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5章-1.特別(5) 2021.10.3

 これでようやく自身の体の問題が片付いた。

 ユミは安心感から小さく息を吐いた。

 

 やっとだ。やっと呪いから解放されたのだ。

 ずっと悩まされてきた問題が解決できたのだと思うと、本当に気持ちが晴れるようだった。

 

 テーブル席に座る皆を見てみれば、シュンレイもフクジュもザンゾーも、皆何となくではあるが、顔が明るいように見える。無事に解毒出来た事に、皆ホッとしているのだろう。

 ユミの問題を自分事の様に捉えて真剣に向き合ってくれたのだ。本当に感謝してもしきれない。


 そこでふと、どうしてフクジュはそもそも毒なんて作ったのだろうかと、疑問が湧いた。

 こんな誠実な人が人を苦しめるような事をするなんて思えない。

 正義感が強く、責任感も強く、誠実で真面目な人が何故そんな物を……。


 何か深い理由があるのではないだろうか。

 そうでなければありえないとユミは思ってしまう。


「ユミさん、何か私に聞きたいことでもあるのでしょうか?」


 フクジュに問いかけられる。


「えっ!? 私またそんなに顔に出でましたか!?」

「はい。そうですね」


 隣に座るザンゾーが爆笑している。失礼なやつだ。ユミはとりあえず軽くザンゾーを殴った。

 正直聞いていい話なのか分からない。気になるには気になるが知るべきでは無いのかもしれない。


「ユミさん。気になるなら聞いてしまいなさイ」

「うっ……。えっと……。分かりました。聞いちゃいけないのかなって思ったんですけど、気になっちゃって……。何でフクジュさんみたいな人がそもそも毒なんて作ったんだろうって。私から見たフクジュさんって凄く紳士的だし優しいし、そんな事するような人に見えなくて。私の見る目がないだけなのかもしれないんですけれど、どうしても毒を作って人を苦しめるような事なんてしないと思うと、なにか理由があったのかなとか気になっちゃって……」


 フクジュは困ったような顔をしていた。やはり聞いてはいけなかったのだろうなと思う。


「ユミさんに教えていいものか……」


 フクジュはシュンレイの方を見ている。


「構いませン。フクジュさんが話してもいいと思える範囲で話しなさイ」

「ユミ。結構胸糞悪ぃ話だが平気かぁ?」

「うん」


 やはり、重い理由がありそうだ。フクジュは困ったような、少し悲しそうな顔をしている。

 だが、フクジュは意を決した様にユミを真っ直ぐに見ると、小さく頷いて、そしてゆっくりと話し始めた。


「毒を作った経緯ですが、私の妹と、この晩翠家の目の特性を人質に取られ、やむなく取引に応じ、作成しました」

「妹さん……?」


 確か報復依頼の事前資料にフクジュの妹と見られる人物の情報はなかった。また殲滅時にも妹と見られる人間はいなかったと記憶している。


「はい。桔梗キキョウという名前です。私の3つ下の妹になります。取引ののち返還されましたが、酷い人体実験をされた後でしたので直ぐに亡くなりました」

「そんな……」

「妹は、活発な子で、晩翠家から独立したあとは野良プレーヤーとして頑張っていたようです。SSランクの上位まで上り詰めていたと聞いております。たまに活躍している噂を聞いては誇らしく思っておりました。兄である私には、小さい頃からとても懐いてくれていて、いつまで経っても非常に可愛い妹でしたね」


 フクジュは妹のキキョウの事を思い出しているのだろう。とても優しい目をしている。本当に可愛がっていたのだろうなと推測できる。

 そんな妹が酷い人体実験をされた状態で返却されたという。一体どんな気持ちになるのか。自分が安易に想像などしていい話ではないと思った。


「取引の相手は、SS+ランクプレイヤーのラックという男です。彼は突然やってきて、妹のむごい状態を写した写真を見せてきました。妹を返して欲しければ毒と薬品を生成し、レシピ付きでよこせと。当時の当主である父は、その取引を断りました。目の特性を奪われない為の処置を施したキキョウからは、目の特性は奪えないと判断したためです。しかし、ラックはキキョウを孕ませてでも目の特性を奪うと脅してきました。それ故に取引に応じた形になります」


 めちゃくちゃだ。酷すぎる。そこまでするものなのか……?

 自分の理解を超える話に胸が締め付けられる。ユミは自身の頬を伝う涙を感じた。


「あ。ごめんなさい。泣くなんて違うのに……」


 どうしよう。溢れた涙が止まらない。

 そんな理由でやむなく毒を作成したフクジュの家族を、自分は仕事とはいえ殺したのだ。そんな立場の人間が泣くのは絶対に違うだろう。


「ごめんなさい。私。どうして……」


 顔を上げるとフクジュは優しい顔をしてハンカチを渡してくれた。ユミはそのハンカチを受け取り涙を拭く。


「ユミさん。晩翠家は滅びるべくして滅びたのです。例えユミさんたちの報復がなかったとしても、他のプレイヤーに襲われ全滅していたのは間違いありません。そして、滅んだ理由は私達自身にあります。時代に合わせて変わっていく事を拒んだという、私たちの選択こそが滅ぶ原因だったと。そう認識しております。もし、晩翠家がキキョウの毒を生かした戦闘技術を認め、その研究を進めることが出来ていれば、キキョウは独立などしなかったでしょう。独立しなければラックに生け捕りにされることもなかったのです。また、そのキキョウが考えた技術があれば、晩翠家は戦うことが出来たかもしれません。もっと別の未来の可能性が十分にあったのにそうしなかったのです。それが滅んだ最たる原因です」

「はい……」


 フクジュは、ユミが行った報復で、ユミが気に病まないようにそう言ってくれたのだろうと思う。今言った事は事実なのかもしれないが、それを今、ユミにしっかり伝えてくれるという事こそがフクジュの優しさなのだと感じる。


「報復しに来たのがユミさん達で良かったとさえ私は思っております。このように解毒する機会を与えて頂けた事も、今後生きる事ができるようになった事も、そして復讐する機会ができた事も……」

「復讐って……」


 ユミは言葉を飲み込んだ。きっと取引相手のラックという男を殺したいのだろうなと思う。到底許せるはずがないだろう。ユミだって今の話を聞いただけで許せない気持ちでいっぱいなのだから。

 だが、相手はSS+ランクのプレイヤーだという。SSランクの上位であった妹のキキョウを生け捕りにする事が可能だった人間だ。非常に危険だ。背中を押すなんて事はできない。フクジュには死んで欲しくない。


「ユミさんは、本当に顔に出るのですね。復讐なんてして欲しくないと……」

「ごめんなさい。そんなつもりじゃ……」

「いえ。責めるつもりなんて有りません。私の身を心配しての事なのでしょう? 私自身無謀であることは承知しております。あまりにも力差があります。それでも復讐を止めることは出来ません」


 決意は硬いという事だ。外野が何を言ったところで止めることは出来ないのだろう。死ぬことも厭わない。死んで道連れにできるなら迷わずそうすると。それくらいの覚悟があるのだと思った。

 

 そこでフクジュの話は終わった。

 ユミは食べ終わった食器を片付け部屋に戻る。


 ザンゾーは何故か姿を消さずにbarからずっとユミの後に付いてきて、現在は部屋で本を読みくつろいでいた。

 まだ何か話でもあるのだろうか。だが、特に話しかけられることもない。


「ザンゾー、どうかしたの?」

「いや。別に」

「……」


 ユミはザンゾーをじっと観察するが、表情ひとつ変えることなく本を読んでいるため、全く状況が分からない。


「ザンゾー。コーヒー飲む?」

「あぁ。頼む」


 ユミは立ち上がり、先日ザンゾーに買ってもらったコーヒーメーカーの前に立つ。マグカップを用意し、タンク内の水の残量を確認し、スイッチを押す。

 するとコーヒーメーカーは、ゴッゴッゴッと音を立てて動き始めた。その作業をもう一度繰り返し、コーヒーを2杯淹れると、ザンゾーの前に1つ置いた。


「ありがとな」

「うん」


 何か様子がおかしい。ユミは近くで首を傾げながらザンゾーを凝視する。


「あぁ? なんだぁ?」

「変」

「……」

「絶対変」


 ザンゾーは本を閉じ、ユミの頭を優しく撫でる。意味がわからない。何がしたいのだろうか。更に困惑する。


「むむむ……」

「気にすんな。今日だけ我慢しろや」

「?」


 一体何の話をしているのか分からないが、言われた通り今日だけ気にしなければいいのかもしれない。


「分かった」


 気にしなくていいと言うのであれば気にしない事とする。

 ユミはローテーブルに数学の教科書と問題集とノートを広げた。中学の勉強の続きである。少しずつ時間のある時に進めている。できるものが増える度に喜びもある。定期的にシュンレイからテストされるので、今はそれに向けて勉強中だ。

 ちゃんと学力を付けて卒業の日を迎えたいなと思う。そうすればこの漠然とした劣等感も少しは消えるかもしれない。いつまでもこの気持ちは引きずっていたくはない。区切りをつけて前に進みたい。今解消できなかったら一生つきまといそうだと感じている。

 欲張りかもしれないが、シュンレイは背中を押してくれたのだからできる限りやりきろうと思っている。

 

 しばらく静かな部屋で勉強を続けていると、ブーッブーッとバイブレーションの音が鳴った。これはザンゾーのスマートフォンの音だ。

 ユミは顔を上げてザンゾーを見ると、ザンゾーはスマートフォンの画面を無表情で見ていた。そして何か操作した後、無言で立ち上がる。仕事に行くのだろうなと思う。


 ザンゾーはユミの近くまで来ると、座っているユミに後ろから抱きついてきた。


「ザンゾー?」

「……」


 やはり何か変だ。おかしい。30秒くらい軽く抱きしめられたまま大人しくしていると、ザンゾーは満足したのかユミを解放した。


「行ってくる」

「行ってらっしゃーい」


 ユミは手を振る。ザンゾーは直ぐにすーっと姿を消してしまった。

 終始様子がおかしかったが何だったのだろうか。とはいえ、気にしたところで答えは分かるはずもない。ザンゾーが正直に話すわけもないだろう。


 ユミは言われた通り気にしないようにし、勉強を再開した。

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