表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
12/12

まだ見ぬ未来へ

これで完結です。おつきあいいただきありがとうございました!


 ――翌日、カロラインの仮説が正しかったことが証明された。


 秘密の部屋と同じ方法で開けられた墓の周囲には憐れな墓荒らしが白骨となって散らばっており、その異様な光景のなかに柩が二つ、並べられていた。


 石でできた柩の上にはシエルバード家の紋章が入った旗が被せられていた。もう片方は木製の柩で、こちらには釘で打たれた跡がなかった。


 石の柩で眠っていたのは淡い金髪の、肖像画と同じドレスを着た女性だった。レディ・キャロル・シエルバード。彼女の頭には革命で紛失したと思われていた、王冠が乗せられていた。


 彼女の胸元には枯れた花束が血の痕を隠すように置かれていた。レディを埋葬したレーツェル公が捧げたものだろう。左手の薬指の骨に、愛の証である結婚指輪がひっかかっていた。


 木の柩にはこちらも金髪の、花婿らしい白の正装を着た男性が眠っていた。力なく投げ出された右手の傍らには薬が入っていたらしい瓶が転がり、レディと同じ毒を呷っての服毒自殺であったと思われる。自ら柩に横たわり、毒を飲んだのだろう。


 レーツェル公の柩には、レディが無実であった証拠――義妹ミシェルと男たちがやりとりした手紙、ミシェルが受け取った財宝の帳簿、そして、レーツェル公の心境をつづった日記がまとめて発見された。


 当時を知る、第一級資料である。特に王冠の在処は歴史のミステリーとしてたびたび物議を醸しており、世紀の大発見であった。


「……どうしてレーツェル公は自分でレディの無実を証明しなかったのかな。これだけのものがあればできたはずじゃないか?」


 ダレンの疑問に答えたのは、キートンだった。


「レーツェル公は王位継承権を持つ王弟ですからね、歴史というものがどうやって語り継がれていくのか、よくご存知だったでしょう。それに、ジュリウス王子をはじめとした、ミシェル・シエルバードに誑かされた貴族は処刑されましたが、兄弟やその他の、微罪の貴族は生き残っています。彼が当時証拠を持ってレディの無実を訴えていたら、暗殺されていた可能性が非常に高いです。『悪女』に騙されていた被害者が実はレディ一人に責任を押し付けていた加害者とわかれば恥以上にギロチンの危機ですよ。レーツェル公は、隠すことで希望を後世に残し、レディを守ったのではありませんか」


 レディとレーツェル公の墓が発見されて一年。今日はレディの名誉回復式典が開催されている。


 ホテル「レディ・シエルバード」にはカロラインとダレンをはじめとした、マダム・マーテルたちあの日の宿泊客も駆けつけていた。


 ミュレルも来ている。あれからミュレルはすっかり改心し、遅まきながら大学に進学するべく勉学に励んでいた。心配していたホテル滞在費はさすがに大激怒した父が肩代わりし、それを家に返すよう厳命した。予告もなくダレンについていったせいでミュレルは行方不明扱いとなっており、警察に捜索願まで出されていたのだ。そのミュレルがカロラインとダレンに連れられて帰ってきたのだから父の怒りはもっともだった。ミュレルの実母でも庇えず、行状不行届きと今までの散財を責められていた。


 そんな父の姿は父親ではなくドーン家の当主で、カロラインはやはり家族とはほど遠い思いに一抹の寂しさを感じていた。


 カロラインはダレンと旅行することを伝えてあった。ドーン家の仕事もきちんと調整し、長期不在でも大丈夫なように手を打ってあったのだ。しかもダレンとは婚約寸前の仲である。そんな義姉についていったのは、誰がどう見ても邪魔をするためとしか思えない。これでミュレルの社交界での評判は地に落ちたといっていいだろう。大学進学を許したのも、少しでも箔をつけなければ結婚すらままならないからであった。


 それ以上の罰はカロラインが止めていた。社交界への言い訳は『素直に義姉に甘えられないミュレルが旅行先までついていった』と書き換えている。今までの自業自得であまり信じられてはいないが、他でもないカロラインが許しているため社交界締め出しという最悪の事態は免れた。


 カロラインは何もミュレル可愛さで庇ったわけではない。レディの名誉回復にミュレルも一役買った。ドーン家の姉妹は一躍時の人になったのだ。ここで過剰に罰するより、姉妹仲が改善したアピールのほうが効果的だと思ったのだ。はっきりいえば打算である。


 ここでミュレルのカロラインへの感激は極まった。自分を守ってくれるのはおねえさまだけ。ミュレルはそう信じ込み、カロラインをいびりぬいた執念を親愛による執着へと変化させた。


「お義姉様、お義姉様のお考えは?」


 今のミュレルはすっかりカロライン信者である。カロラインのやることなすことをすべて良しとし、それが行き過ぎてちょっぴり怖い。この子と結婚する男は大変ね、とカロラインは今から心配だ。


「わたし? そうね、レーツェル公がレディを守ろうとしたのは間違いないと思うわ。ただ……」

「ただ?」

「レディを独占したかったんじゃないかとも思うの。だってもうレディは死んでしまったんだもの。復讐したって生き返らない。だからレディのそばで、永遠に一緒にいたかったんじゃないかしら……」


 カロラインは不思議なのだ。レディの悪評が広がり始めた頃、はたしてレーツェル公は否定し反論しなかったのだろうか。それができたのはレーツェル公だけなのにそんな形跡は見つからない。


 だからこれは仮説だ。レーツェル公は結婚後、レディの悪評を利用してどこにも出さずに閉じ込めてしまうつもりだったのではないだろうか。もしくはすべてを捨てて亡命し、レディと二人だけで生きていくつもりだった。


 王の弟という身分は当時の経済状況と国内不安を思えば煩わしいだけだっただろう。いつ民衆が蜂起するかわからず、かといって信頼できる貴族は少ない。革命後、レーツェル公を王にという話があがったように、ジュリウスを追い落として彼を王にする動きもあったのではないだろうか。


 そして王となったレーツェル公の妃に『悪女』はふさわしくないとして、キャロル・シエルバードを廃する。キャロルを『悪女』とした貴族の中にそんな思惑があってもおかしな話ではなかった。


「追い詰められていたのはレディではなくレーツェル公のほうだった。愛するレディを奪われないためにはこうするしかないと思い込んだのではないかしらね」

「さすがお義姉様ですっ。きっとそうに違いありませんわっ」


 カロラインの仮説にミュレルが手を叩いて絶賛した。


「ロミオとジュリエットか。少し穿ちすぎじゃないかな。それじゃレーツェル公は思い込みの激しい男になってしまうぞ」

「いや、面白いですね。たしかにレーツェル公の日記はレディの死後から病んでいってます。どうも夫婦の主寝室にレディを寝かせていたみたいで、遺体が変化していく描写があるんですよ」

「きゃ――っ!!」


 あれから大のホラー嫌いになったミュレルがキートンの話に悲鳴をあげた。反応されたキートンが頬を紅潮させながら喜々として語りだす。さっと資料を取り出す始末だ。


「いやもうすごいですよ。死斑の様子や遺体に這いまわる蛆による損傷まで事細かに」

「いや――っ!!」


 抱きついてきたミュレルを庇い、カロラインがため息と共に言った。


「ハアハア息を荒げて言うことじゃありませんよ、キートン先生。あいかわらずデリカシーに欠けています」

「それよりいつも資料持ち歩いてるんですか?」


 ダレンも加わっての一刀両断に我に返ったキートンが頭をかいた。


「歴史は面白いですね。仮説を立てても証明するのが難しい。レディ・カロラインの仮説が証明されるかどうかは今後レーツェル公の調査しだいでしょう」


 ごまかすように咳払いをして、キートンはそう言った。


「証拠を一つひとつ探すのも大変でしょうね」

「仮説が間違っていたらどうするんですか?」

「間違っていた場合はどこから間違っているのか検証してそこからですね」


 ミュレルがカロラインの胸からキートンを睨みつけた。


「お義姉様の仮説は証明できるんですか?」

「今のところは解釈による、としか。レーツェル公の日記はレディのことばかりなんですけどね……」


 考古学者としては有り寄りの有りだと言う。ただレーツェル公は後世に残ること、つまり人に読まれること前提で日記を書いていたので、具体的な言葉はないそうだ。


「考古学は愛に似ています」


 慈しむような表情で資料を持ち直し、キートンが言った。


「愛、ですか?」


 唐突な愛にミュレルがきょとんとする。


「真実を探し続けても発見に至らないこともある。だからこそ、追わずにいられないのかもしれませんね」

「まあ」


 男ってロマンチストだわ、とカロラインは思った。ダレンもキートンも、現実的なのにどこか夢見がちだ。男って可愛いわ。


 ミュレルはふんと鼻を鳴らし、世界で一番安心できるやわらかな膨らみに顔を埋めた。


「案外真実なんてすぐそこにあるかもしれませんよ? 少なくとも、レディはそこにいたんですもの」


 ホテルを振り返ってカロラインは言った。あれからレディの幽霊は出てこないという話だった。きちんと弔われて天の国に旅だったのか、レーツェル公が迎えに来たのか、それともカメラに追い回される日々にうんざりしたのかもしれない。


 写真を撮ります、と新聞社の人がカロラインたちを呼んだ。


「はい。ほら、ミュレル離れて」

「はぁい」


 ダレンと手を繋いで先に行っていたカロラインは、ミュレルがキートンに向かってべっと舌を出したことも、キートンがそんなミュレルに頬を染めたことも知らない。


 この日撮影された集合写真には見事にレディが写っていて、公的に認められた心霊写真第一号として後々まで残ることも。


 そしてカロラインとダレンが結婚し、ミュレルはレディの子孫である考古学者と結婚することになるのだが――……。


 それはまだ誰も知らない、未来のことである。




書き始めた当初はミュレルとダレンが、カロラインはキートンとくっつく予定でした。でもキートンとミュレルのほうが楽しそうだな、と書き換えました。義姉過激派とデリカシー欠如男のカップル……。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
ラストの写真が、心霊写真になっているとは……
[良い点] ミュレル×ダレン、カロライン×キートンじゃなくて良かったです。 [一言] レーツェル公の時代にエンバーミングの技術があればな・・・
[良い点] まさかねキートン!! でもそれもありありのありですね。 歴史の不思議~!! 特集の最後に締まるオチとして秀逸ですね!! [一言] こう終わるとは思いませんでした。意外~。 ダレンが割とまと…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ