4章-3.崩壊(2) 2021.8.16
私は作戦を考えながら、適切な毒を用意する。接近して吹きかける事ができる物や、液体状の物を選ぶ。
というのも、このワイヤーが激しく行き交う中で毒ガスは意味をなさない。直ぐに換気されてしまう。どうやら毒ガスの対策されているらしく、上空からの新鮮な空気を取り入れ地面付近に溜まった空気は外周へ流れるように気流がコントロールされていた。
こんな芸当がワイヤーで可能だなんて聞いたことがない。恐らく舞姫にしかできない技だろう。それを余裕そうにやってのけているのだ。格の違いを見せつけられている。
毒ガスのような攻撃が出来ない以上、基本は直接彼女たちに毒を打ち込むしかない。仕込み刀に即効性の毒を塗布しており、一撃でも入れば勝てる。毒針の準備もしてある。一撃さえ入ればいい、一撃さえ。
まずはチェーンソーの少女だろうか。先にこっちを落としてしまおう。よく見れば彼女はまだ子供だ。子供を手に掛けるのは心が痛むが仕方ないだろう。
報復に対して逃げはしないが簡単に殺されてやるつもりは無い。私は生き残りあの男に復讐したいのだ。その目的のために罪を重ねる事はやむを得ない。
それに、向こうだって殺し合いに来ているのだ。覚悟もなく立っているはずがない。
「♪♪〜♪♪♪♪〜♪♪♪〜♪♪♪〜♪♪〜♪♪〜♪〜」
「鼻歌?」
唐突に聞こえてきた鼻歌。チェーンソーの少女が歌っている。どこか悲しげなメロディーだ。なぜ今鼻歌なのだろう。一体なんの意味が。
そう思いながらも舞姫を警戒をしつつ、チェーンソーの少女を脇目に見ていた時だった。
ブシャーっと、真隣で音がして、視界の端に鮮血が舞っていた。
「は?」
私は本能的に後ろに飛んでいた。
一体何が起きたのか。飛び退きながら目に映った光景ですぐさま理解する。
チェーンソーを持った少女が、父を殺したのだ。左腹部の下部から右肩へ切り上げていた。
父は既に絶命していた。
自分は咄嗟に飛び退いたために生きていた。
父だって身体能力は高い。それでも少女のスピードには全くついていけなかったようだ。
「あははっ! あははははっ! いただきまーす!」
少女は横たわる父の死体の胸部に右手を突き立てた。
そして心臓をえぐり出した。
一体何をする気だ……?
私は恐怖で後ずさる。
少女はそのまま心臓を目の高さまで持ってくると、静かに微笑み、一気にかぶりついた。
そして、もぐもぐと心臓を食べている。
それも美味しそうに。
一体なんなんだ。
気持ち悪い。気持ち悪い。気持ち悪い。
「ご馳走様でしたっ!」
少女は満面の笑みでそう言うと、私の方へ視線を向けた。
「えー。フクジュさん。 何ドン引きしてるんですか? 私をこんな滅茶苦茶な体にしたくせに」
「な……?」
少女はそう言いながらチェーンソーを構えて、ゆっくりと近づいてくる。
私をこんな体にした……とは……?
「とぼけないでください。あなたの毒のせいですよ? 食べないと私死んじゃうんですから」
「そんな事……」
まさかこの少女は自分の毒の被害者という事だろうか。
だが、この少女は情報で見たような理性を失った化け物になっている様子は無い。
一体何が起きているのだろうか。
フクジュは以前父に貰った報復の可能性がある対象のリストを思い出す。その中に確かに被害者としてこの少女と思われる子がいたのを思い出した。
この子はつい最近まで一般人だった子だ。それもつい最近まで一般家庭でずっと育ってきた子供だ。そこから唐突に店の専属プレイヤーになったという特殊な経歴を持つ子供だったと記憶している。
そんな特殊な経歴を持つ新米プレイヤーの子が、運悪く私の毒の被害者になってしまったものと単純に認識していたが……。
まさか……、順番が異なるのでは……?
私はそこでピンと来てしまった。
まさか、自分の毒を使った人間を化け物にする計画に、一般人だったこの子は、不幸にも巻き込まれてしまったのではないだろうか。
そして、化け物となってしまった事で、一般人として生きる事が出来なくなってしまったのではないだろうか。
それ故に、現在はプレイヤーとして裏社会で生きる羽目になってしまったのではなかろうか。
少女が現状理性を保てている理由は分からない。何かしら理由はあるのだろう。
あんな毒物を取り入れて普通のままいられるはずがないのだから。
こうしてプレイヤーとして生きていくまでにはどれほどの困難があっただろうか。
そこに至るまでに一体何があったのか。私には想像ができない程の苦難が有ったはずだ。
少女が取り込んだのは、強靭な精神を持った大人でさえ簡単に狂ってしまうような劇物なのだ。半端ではない苦痛を伴っている事は間違いが無い。
現に、彼女は平然と人間を殺し、生きるために心臓を生で喰らうという、正気では考えられない事を行っていた。そんな事を一般人が出来るはずがない。
裏社会で生まれ育ったプレイヤーですら、躊躇するような事が出来てしまっているわけだ。相当に歪められてしまっている。
やはり、多少なりとも少女は狂ってしまっているのかもしれない。
と、私はそんな事を想像したが、私を真っ直ぐに捉え対峙する少女の姿を見て、その推測は間違っていると思い直した。
少女から発せられるオーラは本物だった。本気で生きている人間だと分かる。
この子はその狂気すら受け入れて生きていく事を選んだ子なのだと。そう感じてしまった。
そんな子が、今や立派なプレイヤーとなり、その毒を作った私を店の報復のために、仕事として殺しに来たという事なのか。
この推測が全て事実だとしたらもう、自分はさっさとこの子に殺されるべきとすら思える。
完全にこの少女の人生を狂わせてしまったのだ。何をしたって償い切れるものでは無い。
理不尽にも崩れることなく立ち向かい、生きている少女があまりにも眩しくて、私は現実を直視するのがより一層苦しくなった。




