4章-3.崩壊(3) 2021.8.16
「んー。なんか毒っぽいこの心臓……」
少女は自身の手についた血液を舐めながら呟いている。
それはそうだろう、私達の体は毒の耐性をつけるために、体自体が毒物になっているのだから。
だが、心臓を食べた少女はケロッとしている。晩翠家の人間の血を触れるだけで死ぬ人間だっている程だ。
なぜ少女は平然としていられるのか。
「本当に毒の耐性私あるんだー。すごーい」
「ユミちゃん、危ないのはあんまり食べちゃダメだよ。心配になっちゃうよ」
「はい。気をつけます!」
知らずに試したと……?
意味が分からな過ぎる。
またもや常軌を逸した少女の行動に、私は翻弄される。
「さてと。フクジュさん。死んでください」
少女は再びチェーンソーを構えると、一気に切り込んできた。
あまり後方へ避けると舞姫の細かい網にかかってしまう。位置取りも制限され厳しい戦いだ。
毒を塗布した小刀で牽制しながら少女の攻撃を抑えるが、少女の身体能力が高く非常に厳しい攻防戦になる。さすがに毒を塗布した小刀は警戒しているようで、掠ることすらないように躱している。もし毒がなければもっと鋭い攻撃を受けて私はこの世にいなかっただろうと思う。
また、同時に舞姫のワイヤーも飛んでくる。外周の大網と換気用にに大半のワイヤーを割かれているため本数自体は少ないが、的確に急所を狙ってきており、こちらの対応も簡単では無い。
「やりにくいです……。フクジュさんの体のすぐ近くに毒があるみたいで、切り込みにくいです。触れないようにすると、動きが制限されちゃって……」
「そっかぁ。それはやだね。どうしようかー」
まさか仕込みの毒まで勘付かれるとは。この少女は毒に対して耐性もあり嗅覚もあるのかもしれない。
私の体にまとわりつくように存在する毒は、晩翠家の人間以外が直で触れると、触れた部分から侵食が始まるような毒だ。皮膚から吸収されるような毒で、徐々にその部位からただれて皮膚が硬化していく物だ。近接での戦闘を行う人間には非常に有効な毒となるだろう。
その毒に気が付き、彼女達は攻めあぐねているようだ。
とはいえ、自分が攻めて行ける状況でもないし、当然逃げることも出来ない。
チェーンソーの少女は強い。鼻歌を歌った後から完全に動きが変化した。子供だから未熟だろうと考えていた自分を殴り飛ばしたいほどに強かった。とてもじゃないが一撃など入らない。入ったとしてもその頃には私の首は舞姫のワイヤーで飛ばされているだろう。
舞姫はなおのことだ。また、この2人の連携には隙がない上、それぞれのポテンシャルが高すぎる。
舞姫が攻撃用のワイヤーを削って逃亡防止の網と換気に注力出来ているのはこの少女とのレベルの高い連携があるからだと、今更ながらに気がついた。
本当に、毒という特殊な武器があったからこそ、私は秒殺されなかっただけだろう。単純に彼女達は毒を使う敵と戦った経験がほとんどないのだろうと思う。
何とか。
何とか突破口を探さなければならない。
私はまだ死ねないのだ。
あのラックという男に復讐するまでは。
ここで生き延びなければ復讐は叶わない。
この約1年であの男を殺すための計画をずっと練って来た。だが、まだ時間が足りない。調査も策も至っていない。
晩翠家へ客としてくる人間や、交流のある人間達から沢山情報を得てきたが、やはり大事な部分は見えてこない印象だった。相手の懐に潜り込むくらいのことをしなければならないが、どうしても準備不足が否めず今に至ってしまっている。だから時間が欲しい。
だが一方で、私自身の復讐のために彼女達を殺すことは望んでいないのも事実だ。可能であれば、彼女達とは戦わず、一時的にでも逃げ延び復讐さえ叶えば、私はその後どうなろうと構わない。
殺して貰えるなら彼女達の手で殺してもらいたいとすら思う。
私はそこでふと気になり、少女の体内をこの特殊な目で見た。
父の心臓はかなりの毒物のはずだ。完全な耐性がなければ少女の体内で毒素が撒かれ体へ影響が出るはずだ。もし顕著な影響が出れば、少女は動くことなど出来なくなり勝機が出てくるのではないだろうか。そんな望みを抱きながら注意深く見る。
毒物や薬物は私の目にはオーラのようなものとして映る。色やオーラの形から自然と効果が感覚的に分かる。
少女の胃のあたりには父の心臓による影響と見られるオーラが発生していた。だが、どうやらその毒は少女の中で適切に分解処理されているようだった。身体中へ回ることも無く徐々に消えていく様子が見て取れた。
本当に完全な耐性が少女にはあったようだ。にわかには信じ難いが、この目で見たものは疑いようがない。少女の体は確実に普通の人間ではなくなってしまっているという事だろう。
ただ、1点少女の腹部に気になるオーラが見えた。どす黒いモヤが燻っている。1箇所に窮屈そうに纏められ閉じ込められているようなモヤだ。少しずつ漏れだしている部分も見える。漏れだしたモヤは非常に悪質な毒だろうと見える。
体内から侵食する毒。私は嫌な予感がした。この働きをする毒に心当たりがある。
そうだ。まさにラックに依頼されて私がこの手で作った毒のうち最も凶悪な物だった。非常に毒性が強く、触れたところから人体を破壊していくような毒だ。また激痛を伴う様な仕様の毒だった。そういうオーダーだった。
こんなものを作ったところで屈強な人間ですら数秒で死ぬ。過剰な毒素だと見ていたが、成程化け物にした人間に対しても通用させるために必要な効果だったという事だ。
このままこの毒を放置すればこの少女は確実に死ぬだろう。少しずつ漏れだしている毒素で徐々に体が蝕まれているのも見て取れた。少女の体は異常な回復力もあるようで蝕まれた部分は同時に再生もしていた。しかしながら毒素の侵食の方が早い。これでは数年しか生きられないだろうと予測がついた。
私の作った毒はこの少女を、ここまで追い詰めるようなものだったのかと気が付き、改めて罪悪感で押しつぶされそうになった。今までも相当苦しめてきただろうに、この先もこの少女を苦しめ続けるのだ。
本当にこんな事は望んでいない。復讐をしたい気持ちに嘘は無いが、この少女を殺してまで生き延びてやるべき事か、私は分からなくなった。気持ちが揺らぎはじめる。
しかしながら、私は心を鬼にする。そんな弱気ではダメだ。罪を重ねながらも生き延びて復讐すると決めたのだ。それを貫くつもりながないなら、さっさと死ぬべきだったのにそうしなかったのだ。
復讐がそんなに簡単なわけが無い。こんな事で揺らいでいては復讐などできるはずがない。だから、私は改めて最後まで目的のために足掻こうと決めた。




