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4章-3.崩壊(5) 2021.8.16

「うっ……くっ……」


 私は呻きながらも、何とか毒沼から起き上がろうと地面に手を付き上半身を起こす。しかし、その瞬間背中に激しい痛みを感じ、再び私は毒沼に突っ伏した。

 背中を足で思いっきり踏まれ押さえつけられたようだ。


「交渉はどうするのですカ? 彼女たちは戦闘要員で交渉は受け付けてませン。私が変わりましょウ」


 この男は誰なのだ。交渉するにはこの男としかできないという事らしいが、この男相手で自分の希望を通せるような交渉等、全くできる気がしない。


「もしかしテ、私が誰か分かりませんカ? 私は、アナタ達が喧嘩を売った相手でス」

「な……」


 嘘であってほしい。

 それはつまり、この男こそが私達が最も警戒していた店の店主という事なのか……?

 なぜ店主がわざわざこんな所まで来ているのか。

 意味が分からない。


「たまたまこの辺を散歩していたラ交渉という言葉が聞こえてきましたのデ、代わりに来ましタ」


 絶対嘘だろう。

 そんな偶然あるわけがない。


「差し出せるものと要求を言いなさイ」


 私は慎重に言葉を選ぶ。ここで間違えれば確実に死ぬ。


「そのチェーンソーの子を解毒する代わりに、命を見逃して頂きたい」

「却下」

「かはっ……」


 私はさらに背中を強く踏みつけられ肺が圧迫された。非常に苦しい。


「もっとまともな事を言いなさイ。解毒するだけならアナタの死体を崋山家カザンケに持ち込んで依頼すればいイ」

「いや、崋山家に頼ることはあまり得策とは言えません。完全に解毒ができたかどうか彼らには分からないはずです。私であればこの目で完全に解毒ができたかどうかが分かります」

「馬鹿ですカ? そんなものアナタはいくらでも嘘が言えるでしょウ。解毒できているかどうか分かったうえデ、解毒できていなくてもできていると言えばいいのですかラ。そんなもの交渉には使えませン」


 店主はそう言って私の背の上に腰を下ろした。


「彼女を解毒するのなんテ、どうせアナタの罪滅ぼしのつもりでしょウ。そんなくだらないアナタの自己満足に付き合うつもりはありませン。むしろ解毒させてくださイくらい言ったらどうですカ」

「……」


 言われて気が付く。確かにその通りかもしれないと。

 少女への罪悪感を少しでも軽くしたいという気持ちが私には確かにあったようだ。なんて自分勝手な考えだろうか。しかもそれを交渉に使おうとするなんて、自分で言っていて虫唾が走る。


「彼女の解毒を是非私にさせて下さい……」

「生き延びることができたなラ、許可しましょウ。で、アナタは私に何を差し出せるというのですカ?」


 一体私には何が差し出せるのだろうか。自身の命の価値を上回るものを差し出さなければならない。

 自身の死体は自分で言うのもなんだが、かなり価値がある。殺すより生かしておいた方が良いと思えるくらいのものを提示できなければ、私は今ここで殺されてしまう。


「私の毒と薬の知識と技術を無期限無制限で提供致します」

「弱イ」

「雑務やります」

「足りなイ」

「何でもお申し付けください! 死ぬ以外で!」

「不十分」

「彼女の解毒を3ヶ月以内に出来なければ私の死体を提供致します!」

「2ヶ月でス」

「え……」

「2ヶ月で完全に解毒しなさイ」

「承知致しました。2ヶ月で解毒致します」

「良いでしょウ」


 店主は立ち上がった。私はやっと自由になり起き上がる。

 交渉はヤケクソだった。自分の出せるもの全て差し出してしまった気がする。もはや、交渉とは言えないものになってしまったなと感じた。

 とはいえ、生きながらえた事に我ながら驚きを隠せない。少なくとも2ヶ月の猶予は出来た。必ずこの間に少女の毒を取り除き、更に生き延びる権利を勝ち取りたい。

 

 高密度な毒沼の毒を吸い続けたため、私の体には少しダメージが出ていた。新鮮な空気を吸えば少しずつ自然に解毒して回復できるだろうが、暫くは激しく動くこと等出来ないだろう。

 私はフラフラと歩き父の亡骸の方へ近寄る。


「フクジュさん。この家は燃やせばいいですカ?」


 店主に聞かれ、私は店主のいる方へ目をやった。店主は倒壊した建物に踏み込み、何かを確認しているようだった。


「はい。燃やすことで機密情報は全て適切に葬る事ができるようになっております。ただ、親族の死体の方は別途適切に処理しなければなりません」


 親族の死体は完全に燃やし切らなければならないだろう。目の特性を奪われないようにするためには、完全なる破壊が必要だ。


「死体の方ですが、彼らは既に遺伝による目の特性を失っているようでス。処置済みでス」

「そんな馬鹿な……」


 私は父の目を確認する。すると店主の言う通り処置済みだった。


 一体どうして……。


「これであれバ、燃やすだけデ問題ないでしょウ」


 店主は倒壊した家屋に火をつけた。木造の家屋は一気に燃える。

 家屋には防火の処理などは行わず、燃えやすいように作られているため一気に火が広がった。


 それにしてもなぜ、私以外の親族は目の特性を無くす処置を既に行っていたのだろうか。それに、どうして私にはその事を教えてくれなかったのだろうか。

 私はふと、父に言われた言葉を思い出した。お前だけでも逃げろと。確かに父は言った。


 もしかして、最初から私だけを生かそうとしていたのでは……?

 私だけなら生き延びる確率が上がると考えていたのでは……?

 父たちは最初から私の足枷にならないよう死ぬつもりだったのでは……?


 今となっては真意は分からない。それでも、父の言葉を色々と思い返す。

 ラックとの取引に応じ晩翠家の目の特性を守った父。父は私に毒を作らせ、「その知識が役立つ日が来る。生き残れる可能性があるとすればお前だけだ」と言っていた。


 もし、私だけでも生きられるようにしたという事であれば、その行動と言葉は辻褄が合う。もし目の特性が奪われていたら、私が生き延びる事に対する価値は格段に落ち、交渉できなかっただろう。

 また、ラックに渡した毒の知識がなかったとしても、今回の交渉は成立しなかっただろう。どちらの条件も必要だった。

 父はそこまで見越して行動していたのかもしれない。他の家族を犠牲にしてでも、私が少しでも生き延びる確率をあげるためだけに行動していた可能性が高い。

 ただ一方で、私がまだ甘く家族といたい、見捨てることなど出来ないと言う考えを持っていることも父は見透かしていて、それ故に早くここから出てお前だけ逃げろと、あの時まで言わなかったのかもしれない。


 私は父の亡骸を運び燃え盛る家屋の中へ投げ入れた。燃えていく家族を見送る。

 私だけが生き延びてしまった。家族の分まで生きなければならない。生かしてもらった命は大切にし可能な限り足掻き続けようと決意した。


「フクジュさん。行きますヨ。今からアナタは私の下僕なんですかラ」

「はい。承知致しました」


 私は遅れないよう、店主の後を追った。

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