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3章-10.執着(1) 2021.8.10

 ガチャっと音を立ててbarの扉が開く。barのテーブル席でパイプタバコを吸いながら独り本を読んでいたシュンレイはパタリと本を閉じた。


「こんばんは。ザンゾーさん。何の用ですカ?」

「交渉だぁよ」

「この私と交渉。一体、何を差し出せるのですカ?」


 シュンレイはそう言って首を傾ける。リィィン……。と左耳に付いたアクセサリーの鈴がbarに響き渡った。

 ザンゾーは真っ直ぐにシュンレイが座るテーブル席まで来ると向かいの席に座った。そしてテーブルに10枚程度のA4サイズの紙をクリップで止めた手書きの書類を置いた。


「見てくれ」


 シュンレイはその書類を手に取り目を通す。几帳面にびっしりと書きこまれた書類は非常に分かりやすくまとめられていた。情報量は多く、非常に価値のある書類であることは一目瞭然だった。


「内容を要約して話しなさイ。私は同時に書類に目を通しますかラ」

「あぁ。分かった。まずユミの狂気について。幼少期の『狂気持ち』への対応で、狂気を封印した際に人格が2つに別れたような状態と俺は推測している。呪詛による狂気の増幅は運良くこの封印された人格が全てを担ったと思われる。そのためユミ自身の人格や精神が守られた。ただ、さすがに9つ目で許容量が超えたことで主人格よりも狂気の方が上回り、幼い狂気の人格が出ていたと見ている」


 ザンゾーは幻術師として、最高ランクの人間だ。専門家と言ってもいい。そんな男が述べる推測なのだ、非常に信ぴょう性があり価値があるものと考えられる。

 シュンレイはザンゾーが説明した内容を詳しく記す部分にも軽く目を通す。そこには、話の根拠となる情報、及びその情報の出典まで細かく記載されていた。

 

「ユミがどうやって乗り越えたかについてだが、恐らく狂気の人格と主人格が同化したんだろう。一般人として生きるには狂気は行き場がないが、プレイヤーの環境であれば狂気は武器だ。それに、狂気が溢れたとしても、プレイヤーとして仕事をすれば発散も出来るわけだ」


 確かにその通りだ。一般人の社会では、狂気は封印する他なかった。封印しなければ一般社会にはなじむことが出来ず、生きていけないのだから。

 一方で、この裏社会であれば、いくらでも発散先がある。自分にならば、ユミの為にその発散先を用意することはたやすい。また、狂気というのは戦闘において非常に優秀な武器になる。

 怖気づいて動けなくなったり、戦意を喪失して一方的に殺されてしまうという事もない。相手が格上だろうと体を動かす事が出来るだろう。


「その人格を受け入れ同化した事で、ユミは正気と狂気を同時に同居させる事が出来る様になった。俺はそう結論づけた。従って、今後呪詛が掛けられた臓器を食べたとしても狂気に染る事は無いだろう。幻術も狂気に関する部分は一切入らないだろうな」

「分かりましタ」


 シュンレイはザンゾーの説明を聞き納得する。全体を通して、ザンゾーが述べた推測は非常に信頼できるものであると判断した。ユミ自身が狂気を相棒と称していた事からも、別人格として切り離し存在すら忘れていた狂気と、同化することに成功したと言う仮説は概ね正しいと判断できた。

 

「1つ分からない点は、どうやって幼少期に狂気を完全に封印したかだ。通常であれば『狂気持ち』の子供は物心着く前から攻撃性が異常に高く、弱い生き物を殺して回るか自殺を繰り返す。とてもじゃないが長く生きられるはずがない。いくら狂気を軽減させる幻術を施したところで、焼け石に水だ。狂気を止められずに大抵が6歳にも満たないうちに自殺しちまう。それなのに一般人として14年も生きてきたと言うのは信じ難い」

「ユミさんの声と歌は母方の遺伝でス。幼い頃から狂気を抑えるための音を聞かせ続け少しずつ忘れされましタ。ユミさんの音に対する感受性の高さがあってこそ可能だったのでしょウ」

「理解した」


 ザンゾーはそう答えると、タバコに火をつけ吸い始める。

 ザンゾーはユミの近くではタバコを一切吸わない。相当なヘビースモーカーであるだろうに。それだけ執着しているということだろうと想像出来る。


「ところデ、その顔面の引っかき傷。新しいファッションですカ?」

「かははっ! うるせぇな! ファッションだぁよ」

「程々にするよう二」

「あいよ」


 ザンゾーの左頬には3本の細長い傷が残る。それなりに深く抉られたようだ。こんな傷をこの男に残せるのはユミしかいない。何かしらちょっかいを出して怒られたのだろう。


「で、次。呪詛について。結論から言うと、ユミは定期的に生きた人間、もしくは死んで間もない人間の血肉を食わないと死ぬ。血肉の摂取が滞ると発作が起きて、呪詛によって体内から蝕まれる。概ね20回程度発作が発生したら死ぬ事が確認済みだ。ユミの場合は体格が良い訳では無いからもっと少ないかもしれない」


 これは非常に厄介な話だ。ユミがそんな状態であるにもかかわらず、自分はその事に何も気が付いていなかった。恐らくアヤメも知らないだろう。

 きっとユミは自分達に悟られないようにしていたのだろうと想像する。

 

「沈黙を解いた日に初めての発作が起きた。今の所は定期的に血液を与えているから落ち着いているが、摂取を止めれば2日から3日程度で発作が起きるだろう。臓器を食べられれば2週間前後は持つが個体差が大きいためあまり保証はできない。また、発作を起こさないようにするための血肉の必要量は徐々に増える上、発作が起きる頻度も徐々に増す。あまり時間は無いかもしれないな」

「そうですカ」


 自体は深刻だ。現実はシュンレイの想像を遥かに超えていた。明確にタイムリミットが存在しているため、すぐにでも動く必要があるだろう。


 それにしても、この結果を導き出すために、ザンゾーは一体どれだけ実験を行い検証したのだろうか。資料を見る限り相当な数の化け物を殺しているだろう。

 組織内でそこまでの権限を持ちながらも、執着によってこうした裏切りを平然としているのだから、この男を侮ることは出来ない。


「それと、この呪詛が解除できるのかどうかも検討した。さすがに呪詛の仕組み自体は把握出来なかったが、定期的に体を蝕むものは毒物だと俺は見ている。解毒出来れば発作を止めることは可能かもしれない。とはいえ、あくまで可能性でしかない。保証できる資料はない。それでも俺は試す価値は充分あると思っている」

「分かりましタ。資料も非常に良くまとめられていまス。字も綺麗で読みやすい。良いでしょウ。交渉の機会を与えましょウ」


 シュンレイはニヤリと笑って答えた。これだけの物を用意したザンゾーの交渉とやらが何なのか。純粋に興味が湧いた。


「恩に着る。早速俺の提案を言わせてもらう。毒使いの晩翠家バンスイケの殲滅とその晩翠家の次期当主の福寿フクジュという男の利用だ」

「晩翠家と言えば、中立を保つ珍しい一族と記憶していまス」

「あぁ。その通りだ。だが去年の7月にその中立は完全に崩れている。臓器の呪詛に含まれる毒物や薬物は晩翠家の物だ。調査内容はこっちの資料にまとめてあるから後で見ておいて欲しい。方針としては、この男に解毒剤を作らせる。それが不可能だった場合、この男の首を手土産に、晩翠家とは仲の悪い毒使いの一族である華山家カザンケに解毒剤の作成依頼をする。手土産無しだと解毒剤作成に1年以上待たされる可能性が高い。首を持っていけば順番待ちしなくて済むだろう」


 追加でテーブルの上には資料が置かれた。こちらもびっしりと情報が記載され、相当な価値のある物であると推測できる。

 ザンゾーが意図する計画は今の説明で概ね分かった。まだ組織に属し情報を得る必要があるザンゾーでは自らこの計画を遂行する事は出来ない。故に交渉しに来たのだろう。

 一方で、この計画をシュンレイが行うことは理にかなっている。中立を破り、所属のプレイヤーに手を出したという、明確に喧嘩を売ってきた晩翠家に対して、シュンレイが報復する事は何ら問題がない。むしろ報復を行わなければ周囲から舐められるだろう。


「フクジュという男が置かれている状況や性格から、解毒剤を作らせる事は十分に可能だと俺は判断している。有利に進められるだろう。番長なら特にな」

「分かりましタ。良いでしょウ。引き受けまス」


 シュンレイが承諾すると、ザンゾーはほっとしたような顔をしていた。

 ザンゾーにとって、この交渉はかなりの賭けだったのだろう。全て顔に出ている。その様子を見ると、交渉するにはまだまだ未熟だなと感じる。

 とはいえ、この男はまだまだ若い。20やそこらだ。今後場数を踏んで、いくらでも成長するだろう。


 シュンレイは、一旦資料は持ち帰り、再調査を自身で行った後遂行する方針で動くことにした。

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― 新着の感想 ―
[良い点] ザンゾーから有益な情報ゲット!!
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