3章-10.執着(3) 2021.8.10
「ところで、六色家は問題ないのカ?」
「あぁ、執着がバレてないかって? バレるわけが無い。最近の六色家には執着を発動した人間がいないのもあって馴染みがない。そもそも執着を知らねぇ奴もいる。落ちぶれたもんだぁよ。上の老害たちもうるせぇし、さっさと没落しちまえばいい」
「確か10年程前はそれなりに力のある家だったと記憶しているガ……」
「あぁ。そうだな。その頃はまだマシだったと俺も思う。弱いやつは捨てて精鋭だけの集団を目指すような組織だったが、今や情だのなんだのでぶくぶくと人間が増えて、能もねぇのに口だけでけぇのがうじゃうじゃいるわ」
「その様子だと、当主にはならずに独立するつもりカ?」
「あぁ。その通りだ。22歳にならねぇと独立許可が降りねぇっていう無意味な糞システムさえなけりゃ、今すぐ抜けるわ。22歳ってなんなんだ。大学卒業かぁ? まぁだから、波風立てずに抜けるために、あと2年大人しくしているつもりだぁよ」
ザンゾーは相当ストレスが溜まっているようだ。軽く情報でも得ようと六色家について聞いてみたが、隠すつもりもないらしい。既に抜けた気分でいるのだろう。
「六色家の情報ならいくらでも垂れ流すぜ? 他の組織に絡む情報はさすがにベラベラとは言えねぇがな。かははっ!」
「黒の当主でも簡単に抜けられるものなのカ?」
「あー。前例は確かにねぇな。当主から許可が出れば問題ないが。無難に、先に手を打っとく方が良さそうだぁね」
六色家が有能な人間をみすみす外部へ放流するとは思えない。優秀すぎる人間は、味方でないなら殺すのがセオリーだろう。 ザンゾーならそのあたり上手くやっているのかもしれないが簡単ではないと思われる。
「現在の当主は……、まだあの男カ……」
「番長は知ってんのか? 俺の親父」
「奇人変人として有名な一方で歴代当主一の天才と言われた男。当主になってからは殆ど知らないガ、15年程前なら知っていル。成程、奴の息子カ……。気味が悪いほど似ているわけカ……」
「まぁな。姉貴を筆頭に周りの奴から、そっくりそっくりと小さい頃から弄られ続けて慣れたわ。かははっ!」
これだけ似ていれば、流石に無縁なわけがないかと思う。見た目だけでなく、佇まいまでそっくりだ。笑い方や表情まで瓜二つなのだ、嫌でも昔の事を思い出してしまう。
流石に纏うオーラは全く異なる。まだザンゾーは当主である父親は超えられていないようだ。だが、後数年もあれば超えていくのかもしれない。
「あぁ、そうだ。番長に垂れ流しておいた方がいい情報があったわ。舞姫の兄貴、なんだったっけなぁ名前……」
「カズラ?」
「そう、それだ! そのカズラがな、去年の7月に呪詛師と打ち合わせする際に呼ばれた会議室のある建物にいた。その時はこんな状態になるとも思わねぇし何も気にしていなかったが……。その時はただすれ違っただけではあるが、その建物自体呪詛師達の縄張りだったから、今思うとかなり怪しい。それ以降は見てねぇから、なんでもないかもしれない。ただ、何となく嫌な感じがしたから覚えていた」
「成程。その情報は有難く頂こウ」
「あぁ。何もなきゃいいが、カズラはあまり良い話を聞かねぇから、警戒はした方がいいかもな」
シュンレイは空になった自分とザンゾーのグラスに日本酒を注ぐ。すると、あっという間に720ミリリットルの瓶は空いてしまった。非常に早かったなと名残惜しくなる。
「もう空いちまったか。かははっ! 720ミリじゃぁ足りねぇと! 次は一升瓶だぁね」
この男はまた賄賂を持ってくる気なのか。正直日本酒は楽しみではあるが、アヤメにバレたら終わると思うと歓迎は出来ない。シュンレイは最後に注いだ日本酒を味わって飲む。
「あぁ、そうだ。もう一点。俺がいない時にユミが発作を起こした場合だが、直ぐに血液を飲ませれば発作は酷くならずに治まる。飲ませられるなら飲ませるべきだ。だが、番長の血は飲ませられねぇよな? どうせ毒耐性付けるために色々やってんだろ? そうなると、舞姫から貰うしかなくなるな。その辺の奴を殺して臓器食わせてもいいが、そんな都合よく殺していい奴も居ないだろう。極力ユミの傍に居るつもりだが、もしもの時は頼むわ」
「分かっタ」
ユミは血肉が必要な事を、自分に相談してこなかった。何か言いたそうにしていた時は確かにあったが、色々悩んだ末に言わなかったのだろうと推測できる。
結果的にザンゾーから定期的に血液を貰ってここ数か月を生きてきたのだろう。基本はそれでいいのかもしれないが、いつ非常事態が起きるかは分からない。ザンゾーがいない場合でも対処できるように備えておくべきだろう。
「発作は放って置いても一定時間でおさまる。ただし耐え難い激痛を伴うため、呼吸困難で死んだ個体も少なくない。また、発作の継続時間分だけ体内への攻撃が行われるという事だから出来るだけ早く収めた方がいい」
自分の血液をユミにはあげることが出来ない以上、アヤメにもこの内容を伝え協力を得るか、全く別のルートで血肉を供給する計画を立てなければならない。
アヤメに伝えるにしても、現状ユミ自身が言わないという選択肢をとっているのだ。勝手に伝えてはまずいだろう。出来ることなら、ユミから相談してもらえればと思うが……。
ユミの気持ちを考えるのは自分には難しい。どんな葛藤をして今の状態に落ち着いたのだろうか。
ザンゾーから血液を貰い続けなければならないという状況は決してユミ自身が好んだ訳では無いだろう。恨みのある相手に頼らなければならない状況など、普通に考えれば避けたい事なのは自明だ。
あらゆる事を天秤にかけて、結果ザンゾーから貰う事を選択したと考えられる。故に、より一層その選択は尊重しなければならないだろう。
また、ザンゾーは、極力ユミのそばに居るとは言うが、当然限界があるはずだ。現状ユミを監視することを任務として、不自然にならないように居座っているのだろうが、それ以外の仕事も同時にこなさなければならないはずだ。
現在六色家でSS+ランクのプレイヤーは、当主とザンゾーと赤の当主の3名しかいない。忙しくないわけが無いと思われる。
「緊急時の血肉の供給と解毒の事は早急に対応すル」
「あぁ。頼む」
そう言うとザンゾーは立ち上がった。ちょうど日本酒もグラスまで綺麗に空いてしまったようだ。
「邪魔したな」
「えぇ」
ザンゾーはそのまま、すぅーと姿を消してしまった。実に奇妙な幻術である。何度見たところでそのトリックはシュンレイにも分からない。流石であると感心する。
シュンレイも立ち上がり、空いたグラスと瓶を片付ける。証拠隠滅だ。空いた瓶とグラスが2つある場面など誰にも見られる訳にはいかない。ザンゾーとの会話は現状、他の誰にも勘づかれる訳にはいかないのだから。
これからが正念場だ。ザンゾーから得た情報の確認や、血肉の調達方針の決定、解毒剤確保の戦略など、やる事は山積みだ。しかもタイムリミットがある。寝ている場合では無いかもしれない。
シュンレイはbarの片付けと戸締りを行い、barを後にした。




