3章-10.執着(2) 2021.8.10
「で。ここからは賄賂だ」
ザンゾーはテーブルの上に720ミリリットルの瓶を置いた。
「日本酒だぁよ。冷えている」
「何が聞きたイ?」
「執着について。舞姫に執着を発動している番長先輩にご教授頂きたい」
シュンレイはニヤリと笑った。
「そういう話をするカ。いいだろウ」
シュンレイは立ち上がり、バーカウンターへ向かう。そしてグラスを2つ用意した。テーブルに置かれたグラスに、ザンゾーは日本酒を注ぐ。
「乾杯」
「乾杯っ」
グラスを鳴らし互いに飲み始めた。
まさかザンゾーと飲む事になるとは予想していなかった。こんな現場をアヤメに見られたら大変なことになるだろう。
「早速だが、執着はどうやって制御すればいい?」
「制御できると勘違いしている所から正セ」
「嘘……だろ……?」
ザンゾーは俯き頭を掻きむしる。
「いや、番長は十分制御出来ているように俺からは見えた。どうすればいい?」
「我慢。忍耐。精神統一」
「あぁぁ。嘘だ……。あの天下の番長の口からそんなワード聞きたくなかったわ……」
ザンゾーは相当ショックを受けているようだ。見ていて面白い。
それにしても、美味しい日本酒だなと思う。初めて見る銘柄だ。いいものを貰った。
「根性論じゃねぇか……」
「えぇ。根性でどうにかしなさイ」
「実際、番長は根性で全て解決出来たのか?」
「……。人間は失敗から学ぶ生き物と言うでしょウ?」
「あぁぁ……」
久しぶりにしょうもない話をしながら酒を飲んでいる。たまにはこういうのも悪くないかもしれない。
「失敗した時はどうすればいいんだぁ?」
「謝ル。頭を下げル。そして深く反省。プライドなんて何の足しにもならない物はさっさと捨てロ」
「……」
ザンゾーは有能な人間だ。手に入れたいと思った物は大抵手に入れてきただろうし、欲しい物を我慢するなど無縁だっただろう。
また、実力至上主義の大規模な幻術師の組織内で上り詰めた人間だ。他人に謝る機会など、殆ど無いだろうと思われる。たとえザンゾーが悪い事をしても、それを咎める事が出来る人間がいるとも思えない。
「飲みなさイ」
「あぁ……」
シュンレイはザンゾーの空になったグラスに日本酒を注ぐ。
飲まなければやっていられないだろう。ザンゾーから渡された書類や提案を聞く限り、ザンゾーは相当慎重で細かく計画的な人間である事が分かる。そんな人間が執着というイレギュラーに対応するというのは酷な話だ。
執着対象が絡んだ瞬間、どう考えても合理性がなく間違っている事をせずにはいられないのだから。自分の行動に正当性がなく愚かであることを認知しながらも、やめる事が出来ないというのは耐え難いだろう。
「あぁ。クソが……。整理できねぇ……」
相当苦しんでいるようだ。様々な葛藤があると思われる。
また、この自分に手見上げを持って聞きに来るくらいなのだ。自分ではどうしようもなくなり、解決策を求めて必死なのだろうと推測できる。
「なぁ、どういうマインドでいればいい?」
「イレギュラーを楽しむくらいの気持ちでいたら良イ。想定できない事に悩むよりはずっとマシだろウ……」
「成程な……」
ザンゾーは日本酒を飲み、深いため息をついた。哀愁が漂っている。気の毒に見えてきた。
「結局、いつかは自分の願望と向き合うことになル。その願望が叶えばある程度は落ち着クものダ……」
「自分の願望か……。無視は確かに出来ねぇな。とはいえ向き合いたくねぇわ。キツ過ぎる……」
自分の願望と向き合うのは地獄だろう。人間らしい愚かな欲求を認め受け入れる行為はまさに生き地獄だ。どこまで行ったって人間はロボットにはなれない。自分自身、日々痛感する事だ。
「所詮我々も愚かな人間」
「あぁ」
ザンゾーは、全てを諦めたような顔をしている。今まで築いてきた自己のアイデンティティが、見事に壊されていく様子は、まさに精神的なダメージの極みだろう。
「もっと飲みなさイ」
「うっす」
シュンレイは、再び空になったザンゾーのグラスに日本酒を注いだ。この調子だとすぐになくなってしまうなと、残り3分の1にまで減った瓶を見て思うのだった。




