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Geom Jeong Saek  −クロ−  作者: 小路雪生
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三十五話

少し時間がかかりそうだと言う優が携帯電話であちこち尋ね、ルミの消息を調べている間に靖聡は一人、裏山にある貝野家の墓へ向かった。


『一体、これはどういうことなんだろうか…』


丘を登ると、眼下には海が広がっていた。それはまるで昨夜夢で見た光景にそっくりだった。

靖聡はその景色から目をそらすと、伯母が手入れをしているのであろう、清潔な先祖代々の墓前に手を合わせると、そこへ眠る祖母への愛執から涙が滲んだ。


『こんな事ならもっと早く結婚して曾孫の顔でも見せてあげればよかった…』


孝行したい時に親は無し、というがまさにその通りだと思いながら、その墓前に手向けようと携えた花束の輪ゴムを外した。しかし、その瞬間、輪ゴムが左手薬指の指輪に引っかかる。凹凸もない指輪のどこに引っかかるのか…靖聡は怪訝に思いつつ、指と指輪の境目に食い込んだ輪ゴムを取り除こうと指輪を外した瞬間、指輪が指先から滑り、転がり落ちた。ふと…


『デジャヴ……?』


靖聡は、昨夜の長い夢の冒頭とこのシーンが酷似している事に気がついた。おかしい…靖聡は何かに操られるようにゆっくりと立ち上がると、眼下に広がる海を見下ろす。


『どこか似ている…あの夢と…』


ぼんやり考えていると、優が丘を登ってくるのが見えた。やがて息を切らして駆け寄った優は


「……ねぇ…驚かないで…」


息を弾ませながら真剣なまなざしで前置きをした。目を凝らして靖聡の瞳を覗き込むと


「…ルミ…亡くなったんですって…しかも、昨夜…いえ、今日の明け方…」


喘ぐように呟いた。それを聞いた瞬間、靖聡は足首から頭の先まで毛が逆立つような感覚が通り過ぎるのを感じた。鳥肌を通り越して冬の突風を浴びたような寒気だ。凍りついたように声も出ない靖聡を見た優は


「……癌、ですって。…子宮頸癌……」


優はそこまで言うのがやっと、という表情で腕を組むと体をすくめた。二人ともジッと見つめ合った後俯くと、しばし地面を見つめた。この驚きをどう処理すればいいのだろうか…靖聡は頭が混乱し、まとまりがつかなくなっていた。


『ルミ…いや、ヒカリ…いや…ルミだ…死んだ? しかも、今朝?…』


春が来て、喪が明け、ようやく優と靖聡は結婚に至った。この季節、蝶が舞い、花々が芽吹き、夏に向かって全ての命が産声を上げようとしているかのようだ。ルミはその華やかな季節に逝ったのだ。30歳目前という若さで…靖聡は立ち尽くした。

やがて、優が重い口を開いた。


「……あのイヤリング、昔、大学の頃、廊下でルミにぶたれた拍子に片方だけ飛んでちゃったのよ。…あれ以来見つからなくて諦めてたの…」


「…うん…」


確か、そんな事があった…靖聡は昨夜の夢を思い出していた。


「手紙もないし差出人の名前も無かったから詳しいことは分からないけど……山形って、ルミの故郷よね…」


「…」


「…どうしてここに送ってきたのかな……亡くなる前に、返したかったのかしら……」


靖聡にはよく分からなかった。しかしながら、大学時代の回想とそれに続くリアルな夢の翌日に、ルミは死んだ…それは紛れもない事実だ。


「…あのイヤリング、昔、ご先祖が外地へ赴任していた時に作った物だって、聞かされたの。見つかってよかったわ」


優はそう言いながら亡き祖母の墓前に手を合わせると立ち上がって言った。


「ルミね、大学卒業してからお姉さんと韓国ヘ行ってお店開いてたんですって。洋服売ったり、雑貨売ったり…向こうで病気が発覚して1年前に帰国した時には手の施しようがなかったんですって…」


優はそこまで言うと靖聡を見上げた。


「ねぇ。…ルミと二人で逢った?」


「え?」


靖聡は言葉に詰まった。


「逢ってないよ」


キッパリと否定する。しかし優は


「それにしても、今朝、車の中で言って夢と同じ展開よね…」


優は疑っているのかぼんやりと呟いた。靖聡は


「毎日ちゃんと帰ってきてただろ? 結婚前から俺の生活パターンは優がよく知ってるじゃないか」


あらぬ疑いをかけられ戸惑った。いかに夢との類似点が多かろうとルミに逢った記憶はない。大学の頃に別れたのが最後だ。そんな慌てた靖聡を見た優はクスッと小さく笑うと


「…ノブくん、もしかしてマリッジブルーだったんじゃない?」


「マリッジブルー?」


「そう。いままで気ままにやってきたのに二人で暮らし始めたから、ストレスになったのかな…」


優はそう呟くと


「…ルミは、山形の病院に入院したらしいんだけど、最後は北海道にあるホスピスで息を引き取ったんですって。もう、出術しても抗がん剤打っても利かなくて、自分からホスピスへ行きたいって言ったんですってよ…」


優は、大学時代の人脈を駆使して聞き出した噂を伝えると


「…不思議ね…」


優は感慨深気に言った。


「もしかしたら人生ってあっという間なのかもしれない…」


そう言いながら靖聡の手を取ると


「……だから、マリッジブルーにめげないで、私たちはおばあちゃんになっても、死んでからもずっとずーと、一緒に居ようね」


強く握りしめた。その目はうっすらと涙が光っている。優は今日、真っ白なワンピースを着ていた。それは、夢でルミが着ていたのと似ている。

不意に靖聡は『ルミは優のように生きたかったのかもしれない…』そう思うと、しかし、ルミは海を渡り自由に生きたのだ…生き急いだようなルミの人生に思いを馳せた。


「…おばあちゃまが、私を助けてくれたのかもしれない…」


優が呟いた。

『ルミに邪魔されずに済んだのはおばあちゃまの御加護』優はそう言いたいのだろうと靖聡は理解した。

若くして逝ったルミの無念さは想像に難くないが、誰かの真似ではなく、自分に与えられた命を大切に生きていきたいと靖聡は思う。


海は煌めき、花は咲く。一人の友人が逝っても季節は巡るのだ。だから、靖聡はこれからも今までと同じように優と共に歩んでいくのだと自覚を強めると、いつか、夫婦でルミのお墓参りをしてあげよう…そう思うのだった。


                              –了–



 今回、久しぶりに連載を小説を編むことになりました。これまでのようにあらすじや、展開を決めてからのスタートではなく、感じたことをその都度、小説に仕立てるという、異例の創作スタイルでした。

 戸惑いもありましたが、無事書き上げることができ嬉しく思います。

 もっとミステリアスな内容の展開も用意していたのですが、【靖聡の夢】という結果に落ち着きました。

 分かりにかもしれませんが、高校・大学時代及び、就職、結婚などが現実に起こったことで、靖聡の夢の中での回想とお考え下さい。大学時代以降にルミが登場するシーンは夢となっています。

 お読みいただきましてありがとうございました。

          

                            小路雪生

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