時に、戦で故郷を焼かれて逃げてきた奴らなんだ。その時はまだ無人だったこの地に安息を求めたんだって」


「モモシさんは既に居たんですか?」


「そうらしい。村のある場所じゃなくて、あの山にな。最初は全然何もしてこなくて、そこに居るのもわかんなかったけど、ある時から急に乱暴なことをするようになったって。あいつ、話をしようにも聞く耳持たねえし……そりゃ先に棲んでたのはあっちだけどさ……」


 艇雲の声にやるせなさが滲む。


 彼はそう強い妖怪ではない。

 少なくとも、モモシに敵うほどの力は持っていない。


 もしも、上回りはせずとも拮抗できるくらいに力があれば。

 そんなことを、艇雲は何度考えただろう。


「貴様は随分とここの人間が気に入っているのだな」


 と、侃螺が口を開く。

 嫌味っぽくも聞こえるその言葉は、しかし彼の心から出た素直な感嘆だった。


「ああ。200年ちょっとの付き合いでさ。余所から来た妖怪の俺を、仲間に入れてくれたんだ。みんな優しくて、良い人間だよ」


 艇雲は笑って、雪の山から下りる。

 そうして再び、カコと侃螺に向き合った。


「だから頼む。モモシを一発、懲らしめてやってくれ。もう無闇に人間を襲わないように」


「わかりました。そう要求してみます」


 一も二も無くカコは頷く。

 本心がどうかはさておき、艇雲や村に同情したような素振りは表面上一切無かったが。


 カコは普段と何ら変わらぬ笑顔で、隣の侃螺に顔を向けた。


「では行きましょう、侃螺さん」


「言われずとも」


 素っ気なく返事をし、侃螺は本来の姿に戻る。

 それから若干の渋々感は残しつつもくるりと回り、カコに背を見せた。


 カコはというと、遠慮も何も無くその背に乗る。

 まだ2度目だというのに、もう慣れたような動きだった。


「えっ、今から?」


 彼女らが出発しようとしているのだと気付いた艇雲は、目を丸くする。


「早い方が良いでしょう」


「それはそうだけど……」


「問題ありませんね」


 問いかけよりも有無を言わさぬ告示に近いトーンで、カコは会話を終わらせた。

 言い方に気を配らない点、侃螺と同じである。


「疾く発つぞ、荒井カコ」


「あなた待ちかと。侃螺さん」


 険悪なのかじゃれあいなのか今ひとつ微妙な言葉の応酬で、彼女らは互いの準備が整ったことを確認する。


「ではまた後ほど」


 そう言ってカコが片手を振るや、侃螺は宙に駆け出した。

 初めはゆっくりと前進していたのが、徐々に速度を上げ、ほどなく2人の姿は山の方へと消えていった。


 取り残された艇雲は、ぽかんと空を見つめる。

 ややあって、集会所の方から男性が1人、彼に駆け寄ってきた。


「おーい、艇雲! ……あれ? お2人は」


 カコと侃螺が一緒に居ないことを不思議に思い、周囲をきょろきょろと見回す男性に、艇雲は肩をすくめる。


「もう行っちまったよ。モモシを倒しに」

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